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三日目

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 来客用のトイレにリクの姿が無いことを確認したレンは、無人のエントランスに戻って、顎に手をやった。

(高宮のヤツ……どこへ消えたんだ?)
(どうも、嫌な予感がする……)

 もう一度じっくり周囲を見回すと、壁のように並ぶ観葉植物の奥の目立たぬ場所に、細い階段があることに気がついた。

(そうだ……この建物の高さからいって、一階建というのは考えづらい。上の階にも、相当広いスペースがあるはずだ)

 足早に歩いていってその階段を上ると、すぐに分厚いドアに突き当たった。

 ロックされたドアは四桁の暗証番号がなければ開くことができず、レンは途方に暮れる。

(さすがに無施錠ってことはないか……)

 苦し紛れに何度か適当な数字を入れてみたが、もちろんそんなことで正解にたどり着けるわけもなく、あきらめて肩を落とし、背後を振り返った時――、

「ぅわっ!!」

 すぐ目の前にユイが立っていて、レンは思わず悲鳴をあげた。

「そのドアの向こうに行きたいの?」笑顔のユイは、軽い調子で言った。「いいわ。行きましょう」

 ユイは、レンの隣に並ぶと、慣れた手つきでナンバーキーを四回押して、ガチャリ、とドアを開いた。

「さ、どうぞ?」

 驚きに目を見開いたレンはしかし、「なぜ暗証番号を知っているのか?」などという無意味な質問はしなかった。

 ここにきてユイは、いよいよその本性を隠すのをやめ、余裕たっぷりにこちらの出方を窺っているのだ。

「……」

 レンは、無言で相手を睨んだまま、ドアの向こうへと足を踏み入れた。
 そして、すぐに驚愕する。

(なんだ、ここはっ!?)

 そこは、黒一色に染め上げられた体育館を思わせる広大な空間で、窓は一切なく、照明は所々で真紅の妖しい光を放つ小さなライトのみ。

 そして、紅い光に照らされた床には、無数のベッドや布団、マットレスなどが、所狭しと並べられていて、そのすべてがあの、濃厚に甘く苦い、独特の刺激臭を放っていた。

「うっ……」

 不用意にその空気を吸い込み、強い眩暈と吐き気を覚えたレンは、咄嗟に壁に手をついて、身体を支える。

(なるほど……島民たちは、毎晩ここに集まっていたのか……)

 この悪趣味極まるワンフロアで、衣服とともに人間の皮まで脱ぎ捨てた島民たちが、夜明けが来るまで狂ったようにひたすら乱交に耽るのだろう。

 レンたちが島へやってくるまでは、ユイもその仲間に入って、毎晩背徳的な性に溺れていたにちがいない。
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