同僚がヴァンパイア体質だった件について

真衣 優夢

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57話 乗り越えるために

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 桐生の姿を見て、オレが過度な反応を見せた場合、まだ退院はできない。
 桐生だけではなく、近い体格の人間で同じ発作が出るかもしれないからだ。
 溝口医師によると、本来こういうダメージは、数か月以上かけて治療するものらしい。
 そんなにかけてられるか。オレは教師だ。生徒の卒業を見送らないでどうする。


 オレはベッドに座り、握りこぶしに力を入れて、桐生が来るのを待った。
 声は聞こえたのに、なかなか入ってこない。
 たった数日ぶり。もう長く会っていないような気がする。懐かしさと、嬉しさと、恐怖があった。


 のそ、のそ、のそ。


 桐生は四つん這いになって、お馬さんごっこのように部屋に入ってきた。
 オレは思わず吹き出した。
 大の大人が何をやってるんだ。


「えへへ。
 最初はこれがいいかなって。
 怖くない? 大丈夫?」

「面白い。珍しいものが見れた」

「ふふ、令一が笑ってる。よかった」


 オレへの負担を軽減しようと思ってくれたのがわかる。
 こいつの優しさは底抜けで、馬鹿者で、……愛してる。


「オレの手を握ってくれないか」

「うん」


 四つん這いで桐生が近づいてきて、上半身を起こし、オレの手をそうっと握った。
 目覚めた時、あの時と同じだ。両手でオレの右手を包み、祈るように。
 あたたかい。
 オレは桐生の手ごと、自分の手を胸に近づけた。
 桐生の体温と脈を、自分の心臓の真上で感じてみる。
 心地いい。桐生は少し緊張しているのか脈が速かったが、しばらくそうしていると、ゆっくりのリズムになった。


「桐生、怪我はどうだ?」

「左足がまだ少し。松葉杖はもういらないよ」

「お前、松葉杖ついてたのか!?」

「あっ、ええと、ちょっとだけ?
 令一が目覚めた日にはもう、使ったり使わなかったりしてて」

「ちゃんと使えと溝口先生に怒られたんだな」

「よーくお見通しで……ごめん。動くのに邪魔なんだもん」

「歩行補佐の意味を理解しろ馬鹿者」

「ふふ、うん。ごめんね。ありがとう」


 手を繋ぎながら、たわいない会話が続く。
 アラームが鳴った。30分が経過した。
 オレは一度もパニックを起こさなかった。


「よし。桐生。
 立ってみてくれ」

「それは……ペース速くない?」

「そうか?
 じゃあ、ハグしてくれ」

「もっとペース速くない!?」

「速くない。あいつにはされていないことだからな。
 オレは目を閉じるから、ゆっくり抱きしめてくれ」


 オレは目を閉じ、桐生に任せた。
 桐生は、目を閉じていてもわかるくらい、おそるおそるオレに手を伸ばし、ハグをした。
 ……うん。大丈夫だ。
 桐生の背中に手を回してハグを返す。
 互いに何も言わず、ゆるいハグを、数分の間じっくり味わった。
 桐生のにおいがする。安心で満たされる。こいつの横髪、いつもくすぐったい。
 やっと触れられた。やっとここまでこれた。


「オレの目の前に立ってくれるか」

「……うん」


 桐生は少し下がり、時間をかけて立ち上がった。
 長身の男が、オレの前に立つ。
 どくん! と心臓が痛んだ。

 
「もう少し近づいてくれ。オレを覗き込むように」

「令一。大丈夫なの?」

「前かがみになりながら、オレの顔を見ろ」


 どくん、どくん、どくん。
 桐生の姿が、あいつと重なる。
 桐生のほうが怯えた顔をして、それでも、言われた通りに軽くかがんでオレの顔を見た。
 こうだった。あいつはこうやって、オレを見下ろして。オレの血を、


「……げふっ、うぐ、げぇっ」


 オレはベッド脇のゴミ箱を掴み、床に倒れこみながら嘔吐した。
 桐生は素早くしゃがみこみ、オレの視界外、ベッドの向こう側に回り込んで溝口医師を呼んだ。


「いくらなんでもやりすぎじゃ」


 呆れる溝口医師から水を受け取り、オレは軽くうがいをして、口を拭った。


「もう一度! もう一度やらせてくれ」

「阿呆。根性論でどうこうできるもんじゃない。
 お前さん、そうやって悪化させて、一生もんの傷にしたいのか?」

「それは……っ」


 オレはベッドを拳で叩いた。
 どうしてうまくいかない。どうして勝手に体が拒絶する。どうして!
 オレは、あいつはもう襲ってこないと理解している。
 桐生が怖いなんて思ってない、なのに、どうして!!


「やり方が間違っとるんじゃよ」


 溝口医師の言葉は、優しくも厳しかった。


「こういうものはな。
 否定しても忘れようとしても、うまくいかん。
 自然に、そういうことがあったと己が受け入れてやっと、前に進める。
 それができる人間は少ないよ。だから皆、苦しんどる。
 お前さん、元に戻ろうとする努力は認めるぞい。
 しかし、自分に起こったことを、ありのまま受け入れる勇気はまだ、ないじゃろ」

「あ……」


 ありのまま受け入れる勇気。
 勇気、だって?
 あったことを受け入れる。されたことを受け入れる。
 あの行為すべてが、オレにあった現実だと認める……


「あ、ああっ、うわああ、ああぁ……!!」


 オレは泣き喚いた。
 振出しに戻った気がした。
 悔しくて、何度もベッドを叩いた。


 桐生はオレの視界を巧みに避けて、そっと病室を出て行った。
 スマホにメッセージが届いていた。

 
 『僕は、いつまでも待つよ』


 オレはその日、声が枯れるまで泣き続けた。


 次の日、オレは退院した。
 体格のいい男性とは、一定以上の距離を置いてむやみに近づかないこと。
 倉庫や裸電球など、思い出しやすいものに近寄らないこと。
 常に安定剤を持ち歩くこと。
 仕事は短時間からの復帰にすること。
 急がず、焦らず、カウンセリングを受けながら、地道に回復に取り組むこと。
 それらの条件付きの退院だった。


 そしてオレは。
 その日から、桐生と一時的に同棲することにした。


 オレは、授業の時間に間に合うように登校、終われば帰宅という、数時間単位の勤務で体を慣らしている最中。
 フルタイムの桐生は、時折残業することもあるが、ほとんど定時上がりでオレのマンションに帰ってくる。


 帰宅は、マンションのドアの前から、スマホへのメッセージ。
 インターホンは響く。近所に同棲をおおっぴらにしないためだ。


 『今、ドアの前にいるよ。鍵を開けたら寝室まで移動してね』


 毎日、同じような注意文が届く。
 オレはドアの鍵を開け、少しだけドアを開くと、言われた通り寝室へ退避する。
 桐生はまっすぐにバスルームへ向かう。湯を浴びるのではなく、服を脱ぐために。


「もういいよ、令一!」


 ばたばたばた、と騒がしい羽ばたきが聞こえ、オレは寝室を飛び出して両手を広げた。
 コウモリ姿の桐生はオレの胸に飛び込み、満面の笑顔でオレにしがみついた。


 ふわふわした毛並み。あたたかい体温。桐生の声。桐生のにおい。
 くりくりした瞳が、まっすぐにオレに向けられる。


「今日も可愛いな、桐生!」

「期間限定、特別サービスなんだからね」


 すりすりすり、と桐生がオレに顔をこすりつけてくる。
 オレが恐れない姿で、桐生が側にいられる姿。
 ヴァンパイアの桐生だからできたこと。


「令一、ランニングはもう終わったの?」

「これからだ。やはり、人が多く通る時間はよくないみたいでな。
 暗くなってからのほうが楽に走れる」

「そっか。じゃあ、今日も一緒に連れて行ってくれる?」

「もちろんだ」


 桐生はコウモリ姿で、ジャージの懐にもぐりこんで爪をひっかけ、顔だけぴょこんと出した。
 天然のカイロは、温度よりも心をあたためてくれる。
 人がいない場所では、走りながら会話もした。
 誰かに見られたところで、ぬいぐるみをジャージに突っ込んだ大人と思われるだけだ。文句があるなら言ってみろ。


「今日のご飯は?」


 桐生は、オレの前では人間の姿にならない。
 職員室でも徹底的に顔を合わせない桐生の心配りを嬉しく思う。
 そのため、オレがコウモリ桐生を養うことになるのだが、おかげで自炊の腕が上がった。


「炊き込みご飯と、スーパーの総菜だ」

「炊き込みご飯で力尽きたんだね」

「うるさい」

「ふふっ。僕が戻れるようになったら、いろんなごちそう作るからね。
 楽しみにしてて。
 それまでは、僕のためにもしっかりご飯食べてよ」


 今までは自分の食事など気にもしなかった奴が、わざと食事をせがんでくる。
 オレは乳児用のスプーンを購入し、桐生を膝に乗せて、あーんで食べさせながら自分も食べる。
 入浴も一緒。桐生を洗面器に入れて、オレが洗う。
 くすぐったそうにしたり、鼻に泡が入ってくしゃみをしたりする桐生に、オレは声を上げて笑った。


 本来なら、オレの心の傷は、癒えるまでかなりの時間を要しただろう。
 でも、オレには桐生がいた。
 毎日同じベッドで寝息を立てる小さな生き物は、オレの心をときほぐして、痛みをやわらげてくれた。


 もうすぐ、一か月。
 桐生の吸血衝動が来る時期だ。


 最高難度のミッションをクリアしてみせる。
 オレたちは、それだけの努力をふたりで積み上げたのだから。
 



 つづく
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