推しが隣の席で配信してる件について ~地味なクラスメイトの俺、実は彼女の配信を守る伝説のホワイトハッカーでした~

月下花音

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第22話

 ネットカフェでの「和解」から数日後。
 俺たちは再び、白鳥さんの部屋にいた。
 目的は、活動休止状態になっていた『ことりんちゃんねる』の再始動に向けた作戦会議だ。

「現状の課題は二つだ」

 俺はホワイトボード(彼女が部屋に導入した新品だ)に文字を書き込む。

「1.レオンとのコラボ拒否による『管理厨の彼氏がいる』という噂の払拭」
「2.低下した同接と、離れてしまったファン層の呼び戻し」

 以前の俺なら、これに対する「正解」を勝手に導き出し、指示だけを出していただろう。
 『噂はスルーしろ』『流行のゲームで数字を稼げ』と。
 だが、今は違う。

「……で、白鳥さんはどうしたい?」

 俺がペンを置くと、ベッドに座ってクッションを抱いていた彼女が顔を上げた。

「んー……やっぱり、スルーはしたくないな」
「ほう?」
「だって、何も言わないと肯定したことになっちゃうし。……それに、私の言葉を待ってくれてるファンの人たちに、嘘をつきたくない」

 彼女の目は真剣だった。
 リスクを承知で、正面突破を選ぼうとしている。

「でも、真正面から『彼氏はいません』って否定しても、信じてもらえない可能性が高いぞ。『悪魔の証明』ってやつだ」
「うん。だからね……ゲームで語ろうかなって」
「ゲームで?」
「言葉で言い訳するより、プレイで黙らせる。……『男に管理されてるような女が、こんなプレイできるわけないだろ!』って」

 彼女はニカリと笑った。好戦的だ。
 だが、悪くない。
 『ことりん』の魅力は、その可愛らしいガワと、えげつないプレイスキルのギャップにある。
 彼女の実力を最大限に見せつけることこそが、最も効果的なアンサーになるはずだ。

「わかった。なら、タイトルは『完全復帰! ソロで高難易度ダンジョンRTA』でどうだ?」
「おぉー! いいね! 燃えてきた!」

 俺たちは顔を見合わせて笑った。
 これが、共闘。
 心地よい高揚感が、胸を満たしていた。

 ✎ܚ

 そして、配信当日。
 俺はいつものようにPCの前に座り、モニタリング体制を整えていた。
 ただし、以前とは設定を変えている。
 『NGワード自動削除』のフィルターを弱め、コメントの流れを極力操作しないようにしたのだ。

『こんこん、ことりんだよー! 久しぶり!』

 配信が始まると同時に、待機していた視聴者たちが一斉にコメントを打ち込む。
 『待ってた!』『おかえり!』という温かい声に混じり、やはりアンチのコメントも散見される。

『彼氏の許可降りたの?』
『レオンの件説明しろよ』

 俺の指がピクリと動く。
 削除キーを押したい衝動。
 だが、俺はそれをぐっと堪えた。
 彼女は「自分で戦う」と言った。その覚悟を信じると決めたんだ。

『今日はね、みんなに心配かけたお詫びに……このクリア率0.1%の激ムズダンジョン、クリアするまで寝ません!』

 彼女はアンチコメントを華麗にスルーし、ゲーム画面へと遷移した。
 選んだのは、死にゲーとして有名なアクションRPGの最難関ステージ。
 一瞬のミスが命取りになる、極限の集中力が試されるゲームだ。

 プレイ開始。
 画面の中のアバターが、舞うように敵を斬り伏せていく。
 速い。
 休止期間のブランクを感じさせない、いや、むしろ以前より研ぎ澄まされた動き。

『うおおお! うっま!』
『これマジで人間かよ』

 称賛のコメントがアンチの声を押し流していく。
 だが、ボス戦に突入した時、意図的なスパム攻撃(荒らし)が発生した。
 大量の無意味な文字列が流れる。
 画面が見えなくなるほどの弾幕。

『うわ、見えねぇ!』
『荒らしやめろ!』

 俺は即座に対応しようとした。
 IPブロック。この量なら3秒で……。
 しかし、画面の中のことりんが、不敵に笑った。

『――ふふ。……ちょうどいいハンデだね』

 彼女はコメント欄を非表示にするどころか、逆に読み上げ機能をオンにした。
 機械音声がスパムを読み上げ、騒音と文字が画面を埋め尽くす。
 視界最悪。聴覚妨害。
 その状況下で、彼女はボスの攻撃を完璧にパリィ(弾き)してみせた。

『雑音はBGM! ……私の集中力、舐めないでよね!』

 カキン、カキン!
 リズムゲームのように攻撃を捌き、カウンターを叩き込む。
 その神業に、荒らしていたアンチたちすらも言葉を失ったようだった。

『つええええ!』
『これがことりんの本気……!』
『彼氏とかどうでもいいわ、この腕前が見れるなら』

 空気が変わった。
 彼女の実力が、悪意をねじ伏せたのだ。

 数分後。
 ボスは轟音と共に崩れ落ちた。
 『CLEAR』の文字が浮かび上がる。

『やったああああ! クリア! 見たかー!』

 ガッツポーズをする彼女。
 俺はモニターの前で、静かに拍手を送った。
 彼女は俺が守らなくても、こんなにも輝いている。

 ✎ܚ

 配信終了後。
 興奮冷めやらぬ彼女が、くるりと椅子を回してこちらを見た。

「どぉ!? 見た!? 私の勇姿!」
「ああ。完璧だった。……俺の出番がなくて寂しいくらいだ」
「えへへ。……でも、蒼太くんが見ててくれたからだよ」

 彼女は立ち上がり、冷蔵庫から缶ジュースを二本取り出した。
 放り投げられた一本を受け取る。

「お疲れ様、私のマネージャーさん」
「……ああ。お疲れ様、俺の推し」

 プルタブを開け、乾杯する。
 炭酸の刺激が、渇いた喉に心地いい。

「ねぇ、蒼太くん」
「ん」
「私ね、思うの。……私たち、結構いいコンビなんじゃないかって」

 彼女は悪戯っぽく笑った。

「私がフロントで暴れて、蒼太くんがバックを守る。……これって、最強じゃない?」
「……そうだな」

 否定する理由はなかった。
 今日の配信は、その証明だった。
 俺たちの新しい関係――『共闘』のレシピは、どうやら正解だったらしい。

 その時。
 ふと、彼女の表情が少し曇った。

「……でも、まだ一つだけ解決してないことがあるよね」
「……JOKERか」

 あの一件以来、一条レンは学校に来ていない。
 ネット上での攻撃も鳴りを潜めている。
 だが、それが逆に不気味だった。
 嵐の前の静けさ。
 奴がこのまま引き下がるようなタマじゃないことは、俺たちが一番よく知っている。

「……次に来る時は、もっと大きな何かを仕掛けてくるはずだ」
「うん。……でも、大丈夫」

 彼女は俺の手をぎゅっと握った。

「今の私たちなら、何が来ても負けない。……でしょ?」
「ああ。……絶対に守るし、絶対に勝つ」

 俺たちは誓い合った。
 薄暗い部屋の中で、二人の影が重なる。
 外はまだ雨が降っていたが、俺たちの心の中は、かつてないほど晴れ渡っていた。

 しかし。
 俺たちは知らなかった。
 JOKERが既に、俺たちの想像を超える『最後のゲーム』を用意していることを。
 スマホの画面。
 ニュースアプリの速報に、小さく表示された記事。

 『有名IT企業、大規模サイバー攻撃により個人情報流出か』

 その企業の名は、俺がSoRaとしてセキュリティ診断を請け負っていたクライアントの一つだった。
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