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「「総長!」」

 溜まり場に戻ると、みんなが一斉に出迎えてくれた。少し大袈裟な気もするが、これはいつもの事だった。なかなか慣れない。
「蒼、どうでした?」
 真っ先に上原が駆け寄ってきた。後ろには斉藤がいる。本当は行きたがっていた奴だ。気になるんだろう。
「あ~、舞はいなかった。行った時にはもう逃げたらしくて」
「そうですか……」
「ああ、でも阿知波に会ってさ」
「阿知波に? あいつがケンカに出てくるなんて珍しいですね」
 上原が眼鏡を押し上げながら聞き返す。
「阿知波? 大丈夫だったのか? 無傷みたいだが……」
 それを聞いていた斉藤が反応した。蒼と阿知波は顔を合わせればケンカになっていたから、また心配をかけてしまったらしい。
「ああ、今回は大丈夫だ。それに敵対心を燃やしてるのは下の奴らだけだと言ってた。阿知波と白坂はうちと対立する気は特に無いらしい」
「そうなんですか?」
 上原が驚いている。蒼も聞いた時は冗談だと思ったのだから仕方がないだろう。
「ああ、だから……」
「総長、凄いんですよ! 阿知波を虜にしてるってのは本当でした!」
 すると蒼の後ろにいた速水が飛び出し、しなくてもいい報告をしてしまう。
「ちょっ……」
「あの阿知波が、総長にだけは笑顔だったんです! それにキ……もがっ」
「お前ちょっと黙れ!」
 さらに余計な事を言いそうだったので、慌てて速水の口を手で塞いだ。チームのみんなに知られるのはプライドが許さなかった。
「んー! んー!」
 後ろから蒼に押さえ込まれた速水は、苦しそうにもがいている。
「余計な事は言わないと誓うか?」
 一際低い声を出してじろりと睨みつければ、速水はコクコクと首を上下に振った。
「よし。お前らもさっきの事は忘れろ……いいな?」
 手を離し、一緒にいたメンバー達を牽制する。そのメンバー達は黙って何度も頷いた。まったく、どこから漏れるか気が気じゃない。
「一体何があったんですか……」
 上原が呆れて変な顔になっていた。
「ちょっとみんなを集めてくれ。話す事がある」
「分かりました」
 すぐに上原が指示し、蒼と幹部の前にチーム全員が集まった。
「みんないるか?」
「はい。今日ここに来ている奴は全員います」
「よし。これから話す事は、今日いない奴にも伝えてくれ」
「「「はい!!」」」
 チーム全員に指示するのは久しぶりだった。皆を見れば何事かと不安そうな表情を浮かべている。
「まず最初に。舞の件は皆分かってるな?」
全員が頷いた。
「その件だが、BLACK側は何も指示してはいないらしい。完全に舞の個人的な行動だと言っていた。そこでだ、舞が捕まるまではBLACKと協力体制を敷く事にする」
「「え……」」
「大丈夫なのか?」
「BLACKの罠だったら……」
 皆がどよめき、不安そうな言葉がメンバーから漏れている。
「静かに! これは向こうの総長と話し合った結果だ。向こうも勝手に名前を使われるのは我慢ならないと言っていた」
 あえて「蒼ちゃんに誤解されるし」云々は省いておいた。
「阿知波が?」
「まあ……あいつが言いそうな言葉だな……」
 皆が阿知波の言葉を伝えた途端、納得し始めた。どんな風に思われてんだあいつは。
「……という訳だ。舞が捕まるまではBLACKの奴らとケンカは禁止。もしBLACK側が裏切った場合……BLACKが黒幕だった場合は俺の判断不足として、俺が責任を取る。皆、協力するように。以上」
 ざわざわと言葉が飛び交い、皆が散って行く。幹部だけが残ったのを確認すると、今まで黙っていた橋本が口を開いた。
「やっぱり舞は許せない。何が目的であんな……みんなを酷い目に……」
「そうだな……。そういえば、あいつの容態は?」
 以前、舞に襲われて怪我をした奴を思い出した。確か五十嵐と言ったか。
「骨折と全身打撲で全治一カ月だって」
「そうか……」
「もっと警戒していればと悔しそうに話してたよ。見た目で最初は騙されるみたいだし」
 それを聞いて大津が呟く。
「女みたいな奴……ですよね確か。BLUEにはいませんよね?」
「いないと思うぞ? 誰かが入る時は俺達が確認するし、そんな奴いたら目立つだろう」
 BLUEに入りたい、入れたいと希望する人間がいる場合は、蒼、もしくは幹部の誰かが必ず会う事になっていた。今まで美形は何度か目にしたが、女顔の奴はいないと記憶している。
「ですよね……」
「蒼、本当にBLACKは関わっていないと? というか、阿知波が居たんですか?」
 上原が確認してくる。まだ信じられないらしい。
「ああ、いた。白坂もな。急に現れて……他のメンバーも何も聞いてないらしいぞ? それにBLUEを潰すつもりならあいつが直接来るだろうし」
「うーん、確かにそうですね……しかし、ただのケンカに出てくるなんて珍しい」
「そこなんだよなあ……何もしてなかったけど」
 阿知波がしたのは蒼に対するセクハラだけだ。言ったらからかわれるので言わないが、なぜ、普段は全く出て来ないのに今日ばかりはあの場に現れたのか。そこが引っかかっていた。
「ふふ……蒼に会いに来たんじゃないですか? 最近想い人に会えなくて荒れていると噂で聞きましたし」
「はあ? お前までそんな事言うのか?」
「阿知波が荒れていたのは本当みたいだぜ? 俺も聞いた。怖くて誰も近寄れないって」
 斉藤が笑いながら上原の言葉に賛同する。
「お前ら、いい加減に……」
「え? でも総長には普通に接してましたよね? やっぱり総長はすごいっス!」
 興奮したらしい速水が拳を震わせていた。もう少しきつく言い聞かせないといけないようだ。
「速水……」

「だ、だって、キ……抱きつかれてたじゃないですか。この目で見ましたもん!」
「「「な……」」」
「……お前、黙れ」
 目の前で見た速水の言葉をもってしても、阿知波の行動が信じられないらしい。皆が口をあんぐりと開けている。
「あの阿知波が男に抱きついた……?」
「総長に惚れてるのは本当だったって事ですか……?」
「まさかそこまで……」
 橋本、大津、斉藤の順にありえないと首を振っている。俺だって冗談で終わるのなら終わらせてしまいたい。
 そんな中、上原だけは冷静だった。にっこり笑って蒼に提案する。
「じゃあ、阿知波を虜にした所で……その身体を差し出して、舞の情報もがっつり掴んでくださいね?」
「上原……お前まで……」
「今まで口説かれているのを何度も見てるんです。このくらいで動揺しては蒼の片腕は務まりません。このくらい予想範囲内です」
「う……」
 そういえば、阿知波が口説いてくる時は上原も側にいる事が多かった。よく観察していたものだ。あまり嬉しくはないけど。
「よく見てんなあ」
「敵対しているなら観察も大事です。向こうが惚れているのを利用してもいいくらいなんですよ?」
「はあ……」
 ただ黙って聞いているだけしか出来ない蒼を見ながら、上原はやれやれと言った表情を浮かべた。
「あなたは争い事が嫌いですからね……仕方ないか」
「悪い」
「いえ。それを分かっていてあなたの下に付いたのですから。俺もあなたに影響されてきましたし」
「どういう意味だ?」
「甘くなったって事ですよ。以前ならもっと手段を選ばなかったはずですから」
 指先で押し上げた眼鏡の奥の瞳には、鋭い光が宿っていた。こいつに敵として出会わなくて良かったかもしれない。
「怖い事言うなよ……」
「ふふ……感謝してますよ」
「そうか……ん?」
 気づくと他の四人は黙り込んでいた。さっきまで騒がしかったというのにどうしたのか。
「「「「……」」」」
 何かあったのだろうか。四人は互いの顔色を窺うように目配せしている。
「どうした?」
 蒼が気づくなり四人はビクッと肩を震わせた。
「「「「いえ……気にしないで下さい」」」」
 四人はそう言っただけだった。
「どうかしたんですか?」
 上原も声を掛けるが、四人は「いいえ……」と言ったまま黙ってしまった。こいつらが何も言わないなんて本当に珍しい。
「上原が……影の総長?」
「というか、望月って本当に凄いんじゃ……」
「阿知波といい、上原さんといい……ヤバい人ばかりじゃないですか……」
「俺、BLUEで良かったかもしれないっス」
 後にそんな事を皆が話していたなんて、蒼は気づく事は無かった。
「じゃあ、今日はこれで解散な」
 四人は蒼の言葉に頷くと、最後まで黙ったまま帰って行った。
「なんだ? あいつら……」
「ふふ……どうしたんでしょうね……」
 上原が笑いながら四人の消えた方向を眺めていた。

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