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【第一章】 『オルナレアの剣聖』アンドローズ

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 翌朝。

 朝陽の差し込む暖かなベッドで目覚めたアンドローズは、見知らぬ天井を見つめて、眉を寄せた。

(ここ、どこ……?)

 そしてすぐ、乳首がシーツにじかに擦られる甘い感覚を得て、思わず布団をめくり……、

「えっ!?」

 いまの自分が一糸纏わぬ全裸であることを知って、驚愕した。

(なっ、なんで、わたし……ここは、一体どこなの!?)

「あ、起きた?」

 ふいに、部屋の隅のほうから明るい声がして、慌ててそちらをみると、黒髪の少年が天井近くに張ったロープに洗濯物を干していた。

「お、お前っ! あぁっ!? それ、わたしのっ……」
 
 アンドローズは、少年が手にしているのが自分の下着とシャツであることに気づいて、思わず赤面する。

「あ、これね。汚れてたから洗濯しといたよ。キミ、何日も着たきり雀だったんでしょ。下着とかもうけっこうグチョグチョで……でも、その濃厚な匂いがまたすごくそそるっていうか、思わずじゅるじゅる吸いたくなるっていうか……」
「い、言うなぁっ!!」

 女騎士は怒声を発して拳を震わせたが、何しろ全裸であるのでベッドから一歩も動けず、少年を殴ることもできない。

「だから、ちょっと勿体なかったんだけど、こうしてちゃんとキレイに洗っといたから、乾くまでちょっと辛抱してね。あ、そうそう、剣と鎧もちゃんと無事だよ」

 少年が指差すほうに視線を移すと、部屋のドアの側に白銀の鎧と長剣がキチンと立て掛けられていた。

「……これでよし、と」

 洗濯物を干し終えた少年は、そのままアンドローズのベッドのほうへやってきて……いきなり布団の中に潜り込んだ。

「なっ!? おっ、お前、何をしているっ!?」

 全裸の女騎士は、咄嗟に両腕で乳房を隠しつつ身をすくませる。

「なに、ってキミの服が乾くまでとくにやることないから寝るんだよ」
「こ、ここはわたしのベッドだ! 寝たいならそこらの床で寝ればいいだろうっ!」
「いや、これオレのベッドだから。この宿の代金を払っているのはオレ。つまり、このベッドを使う権利もオレにあるの。わかる?」
「ぐっ……」
「まあ、キミに出てけとは言わないよ。ちょっと狭いけど、ふたりで使おう」
「な、なんで、わたしがお前などと同じベッドに……」
「だってオレたち、もう仲間でしょ?」
「えっ」

 瞬時、アンドローズの脳内に昨夜の出来事がフラッシュバックする。

 ――オレが勝ったら、キミにはオレの仲間になってもらう……。
 ――負けぇっ、もうわたしの負けでいいからぁっ! おねがいっ! おねがいだから、もうイかせてぇーっっ!!!

「あっ……」

 自分が少年に完敗したことと、その時に与えられた人生初の絶頂を思い出し、股の奥がじゅんっと熱くなる。

「あぁ……っ」
「昨夜の勝敗の結果に納得できないっていうんなら、今ここで再戦してあげてもいいけど?」

 いたずらっぽく言った少年は、おもむろに腕を伸ばし、人差し指で女の右の乳首をクリクリと刺激した。

 瞬間――、アンドローズの体内で炸裂した快感が、大きな喘ぎ声となって口からほとばしる。

「んぁああああんっ!」
「さあ、どうする?」
「わ、わかった……っ! わたしの、敗けだっ! 約束どおり、お前の仲間に、なってやる……」
「そうこなくっちゃ」

 ニッコリ笑った少年は、布団の中で右手を差し出した。

「オレは、須佐野旺介。よろしく」

 アンドローズも渋々ながら右手を出し、少年と握手する。

(あぁっ……こいつの手……このひ弱そうな指一本に、わたしのカラダはさんざんに弄ばれ、淫らに喘がされ、為す術なくイかされてしまったんだ……)

 口惜しくて思わず唇を噛むが、なぜか股の奥からはじゅわぁ……と愛蜜が溢れ出す。

(っ!? あの愛撫を思い出しただけでまた濡れちゃってるっ!? わたしのカラダは、一体どうしてしまったの?)

「あ、アンドローズ・エクレイルだ……」

 女騎士が視線を逸らしながら言うと、旺介は、

「やっぱりね」と、訳知り顔で頷いた。
「? やっぱり、とはどういうことだ?」
「アンドローズ・エクレイル……滅亡した東の小国オルナレアの元聖騎士長……またの名を『オルナレアの剣聖』……」
「なっ、なぜそれを!?」
「キミの鎧と剣の柄に、オルナレアの紋章『神鳥ケイヴォス』が描かれていた。あれが盗品でないとすれば、キミはオルナレアの元騎士、ということになる。それに加えて、あのデタラメな強さだ。『オルナレアの剣聖』がうら若き美貌の女騎士である、というのは有名な話だからね」
「……っ」

 アンドローズは、少年の口から「美貌」という単語を聞いた瞬間、なぜか胸が高鳴り、そんな自分がいまいましくなる。

「アンドローズ、オレはキミを探していたんだよ」
「お前が、わたしを……?」
「ああ。北の魔王ザラヴァンドールを倒すためには、『オルナレアの剣聖』の力が是非とも必要なんだ」

 女騎士は、少年の真剣そのものの顔をまじまじと見つめた。

「お前……本気で魔王を倒すつもりなのか?」
「もちろん」
「無理だ。絶対に。魔王ザラヴァンドールの力は、あまりにも強大だ。わたしなどの力でどうにかできるなら、そもそもオルナレアは滅んでなどいない……」
「わかってる。だから、もっと仲間を集める。この大陸で最強と呼ばれる者たちを集めて、最高のパーティで魔王に立ち向かうんだ」
「……」

 アンドローズが無言で俯くと、旺介は、彼女の肩にそっと手を置いた。

 びくっとカラダを震わせてこちらを見つめる女騎士に、少年はまた頷いてみせる。

「キミが生き延びたことも、オレたちがこうして出会ったことも、きっと運命だ。何か大きな力が、オレたちを導いてくれているんだよ」
「運命……?」
「アンドローズ、キミにも魔王と戦う理由があるはずだ。無惨に殺されてしまったオルナレア王や騎士たちのため、いまは奴隷にされて救いを求めている大勢のオルナレアの民のため、キミは今ここで、もう一度立ち上がるべきだ。そうだろう?」
「っ……」

 気がつくと、アンドローズは、その美しい青碧の瞳からぽろぽろと涙をこぼしていた。

「ほんとうに、わたしたちで、魔王を倒せるんだな?」
「ああ」
「須佐野旺介……わたしは、お前を信じていいんだな?」
「ああ」

 女騎士がその美しい顔をぐしゃぐしゃにして肩を震わせだすと、少年はおもむろに腕を広げた。

「おいで」
「……っ」

 次の瞬間、アンドローズは、いま自分が全裸なのも忘れて旺介に思いきり抱きつくと、わあわあと幼い少女のように大声あげて泣きはじめた。
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