卒業式で「悪役令嬢の役目は終了です」と告げたら

月下花音

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第1話 Scene 1: 悪役令嬢の日常

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「……あら、手が滑りましたわ」

 私がそう言って手を放すと、新品の教科書がバサリと床に落ちた。
 教室の空気が凍りつくのがわかる。
 私は優雅に――そう、あくまで優雅に、落ちた教科書をヒールで踏みつけた。

「ごめんなさいね。でも、こんな安っぽい紙、あなたの貧しい頭にはお似合いじゃなくて?」

 完璧だ。
 声のトーン、見下ろす角度、口角の上がり具合。
 すべてが計算通り。
 私は、私立聖華学園の「悪役令嬢」、姫宮麗華(ひめみや れいか)を演じている。

「……おい、いい加減にしろよ姫宮!」

 来た。
 教室の後ろから、一人の男子生徒が立ち上がる。
 篠崎湊(しのざき みなと)。
 どこにでもいる平凡な少年だが、正義感だけは人一倍。
 彼こそが、この物語の――いや、この「番組」の主人公だ。

「あら、篠崎様。わたくしに指図するおつもり?」
「クラスメイトをいじめるなって言ってんだよ!」
 湊が駆け寄ってきて、私を突き飛ばす(手加減してくれた。優しい)。
 彼は床に落ちた教科書を拾い上げ、持ち主の女子生徒に「大丈夫?」と声をかける。
 その女子生徒――もちろん彼女も仕込みのエキストラだ――は、涙目で湊を見上げる。
「う、うん……ありがとう、篠崎くん……」

 よし、フラグ成立。
 ナイス演技だ、エキストラA子。後でジュース奢るわ。

「ふん……。くだらない偽善者ごっこね」
 私は捨て台詞を吐いて、教室を出て行く。
 背中で、クラスメイトたち(全員エキストラ)の非難の声を聞きながら。

 廊下を歩く。
 角を曲がる。
 誰もいない階段の踊り場まで来て、私はようやく息を吐いた。

「……カット」

 私は壁に背中を預け、ズルズルとしゃがみ込んだ。
 重い。
 このドレス風の制服、マジで重い。肩凝るわ。
 そして何より、今のシーン。
 尺をあ使いすぎた気がする。
 
 ポケットからスマホを取り出す。
 専用アプリには、既に監督(クライアント)からのフィードバックが届いている。
『悪くない。だが、教科書を踏む時、もう少し躊躇いを見せろ。「根は悪い子じゃない」感を一瞬だけ出せ』

 うるせえな、クソジジイ。
 注文が多いんだよ。
 私は田中花子。十八歳。
 元天才子役で、今は売れない劇団員。
 そして現在は、超巨大財閥の会長に雇われ、彼の可愛い孫・篠崎湊を「立派な主人公」にするための「悪役」を演じているバイトだ。
 時給は破格だが、精神的苦痛が半端ない。

 だって、湊くん。
 あいつ、本当にいい奴なんだもん。
 さっきも、私に突き飛ばされた時、さりげなく私が転ばないように腕を掴もうとしてたし。
 あんなピュアな子を騙して、いじめて、ヒーロー願望を満たしてやる。
 なんて悪趣味なプロジェクトなんだ。

「……疲れた」
 私はカバンから、隠し持っていたメンソールタバコの箱を取り出して、また戻した。
 ダメだ。ここはまだセット(学校)の中だ。
 どこに監視カメラがあるかわからない。
 私は深呼吸して、再び「姫宮麗華」の仮面を被る。

 さあ、次のシーンは昼休み。
 「一人寂しくランチを食べる悪役令嬢に、主人公がお節介を焼く」シーンだ。
 カロリーメイトをフレンチのコース料理だと思って食べる演技、マジでしんどいんですけど。

(つづく)
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