卒業式で「悪役令嬢の役目は終了です」と告げたら

月下花音

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第11話 Truth: クランクアップ

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 3月。
 卒業式の前日。
 校内は明日の準備で慌ただしいが、体育館裏だけは静まり返っていた。
 ここには隠しカメラが3台、集音マイクが高性能なやつで2本設置されている。
 私の、そしてこの番組のラストシーンを撮るために。

 私は湊をここに呼び出した。
 冷たい風が吹いている。スカートが揺れる。
 私は深呼吸し、表情筋を「悪役」モードにセットした。

「……姫宮。話って何だ?」
 湊がやってくる。
 少し痩せた気がする。
 最近私が避けていたから、気にしてくれているんだろう。
 その優しさが、今は凶器のように胸に刺さる。

「……篠崎様」
 私は口角を吊り上げ、最高の「悪役令嬢スマイル」を作った。
 鏡の前で何千回も練習した、完璧な嘲笑だ。

「今まで、楽しかったですわ。あなたのような愚かな玩具(おもちゃ)をいじるのは」

「え……?」
 湊が足を止める。
「気づきませんでした? 全ては私の暇つぶし。あなたが必死になったり、落ち込んだりする様を見るのが、退屈な学園生活における最高の娯楽でしたの」

 心にもない言葉が、スラスラと出てくる。
 さあ、怒れ。絶望しろ。
 私は懐から、一枚の茶封筒を取り出した。
 中に入っているのは、彼がカンニングをしたという捏造証拠写真と、盗難品(私が事前に財布を入れておいた)だ。

「これを学校側に提出しますわ。そうすれば、あなたは退学。卒業取り消しです。……推薦もパーですわね」

「……本気かよ」
 湊の声が震える。
 ショックを受けているようだ。当然だ。
「ああ、本気ですとも。……さようなら、篠崎湊。あなたの人生、ここでゲームオーバーです」

 私は封筒を見せつけ、踵を返した。
 これでいい。
 これで、彼は私を憎み、軽蔑し、永遠に忘れるだろう。
 悪役としての役割を全うして、私は消える。
 この学校からも、彼の人生からも。

 ガシッ。
 強い力で、腕を掴まれた。

「……待てよ」
 振り返ると、湊が泣きそうな顔で私を見ていた。
 怒りじゃない。
 悲しみでもない。
 それは、懇願だった。

「嘘だろ」
 湊の手が震えている。
「お前は、そんな奴じゃない。俺は知ってる。お前が本当は優しい奴だって……。猫を助けて、俺が風邪引いた時は看病してくれて、バレンタインだって……」

「離しなさい!」
 私は叫んだ。
 やめてくれ。
 そんな過去(データ)を持ち出さないでくれ。
 それが全部「演技」だったってことにして終わらせたいのに。

「信じない! お前の言葉なんか信じない! お前の目を見ればわかる!」
 湊が強く抱き寄せてくる。
 彼の体温が、私の仮面を溶かしていく。
 ダメだ。これ以上は耐えられない。

 私は湊の胸の中で、カメラの方を睨みつけた。
 モニターの向こうの祖父に向かって、心の中で別れを告げる。
 (ジジイ、お前のシナリオはここまでだ。……切れ!)

 私はポケットの中のスイッチを押した。
 バチンッ。
 空気が弾けるような音がして、私が事前に仕掛けておいた広帯域ジャミング装置が作動する。
 周囲のカメラの動作ランプが一斉に消える。
 音声も映像も、これで遮断されたはずだ。

 ここからは、台本のない時間だ。

「……湊」
 私は初めて、彼の名前を呼んだ。
 「篠崎様」でも「あんた」でもない、ただの名前。
 役(姫宮)じゃなく、私(田中花子)の声で。

「聞いて。……時間がないの」
 私は早口でまくし立てる。
 湊が驚いて腕を緩める。
「この世界は作り物。あんたのじいさんが作った、主人公育成プログラムなの。私も、クラスメイトも、先生も、全員雇われた役者。……あんた以外、全員嘘なの」

「……は?」
 湊がポカンとする。
 「何言ってんだ?」という顔だ。当然だ。理解できるわけがない。

「信じられないなら、これを見て」
 私は自分のスマホをロック解除し、彼に投げ渡した。
 画面には、今までの「演技指示書」や「祖父からのダメ出しメール」、そして毎月振り込まれる「高額なギャラの明細」が表示されている。

 湊が画面をスクロールする。
 指が止まる。
 顔色が青ざめていく。
 『湊をプールに落とせ』『バレンタインは毒入りで』『カンニングを捏造しろ』。
 非情な命令の数々。

「……なんだよ、これ」
 湊の声が掠れる。
 スマホを持つ手が震え、地面に落ちそうになるのを必死で耐えている。

「真実よ」
 私は泣き笑いのような顔で言った。涙が溢れて止まらなかった。
「あんたの青春ごっこは、全部演出されたお芝居。……私も、あんたのことなんて好きじゃない。金のためにやってただけ。……だから、もう私のことなんて忘れて」

 言った。
 言ってしまった。
 一番言いたくない、でも言わなければならない言葉。

 私は、湊が私を殴るのを待った。
 あるいは、罵倒するのを。
 でも、彼はただ立ち尽くしていた。
 絶望に染まった瞳で、私を見つめたまま。

 私はそれ以上そこにいられず、走り出した。
 今度こそ終わりだ。
 さようなら、私の最初で最後の、本気の初恋。

(つづく)
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