いきなり最終回から始まるラブコメ

月下花音

文字の大きさ
6 / 15

第6話 回想第8話:遊園地のちぐはぐ

しおりを挟む
 夏休みに入ってすぐの日曜日。
 俺と栞は、市内の遊園地に来ていた。
 今日の「リプレイ」の舞台だ。

「第8話、遊園地デートの回だよ!」
 栞はウサギ耳のカチューシャをつけて、はしゃいでいる。
 俺も無理やりクマ耳をつけさせられた。
 三十路手前の文芸部員にはキツい試練だが、彼女が楽しそうだからよしとする。

 ✎ܚ

【Replay Mode:Start】

 あの日、私たちは朝から晩まで遊び倒したの。
 ジェットコースターに乗った時、私が怖くて目を瞑ってたら、夏月くんが手を握ってくれたわ。
『大丈夫。俺がついてるから』って。
 その手が大きくて、頼もしくて、恐怖なんて吹き飛んじゃった。

 お化け屋敷では、驚いて抱きついた私を、夏月くんが優しく守ってくれた。
 
 休憩の時に食べたクレープ。
 私の口についたクリームを、夏月くんが指で拭って、そのまま舐めたの。
 『……甘いね』って、悪戯っぽく笑って。
 もう、顔から火が出るかと思った!
 
 最後は観覧車で、夜景を見ながらロマンチックなキス……は、しなかったけど(まだ早かったし!)、二人で見つめ合った時間は永遠みたいだったわ。

【Replay Mode:End】

 ✎ܚ

「……どう? 思い出した?」
 観覧車の中で、栞が期待に満ちた瞳で聞いてくる。
 夕日が差し込むゴンドラ内は、確かにロマンチックだ。

 しかし。
 俺の手元にあるスマホのアルバムは、全く別の物語を語っていた。

 俺はスクロールして、当時の写真を確認する。
 日付は七月二十日。
 
 一枚目:ジェットコースター乗車中の記念写真(有料のやつを写メったもの)。
 栞は楽しそうにピースしている。
 隣の俺は……白目を剥いている。魂が口から出かかっている。
 「手が大きくて頼もしい」?
 いや、これ俺が恐怖で栞の手を握り潰してるだけじゃないか? 栞の手首に赤く跡が残ってるぞ。

 二枚目:お化け屋敷の出口。
 俺が腰を抜かしてへたり込んでいる。
 栞が苦笑いで俺を立たせようとしている。
 「優しく守ってくれた」? 嘘だろ。俺が守られてるじゃん。

 三枚目:クレープを食べている写真。
 俺のシャツの胸元に、ベッタリとチョコソースがついている。
 「指で拭って舐めた」?
 いや、これ俺がこぼして慌てて拭こうとして大惨事になった跡だろ。シミになってるし。

 四枚目:観覧車からの夜景。
 ガラスに反射して映る俺の顔。
 乗り物酔いで青ざめ、死相が出ている。

 ……酷い。
 あまりにも酷い。
 「スマートな彼氏」の姿なんて、どこにもない。
 そこにいるのは、美少女に振り回され、キャパオーバーで自滅している哀れな道化だ。

「……雪野さん」
「ん?」
「この写真の俺、どう見ても死にかけてるんだけど」

 俺はスマホを見せた。
 栞は「あっ」と言って、慌ててスマホを隠そうとした。

「ち、違うの! これは一瞬の油断というか、オフショットみたいなもので!」
「オフショットにしては致命傷だぞ」
「でも! 私の中では、頑張ってくれた夏月くんが一番輝いてたの!」

 栞が言い募る。
「コースター苦手なのに、私が乗りたいって言ったら付き合ってくれたじゃない! お化け屋敷も、先頭歩こうとしてくれたじゃない! クレープだって、私に一口くれようとしてこぼしちゃったんでしょ?」

 ……なるほど。
 「結果」は惨敗だが、「過程(努力)」はあったのか。
 彼女は、その「努力」の部分だけを抽出し、脳内で「成功した映像」に差し替えているのだ。

 俺は溜息をついた。
 優しい。
 彼女は優しすぎる。
 俺のカッコ悪い失敗を、一つ一つ丁寧に「カッコいい思い出」に書き換えて保存してくれている。
 俺のプライドを守るために。
 あるいは、そうしないと「理想のカップル」が成立しないからか?

 俺は、観覧車の窓の外を見た。
 小さくなる遊園地の人混み。
 
 俺は、彼女の優しさに甘えていていいのだろうか。
 このまま「偽りの成功体験」を積み重ねて、記憶が戻った時。
 俺は胸を張って「そうだ、俺はカッコいい彼氏だった」と言えるのか?
 言えるわけがない。
 それはただの、虚栄心で塗り固められた砂の城だ。

「……ごめん」
 俺は呟いた。
「次に来る時は、もっとマシなデートにするから」

「え?」
「ジェットコースターも克服するし、クレープも綺麗に食べる。……捏造しなくてもいい、本物の『カッコいい俺』を見せるから」

 栞が目を見開く。
 そして、少し困ったように微笑んだ。
「……今のままでも、十分カッコいいのに」

 その言葉は、ゴンドラの中で空回りして、俺の胸の奥に刺さった棘を、さらに深く押し込んだ気がした。

(つづく)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日7時•19時に更新予定です。

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

処理中です...