『クラスで一番モテない男が、幼なじみと“仮恋人契約”したら、本物の恋に気づいてしまった件』~報酬はプリン100個。彼女が部屋でだけ甘えん坊

月下花音

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第28話 嵐の前の静寂

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 翌日。
 俺たちは海に行く計画を立てていた。
 地元の穴場的なプライベートビーチ。子供の頃に一度だけ行ったことがある、岩場に囲まれた秘密の場所だ。

 昼下がり。
 俺と玲奈は、近所のショッピングモールに水着を買いに来ていた。
 地方都市特有の、巨大だが少し寂れたモール。
 冷房が効きすぎている店内を、俺たちは手を繋いで歩く。

「健、どっちがいい?」
 
 水着売り場の鏡の前で、玲奈が二つの水着を身体に当てて見せる。
 一つは淡いブルーのワンピースタイプ。清楚で、彼女の雰囲気に合っている。
 もう一つは、布面積が極端に少ない、真っ白なビキニ。
 紐のようなストラップ。胸元を強調するデザイン。

「……どっちも似合うと思うけど」
「逃げないで。健の『好み』を聞いてるの」
「う……じゃ、じゃあ白の方で」
「ふふ、やっぱりえっち。男の子ね」

 玲奈は悪戯っぽく笑い、ビキニを持ってレジに向かった。
 俺はベンチに座って待つ。
 通りかかる地元の中高生たちが、玲奈を見て振り返るのが分かる。
 「うわ、すげー美人」「東京から来たのかな?」「モデルか?」
 そんな囁き声が聞こえる。
 鼻が高い。
 けれど同時に、誰かに彼女を見られることへの独占欲が、チクリと胸を刺す。
 俺だけの玲奈。誰にも見せたくない。
 そんな暗い欲望が、俺の中で芽生え始めていた。

 買い物を終え、モールの外に出る。
 自動ドアが開くと、熱波が俺たちを襲った。
 アスファルトの照り返しが眩しい。

「ねえ、健」
 カフェで買ったアイスコーヒーを飲みながら、玲奈が言った。
 ストローを咥える唇が、艶めかしく濡れている。
 
「昔、ここで迷子になったこと、覚えてる?」
「え? いや、覚えてないな」
「そっか……。私、泣いてて。お母さんとはぐれちゃって。そしたら健が来て、手をつないでくれたんだよ」
「俺が? ……そうだったっけ」

 俺の記憶にはない。
 俺たちの幼少期は、いつも一緒だったから、そんなこともあったかもしれない。
 でも、玲奈は時々、俺の知らない「二人の思い出」を語ることがある。
 まるで、大切な宝物を見せびらかすように。
 それはいつも、俺が彼女を「助ける」エピソードだ。

「健の手、温かかったの。……今と同じ」
 玲奈は空いている方の手で、俺の手をぎゅっと握った。
 
「あの時決めたの。……私は、一生この手を離さないって」

 その横顔は、幸福そうで、でもどこか危うかった。
 焦点が少しずれているような、夢を見ているような目。
 そして、俺の手を握る力が、少し強すぎる。
 爪が食い込むほどに。

「……玲奈?」
「ん? なあに?」
「いや、なんでもない」

 俺は飲み込みかけた言葉を呑み込んだ。
 「少し痛いよ」と言おうとしたが、言えなかった。
 彼女の完璧な笑顔を曇らせるのが怖かったからだ。
 彼女が信じている「美しい思い出」を、俺の一言で否定してはいけない気がした。

 夕方。
 家まで送っていく途中、妹の優奈とすれ違った。
 優奈は部活帰りらしく、ジャージ姿で自転車を押している。

「あ、お兄ちゃんと……白石先輩」
「優奈ちゃん、久しぶり」

 玲奈が微笑む。完璧な、お姉さんの笑顔だ。
 優しく、上品で、隙がない。
 だが、優奈は引きつった笑みを浮かべ、一歩後ずさった。
 自転車のハンドルを握る手が白くなっている。

「ど、どうも……。じゃ、私急ぐんで!」

 優奈は逃げるようにペダルを漕ぎ、走り去っていった。
 まるで、幽霊か何かを見たような反応。

「……変な子ね」
「ああ。受験勉強で疲れてるんだろ」

 俺は苦笑したが、心の中に小さな違和感が棘のように残った。
 優奈のあの怯えた目。
 ただの人見知りじゃない。
 彼女は、玲奈の背後に何を見ていたんだ?
 俺には見えない、何かの影を。

 明日はいよいよ海だ。
 俺たちの「共犯者」としての夏が、本格的に始まろうとしていた。
 違和感の正体も知らずに、俺は玲奈の手を強く握り返した。
 その手のひらの熱さが、俺を逃さない鎖のように感じられた。
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