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第6話 回想第8話:遊園地のちぐはぐ
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夏休みに入ってすぐの日曜日。
俺と栞は、市内の遊園地に来ていた。
今日の「リプレイ」の舞台だ。
「第8話、遊園地デートの回だよ!」
栞はウサギ耳のカチューシャをつけて、はしゃいでいる。
俺も無理やりクマ耳をつけさせられた。
三十路手前の文芸部員にはキツい試練だが、彼女が楽しそうだからよしとする。
✎ܚ
【Replay Mode:Start】
あの日、私たちは朝から晩まで遊び倒したの。
ジェットコースターに乗った時、私が怖くて目を瞑ってたら、夏月くんが手を握ってくれたわ。
『大丈夫。俺がついてるから』って。
その手が大きくて、頼もしくて、恐怖なんて吹き飛んじゃった。
お化け屋敷では、驚いて抱きついた私を、夏月くんが優しく守ってくれた。
休憩の時に食べたクレープ。
私の口についたクリームを、夏月くんが指で拭って、そのまま舐めたの。
『……甘いね』って、悪戯っぽく笑って。
もう、顔から火が出るかと思った!
最後は観覧車で、夜景を見ながらロマンチックなキス……は、しなかったけど(まだ早かったし!)、二人で見つめ合った時間は永遠みたいだったわ。
【Replay Mode:End】
✎ܚ
「……どう? 思い出した?」
観覧車の中で、栞が期待に満ちた瞳で聞いてくる。
夕日が差し込むゴンドラ内は、確かにロマンチックだ。
しかし。
俺の手元にあるスマホのアルバムは、全く別の物語を語っていた。
俺はスクロールして、当時の写真を確認する。
日付は七月二十日。
一枚目:ジェットコースター乗車中の記念写真(有料のやつを写メったもの)。
栞は楽しそうにピースしている。
隣の俺は……白目を剥いている。魂が口から出かかっている。
「手が大きくて頼もしい」?
いや、これ俺が恐怖で栞の手を握り潰してるだけじゃないか? 栞の手首に赤く跡が残ってるぞ。
二枚目:お化け屋敷の出口。
俺が腰を抜かしてへたり込んでいる。
栞が苦笑いで俺を立たせようとしている。
「優しく守ってくれた」? 嘘だろ。俺が守られてるじゃん。
三枚目:クレープを食べている写真。
俺のシャツの胸元に、ベッタリとチョコソースがついている。
「指で拭って舐めた」?
いや、これ俺がこぼして慌てて拭こうとして大惨事になった跡だろ。シミになってるし。
四枚目:観覧車からの夜景。
ガラスに反射して映る俺の顔。
乗り物酔いで青ざめ、死相が出ている。
……酷い。
あまりにも酷い。
「スマートな彼氏」の姿なんて、どこにもない。
そこにいるのは、美少女に振り回され、キャパオーバーで自滅している哀れな道化だ。
「……雪野さん」
「ん?」
「この写真の俺、どう見ても死にかけてるんだけど」
俺はスマホを見せた。
栞は「あっ」と言って、慌ててスマホを隠そうとした。
「ち、違うの! これは一瞬の油断というか、オフショットみたいなもので!」
「オフショットにしては致命傷だぞ」
「でも! 私の中では、頑張ってくれた夏月くんが一番輝いてたの!」
栞が言い募る。
「コースター苦手なのに、私が乗りたいって言ったら付き合ってくれたじゃない! お化け屋敷も、先頭歩こうとしてくれたじゃない! クレープだって、私に一口くれようとしてこぼしちゃったんでしょ?」
……なるほど。
「結果」は惨敗だが、「過程(努力)」はあったのか。
彼女は、その「努力」の部分だけを抽出し、脳内で「成功した映像」に差し替えているのだ。
俺は溜息をついた。
優しい。
彼女は優しすぎる。
俺のカッコ悪い失敗を、一つ一つ丁寧に「カッコいい思い出」に書き換えて保存してくれている。
俺のプライドを守るために。
あるいは、そうしないと「理想のカップル」が成立しないからか?
俺は、観覧車の窓の外を見た。
小さくなる遊園地の人混み。
俺は、彼女の優しさに甘えていていいのだろうか。
このまま「偽りの成功体験」を積み重ねて、記憶が戻った時。
俺は胸を張って「そうだ、俺はカッコいい彼氏だった」と言えるのか?
言えるわけがない。
それはただの、虚栄心で塗り固められた砂の城だ。
「……ごめん」
俺は呟いた。
「次に来る時は、もっとマシなデートにするから」
「え?」
「ジェットコースターも克服するし、クレープも綺麗に食べる。……捏造しなくてもいい、本物の『カッコいい俺』を見せるから」
栞が目を見開く。
そして、少し困ったように微笑んだ。
「……今のままでも、十分カッコいいのに」
その言葉は、ゴンドラの中で空回りして、俺の胸の奥に刺さった棘を、さらに深く押し込んだ気がした。
(つづく)
俺と栞は、市内の遊園地に来ていた。
今日の「リプレイ」の舞台だ。
「第8話、遊園地デートの回だよ!」
栞はウサギ耳のカチューシャをつけて、はしゃいでいる。
俺も無理やりクマ耳をつけさせられた。
三十路手前の文芸部員にはキツい試練だが、彼女が楽しそうだからよしとする。
✎ܚ
【Replay Mode:Start】
あの日、私たちは朝から晩まで遊び倒したの。
ジェットコースターに乗った時、私が怖くて目を瞑ってたら、夏月くんが手を握ってくれたわ。
『大丈夫。俺がついてるから』って。
その手が大きくて、頼もしくて、恐怖なんて吹き飛んじゃった。
お化け屋敷では、驚いて抱きついた私を、夏月くんが優しく守ってくれた。
休憩の時に食べたクレープ。
私の口についたクリームを、夏月くんが指で拭って、そのまま舐めたの。
『……甘いね』って、悪戯っぽく笑って。
もう、顔から火が出るかと思った!
最後は観覧車で、夜景を見ながらロマンチックなキス……は、しなかったけど(まだ早かったし!)、二人で見つめ合った時間は永遠みたいだったわ。
【Replay Mode:End】
✎ܚ
「……どう? 思い出した?」
観覧車の中で、栞が期待に満ちた瞳で聞いてくる。
夕日が差し込むゴンドラ内は、確かにロマンチックだ。
しかし。
俺の手元にあるスマホのアルバムは、全く別の物語を語っていた。
俺はスクロールして、当時の写真を確認する。
日付は七月二十日。
一枚目:ジェットコースター乗車中の記念写真(有料のやつを写メったもの)。
栞は楽しそうにピースしている。
隣の俺は……白目を剥いている。魂が口から出かかっている。
「手が大きくて頼もしい」?
いや、これ俺が恐怖で栞の手を握り潰してるだけじゃないか? 栞の手首に赤く跡が残ってるぞ。
二枚目:お化け屋敷の出口。
俺が腰を抜かしてへたり込んでいる。
栞が苦笑いで俺を立たせようとしている。
「優しく守ってくれた」? 嘘だろ。俺が守られてるじゃん。
三枚目:クレープを食べている写真。
俺のシャツの胸元に、ベッタリとチョコソースがついている。
「指で拭って舐めた」?
いや、これ俺がこぼして慌てて拭こうとして大惨事になった跡だろ。シミになってるし。
四枚目:観覧車からの夜景。
ガラスに反射して映る俺の顔。
乗り物酔いで青ざめ、死相が出ている。
……酷い。
あまりにも酷い。
「スマートな彼氏」の姿なんて、どこにもない。
そこにいるのは、美少女に振り回され、キャパオーバーで自滅している哀れな道化だ。
「……雪野さん」
「ん?」
「この写真の俺、どう見ても死にかけてるんだけど」
俺はスマホを見せた。
栞は「あっ」と言って、慌ててスマホを隠そうとした。
「ち、違うの! これは一瞬の油断というか、オフショットみたいなもので!」
「オフショットにしては致命傷だぞ」
「でも! 私の中では、頑張ってくれた夏月くんが一番輝いてたの!」
栞が言い募る。
「コースター苦手なのに、私が乗りたいって言ったら付き合ってくれたじゃない! お化け屋敷も、先頭歩こうとしてくれたじゃない! クレープだって、私に一口くれようとしてこぼしちゃったんでしょ?」
……なるほど。
「結果」は惨敗だが、「過程(努力)」はあったのか。
彼女は、その「努力」の部分だけを抽出し、脳内で「成功した映像」に差し替えているのだ。
俺は溜息をついた。
優しい。
彼女は優しすぎる。
俺のカッコ悪い失敗を、一つ一つ丁寧に「カッコいい思い出」に書き換えて保存してくれている。
俺のプライドを守るために。
あるいは、そうしないと「理想のカップル」が成立しないからか?
俺は、観覧車の窓の外を見た。
小さくなる遊園地の人混み。
俺は、彼女の優しさに甘えていていいのだろうか。
このまま「偽りの成功体験」を積み重ねて、記憶が戻った時。
俺は胸を張って「そうだ、俺はカッコいい彼氏だった」と言えるのか?
言えるわけがない。
それはただの、虚栄心で塗り固められた砂の城だ。
「……ごめん」
俺は呟いた。
「次に来る時は、もっとマシなデートにするから」
「え?」
「ジェットコースターも克服するし、クレープも綺麗に食べる。……捏造しなくてもいい、本物の『カッコいい俺』を見せるから」
栞が目を見開く。
そして、少し困ったように微笑んだ。
「……今のままでも、十分カッコいいのに」
その言葉は、ゴンドラの中で空回りして、俺の胸の奥に刺さった棘を、さらに深く押し込んだ気がした。
(つづく)
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