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第6話:壊れ始めたシナリオ
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文化祭の準備期間。
教室はベニヤ板とペンキの匂いで充満していた。
クラスの出し物は「お化け屋敷」に決まった。
実行委員長の相良は、連日遅くまで残って作業を指揮していた。
不慣れなりに、一生懸命に。
その隣には、常に美優がいる。
二人は「理想のカップル」のように見えた。
クラスメイトも、二人の仲を公認し、冷やかすようになっている。
私は、隅の方で段ボールを切る作業をしながら、それを冷ややかに観察していた。
情報屋からの報告はまだない。
美優は清廉潔白。どこを叩いても埃が出ない。
……忌々しいほどに。
(なら、作るしかないわね。埃を)
私はカッターナイフの刃を出した。
鋭い銀色の刃先。
私の計画はこうだ。
制作中のお化け屋敷のメインセット(巨大な骸骨)を「事故」に見せかけて倒壊させる。
その責任を実行委員(美優)に押し付ける。
「管理不足」「安全確認の怠慢」。
私が裏で煽れば、クラスの空気は一変するはずだ。
夕方。
生徒たちが帰り始める時間帯。
私は誰も見ていない隙に、セットの支柱に細工をした。
少しの衝撃で崩れるように。
そして。
「あ、美優ちゃん! ちょっとここ手伝って!」
私は明るい声で美優を呼ぶ。
「ここの装飾、高いところで届かなくて」
「はーい! 今行く!」
美優が小走りでやってくる。
警戒心ゼロ。バカな女。
彼女がセットの下に来た瞬間。
私はさりげなく、足で支柱を蹴った。
ギギギ……。
不吉な音が響く。
巨大な骸骨のセットが、ゆっくりと美優に向かって倒れていく。
今だ。
美優が下敷きになる。怪我はしない程度の重量だが、セットは全壊する。
みんなが駆けつける。
私が言う。「美優ちゃんがぶつかって倒したの!」と。
「あっ……!」
美優が悲鳴を上げる。
その時だった。
「危ないっ!!」
横から影が飛び出した。
相良だった。
彼は美優を突き飛ばし、自らが身代わりになってセットの下敷きになった。
ドガアアアアンッ!!
激しい音。舞い上がる埃。
「樹くん!?」
美優の絶叫。
私の思考が停止した。
(は……?)
何で相良が?
彼は離れたところで作業していたはず。
どうして間に合った?
埃が晴れる。
相良は瓦礫の中でうずくまっていた。
額から血が流れている。
腕も擦りむいて赤くなっている。
「……ってぇ……」
彼は痛みに顔を歪めながら、それでも真っ先に美優を見た。
「美優、大丈夫か? 怪我ないか?」
「樹くん……血が……!」
美優が泣きながら彼に抱きつく。
「ごめんなさい……私のせいで……!」
「バカ、お前のせいじゃねーよ。……セットが脆かったんだろ」
彼は笑った。
結構な怪我をしているはずなのに。
自分を犠牲にして、美優を守った。
クラスメイトたちが集まってくる。
「相良! 大丈夫か!?」
「すげえ、お前……自分の身を挺して……」
「かっこいいじゃん、委員長!」
称賛の嵐。
相良樹の株が爆上がりしている。
そして、泣きじゃくる美優を庇う彼の姿は、完全に「ヒーロー」だった。
私はその光景を、一歩引いた場所で見ていた。
カッターナイフを握りしめたまま。
失敗した。
完全に裏目に出た。
美優を陥れるはずが、逆に二人の絆を深め、相良をヒーローにしてしまった。
……いや、それだけじゃない。
私は、自分が仕組んだ罠で、相良を傷つけた。
額の血。
あの赤色が、私の視界に焼き付いて離れない。
手が震える。
カッターを取り落とす。チャリ、と乾いた音がした。
「……九条さん?」
近くにいた女子が、不審そうに私を見る。
「顔色悪いよ? 大丈夫?」
「……ええ。貧血気味なだけよ」
私は機械的に答えた。
逃げたい。今すぐここから。
相良のあの笑顔を見るのが怖い。
美優を愛おしそうに見つめる、あの目が。
そして、私が傷つけたという事実が。
私は教室を出た。
廊下を走り、トイレに駆け込んで吐いた。
胃液しか出なかった。
鏡に映った自分の顔は、幽霊のように青白かった。
これが策士?
これがフィクサー?
笑わせないで。ただの嫉妬に狂った、醜い悪役じゃない。
「……最低よ、私」
誰にも聞こえない声で呟く。
シナリオはもう、完全に壊れていた。
私の心と一緒に。
(つづく)
教室はベニヤ板とペンキの匂いで充満していた。
クラスの出し物は「お化け屋敷」に決まった。
実行委員長の相良は、連日遅くまで残って作業を指揮していた。
不慣れなりに、一生懸命に。
その隣には、常に美優がいる。
二人は「理想のカップル」のように見えた。
クラスメイトも、二人の仲を公認し、冷やかすようになっている。
私は、隅の方で段ボールを切る作業をしながら、それを冷ややかに観察していた。
情報屋からの報告はまだない。
美優は清廉潔白。どこを叩いても埃が出ない。
……忌々しいほどに。
(なら、作るしかないわね。埃を)
私はカッターナイフの刃を出した。
鋭い銀色の刃先。
私の計画はこうだ。
制作中のお化け屋敷のメインセット(巨大な骸骨)を「事故」に見せかけて倒壊させる。
その責任を実行委員(美優)に押し付ける。
「管理不足」「安全確認の怠慢」。
私が裏で煽れば、クラスの空気は一変するはずだ。
夕方。
生徒たちが帰り始める時間帯。
私は誰も見ていない隙に、セットの支柱に細工をした。
少しの衝撃で崩れるように。
そして。
「あ、美優ちゃん! ちょっとここ手伝って!」
私は明るい声で美優を呼ぶ。
「ここの装飾、高いところで届かなくて」
「はーい! 今行く!」
美優が小走りでやってくる。
警戒心ゼロ。バカな女。
彼女がセットの下に来た瞬間。
私はさりげなく、足で支柱を蹴った。
ギギギ……。
不吉な音が響く。
巨大な骸骨のセットが、ゆっくりと美優に向かって倒れていく。
今だ。
美優が下敷きになる。怪我はしない程度の重量だが、セットは全壊する。
みんなが駆けつける。
私が言う。「美優ちゃんがぶつかって倒したの!」と。
「あっ……!」
美優が悲鳴を上げる。
その時だった。
「危ないっ!!」
横から影が飛び出した。
相良だった。
彼は美優を突き飛ばし、自らが身代わりになってセットの下敷きになった。
ドガアアアアンッ!!
激しい音。舞い上がる埃。
「樹くん!?」
美優の絶叫。
私の思考が停止した。
(は……?)
何で相良が?
彼は離れたところで作業していたはず。
どうして間に合った?
埃が晴れる。
相良は瓦礫の中でうずくまっていた。
額から血が流れている。
腕も擦りむいて赤くなっている。
「……ってぇ……」
彼は痛みに顔を歪めながら、それでも真っ先に美優を見た。
「美優、大丈夫か? 怪我ないか?」
「樹くん……血が……!」
美優が泣きながら彼に抱きつく。
「ごめんなさい……私のせいで……!」
「バカ、お前のせいじゃねーよ。……セットが脆かったんだろ」
彼は笑った。
結構な怪我をしているはずなのに。
自分を犠牲にして、美優を守った。
クラスメイトたちが集まってくる。
「相良! 大丈夫か!?」
「すげえ、お前……自分の身を挺して……」
「かっこいいじゃん、委員長!」
称賛の嵐。
相良樹の株が爆上がりしている。
そして、泣きじゃくる美優を庇う彼の姿は、完全に「ヒーロー」だった。
私はその光景を、一歩引いた場所で見ていた。
カッターナイフを握りしめたまま。
失敗した。
完全に裏目に出た。
美優を陥れるはずが、逆に二人の絆を深め、相良をヒーローにしてしまった。
……いや、それだけじゃない。
私は、自分が仕組んだ罠で、相良を傷つけた。
額の血。
あの赤色が、私の視界に焼き付いて離れない。
手が震える。
カッターを取り落とす。チャリ、と乾いた音がした。
「……九条さん?」
近くにいた女子が、不審そうに私を見る。
「顔色悪いよ? 大丈夫?」
「……ええ。貧血気味なだけよ」
私は機械的に答えた。
逃げたい。今すぐここから。
相良のあの笑顔を見るのが怖い。
美優を愛おしそうに見つめる、あの目が。
そして、私が傷つけたという事実が。
私は教室を出た。
廊下を走り、トイレに駆け込んで吐いた。
胃液しか出なかった。
鏡に映った自分の顔は、幽霊のように青白かった。
これが策士?
これがフィクサー?
笑わせないで。ただの嫉妬に狂った、醜い悪役じゃない。
「……最低よ、私」
誰にも聞こえない声で呟く。
シナリオはもう、完全に壊れていた。
私の心と一緒に。
(つづく)
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