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第二章 頂点の裏側で、俺は彼女を“壊れずに運用するシステム”になった
第27話:旧人類たちの墓標
世界が書き換わってから数週間。
新しいルールに適応できなかった者たちが、静かに姿を消していった。
ミオのチャンネルが削除された。
引退宣言から一ヶ月も経っていない。
かつて「聖女」と呼ばれた彼女の痕跡は、ネットの海から驚くほどあっさりと消滅した。
最後に投稿された動画には、こんなコメントが溢れていたという。
『ひとりで頑張りすぎたね』
『もっと頼ればよかったのに』
『レイちゃんみたいになれなかったね』
それは同情のように見えて、最も残酷な死体蹴りだった。
「一人で頑張ること」が、もはや美徳ではなく「設計ミス」として扱われている証拠だからだ。
平穏。
効率。
安定。
この世界を定義するのは、そんな管理者(アドミニストレータ)の言葉たちだ。
誰も傷つかない。誰も悩まない。
ただ決められたレールの上を、決められた速度で走るだけの、幸福な渋滞。
問題はない。
何も、問題はないのだ。
カイも変わった。
ゲーム実況者として生き残ってはいるが、かつての輝きはない。
彼は配信中、常に誰かの「許可」を求めるようになった。
『これやっていいかな?』『みんなはどう思う?』
失敗を極端に恐れ、自分の意志でリスクを取らなくなった。
かつての「正義のヒーロー」は、システムのエラーを恐れる「従順な作業員」へと成り下がった。
そして、 俺たちは歩き出す。
買い物袋の持ち手が掌に食い込み、赤い跡がついていた。痛みは単なる生体信号だ。俺は無感動に袋を持ち替えた。
「……湊」
大学の講義室。
隣の席で、玲奈が俺の袖を引く。
周囲の学生たちが、遠巻きにこちらを見ている。
以前のような好奇の目ではない。
恐れと、羨望と、信仰が入り混じった異様な視線。
彼らは知っているのだ。
この美しい少女が「神」であり、その横にいる地味な男が「神を動かす者」であることを。
教授でさえ、俺たちの席には視線を合わせようとしない。
俺たちはキャンパスにいながら、透明な聖域の中にいる。
「どうした」
俺が小声で応じると、玲奈はノートの端を見せてきた。
『次の休み時間、トイレ行っていい? 膀胱圧:78%』
俺はため息をつきかけた。
生理現象の許可まで求めるようになったのか。
これは退化だ。生物としての機能不全だ。
だが、俺の思考回路は即座にそれを否定する。
――いや、違う。
これは「委任」だ。
彼女は自分のリソースを、排泄のタイミング管理という些末な判断にすら割きたくないのだ。
すべてを俺に預け、自分は「存在すること」だけに集中する。
究極の効率化。
「……許可する。十分後に戻れ」
俺が短く告げると、玲奈は安堵したように微笑んだ。
「了解。マスター」
休み時間のチャイムが鳴る。
玲奈が席を立つと、教室の空気が少しだけ緩んだ。
その隙間を縫うように、一人の男子学生が俺に近づいてきた。
見覚えがある。確か、カイとよくつるんでいた奴だ。
「あの……相沢、さん」
彼は俺を「さん」付けで呼んだ。
怯えたような、媚びるような目。
「相談があるんですけど……」
「なんだ」
「俺も、なれるかな。……レイちゃんみたいに」
「は?」
「努力しても全然ダメで。就活もうまくいかなくて。……だから、誰かに管理されたいんです。俺の人生を、最適化してほしいんです」
彼は真剣だった。
縋るように俺を見ている。
俺は彼の瞳の奥に、かつてのミオやカイにはなかった「病巣」を見た。
思考停止への渇望。
責任からの逃走。
それを「最適化」という綺麗な言葉でラッピングした、魂の自殺志願。
俺は薄く笑った。
ああ、感染している。
俺たちが撒き散らしたウイルスは、確実にこの世界を蝕んでいる。
「……無理だ」
俺は冷たく言い放った。
「お前には価値がない。管理するコストに見合わない」
「そ、そんな……」
「自分の足で歩け。旧人類らしく、泥臭くな」
「俺も頑張ってるのに報われないんです……!」
「頑張りはノイズだ。成果だけが信号だ」
俺は彼を無視して、次の講義の準備を始めた。
彼は絶望した顔で立ち尽くしている。
可哀想に。
この世界ではもう、歩き方を知っていること自体が、呪いでしかないのに。
教室に戻ってきた玲奈が、不思議そうに彼とすれ違う。
彼女はもう、彼のような「人間」には興味すら示さなかった。
ただ真っ直ぐに、自分の管理者(俺)の元へと帰還する。
その姿はあまりにも美しく、そして残酷なほどに完成されていた。
……だが。
この完成が、果たして“進化”なのか、“退化”なのか。
判断基準すら、もう俺の手の中には残っていなかった。
(第27話 おわり)
新しいルールに適応できなかった者たちが、静かに姿を消していった。
ミオのチャンネルが削除された。
引退宣言から一ヶ月も経っていない。
かつて「聖女」と呼ばれた彼女の痕跡は、ネットの海から驚くほどあっさりと消滅した。
最後に投稿された動画には、こんなコメントが溢れていたという。
『ひとりで頑張りすぎたね』
『もっと頼ればよかったのに』
『レイちゃんみたいになれなかったね』
それは同情のように見えて、最も残酷な死体蹴りだった。
「一人で頑張ること」が、もはや美徳ではなく「設計ミス」として扱われている証拠だからだ。
平穏。
効率。
安定。
この世界を定義するのは、そんな管理者(アドミニストレータ)の言葉たちだ。
誰も傷つかない。誰も悩まない。
ただ決められたレールの上を、決められた速度で走るだけの、幸福な渋滞。
問題はない。
何も、問題はないのだ。
カイも変わった。
ゲーム実況者として生き残ってはいるが、かつての輝きはない。
彼は配信中、常に誰かの「許可」を求めるようになった。
『これやっていいかな?』『みんなはどう思う?』
失敗を極端に恐れ、自分の意志でリスクを取らなくなった。
かつての「正義のヒーロー」は、システムのエラーを恐れる「従順な作業員」へと成り下がった。
そして、 俺たちは歩き出す。
買い物袋の持ち手が掌に食い込み、赤い跡がついていた。痛みは単なる生体信号だ。俺は無感動に袋を持ち替えた。
「……湊」
大学の講義室。
隣の席で、玲奈が俺の袖を引く。
周囲の学生たちが、遠巻きにこちらを見ている。
以前のような好奇の目ではない。
恐れと、羨望と、信仰が入り混じった異様な視線。
彼らは知っているのだ。
この美しい少女が「神」であり、その横にいる地味な男が「神を動かす者」であることを。
教授でさえ、俺たちの席には視線を合わせようとしない。
俺たちはキャンパスにいながら、透明な聖域の中にいる。
「どうした」
俺が小声で応じると、玲奈はノートの端を見せてきた。
『次の休み時間、トイレ行っていい? 膀胱圧:78%』
俺はため息をつきかけた。
生理現象の許可まで求めるようになったのか。
これは退化だ。生物としての機能不全だ。
だが、俺の思考回路は即座にそれを否定する。
――いや、違う。
これは「委任」だ。
彼女は自分のリソースを、排泄のタイミング管理という些末な判断にすら割きたくないのだ。
すべてを俺に預け、自分は「存在すること」だけに集中する。
究極の効率化。
「……許可する。十分後に戻れ」
俺が短く告げると、玲奈は安堵したように微笑んだ。
「了解。マスター」
休み時間のチャイムが鳴る。
玲奈が席を立つと、教室の空気が少しだけ緩んだ。
その隙間を縫うように、一人の男子学生が俺に近づいてきた。
見覚えがある。確か、カイとよくつるんでいた奴だ。
「あの……相沢、さん」
彼は俺を「さん」付けで呼んだ。
怯えたような、媚びるような目。
「相談があるんですけど……」
「なんだ」
「俺も、なれるかな。……レイちゃんみたいに」
「は?」
「努力しても全然ダメで。就活もうまくいかなくて。……だから、誰かに管理されたいんです。俺の人生を、最適化してほしいんです」
彼は真剣だった。
縋るように俺を見ている。
俺は彼の瞳の奥に、かつてのミオやカイにはなかった「病巣」を見た。
思考停止への渇望。
責任からの逃走。
それを「最適化」という綺麗な言葉でラッピングした、魂の自殺志願。
俺は薄く笑った。
ああ、感染している。
俺たちが撒き散らしたウイルスは、確実にこの世界を蝕んでいる。
「……無理だ」
俺は冷たく言い放った。
「お前には価値がない。管理するコストに見合わない」
「そ、そんな……」
「自分の足で歩け。旧人類らしく、泥臭くな」
「俺も頑張ってるのに報われないんです……!」
「頑張りはノイズだ。成果だけが信号だ」
俺は彼を無視して、次の講義の準備を始めた。
彼は絶望した顔で立ち尽くしている。
可哀想に。
この世界ではもう、歩き方を知っていること自体が、呪いでしかないのに。
教室に戻ってきた玲奈が、不思議そうに彼とすれ違う。
彼女はもう、彼のような「人間」には興味すら示さなかった。
ただ真っ直ぐに、自分の管理者(俺)の元へと帰還する。
その姿はあまりにも美しく、そして残酷なほどに完成されていた。
……だが。
この完成が、果たして“進化”なのか、“退化”なのか。
判断基準すら、もう俺の手の中には残っていなかった。
(第27話 おわり)
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