【告白短編集】~どこにでもある日常の中に、最高の愛が隠れている~

月下花音

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第24話:ライバルの影で、君の隣を譲らなかった

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彼女の名前は美月。仕事の後輩だ。

付き合い始めて、もうすぐ一年になる。

だが、最近、悩んでいることがあった。

美月の元カレが、東京に戻ってきたのだ。

先日のプロジェクトで、偶然会った。名前は健一。業界では有名な営業マン。元々のスペックが違う。高い営業成績。爽やかな笑顔。女性にモテそうなタイプ。

その時、美月の雰囲気が変わった。

まるで別人のような笑顔を見せた。

その瞬間、僕の心に不安が走った。



その夜。

僕は美月に聞いた。

「あの人、誰?」

「え?」

「今日のプロジェクトにいた、健一さんだ」

美月は視線を逸らした。

「元カレです」

その一言が、胸に刺さった。

「二年付き合ってました。結構、真剣だったんです。でも、彼が転勤になって……別れちゃいました」

「そっか」

言葉が続かなかった。



それからというもの、僕は健一を監視し始めていた。

メール。ランチのお誘い。飲み会の誘い。

一つ一つが、矢のようにこっちに突き刺さった。

美月は、最初「忙しいので」と断っていた。

だが、やがて、返信が「承知します」に変わった。



ある日。

会社の飲み会があった。

営業部全体の懇親会。その中に、健一もいた。

彼は、僕を無視するかのように、美月のすぐ隣に座った。

「最近、また綺麗になったね」

健一がそう言うと、美月は照れて笑った。

その瞬間。

僕の心に、何かが決壊した。



飲み会の後。

僕は美月を呼び止めた。

「ちょっと」

「え?」

「アパートまで送る」

そう言って、彼女の腕を掴んだ。

エレベーターの中。

僕は、まるで子どものように、美月を壁に押し付けた。

「美月」

「何ですか?」

「俺たちの関係、続けたい」

その言葉は、懇願だった。

「続けたい。元カレなんて関係ない。俺だけを見てくれ」

美月の目が見張った。

「健太さん、何を……」

「この隣、譲りたくない」

僕は彼女の手を握った。

「絶対に譲りたくない。君の隣を」

エレベーターの警告音が鳴った。

「健太さん……」

「答えてくれ。俺を選ぶのか、選ばないのか」

美月は僕を見つめた。

その目の奥に、迷いと苦悩が満ちていた。



その後、二週間。

僕は美月にメールを送り続けた。

「今日、ランチ一緒に行きませんか?」

「映画館に行きませんか?」

「昨日のドラマについて、感想聞きたい」

全て、断られた。

「申し訳ありません。仕事が忙しくて」

その返信ばかり。



三週間目。

ある日の帰り道。

僕は美月の行動を追跡していた。

(本当に仕事が忙しいのか?)

彼女は、会社から渋谷の方へ向かった。

その先は、高級ホテルのラウンジだった。

窓越しに、僕は見た。

健一と、美月が向かい合っている。

それを見た時、僕は全身から力が抜けた。

終わった。全て終わった。

彼女は、俺を選ばなかった。



その晩。

美月から、連絡が来た。

「今夜、話し合いたいことがあります」

駅の前。

雨が降っていた。

僕は、別れを告げられるのだと覚悟していた。



美月は傘をさしていなかった。

ずぶ濡れのまま、僕を見つめた。

「雨、好きです」

彼女が言った。

「不思議だけど、雨の中だと、何か決断ができるんです」

「美月……」

「昨日、健一さんに会ってきました」

僕の心臓が止まった。

「そして、彼に言ってきたんです」

「……」

「『申し訳ない。私は別の人を選びます』」

その瞬間。

初めて、僕は呼吸ができた。

「健太さんの隣にいたい」

「え?」

「あなたのことを、もっと好きになりたいんです」

美月の目には、涙が溜まっていた。

「でも……」

僕は聞いた。

「なぜ? 健一さんの方が、スペック高いんじゃないか」

美月は、雨に濡れた顔のまま、笑った。

「健一さんは、完璧でした。営業成績も、見た目も。彼といれば、きっと『正解』の人生が歩めるって、思ってました」

「だから……」

「だけど、二日間、彼と過ごしてみて、気づいたんです」

美月が、雨の中で、僕のすぐ前に立った。

「健一さんの隣にいると、安心なんです。だけど、心が満たされない」

「美月……」

「でも、あなたの隣にいると、不安なんです。いつか別れるんじゃないかって。だけど、心がいっぱいになるんです」

涙が、彼女の頬を伝った。

「健一さんは『完璧な未来の設計図』を見せてくれた。でも、あなたは『不器用だけど、今を必死に生きている姿』を見せてくれる」

「美月……」

「あなたが『この隣、譲りたくない』って言ってくれた時のこと。その情けない、でも必死な姿。あれが、本当に、本気だったんです」

僕は、何も言えなかった。

「だから。だから、選んだんです。あなたを」

美月は、雨に濡れたまま、僕に抱きついた。

「これからも、この隣にいてくれますか?」

「ずっと」

僕は彼女を抱きしめた。

雨がさらに強くなった。

二人はずぶ濡れになった。

だが、その瞬間、僕は気づいた。

ライバルに勝つことじゃない。

彼女を「失う恐怖」に、全力で向き合うこと。

それが、本当の愛だったんだ。
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