Captor

マメ

文字の大きさ
上 下
7 / 57

7 side:白坂

しおりを挟む

side:白坂


***


 一方、BLACKの溜まり場では、メンバー全員が見守る中、先ほど捕まえた舞の仲間と思われる六人への尋問が行われていた。
 部屋の中央に全員が集められ、逃げられないようにロープで縛られている。皆が身体を震わせ、口を開けば「ごめんなさい」「許して下さい」の言葉を繰り返し、一人の人物に向かって謝罪していた。
 全員の身体には殴打の痕や痣があちらこちらに浮かび上がり、中にはすでに気絶している者もいる。自力で立ち上がる事はできなくなっているようだ。
 だが、助ける者は誰もいない。BLACKの名を語っての勝手な行動に加え、あたかも総長が黒幕であるかのような言動、そして何より――首謀者らしき人物が総長のオンナを騙っている。
 事情を聞いたBLACKの面々が真っ先に思った事、それは「自業自得」だった。
総長が特定の恋人を作らないというのはBLACKの中では当たり前の話で、勝手に恋人を名乗り、総長の逆鱗に触れた女達を皆は見てきた。それを知っているなら、相当の覚悟をしているに違いない。それほどBLUEが憎いのか。誰もがそう思っていた。
「だからさ、舞って誰だって聞いてんだろうが」
 黒夜がしゃがみ込み、一人の胸倉を掴んで持ち上げると、その顔は前歯が欠けているのが分かった。殴打の痕も痛々しい。
「すみませ……」
「俺が聞きてえのはそんなセリフじゃねえ。早く言え」
「すみま……ぐっ」
 謝罪の言葉を口にした途端、黒夜が拳を振り上げ鈍い音がメンバーの顔から響いた。
「そのセリフはもう聞き飽きた。舞はどこにいる?」
「……ぅ」
 どうやら気絶してしまったようで、呻き声だけが漏れピクリとも動かない。相変わらず手加減を知らない男だ。
「チッ……」
 黒夜はその身体を乱暴に投げると、他の奴らに狙いを定めたようだ。ぐったりと横たわる一人の前に歩いていく。
「おら、起きろ」
 そして、足で腹を蹴り上げ、無理やり叩き起こすと、逃げようとするメンバーの顔を足で踏みつけていた。
「ぐあああっ」
「早く言えよ面倒くせえな。そんなに舞って奴が大事か?」
「ゆ、許して……」
「だーかーらー……その台詞は飽きたって言ってんだろ。言うまではこのままだ」
 黒夜は涙を流して懇願するメンバーの顔をグリグリと押さえつけ、じっと睨んでいる。
 黒夜の顔からは感情が読み取れない。こいつは怒ると無表情になる。完全に怒りで頭を支配されているようだった。
 他の奴らはガタガタと震え、その顔は恐怖に歪められていた。すでに黒夜から制裁は加えられていたが、再び自分の番になるのを恐れているらしい。早く言ってしまえば楽になるのに、そこまで口をつぐむほど舞は大切なのだろうか。
 そういえば、BLUEの奴も「心酔していて怖かった」と言っていたような気がする。あと何か重要な事を言っていなかっただろうか。
「あ」
「どうした白坂」
 思わず声を出してしまい、黒夜がこちらに振り向いた。踏みつけている足はそのままだ。
「いや、思い出したんだけどさ……BLUEの速水だっけ? あいつが“BLUEを潰せば抱かせて貰えるとか言ってた”って言ってたような」
 それだけの事をやたら顔を赤くして言っていたので覚えていた。今時純情な奴のようだ。
 俺の言葉を聞いて、黒夜も思い出したらしい。
「ああ……言ってたな確か……おい、どういう事だ」
 黒夜は踏みつけていた足をどかして髪を掴み、再びしゃがんで目の前に顔を上げさせた。
「あ……あ……」
 少年は恐怖で何も言えずに涙を流し続けている。
「……白坂、タバコ。火ィつけて」
「はいよ」
 片手で少年を掴んだままタバコを受け取った黒夜は、それを何度か吹かし、少年の顔に煙を吹きかけた。少年は苦しそうにむせている。
「ゲホッ……」
「なあ、言えよ。お前ら……舞を抱いたのか?」
「……」
 少年は黙ったままだ。
「なら目ぇ開け。閉じたら殺す」
 黒夜はもう一度煙を吹きかけ、少年の目の前にタバコを固定した。
「あ……やめ……」
 何をされるのか気づいたらしい。少年はさっきよりも震えが激しくなっていた。
「もう一度聞く。お前は舞を抱いたのか?」
 ゆっくりと少年の瞳にタバコが近づいていく。あとわずかで当たるという時、少年は呻きながら声を絞り出した。
「だ……抱きました……!俺達は、舞を、抱きました。だから……許して下さい……!」
 その顔は涙と鼻水にまみれ、全てを諦めきった表情を浮かべていた。
「……へえ。お前だけじゃなくて全員か?」
「いえ……チームを潰す時に一番活躍した奴が……全員はやってません……」
 もう覚悟を決めたらしい。今度はあっさりと話している。
 ……黒夜がタバコをちらつかせているからかもしれないが。
 それにしても、一番活躍した奴だけが抱ける……まるでご褒美のようだ。
「ふうん……ご褒美って事か」
 同じ事を思ったらしい。黒夜も俺の考えと同じ事を呟いた。
「黒夜、他に仲間がいるか聞いてみろ。六人て事はねえだろ」
「……そうだな」
 チームを潰すのにそんな少人数では無理がある。他にも仲間がいるに違いない。俺の言葉を受けて黒夜は質問を続けていく。
「他に仲間はいるんだろ? 正直に言え」
「は……い、まだいるはず、です」
「何人だ?」
「わかりません……その時によって人数が違ったので……」
「そうか……じゃあ、舞はどこにいる?」
「それも…わかりません……急に呼び出されるので……」
 質問を変えると、少年は首を振る。仲間のうちでも下っ端なのかもしれない。
だが、黒夜はそんな事はどうでもいいらしい。情報の少なさにイラついたのか、少年の手の甲にタバコを押しつけた。
「使えねえな」
「ぐあああ……!」
「お前は誰とも知らない奴の言う事を聞くのか。情けねえ」
 黒夜は少年を離し、痛みにうずくまった所をもう一度殴っていた。
「白坂、どう思う?」
 タバコを吸いながら聞いてくる黒夜はつまらなそうだ。さっさと終わらせたいんだろう。
「こいつは舞の仲間でもランクは下の方だろうな。連絡先を知らないとなると」
「他の奴は知ってると思うか?」
 急に呼び出されるという事は、誰か連絡係がいるのかもしれない。捕まえた奴の中にいるだろうか。
「聞いてみれば?」
「ったく、面倒くせえな……」
 そう言いながらも自分がやらねば終わらないと分かっているらしい。他の奴らに目を向けた。
 すると、捕まえていたうちの一人が身を起こして口を開く。
「あ、阿知波さん……舞は……あなたの恋人ではないのですか……?」
「ああ?」
 黒夜が睨みつけるが、話しかけた男は真っ直ぐに視線をぶつけてきた。
「舞は……阿知波さんの恋人だと言っていました。だから……俺達は……」
「従ったのか?」
 そう聞く黒夜の顔には感情がない。こいつらはそれに気づいているだろうか。
「はい……BLUEを潰すのは阿知波さんが望んだ事だと…*だから、っ……!」
 そこまで言うやいなや、男は蹴りを食らい仰向けに引き倒された。黒夜の足が腕に乗り、男を押さえつける。
「だから? 俺の意見も聞かずBLUEを襲ったのか?」
「あ……ぐ……」
「言えよ。言わねえと折るぞ」
 そのままグッと足で男の腕に体重をかけようとすると、男は慌てて叫び出す。
「舞が……阿知波さんの指示だと言ったからです! 望月蒼を潰せと……!」
「……何だと? もう一度言え」
「も、望月蒼は阿知波さんの邪魔になるから……望月を潰せば阿知波さんが喜ぶと……それにはまずBLUEから潰して行けと…そう指示されたって……阿知波さん?」
「……」
 黒夜は黙っていた。さっきよりも表情を無くし、何を考えているのか全く読み取れない。ただひとつ分かっているのは、男が望月という地雷を踏んだ事だけだ。
 あーあ、俺知らね。
「あ……阿知波さん?」
 男が訝しげに黒夜を見上げると、黒夜がぽつぽつと何かを言い出した。
「……お前らへの評価が百点だったとすると、まず……勝手にBLACKを名乗った事がマイナス十点」
「……は?」
 男は意味が分からないらしい。戸惑うような視線を俺に向けてくるが、あいにく、俺にも分からなかった。
「俺の指示を待たずに、知らない奴の言うことを聞いたのがマイナス十点」
「……はあ」
「勝手にBLUEの傘下を潰したのがマイナス十点」
「……?」
「もし、舞が俺の恋人だとして、それを知っていながら抱いたお前らの忠誠心にマイナス二十点」
「……」
 男の額に汗が滲んできた。指示されたとは言え「総長のオンナに手を出した」事への重大さに今更ながら気づいたらしい。今まで気づかなかったのだろうか。
「安心しろ、舞は俺のオンナじゃねえ。会った事も無い。だが、舞に“俺のオンナ”を騙らせた事がマイナス五十点……それに」
 黒夜が足で男の腕に体重をかけた。男は制止しようとしたが、黒夜の動きの方が早かった。
「あ……待っ、お願いです……! やめ、」
「望月蒼に迷惑をかけた事が……マイナス百点」
「ぎゃああああ……!」
 男の腕がミシミシと鳴り、この空間に絶叫が響き渡った。この分だと折れているだろう。
 男は口から泡を吹いて気絶した。
「ったく、弱えな……おい、片付けろ」
 呆然と見ていた周りの奴らに指示をすると、黒夜は頭を掻きながらため息をつく。
「最悪。やっぱり俺が黒幕になってんじゃねーか」
「ご愁傷様。後はどうする?」
「そうだな……風間!(かざま)ちょっと」
「はい」
 黒夜が呼ぶと、見ていた連中の中から一人の男が飛び出してきた。少し大人びた顔立ちをした男は、一見高校生には見えない。
短く赤い髪を立たせているが、目つきは柔らかく優しげだ。
言われなければチームに入っているなどとは誰も思わないだろう。
「さっき望月から聞いた情報を伝えたが……何か分かったか?」
「はい、詳しくはまだ分かりませんが…目撃者によるとやはり金髪で女顔、そして身長は百七十センチ以下で間違いありません。全員がそう証言しています。BLUEの傘下が潰されたのは六件に上ります」 
 淡々と情報を述べる風間は、BLACKの情報屋だった。こいつにかかればどんな情報も知る事ができる。
「あとは?」
「被害者によりますと、見た目が弱そうだったので油断したそうです。すばしっこく、追いかけても逃げられるとか。それから、必ず“仲間にならないか?”と聞いて来るそうです。断ると攻撃してくるようで……」
「何もしないで仲間に出来れば上等、自分の意見を聞かねえ奴はいらないって事か……」
 仲間になるのを要求するという事は、舞は望月からBLUEを離したいのだろうか。望月に懐いているあいつらの忠誠心は半端ない。ちょっとやそっとじゃ離れないと思うが……。
 舞の目的はまだ分からない。
「おい黒夜、舞は昔抱いた男なんじゃないか? 何回か男も試そうとしてただろ」
もしかしたら、黒夜と関係を持った奴かもしれない。この男の事だ。可能性は大いにあった。
「男とヤった事はねえ。勃たなかったし」
「あっそ。じゃあ違うか……」
 俺の意見はあっさりと却下された。いい線行ってると思ったんだが。
 黒夜はまだ考え込んでいる。
「風間、引き続き調べろ。あと……望月蒼の過去も」
「過去……ですか?」
「過去なんて調べてどうするんだ?」
 思わず聞いてしまったが、風間も不思議そうな顔をしている。まさか舞と望月に関係があるとでも思っているのか。
「蒼ちゃんのあの震え方、異常だと思わねえ? しかも抱きついた途端にだ」
 確かに黒夜が抱きついた後、倒れそうなくらい震えていた。驚いたにしては反応が過剰すぎる気もする。
「……確かに」
「なんか怖がってるような……怯えてるような……そんな感じだった」
「お前がセクハラするからじゃねえの?」
「俺のは愛情表現だ」
「はいはい」
 俺から見れば無理やりセクハラしてるように見えるのだが、面白いので言ってはやらない。望月も早く受け入れればいいのに。まあ男同士だからってのもあるんだろうが。
「とにかく異常だった。過去に何かあったのかもしれない。調べてくれ」
「分かりました」
 風間はそう言うと下がっていった。
「今日来てない奴はいるか?」
「いる。急だったから全員は集まれなかったみてえだな」
「了解。じゃあ、とりあえず聞くか」
「何を?」
「舞。BLACKを名乗ってるって事は、こん中にいるかもしれねえだろ?」
 黒夜は辺りを見回し、ニヤリと笑った。なるほど、そういう事か。







「総長からの命令だ。身長が百七十センチ以下の奴は前に出ろ」
 そう指示すると、皆は戸惑っているようでなかなか動かなかった。
「……早くしろ」
 だが、黒夜が一際低い声を出すと慌てて数人が前へ出てきた。躾が行き届いている証拠だ。
 出てきたのは十人。金髪の奴も何人かいるが、女顔では無いし見た目からして強そうだった。舞では無いような気がする。
「ふうん……白坂、手伝え」
 黒夜と俺は、捕らえた残りのメンバーを十人の前に引きずり出し、そのまま放り出した。
「よく見ろ。この中に舞はいるか?」
「「「「……」」」」
 残った四人はきょろきょろと十人を見ているが、特別気に留めた人間はいないようだった。
「嘘はつくなよ?」
 とりあえず牽制してみたが、皆が首を振り、舞はいないと伝えた。
「一応見とくか」
黒夜が並んだ十人をじっと見つめながら、何度も目の前を往復している。皆はいつ暴力を振るわれるのか気が気ではないようだ。舞であれば自業自得だが、違っていればただの濡れ衣になる。
「分かるのか?」
「分かんねえ。金髪なんて染め直せば変えられるしなあ……ん?」
 すると黒夜が一人を見つめて立ち止まった。
「どうした?」
「いや、こいつどこかで……」
 その少年は、まだ幼さを残しているが、どこかで見たような顔だった。

「お前、名前は?」
「速水耕太(こうた)です」
「「速水?」」
 速水と言えば、BLUEのNO.三……あの純情くんだ。言われてみれば顔立ちがそっくりだった。もしかして血縁者だろうか。
「BLUEの速水との関係は?」
「……兄弟です。あっちは祐太(ゆうた)といいます」
 黒夜が問うとあっさり白状した。
「なぜBLUEに入らない? 兄弟なら同じチームに入った方がいいだろ」
「それは……中学の時に親が離婚して離れたんです。それで東区に引っ越して。それに不良に憧れたのは兄の影響ですが、いつまでも兄にべったりではいけないと思いました。違うチームで頑張りたかったんです」
「へえ……この事は速水は知ってるのか?」
 速水弟は頷いた。
「はい。入る時に報告しました。最初は反対されましたが、今は連絡を取ってます」
「望月は?」
「……知らないと思います。兄に伝えてもいいとは言ってありますが、俺も兄も蒼さんにはお世話になったので……心配かけないように言ってないかも……」
 速水弟は目を伏せ、辛そうな顔を見せた。それは世話になった望月に対する罪悪感なのかもしれない。
「じゃあ俺が言っとくから安心しろ。後で揉めるよりはいいだろ」
「……はい、ありがとうございます!」
 そんな事を言っている黒夜だが、本音は望月に会える口実が出来たと喜んでいるに違いない。さっきよりも目に光が戻ってきている。素直に喜んでいる速水弟が可哀想になった。
「で、速水兄からは何か聞いてるか?」
「最近はその……舞の件で忙しいみたいで、あんまり連絡取ってなくて……兄も舞には会った事がないそうです。襲われた奴は入院してるとか、そのくらいしか」
「そうか……」
「手掛かりが消えたな」
 BLUEの方も特に情報はないらしい。このままでは埒があかない。
 すると、何かを考えていた黒夜が口を開いた。
「速水、お前は兄貴から何か聞いたらすぐ報告しろ。いいな?」
「は、はい!」
 速水弟はぶんぶんと首を振って頷いた。犬みたいで面白い。そういえば、兄貴の方も望月に懐いた犬のようで面白かったなあ。
 そんな事を考えていたら、捕まえた奴らの話をふと思い出した。

――望月蒼を潰せば……阿知波さんが喜ぶ……。

「……」
 もしかしたら、危ないのはBLUEよりも望月かもしれない。
「黒夜、もしかしたら……望月が危ないかも」
「あ?」
「舞は望月を潰せばお前が喜ぶって言ってたんだろ? BLUEを潰して、最終的に望月を潰すつもりなんじゃないか?」
「それは俺がさせねえ」
「けどよ……舞が捕まんなきゃ可能性はあるぞ?」
「……」
 黒夜の顔がみるみるうちに険しくなり、周りにいた奴らが「ひいっ」と後ずさった。そのくらい鬼気迫る表情だ。
「どうする?」
「あのっ、俺が兄に伝えましょうか? 兄から蒼さんに伝えるように……」 
 速水弟が提案するが、黒夜は最初から決めていたようだ。首を振って却下した。速水弟はしょんぼりと悲しそうな顔をしている。
「いや、俺が直接話した方がいい。その方が納得するだろ」
「んな事言って、望月に会いたいだけじゃねえか」
 いつものようにからかうが、普段と違いあんまり反応がなかった。違ったのか?
「会いたいのは当たり前だろ。それに、釘を刺しとかねえと蒼ちゃんは勝手にトラブルに巻き込まれそうな気がするんだよなあ……」
「望月の中でトラブルっつったら、お前の事じゃねえの?」
「……おい」
「お前の事といい、あいつ面倒くさがりな割りにはトラブル体質だよな……」
「はっ……」
 黒夜は鼻で笑っているが、元から同性愛者でなければ男に好かれて嬉しい奴なんていないはずだ。こんな奴に好かれるなんて、俺は見ていて楽しいが望月は複雑なはず。
「大変だなあこれから……」
 ついつい望月を応援せずにはいられなかった。





 並ばせていた十人を下がらせ、チーム全員に黒夜が宣言する。
「いいか、これからBLACKとBLUEは協力体制を敷く。舞が捕まるまではBLUEとのトラブルやケンカは避けろ。危害を加えるな。舞が現れたらすぐに知らせる事。守らねえ奴や逃がした奴は、舞と同等の罪として…こいつらのように制裁を覚悟しろ。反論は受け付けねえ。いいな?」
「「「は、はい!!」」」
 チーム全員がその気迫に押されて頷いた。
「あと、お前らにはもう用はねえ。チームを抜けろ」
 捕まえた六人を指差し、そう命令すると、黒夜はもう興味が無いとばかりにタバコを吸い始めた。
「あ、阿知波さん……俺達は……まだ……!」
「これだけの事やっといて……まさかまだチームに居たいだなんて言わねえよなあ?」
「「ひい……!」」
 黒夜がもう一度睨むと奴らは大人しくなった。
 だが、まだ諦めない奴がいたらしい。睨まれてもなお、何かを言おうとしている男がいた。そいつは平凡な顔つきの男で、特に特徴はないが、その瞳には力強い何かが宿っている。
「阿知波さん……!」
「うぜえ」
「聞いてください! もうチームを抜けるのなら、最後にひとつだけ言わせてください」
「……くだらねえ事だったら殺すぞ」
 少しは聞く気になったらしい黒夜に、男はゴクリと唾を飲みこんだ。
「実は最近、舞と一緒に西高の奴がいる事が何度かありました。もしかしたらBLUEの奴かもしれません……」
「……何だと? 本当か?」
 さすがの黒夜もこの情報には驚いている。
「おい……それは……BLUEの中にも舞の協力者がいるって事か?」
 俺がそう問いただすと、男は黒夜と交互に見つめ、頷いた。
「はい、たぶん……傘下のチームの行動パターンや居場所などを把握していたのでチームに詳しい奴だと思います。……例えば幹部とか、そのくらいでなければ知らない情報も知っていました」
「「な……」」
 黒夜と思わず声が揃ってしまった。
 BLUEの幹部が舞の協力者? では、望月はすでにその渦の中に巻き込まれているというのか?
「……お前、これから舞に会っても惑わされないと誓うか?」
 それを聞いた黒夜が男に何かを聞いていた。どうするつもりだ?
「黒夜?」
 男の様子に何かを感じたらしい。俺が聞いても男の言葉を待ったまま黙っている。
「はい、オレは舞にとってはただの駒でしたから。もう従うつもりはありません」
「駒? どういう意味だ?」 
 仲間とは違うのだろうか。
「舞はその……活躍した奴に抱かせると言っても、人を選ぶと言いますか……」
「人を選ぶ?」
「はい、考えてみたら、見た目のいい奴にしか抱かせないんです。それで俺は……」
「平凡だから抱けなかったか」
 黒夜が歯に衣着せずにそう言うと、男が苦笑いをした。
「はあ……まあ、言ってしまえばそうです」
「はっ……ウケる……」
 何かが黒夜のツボに入ったらしく、腹を抱えて爆笑している。まあ確かに、褒美をやると言われて言う事を聞いているのに見返りが無いのはしんどいと言うか意味が無いよな。なのに殴られて……可哀想に。
「はー……おかしい……で? 肝心の舞はどうなんだ? どんな顔をしている?」
「ぱっと見は可愛いです。女の子みたいな。俺も最初女だと思ってましたし」
「ふーん……お前は連絡先を知らないのか?」
「はい……」
「とことん哀れな奴だな」
 黒夜は再び爆笑すると、俺の背中をばんばん叩いてきた。痛い。
「黒夜、どうすんだこいつ」
「ん~、舞の顔を知ってる奴が一人くらいいねえと無理だとは思ってたから……ちょうどいいかな。お前、裏切ったら殺すからな」
 それは再びチームに戻れる事を意味していた。黒夜にしては珍しかった。だが、裏切れば二度目は無いだろう。
「話は終わりだ、今日は解散。今日居ねえ奴にも言っとけよ! 他の奴らはさよならだ。片付けろ」
 後ろで見ていた奴らにそう指示すると、もう舞の仲間達に視線を戻す事はなかった。





「白坂、部屋に来い。話がある」
 黒夜が総長専用の部屋を指差し、歩き出した。これからの事を話すのだろう。
部屋に入って適当に座ると、さっそく話を促す事にした。
「望月はどうする?」
「とりあえず今日の件は話す事にして……BLUEの奴が関わってるとなると、直接話した方がいいな。どこから情報漏れるか分かんねえし。でも素直に会ってくれねえだろうしなあ……」
「メールにしろとか言われそうだな……メールじゃ言えない重大な事だと言えばいいんじゃねえの?」
「……信用しない可能性がある」
「お前どこまで信用されてねえんだよ……まあ仕方ねえか。あんだけセクハラしてちゃな」
 望月の行動パターンは分かっているらしい。そんなに避けられても想えるなんて相当惚れてんだな。本当に面白い。
「セクハラじゃねえって言ってんだろうが」
「はいはい」
「ったく……」
 黒夜はふてくされてタバコを吸い始めた。
 それを眺めながら、思っていた事を口にする。そろそろ真剣になった方がいいだろう。
「……望月を一人にしない方がいい。今日の事が舞に伝わる可能性がある。襲撃されたとしてもあいつは強いから大丈夫だろうが……万が一の事を考えて。いくらなんでも集団で来られたら一人じゃ無理だろ? 例えば登下校の時とか」
「じゃあ俺が送り迎えする」
「バーカ! それじゃ目立つだろうが。舞はお前の恋人を名乗ってんだぞ? 舞の目的がお前の恋人ポジションだったらどうすんだ」
「え~、蒼ちゃんと登下校してえ」
「ダメだ。それに関しては大丈夫、兄貴に頼むから。お前は一応、直接話したいって連絡してみてくれ」
「は? 雅宗(まさむね)さんが送り迎えするのか?」
 黒夜は驚いた顔をしている。初代総長とは言え、今の兄貴はただの店のマスターだ。望月との関係が分からないんだろう。
「まあそのうち分かる」
 正確には違うが、面白いのですぐに教えるつもりはない。
「なんだ? まあ雅宗さんなら安心だけど……ついでに蒼ちゃん連れてきてくんねえかな」
「難しいんじゃないか?」
「やっぱそうか……」
 黒夜は煙を吐きながら天井を見上げた。
 これから忙しくなりそうだ。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

今度こそ穏やかに暮らしたいのに!どうして執着してくるのですか?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:29,267pt お気に入り:3,440

異世界日帰りごはん【料理で王国の胃袋を掴みます!】

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7,158pt お気に入り:2,228

歪んだ三重奏 ~ドS兄弟に翻弄されル~ 【R18】

恋愛 / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:139

王子殿下の慕う人

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,391pt お気に入り:5,371

彼女を悪役だと宣うのなら、彼女に何をされたか言ってみろ!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:12,370pt お気に入り:107

離婚してくださいませ。旦那様。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:674pt お気に入り:84

悪魔に祈るとき

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:16,943pt お気に入り:1,321

【完結】世界で一番愛しい人

BL / 完結 24h.ポイント:127pt お気に入り:584

ある国の王の後悔

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,455pt お気に入り:98

処理中です...