『クラスで一番モテない男が、幼なじみと“仮恋人契約”したら、本物の恋に気づいてしまった件』~報酬はプリン100個。彼女が部屋でだけ甘えん坊

月下花音

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第11話 約束の昼休みと仕組まれた破局

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 その日の朝、俺たちが交わしたのは、必要最低限の言葉だけだった。
 普段なら甘えん坊怪獣化する玲奈も、何かを察したのか、妙に静かだった。
 俺が作った朝食(なんてことない目玉焼きとトースト)を、まるで最後の晩餐のように黙々と食べていた。

「……行ってきます」
「……行ってらっしゃい」

 ただ、それだけ。
 でも、玄関を出る直前、玲奈が俺のスーツの袖を、一瞬だけ強く握った。
 俺は振り返ることができなかった。
 振り返れば、決意が揺らいでしまうから。

          *

 昼休み。
 運命の時間がやってきた。

 俺はスマホを握りしめ、中庭へ向かった。
 ポケットの中では、例の脅迫メッセージが未だに禍々しい存在感を放っている。
 『行動で示せ』。
 そうしなければ、玲奈の秘密が――「金で男を雇った」という事実が、全校生徒に晒される。
 彼女のプライド、築き上げてきた立場、その全てが破壊される。

(守るんだ。俺が悪者になれば、玲奈は傷つかない)

 中庭は、多くの学生で賑わっていた。
 春の日差しが降り注ぐ、平和なランチタイム。
 その中心にあるベンチに、玲奈は座っていた。
 一人で、文庫本を読んでいる。
 その凛とした横顔は、やはり絵画のように美しかった。

 俺は深呼吸を一回。
 肺の中の空気をすべて吐き出し、代わりに鉛のような「嘘」を吸い込む。

「……玲奈」

 声をかけると、彼女はぱっと顔を上げ、花が咲くように微笑んだ。

「健! 遅いよ。……お弁当、作ってきたんだけど」

 彼女が膝の上の包みを少し照れくさそうに見せる。
 心臓が雑巾のように絞り上げられる痛みがした。
 手作り弁当? あの不器用な玲奈が?
 指先に絆創膏が見える。
 俺のために、慣れない料理を……。

 やめろ。
 そんな顔を見せるな。
 そんなものを出されたら、俺は――。

「……悪いけど」

 俺は震えそうになる声を、必死に喉の奥で押し殺し、冷徹な仮面を被った。

「それ、いらない」

「え……?」

 玲奈の笑顔が凍りついた。

「どういう、こと……?」

「そのままだよ。……もう、やめようぜ。こういうの」

 俺は周囲に聞こえるように、わざと声を張り上げた。
 ざわざわと、周囲の視線が集まり始める。
 「なんだ?」「修羅場か?」「藤堂と白石さんだ」

 観客は揃った。
 さあ、公開処刑の始まりだ。

「疲れたんだよ。お前のその、女王様気取りに付き合うのは」

「……け、ん?」

「最初は顔がいいから付き合ってみたけどさ、やっぱり中身が最悪だと無理だわ。性格キツイし、わがままだし、俺のこと家来か何かだと思ってるだろ?」

 心にもない言葉が、スラスラと出てくる。
 自分でも驚くほど流暢に、俺は彼女を傷つける言葉を紡いでいく。
 一言発するたびに、俺自身の魂が削り取られていく感覚。

 玲奈の顔から、血の気が引いていく。
 持っていたお弁当の包みが、手から滑り落ちた。
 ゴトッ、と鈍い音を立てて蓋が開き、鮮やかな黄色の卵焼きが地面に転がり落ちる。
 湯気を立てていた温もりが、冷たい土の上で急速に失われていくように見えた。
 それはまるで、俺と玲奈の関係そのものだった。

「……嘘、でしょ……?」

 玲奈の声が震えている。
 その瞳に、涙が溜まっていくのが見えた。
 今まで見たことのない、完全に無防備で、傷つききった少女の顔。

(ごめん。ごめんな、玲奈)

 俺は心の中で何度も謝りながら、最後のトドメを刺した。

「嘘じゃない。……別れよう。もう俺に関わらないでくれ」

 静寂。
 中庭の空気が凍りついたようだった。
 遠くの校舎の陰で、白衣姿の男――佐々木が、満足そうに笑っているのが視界の端に見えた。
 これでいい。これで、あいつの目的は達せられた。
 契約書がばら撒かれることはない。

 俺は玲奈に背を向け、歩き出そうとした。
 もう、これ以上彼女の顔を見ていられない。

 だが。

「……だめ」

 小さな、しかし凛とした声が、俺の背中を打った。

「え……?」

 振り返ると、玲奈は泣いていなかった。
 いや、瞳には涙を溜めているけれど、その目は真っ直ぐに俺を射抜いている。
 地面に落ちた弁当など見向きもせず、彼女は立ち上がっていた。

「別れない」

「……はあ!? いや、だから俺が嫌だって……」

「健の嘘つき」

 玲奈は一歩、俺に近づいた。

「目が泳いでる。声が震えてる。……小学生の時、私のプリン食べたのを隠そうとして買収しようとした時と、同じ顔してる」

「なっ……!?」

 彼女はもう一歩、近づく。
 その表情にあったのは、絶望ではなく、確信に満ちた「怒り」だった。

「私が契約書をなくしたから? 誰かに脅されてるんでしょ?」

 なぜ、バレている?
 俺は絶句した。

「バカにしないでよ。……伊達に十年以上、あんたの幼なじみやってないわよ!」

 玲奈が叫んだ。
 その声は中庭中に響き渡り、佐々木の薄ら笑いを凍りつかせた。
 一瞬、彼のエリート然とした端正な顔が歪み、明らかな苛立ちを露わにした。
 “氷のクイーン”が、今、炎のように熱く燃え上がっていた。

(続く)
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