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第29話:転職の書類で、君の夢を知った
しおりを挟む部屋の整理をしていた時だった。
段ボール箱の中から、古い書類が出てきた。
転職活動の記録。
彼女・真由美の筆跡で、書かれた職務経歴書。
読み進めていくと。
一通の便箋を見つけた。
『私の夢:映画プロデューサーになること。感動を映像に変える仕事がしたい』
その字は、力強く、でも優しく書かれていた。
その晩。
彼女に聞いた。
「真由美。映画プロデューサーになりたかったのか?」
真由美は、顔色が変わった。
「どうして、知ったんですか」
「転職活動の書類にあった」
彼女は、黙った。
「いつ、やめたんだ。その夢」
「やめたというか……」
真由美は、椅子に座った。
「あなたと付き合うことになって。二年前。都内から、地方への転勤が決まったんです。私も、ついていきました」
その言葉で、僕は全てを理解した。
「そんな。それで,転職?」
「はい。映画プロデューサーは、東京じゃないと無理ですから。あなたの転勤についていくなら、それは叶わないなって」
真由美の声は、静かだったが。
その奥に、何十倍もの想いが詰まっていた。
「なぜ。言ってくれなかったんだ」
「だから」
真由美は言った。
「あなたが、転勤を辞退してくれるかもしれないから」
「え?」
「あなたが『そんなに映画プロデューサーに成りたいなら』って。転勤を辞退するかもしれない。そしたら。あなたのキャリアがダメになる」
真由美は、僕を見つめた。
「だから、私は黙ってました」
その後。
二人は話し合った。
長い時間。
結局、真由美は言った。
「今は。あなたのことが、優先です」
「真由美」
「だから。後は、あなたが仕事で安定したら。その時に、また映画業界に戻ることを考えます」
彼女の言葉は、優しかった。
だが。
僕には、その言葉の裏に、深い決断と、多くの諦めが感じられた。
翌日。
僕は会社に行った。
だが、何度も、その書類を思い出した。
『私の夢:映画プロデューサーになること』
その文字が、脳裏を離れない。
その晩。
僕は決めた。
会社に、異動を申し出ることにした。
東京への異動。
それは、昇進ではなく。むしろ、出世からは遠ざかる決定だった。
だが。
彼女の夢を叶えるために。
それしかなかった。
一ヶ月後。
異動が決まった。
東京への配置。
その晩。
僕は真由美に言った。
「東京に戻るぞ」
「え?」
「お前の夢。映画プロデューサー。それを叶えるために」
「そんな……」
真由美が、何か言おうとした。
だが、僕は続けた。
「お前が、二年間、我慢してくれた。今度は、俺の番だ」
「でも、あなたのキャリアが」
「キャリアなんか、いい。お前の笑顔の方が、遥かに大事だ」
東京への引越しの日。
新しいアパート。
その夜。
真由美は、僕に抱きついた。
「本当ですか?」
何度も繰り返した。
「本当だ。今度こそ。お前の番だ」
三ヶ月後。
真由美は、映画プロデューサー職への転職に成功した。
彼女の初仕事は。
短編映画のプロデュース。
小さな。だが。
彼女が心を込めた作品。
その映画の試写会。
僕が、見に行った。
スクリーンには。
感動的な物語が映っていた。
そして。
エンドロールに、彼女の名前が、『プロデューサー』として、刻まれていた。
試写会後。
真由美は、僕の前で泣いた。
「二年間、待たせてくれて、ありがとうございました」
「何言ってるんだ」
「でも、今、ようやく。私の人生が、戻ってきたんです」
彼女は笑った。
「それは、あなたが、全てを譲ってくれたから」
その後。
二人で、一本の映画を見た。
映画館で。
僕は、彼女の手を握った。
「真由美。これからもずっと。この仕事、続けるんだ」
「はい」
「じゃあ。お前の夢を邪魔しないようにする。俺は。お前のキャリアをサポートする立場でいるからな」
真由美は。
映画のスクリーンを見つめたまま。
「でも」
「でも?」
「私も、同じです。あなたのキャリアも、応援します」
彼女は、僕を見つめた。
「だから。これからは。互いにその人の夢をサポートする。そういう関係になりませんか?」
映画が終わった。
暗い映画館を出て。
夜の街へ。
二人で歩いていた。
かつて彼女が、映画プロデューサーの夢を持っていた街。
その街に。
二人は、戻ってきた。
そして。
今度は。
二人で。
その街を。
歩んでいた。
実現した夢。
そしてそれを支える愛。
その両方を握りしめ。
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