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第4話:クリスマス当日無言デート
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冬休みに入ってすぐ、加藤からLINEが来た。
『駅前のイルミ、まだ見てなくね?』
たった一行。スタンプもなし。
文脈もクソもない。
学校行事で死ぬほど見たイルミネーションを、また見に行こうという神経が分からない。
でも、私は『25日なら空いてる』と返した。
送信ボタンを押してから、スマホをベッドに放り投げた。
「空いてる」じゃない。「空けてた」んだよ、バーカ。
そして当日。
私たちは駅前の広場を歩いていた。
学校のジャージや制服じゃない、私服の加藤。
ダウンジャケットが微妙にダサい。色が地味すぎる。お父さんの借りてきたのかってくらい、サイズも少し大きい。
それに比べて、私は。
この日のために新調した、白いコート。髪も巻いた。メイクも、ナチュラルに見えて一番時間をかけるやつにした。
「……人、多いな」
「クリスマスだし」
「だな」
会話終了。
以上。
これ以上の発展なし。
私たちは無言で、並木道を歩く。
周りはカップルだらけだ。
手を繋いだり、腕を組んだり、中には堂々とキスしているバカップルもいる。
私たちは?
手と手の距離、約15センチ。
微妙に触れない。
歩くリズムだけが、妙にシンクロしているのが気持ち悪い。
加藤はポケットに手を突っ込んだまま、猫背で歩いている。
時々、鼻をすする音がする。
寒さのせいか、いつもの鼻炎か。
「……寒くね?」
「そうでもない」
「マジ? 俺カイロもっとるけど、いる?」
加藤がポケットから、使いかけのカイロを取り出した。
少し毛羽立っている。
生温かいやつ。
「……いらない。汚そう」
「ひでぇな。ちゃんと温かいって」
加藤は笑って、またカイロをポケットに戻した。
その仕草だけで、胸がざわつく。
無理矢理にでも握らせればいいじゃん。
「冷たいだろ」って、私の手を取ればいいじゃん。
なんで引くの。
なんでそこで、「じゃあいいや」ってなるの。
お前のそういう物分かりの良さが、私を一番傷つけてるって気づけよ。
私はマフラーに顔を埋め直した。
息でマフラーが湿って、気持ち悪い。
自分の口紅の匂いがする。
……でも、不思議だ。
会話もない。手も繋がない。
デートらしいことなんて何もしていない。
ただ、隣を歩いているだけ。
なのに、満たされている自分がいる。
家にいるよりも、学校にいるよりも、この沈黙の中が一番息がしやすい。
言葉なんて、ノイズだ。
「好き」とか「可愛い」とか、そんな薄っぺらい言葉で埋められる隙間なんて、最初から私たちにはない。
ただ、加藤のダウンジャケットが擦れる音(シャカシャカ)と、私のブーツがアスファルトを叩く音(コツコツ)。
この二つのリズムが重なっているだけでいい。
ガッ、ガッ。彼が歩くたびに、かかとを引きずるだらしない音がする。靴のソールがすり減っているのが、音だけで分かる。貧乏くさいリズム。
それが私たちの会話だ。
「……あ、見て。あの木、すげー光ってる」
「LED巻きすぎでしょ。木が可哀想」
「お前なぁ……夢がねーな」
加藤が呆れたように言う。
私はフン、と鼻を鳴らす。
夢なんて見てない。
現実を見てるんだ。
あんたという、冴えない現実を。
そして、その現実にしがみついている、もっと冴えない自分を。
不意に、加藤の足が止まった。
「……何か食う?」
「お腹空いてない」
「そ。じゃあ、一周したら帰るか」
「……ん」
引き止めない。
もっと一緒にいたいとか、言わない。
この淡白さが、私たちの通常運転。
でも、帰り道。
駅の改札に向かうエスカレーターで、加藤が私の前に立った。
彼の背中が目の前にある。
少し猫背の、広い背中。
ダウンジャケットのフードに、小さなゴミがついているのを見つけた。
枯れ葉の欠片みたいの。
私は手を伸ばして、それを摘み取った。
「……ん? 何?」
加藤が振り返る。
私はゴミを指先で弾き飛ばした。
「ゴミ。ついてた」
「あ、マジ? サンキュ」
彼は屈託なく笑った。
その笑顔を見た瞬間、私の中で何かがカチリと音を立てて嵌まった。
ああ、これでいいんだ。
私は一生、こいつの背中についてるゴミを取り続ける役でいい。
正面から抱きしめられなくても、背後から監視して、メンテナンスしてあげるだけでいい。
それが私の独占欲の形だ。
クリスマスなのに無言で満足してる自分が狂ってる。
無言でしかデートできない自分が、人間関係ゼロの欠陥品だ。
でも、この欠陥品を扱えるのは、世界で加藤ただ一人だけだ。
「……また学校でな」
「うん」
改札で別れる時、手は振らなかった。
ただ、彼が視界から消える最後の瞬間まで、その背中を網膜に焼き付けた。
(第4話 終わり)
『駅前のイルミ、まだ見てなくね?』
たった一行。スタンプもなし。
文脈もクソもない。
学校行事で死ぬほど見たイルミネーションを、また見に行こうという神経が分からない。
でも、私は『25日なら空いてる』と返した。
送信ボタンを押してから、スマホをベッドに放り投げた。
「空いてる」じゃない。「空けてた」んだよ、バーカ。
そして当日。
私たちは駅前の広場を歩いていた。
学校のジャージや制服じゃない、私服の加藤。
ダウンジャケットが微妙にダサい。色が地味すぎる。お父さんの借りてきたのかってくらい、サイズも少し大きい。
それに比べて、私は。
この日のために新調した、白いコート。髪も巻いた。メイクも、ナチュラルに見えて一番時間をかけるやつにした。
「……人、多いな」
「クリスマスだし」
「だな」
会話終了。
以上。
これ以上の発展なし。
私たちは無言で、並木道を歩く。
周りはカップルだらけだ。
手を繋いだり、腕を組んだり、中には堂々とキスしているバカップルもいる。
私たちは?
手と手の距離、約15センチ。
微妙に触れない。
歩くリズムだけが、妙にシンクロしているのが気持ち悪い。
加藤はポケットに手を突っ込んだまま、猫背で歩いている。
時々、鼻をすする音がする。
寒さのせいか、いつもの鼻炎か。
「……寒くね?」
「そうでもない」
「マジ? 俺カイロもっとるけど、いる?」
加藤がポケットから、使いかけのカイロを取り出した。
少し毛羽立っている。
生温かいやつ。
「……いらない。汚そう」
「ひでぇな。ちゃんと温かいって」
加藤は笑って、またカイロをポケットに戻した。
その仕草だけで、胸がざわつく。
無理矢理にでも握らせればいいじゃん。
「冷たいだろ」って、私の手を取ればいいじゃん。
なんで引くの。
なんでそこで、「じゃあいいや」ってなるの。
お前のそういう物分かりの良さが、私を一番傷つけてるって気づけよ。
私はマフラーに顔を埋め直した。
息でマフラーが湿って、気持ち悪い。
自分の口紅の匂いがする。
……でも、不思議だ。
会話もない。手も繋がない。
デートらしいことなんて何もしていない。
ただ、隣を歩いているだけ。
なのに、満たされている自分がいる。
家にいるよりも、学校にいるよりも、この沈黙の中が一番息がしやすい。
言葉なんて、ノイズだ。
「好き」とか「可愛い」とか、そんな薄っぺらい言葉で埋められる隙間なんて、最初から私たちにはない。
ただ、加藤のダウンジャケットが擦れる音(シャカシャカ)と、私のブーツがアスファルトを叩く音(コツコツ)。
この二つのリズムが重なっているだけでいい。
ガッ、ガッ。彼が歩くたびに、かかとを引きずるだらしない音がする。靴のソールがすり減っているのが、音だけで分かる。貧乏くさいリズム。
それが私たちの会話だ。
「……あ、見て。あの木、すげー光ってる」
「LED巻きすぎでしょ。木が可哀想」
「お前なぁ……夢がねーな」
加藤が呆れたように言う。
私はフン、と鼻を鳴らす。
夢なんて見てない。
現実を見てるんだ。
あんたという、冴えない現実を。
そして、その現実にしがみついている、もっと冴えない自分を。
不意に、加藤の足が止まった。
「……何か食う?」
「お腹空いてない」
「そ。じゃあ、一周したら帰るか」
「……ん」
引き止めない。
もっと一緒にいたいとか、言わない。
この淡白さが、私たちの通常運転。
でも、帰り道。
駅の改札に向かうエスカレーターで、加藤が私の前に立った。
彼の背中が目の前にある。
少し猫背の、広い背中。
ダウンジャケットのフードに、小さなゴミがついているのを見つけた。
枯れ葉の欠片みたいの。
私は手を伸ばして、それを摘み取った。
「……ん? 何?」
加藤が振り返る。
私はゴミを指先で弾き飛ばした。
「ゴミ。ついてた」
「あ、マジ? サンキュ」
彼は屈託なく笑った。
その笑顔を見た瞬間、私の中で何かがカチリと音を立てて嵌まった。
ああ、これでいいんだ。
私は一生、こいつの背中についてるゴミを取り続ける役でいい。
正面から抱きしめられなくても、背後から監視して、メンテナンスしてあげるだけでいい。
それが私の独占欲の形だ。
クリスマスなのに無言で満足してる自分が狂ってる。
無言でしかデートできない自分が、人間関係ゼロの欠陥品だ。
でも、この欠陥品を扱えるのは、世界で加藤ただ一人だけだ。
「……また学校でな」
「うん」
改札で別れる時、手は振らなかった。
ただ、彼が視界から消える最後の瞬間まで、その背中を網膜に焼き付けた。
(第4話 終わり)
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