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第30話 壊れた玩具
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海から帰り、玲奈の家で夕食を御馳走になった後。
俺たちは夜更かしをして、玲奈の部屋で昔のアルバムを見ていた。
リビングには誰もいない。ご両親は既に寝室へ行った後だ。
深夜一時。
窓の外では風が出てきたのか、木々が擦れる音がする。
静寂の中で、アルバムのページをめくる音だけが響く。
「あ、これ小学校の運動会。健、転んで泣いてる」
「うるさいな。この後、リレーで挽回しただろ。ほら、ここ」
「ふふ、そうだったっけ。健、必死な顔してて可愛い」
ベッドに並んで座り、肩を寄せ合う。
穏やかな時間だ。
だが、ページが進み、玲奈の中学時代の写真に差し掛かった時。
突然、彼女の手が止まった。
そこに写っていたのは、玲奈と――彼女の母親だった人だ。
玲奈が中二の時に病死した、実の母親。
今の母親は、その後再婚した継母にあたる。
写真の中の実母は、病院のベッドで痩せ細りながらも、玲奈の手を握って微笑んでいた。
「……あ」
玲奈の喉から、空気が漏れるような音がした。
呼吸が、急に浅く、早くなる。
ヒュー、ヒュー、という音。
顔色が蝋人形のように青ざめ、指先が微細に震え始める。
「玲奈? どうした?」
俺が声をかけても、反応がない。
彼女の視線は写真に釘付けになり、瞳孔が開いていた。
焦点が合っていない。ここではないどこかを見ている。
「お母さん……ごめんなさい……ごめんなさい……」
うわ言のように繰り返される謝罪。
過去のトラウマへのフラッシュバックだ。
彼女の母は、玲奈を産んでから体調を崩しがちだった。親戚の心無い言葉、あるいは自分自身の思い込みによって、玲奈はずっと、「私が生まれたせいでお母さんは死んだ」「私は母を食い殺して生きてきた」という罪悪感(呪い)を抱えて生きてきたのだ。
「うっ……あぁっ……!」
突然、玲奈が自分の頭を抱え、髪を掻きむしり始めた。
長い綺麗な黒髪が、指に絡まり、ブチブチと引きちぎられる音がする。
「おい、やめろ!」
俺は慌てて彼女の手首を掴んだ。
「離して! ……私が悪い子だから……罰を受けなきゃ……!」
「玲奈! 落ち着け! 俺だ! 健だ!」
俺は彼女の肩を掴み、強く揺さぶった。
だが、彼女の力は異常なほど強かった。
錯乱し、暴れる彼女を、俺は力づくで抱きしめ、動きを封じた。
「あぁあああッ! ごめんなさい! 許して! もうしません! いい子にします!」
彼女の口から飛び出す、子供のような絶叫。
いつも冷静で完璧な「氷の女王」の面影はどこにもない。
そこにいたのは、壊れかけた玩具のように、感情の制御を失った哀れな少女だった。
「はぁ……はぁ……っ……」
数分後。
俺の腕の中で暴れていた身体が、ようやく力を失った。
彼女はぐったりと俺にもたれかかり、小刻みに震えている。乱れた髪、涙で濡れた頬。
「……健、くん……?」
彼女の目に、ようやく理性の光が戻った。
「大丈夫だ。俺がいる。ここには俺しかいない」
「健……怖い……独りにしないで……」
「しないよ。絶対しない」
俺は彼女の背中を、赤子をあやすように何度も撫でた。
脆い。
あまりにも脆い。
彼女の完璧な外面は、この空虚で傷だらけの内面を守るために必死に張り巡らせた、薄い氷の殻だったのだ。
少し突けば粉々に砕け散ってしまうほどの。
「……健くん」
玲奈は俺のシャツを掴み、すがるような目で見上げた。
涙に濡れた瞳。そこには、俺への絶対的な依存の色があった。
「私、壊れてるの。……中身がぐちゃぐちゃなの。……それでも、愛してくれる?」
それは、魂の叫びだった。
俺に見捨てられたら、彼女は本当に壊れてしまうだろう。
俺は迷わず頷いた。
「ああ。壊れててもいい。俺が全部受け止める」
「……約束だよ?」
彼女は俺の首に腕を回し、唇を押し付けてきた。
涙の味がする、しょっぱいキス。
でも、その奥にどうしようもないほどの熱情があった。
彼女には俺が必要だ。
俺が支えてやらなければ、彼女は生きていけない。
その強烈な「使命感」は、同時に俺を彼女の「絶対的な管理者(オーナー)」の地位へと押し上げた。
歪んだ共依存の歯車が、静かに、しかし確実に回り始めた夜だった。
俺たちは夜更かしをして、玲奈の部屋で昔のアルバムを見ていた。
リビングには誰もいない。ご両親は既に寝室へ行った後だ。
深夜一時。
窓の外では風が出てきたのか、木々が擦れる音がする。
静寂の中で、アルバムのページをめくる音だけが響く。
「あ、これ小学校の運動会。健、転んで泣いてる」
「うるさいな。この後、リレーで挽回しただろ。ほら、ここ」
「ふふ、そうだったっけ。健、必死な顔してて可愛い」
ベッドに並んで座り、肩を寄せ合う。
穏やかな時間だ。
だが、ページが進み、玲奈の中学時代の写真に差し掛かった時。
突然、彼女の手が止まった。
そこに写っていたのは、玲奈と――彼女の母親だった人だ。
玲奈が中二の時に病死した、実の母親。
今の母親は、その後再婚した継母にあたる。
写真の中の実母は、病院のベッドで痩せ細りながらも、玲奈の手を握って微笑んでいた。
「……あ」
玲奈の喉から、空気が漏れるような音がした。
呼吸が、急に浅く、早くなる。
ヒュー、ヒュー、という音。
顔色が蝋人形のように青ざめ、指先が微細に震え始める。
「玲奈? どうした?」
俺が声をかけても、反応がない。
彼女の視線は写真に釘付けになり、瞳孔が開いていた。
焦点が合っていない。ここではないどこかを見ている。
「お母さん……ごめんなさい……ごめんなさい……」
うわ言のように繰り返される謝罪。
過去のトラウマへのフラッシュバックだ。
彼女の母は、玲奈を産んでから体調を崩しがちだった。親戚の心無い言葉、あるいは自分自身の思い込みによって、玲奈はずっと、「私が生まれたせいでお母さんは死んだ」「私は母を食い殺して生きてきた」という罪悪感(呪い)を抱えて生きてきたのだ。
「うっ……あぁっ……!」
突然、玲奈が自分の頭を抱え、髪を掻きむしり始めた。
長い綺麗な黒髪が、指に絡まり、ブチブチと引きちぎられる音がする。
「おい、やめろ!」
俺は慌てて彼女の手首を掴んだ。
「離して! ……私が悪い子だから……罰を受けなきゃ……!」
「玲奈! 落ち着け! 俺だ! 健だ!」
俺は彼女の肩を掴み、強く揺さぶった。
だが、彼女の力は異常なほど強かった。
錯乱し、暴れる彼女を、俺は力づくで抱きしめ、動きを封じた。
「あぁあああッ! ごめんなさい! 許して! もうしません! いい子にします!」
彼女の口から飛び出す、子供のような絶叫。
いつも冷静で完璧な「氷の女王」の面影はどこにもない。
そこにいたのは、壊れかけた玩具のように、感情の制御を失った哀れな少女だった。
「はぁ……はぁ……っ……」
数分後。
俺の腕の中で暴れていた身体が、ようやく力を失った。
彼女はぐったりと俺にもたれかかり、小刻みに震えている。乱れた髪、涙で濡れた頬。
「……健、くん……?」
彼女の目に、ようやく理性の光が戻った。
「大丈夫だ。俺がいる。ここには俺しかいない」
「健……怖い……独りにしないで……」
「しないよ。絶対しない」
俺は彼女の背中を、赤子をあやすように何度も撫でた。
脆い。
あまりにも脆い。
彼女の完璧な外面は、この空虚で傷だらけの内面を守るために必死に張り巡らせた、薄い氷の殻だったのだ。
少し突けば粉々に砕け散ってしまうほどの。
「……健くん」
玲奈は俺のシャツを掴み、すがるような目で見上げた。
涙に濡れた瞳。そこには、俺への絶対的な依存の色があった。
「私、壊れてるの。……中身がぐちゃぐちゃなの。……それでも、愛してくれる?」
それは、魂の叫びだった。
俺に見捨てられたら、彼女は本当に壊れてしまうだろう。
俺は迷わず頷いた。
「ああ。壊れててもいい。俺が全部受け止める」
「……約束だよ?」
彼女は俺の首に腕を回し、唇を押し付けてきた。
涙の味がする、しょっぱいキス。
でも、その奥にどうしようもないほどの熱情があった。
彼女には俺が必要だ。
俺が支えてやらなければ、彼女は生きていけない。
その強烈な「使命感」は、同時に俺を彼女の「絶対的な管理者(オーナー)」の地位へと押し上げた。
歪んだ共依存の歯車が、静かに、しかし確実に回り始めた夜だった。
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