隣の席の予約

月下花音

文字の大きさ
4 / 5

第4話:クリスマス当日無言デート

しおりを挟む
 冬休みに入ってすぐ、加藤からLINEが来た。
『駅前のイルミ、まだ見てなくね?』
 たった一行。スタンプもなし。
 文脈もクソもない。
 学校行事で死ぬほど見たイルミネーションを、また見に行こうという神経が分からない。

 でも、私は『25日なら空いてる』と返した。
 送信ボタンを押してから、スマホをベッドに放り投げた。
 「空いてる」じゃない。「空けてた」んだよ、バーカ。

 そして当日。
 私たちは駅前の広場を歩いていた。
 学校のジャージや制服じゃない、私服の加藤。
 ダウンジャケットが微妙にダサい。色が地味すぎる。お父さんの借りてきたのかってくらい、サイズも少し大きい。
 それに比べて、私は。
 この日のために新調した、白いコート。髪も巻いた。メイクも、ナチュラルに見えて一番時間をかけるやつにした。

「……人、多いな」
「クリスマスだし」
「だな」

 会話終了。
 以上。
 これ以上の発展なし。

 私たちは無言で、並木道を歩く。
 周りはカップルだらけだ。
 手を繋いだり、腕を組んだり、中には堂々とキスしているバカップルもいる。
 私たちは?
 手と手の距離、約15センチ。
 微妙に触れない。
 歩くリズムだけが、妙にシンクロしているのが気持ち悪い。

 加藤はポケットに手を突っ込んだまま、猫背で歩いている。
 時々、鼻をすする音がする。
 寒さのせいか、いつもの鼻炎か。

「……寒くね?」
「そうでもない」
「マジ? 俺カイロもっとるけど、いる?」

 加藤がポケットから、使いかけのカイロを取り出した。
 少し毛羽立っている。
 生温かいやつ。

「……いらない。汚そう」
「ひでぇな。ちゃんと温かいって」

 加藤は笑って、またカイロをポケットに戻した。
 その仕草だけで、胸がざわつく。
 無理矢理にでも握らせればいいじゃん。
 「冷たいだろ」って、私の手を取ればいいじゃん。
 なんで引くの。
 なんでそこで、「じゃあいいや」ってなるの。

 お前のそういう物分かりの良さが、私を一番傷つけてるって気づけよ。

 私はマフラーに顔を埋め直した。
 息でマフラーが湿って、気持ち悪い。
 自分の口紅の匂いがする。

 ……でも、不思議だ。
 会話もない。手も繋がない。
 デートらしいことなんて何もしていない。
 ただ、隣を歩いているだけ。
 なのに、満たされている自分がいる。

 家にいるよりも、学校にいるよりも、この沈黙の中が一番息がしやすい。
 言葉なんて、ノイズだ。
 「好き」とか「可愛い」とか、そんな薄っぺらい言葉で埋められる隙間なんて、最初から私たちにはない。

 ただ、加藤のダウンジャケットが擦れる音(シャカシャカ)と、私のブーツがアスファルトを叩く音(コツコツ)。
 この二つのリズムが重なっているだけでいい。
 ガッ、ガッ。彼が歩くたびに、かかとを引きずるだらしない音がする。靴のソールがすり減っているのが、音だけで分かる。貧乏くさいリズム。
 それが私たちの会話だ。

「……あ、見て。あの木、すげー光ってる」
「LED巻きすぎでしょ。木が可哀想」
「お前なぁ……夢がねーな」

 加藤が呆れたように言う。
 私はフン、と鼻を鳴らす。

 夢なんて見てない。
 現実を見てるんだ。
 あんたという、冴えない現実を。
 そして、その現実にしがみついている、もっと冴えない自分を。

 不意に、加藤の足が止まった。

「……何か食う?」
「お腹空いてない」
「そ。じゃあ、一周したら帰るか」
「……ん」

 引き止めない。
 もっと一緒にいたいとか、言わない。
 この淡白さが、私たちの通常運転。

 でも、帰り道。
 駅の改札に向かうエスカレーターで、加藤が私の前に立った。
 彼の背中が目の前にある。
 少し猫背の、広い背中。
 ダウンジャケットのフードに、小さなゴミがついているのを見つけた。
 枯れ葉の欠片みたいの。

 私は手を伸ばして、それを摘み取った。

「……ん? 何?」

 加藤が振り返る。
 私はゴミを指先で弾き飛ばした。

「ゴミ。ついてた」
「あ、マジ? サンキュ」

 彼は屈託なく笑った。
 その笑顔を見た瞬間、私の中で何かがカチリと音を立てて嵌まった。

 ああ、これでいいんだ。
 私は一生、こいつの背中についてるゴミを取り続ける役でいい。
 正面から抱きしめられなくても、背後から監視して、メンテナンスしてあげるだけでいい。
 それが私の独占欲の形だ。

 クリスマスなのに無言で満足してる自分が狂ってる。
 無言でしかデートできない自分が、人間関係ゼロの欠陥品だ。
 
 でも、この欠陥品を扱えるのは、世界で加藤ただ一人だけだ。

「……また学校でな」
「うん」

 改札で別れる時、手は振らなかった。
 ただ、彼が視界から消える最後の瞬間まで、その背中を網膜に焼き付けた。

(第4話 終わり)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年経っても軽率に故郷に戻っては駄目!

158
恋愛
伯爵令嬢であるオリビアは、この世界が前世でやった乙女ゲームの世界であることに気づく。このまま学園に入学してしまうと、死亡エンドの可能性があるため学園に入学する前に家出することにした。婚約者もさらっとスルーして、早や5年。結局誰ルートを主人公は選んだのかしらと軽率にも故郷に舞い戻ってしまい・・・ 2話完結を目指してます!

蝋燭

悠十
恋愛
教会の鐘が鳴る。 それは、祝福の鐘だ。 今日、世界を救った勇者と、この国の姫が結婚したのだ。 カレンは幸せそうな二人を見て、悲し気に目を伏せた。 彼女は勇者の恋人だった。 あの日、勇者が記憶を失うまでは……

ずっと温めてきた恋心が一瞬で砕け散った話

下菊みこと
恋愛
ヤンデレのリハビリ。 小説家になろう様でも投稿しています。

看病ヤンデレ

名乃坂
恋愛
体調不良のヒロインがストーカーヤンデレ男に看病されるお話です。

2回目の逃亡

158
恋愛
エラは王子の婚約者になりたくなくて1度目の人生で思い切りよく逃亡し、その後幸福な生活を送った。だが目覚めるとまた同じ人生が始まっていて・・・

気付いたら最悪の方向に転がり落ちていた。

下菊みこと
恋愛
失敗したお話。ヤンデレ。 私の好きな人には好きな人がいる。それでもよかったけれど、結婚すると聞いてこれで全部終わりだと思っていた。けれど相変わらず彼は私を呼び出す。そして、結婚式について相談してくる。一体どうして? 小説家になろう様でも投稿しています。

貴方とはここでお別れです

下菊みこと
恋愛
ざまぁはまあまあ盛ってます。 ご都合主義のハッピーエンド…ハッピーエンド? ヤンデレさんがお相手役。 小説家になろう様でも投稿しています。

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

処理中です...