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第26話 新幹線と距離ゼロの指定席
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帰省ラッシュの東京駅は、異様なエネルギーに満ちていた。
巨大な質量を持った人の波が、改札へと吸い込まれていく。
喧騒。熱気。アナウンスの声。
「はぐれないでね、健」
「子供じゃないんだから……って、おい」
玲奈は俺の手を握るどころか、腕にがっしりと抱きついていた。
彼女の白いワンピースが、俺の腕にまとわりつく。
そして何より、彼女の柔らかい感触が二の腕に遠慮なく押し付けられている。
周囲のサラリーマンや学生たちが、ギョッとしたように振り返る。
「なんだあの美人」「あいつの彼女? マジで?」
そんな視線と言葉が聞こえてきそうだ。
公衆の面前での過度な接触。羞恥心がないわけではないだろうが、彼女の中での優先順位が『俺を確保すること > 他人の目』になっているのだ。
「玲奈、歩きにくいって。せめて手を繋ぐくらいに……」
「いいの。……離れたら、誰かに盗られちゃう」
彼女は真顔で言った。
冗談めかしているわけでも、甘えているわけでもない。
どこか切迫した響き。
最近、玲奈の独占欲が強くなっている気がする。
以前は「契約だから」という建前があった。だからこそ、演技として割り切れた部分もあった。
だが今は「恋人だから」という正当な権利(ライセンス)を行使して、俺を物理的にも精神的にも拘束してくる。
新幹線に乗り込む。
もちろん、隣同士の指定席だ。
三列シートの窓際が俺、真ん中が玲奈。通路側には知らないサラリーマンが座った。
「ふぅ……涼しい」
席に着くなり、玲奈はシートの肘掛けを跳ね上げ、俺の肩に頭を乗せてきた。
これでは実質、二人掛けのソファ状態だ。
「寝るのか? まだ出発してないぞ」
「ううん。充電中」
「充電?」
「健成分の補給」
彼女は俺の匂いを嗅ぐように、鼻を肩口に擦り付ける。
猫のような仕草だが、その瞳は獲物を狙う肉食獣のように鋭い。
くすぐったいし、何より恥ずかしい。
斜め前の席のおばさんが、新聞越しにチラチラ見ているのが視界に入る。
「……少しは自重しろよ。公共の交通機関だぞ」
「なんで? 私たち、恋人でしょ? 悪いことしてないもん」
「そうだけど、TPOってものが……」
「関係ないよ。……世界には私と健しかいないと思えばいいの」
玲奈の言葉には、不思議な説得力があった。
いや、魔力のようなものか。
彼女の世界には、本当に俺しかいないのかもしれない。
両親も、友人も、社会も、すべては背景(モブ)に過ぎず、解像度を持っているのは俺だけ。
そう思わせるほど、彼女の瞳は俺だけを映していた。
ガタン、と軽い衝撃があり、列車が動き出した。
流れる景色。ビル群が後ろへと飛び去っていく。
長いトンネルに入る。
車内が少し暗くなり、窓ガラスに俺たちの顔が映った。
その瞬間、玲奈の手が俺の手の甲に重なった。
指が絡まる。
恋人繋ぎ。
ぎゅっと握られた力は、痛いくらいに強かった。
「……健」
「ん」
「約束して」
「何を」
「向こう(地元)についても、ずっと私と一緒にいるって」
囁くような声。
だが、その手は俺の血流を止めるほどに強く握られている。
「当たり前だろ。そのために一緒に帰るんだし」
「他の子と会ったりしない? 同窓会とかあっても」
「行かないよ。そんな予定ないし」
「……もし誘われても?」
「断るよ。お前といれば十分だ」
俺が答えると、玲奈は深く、安堵の息を漏らした。
「……よかった」
彼女は俺の指に、自分の指をさらに深く絡ませた。
脈拍が伝わる。
彼女の心臓の音が、俺の指先を通して聞こえてくるようだ。ドン、ドン、と少し早いリズム。
「私には健しかいないの。……健にも、私しかいてほしくない」
それは、愛の言葉というよりは、呪文のように響いた。
重い。
鉛のように重い愛。
けれど、その重さが今の俺には心地よかった。
必要とされている実感。
俺がいなければ、この完璧な美少女は生きていけないのではないかという、倒錯した優越感。
それが、俺の自尊心を満たしてくれる。
「……分かってるよ」
俺は彼女の手を握り返した。
新幹線は加速する。
東京という日常(リアル)を離れ、俺たちの原点(過去)へと向かっていく。
そこにあるのが、ただのノスタルジックな思い出だけではないことを、今の俺はまだ知らなかった。
閉鎖された空間、二人だけの時間、そして逃げ場のない夏。
共犯者たちの物語が、ここから加速していく。
巨大な質量を持った人の波が、改札へと吸い込まれていく。
喧騒。熱気。アナウンスの声。
「はぐれないでね、健」
「子供じゃないんだから……って、おい」
玲奈は俺の手を握るどころか、腕にがっしりと抱きついていた。
彼女の白いワンピースが、俺の腕にまとわりつく。
そして何より、彼女の柔らかい感触が二の腕に遠慮なく押し付けられている。
周囲のサラリーマンや学生たちが、ギョッとしたように振り返る。
「なんだあの美人」「あいつの彼女? マジで?」
そんな視線と言葉が聞こえてきそうだ。
公衆の面前での過度な接触。羞恥心がないわけではないだろうが、彼女の中での優先順位が『俺を確保すること > 他人の目』になっているのだ。
「玲奈、歩きにくいって。せめて手を繋ぐくらいに……」
「いいの。……離れたら、誰かに盗られちゃう」
彼女は真顔で言った。
冗談めかしているわけでも、甘えているわけでもない。
どこか切迫した響き。
最近、玲奈の独占欲が強くなっている気がする。
以前は「契約だから」という建前があった。だからこそ、演技として割り切れた部分もあった。
だが今は「恋人だから」という正当な権利(ライセンス)を行使して、俺を物理的にも精神的にも拘束してくる。
新幹線に乗り込む。
もちろん、隣同士の指定席だ。
三列シートの窓際が俺、真ん中が玲奈。通路側には知らないサラリーマンが座った。
「ふぅ……涼しい」
席に着くなり、玲奈はシートの肘掛けを跳ね上げ、俺の肩に頭を乗せてきた。
これでは実質、二人掛けのソファ状態だ。
「寝るのか? まだ出発してないぞ」
「ううん。充電中」
「充電?」
「健成分の補給」
彼女は俺の匂いを嗅ぐように、鼻を肩口に擦り付ける。
猫のような仕草だが、その瞳は獲物を狙う肉食獣のように鋭い。
くすぐったいし、何より恥ずかしい。
斜め前の席のおばさんが、新聞越しにチラチラ見ているのが視界に入る。
「……少しは自重しろよ。公共の交通機関だぞ」
「なんで? 私たち、恋人でしょ? 悪いことしてないもん」
「そうだけど、TPOってものが……」
「関係ないよ。……世界には私と健しかいないと思えばいいの」
玲奈の言葉には、不思議な説得力があった。
いや、魔力のようなものか。
彼女の世界には、本当に俺しかいないのかもしれない。
両親も、友人も、社会も、すべては背景(モブ)に過ぎず、解像度を持っているのは俺だけ。
そう思わせるほど、彼女の瞳は俺だけを映していた。
ガタン、と軽い衝撃があり、列車が動き出した。
流れる景色。ビル群が後ろへと飛び去っていく。
長いトンネルに入る。
車内が少し暗くなり、窓ガラスに俺たちの顔が映った。
その瞬間、玲奈の手が俺の手の甲に重なった。
指が絡まる。
恋人繋ぎ。
ぎゅっと握られた力は、痛いくらいに強かった。
「……健」
「ん」
「約束して」
「何を」
「向こう(地元)についても、ずっと私と一緒にいるって」
囁くような声。
だが、その手は俺の血流を止めるほどに強く握られている。
「当たり前だろ。そのために一緒に帰るんだし」
「他の子と会ったりしない? 同窓会とかあっても」
「行かないよ。そんな予定ないし」
「……もし誘われても?」
「断るよ。お前といれば十分だ」
俺が答えると、玲奈は深く、安堵の息を漏らした。
「……よかった」
彼女は俺の指に、自分の指をさらに深く絡ませた。
脈拍が伝わる。
彼女の心臓の音が、俺の指先を通して聞こえてくるようだ。ドン、ドン、と少し早いリズム。
「私には健しかいないの。……健にも、私しかいてほしくない」
それは、愛の言葉というよりは、呪文のように響いた。
重い。
鉛のように重い愛。
けれど、その重さが今の俺には心地よかった。
必要とされている実感。
俺がいなければ、この完璧な美少女は生きていけないのではないかという、倒錯した優越感。
それが、俺の自尊心を満たしてくれる。
「……分かってるよ」
俺は彼女の手を握り返した。
新幹線は加速する。
東京という日常(リアル)を離れ、俺たちの原点(過去)へと向かっていく。
そこにあるのが、ただのノスタルジックな思い出だけではないことを、今の俺はまだ知らなかった。
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