卒業式で「悪役令嬢の役目は終了です」と告げたら

月下花音

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第2話 Scene 4: カフェテリアの孤立

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 昼休み。
 学園のカフェテリアは、数百人のエキストラたち(生徒役)の発する喧騒で満たされていた。
 天井の高い開放的な空間。壁一面のガラス窓から注ぐ自然光。
 いかにも「名門校のランチタイム」という画作りだ。
 だが、その実態は、計算され尽くした虚構の空間である。

 その喧騒からポツンと切り離された、窓際の特等席。
 ここが私の定位置だ。
 周囲のテーブルは、まるで結界が張られたように無人になっている。

 テーブルの上には、プロップ(小道具)の紅茶と、高級そうなサンドイッチ。
 私は優雅にティーカップを持ち上げ、口をつける。
 ……不味い。
 中身は紅茶ですらない。色のついた冷めた麦茶だ。しかも薄い。
 予算削減のしわ寄せがこんなところに来ている。
 私はカップの縁で口元を隠しながら、心の中で盛大に舌打ちをした。

「……孤独。これぞ高貴なる者の特権ですわ」

 独り言も台本通り。
 私の声を拾うために、テーブルの花瓶には小型マイクが仕込まれている。

 周囲のエキストラたちが、遠巻きに私を見てヒソヒソと陰口を叩く演技をしているのが視界に入る。
 『うわ、姫宮さん今日も一人だよ』
 『友達いないのかな』
 『性格悪いからねー、誰も寄り付かないんでしょ』

 ……おい、そこの女子二人。
 今、アドリブで「昨日のドラマの最終回見た?」って話してなかったか?
 口の動きでわかんだよ。
 世界観(リアリティ)が崩れるだろうが。後で制作進行にチクってやるからな。

「……隣、いいかな」

 来た。
 トレイを持った篠崎湊だ。
 今日の彼のメニューは、庶民派かつ家庭的な一面をアピールするための「手作り弁当」だ。
 もちろん、これも美術スタッフが作った「手作り風」の業者弁当だが。

「お断りしますわ。庶民の匂いが移りますもの」
 私は目も合わせずに切り捨てる。
 冷徹に。傲慢に。
 だが、湊はへこたれない。
 この「鋼のメンタル」設定、たまにウザいほど機能している。

「そんなこと言うなよ。姫宮、いつも一人だろ? 一緒に食おうぜ」
 湊が強引に隣に座ろうとする。
 私の領域(パーソナルスペース)に、土足で踏み込んでくる。

 ここだ。
 台本では、ここで私が彼の弁当を「手が滑ったフリ」でひっくり返すことになっている。
 私はタイミングを計る。
 彼の弁当箱がテーブルに置かれる瞬間。
 カメラ位置を確認。
 私の右半身が見切れるアングル。
 右肘を、不自然にならないギリギリの角度で突き出す。

 ガシャーン!!

 派手な音が響いた。
 弁当箱が床に落ち、黄色い卵焼きと、赤色のタコさんウインナーが、無惨にカフェテリアの床に散乱した。
 汁が飛び散り、私の靴にかかる。

 カフェテリアが一瞬で静まり返る。
 数百人の視線が、一点に集中する。

「あ……」
 湊が呆然と床を見つめる。
 いびつな形の卵焼き。焦げ目のついたウインナー。
 美術さんが徹夜で作ったであろう「愛情弁当」の成れの果て。
 一瞬、胸が痛む。
 だが、私は女優だ。

「あら、ごめんなさい。……手が滑りましたわ」

 私は口元を歪め、冷笑を作る。
 そして、決定的な一言を放つ。

「でも、ちょうどよかったじゃありませんの。あなたには、床で這いつくばって食べる方がお似合いでしてよ?」

 完璧な悪役ムーブ。
 これで湊の好感度はダウンし、視聴者(祖父)のサディズムも満たされるはずだ。
 普通の人間なら、ここで激昂するか、泣き出して走り去るかだ。
 さあ、怒れ。
 私を罵れ。

「……姫宮」
 湊が立ち上がる。
 私は身構えた。
 ビンタか? それとも胸ぐらを掴まれるか?
 どちらでも対応できるように重心を落とす。

「怪我、ないか?」

 ……は?

「熱いお茶とか、かかってないか? 汁、跳ねただろ。火傷してないか?」
 湊は、散らばった自分の弁当なんて見向きもしなかった。
 彼は私の足元に跪き、汚れたローファーをハンカチで拭き始めたのだ。
 その目は、本気で私を気遣っていた。
 一点の曇りもない、真っ直ぐな瞳。

 ……おい。
 台本と違うぞ。
 そこは「なんてことするんだ!」って怒るところだろ。
 なんで加害者の私を心配してんだよ。
 バカなの? 聖人なの? それともドMなの?

 私の心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。
 調子が狂う。
 予定調和が崩れる。
 こんなのアドリブにも程がある。

「……っ」
 私は思わず足を引っ込める。
 胸の奥が、チクリと痛んだ。
 罪悪感?
 バカな。これは仕事だ。私はプロだ。
 でも、彼の温かい手が私の足首に触れた瞬間、背筋に電流が走ったような感覚に襲われた。

「……触らないでくださる?」
 私は震える声をごまかすように、必要以上に声を張り上げた。
「気安く触れられると、寒気がしますの。……不愉快ですわ!」

 私は席を立ち、逃げるようにカフェテリアを出た。
 後ろを振り返る勇気はなかった。
 でも、背後で湊が床の弁当を黙々と拾い始める気配がした。
 エキストラたちが遠巻きに見ている中で、一人で。

 廊下の角を曲がり、カメラの死角に入った瞬間、私は壁にもたれかかった。
 息が切れている。
 冷や汗が止まらない。

 チッ、最悪だ。
 あいつのアドリブ(優しさ)は、凶器だ。
 私の「悪役」という鎧を、内側から溶かしていくような、質の悪い毒だ。

 私はスカートのポケットの中で、拳を強く握りしめた。
 仕事に私情を持ち込むな、田中花子。
 お前は女優だ。
 給料分、きっちり嫌われてみせろ。

(つづく)
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