いきなり最終回から始まるラブコメ

月下花音

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第7話 改竄された記憶(第10話)

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 夏休みも終わりに近づいた頃。
 俺たちは、駅前のファミレスにいた。
 栞はメロンソーダ、俺はアイスコーヒー。
 
「今日は第10話。ちょっとシリアスな回だよ」
 栞が少し声を落とす。
「私たちが不良に絡まれた時の話」

 不良。
 ラブコメにおける定番イベントだ。
 主人公の男気が試される試練の場。

 ✎ܚ

【Replay Mode:Start】

 塾の帰り道。
 暗い路地裏で、ガラの悪い男たちに声をかけられたの。
 怖くて足がすくんで、声も出なかった。
 
 その時、夏月くんが駆けつけてくれた。
 『彼女に何してんだよ』って、低い声で威嚇して。
 相手は三人いたけど、夏月くんは一歩も引かなかった。
 私が逃げる隙を作ってくれて、一人で立ち向かって……。
 
 最後は、夏月くんの気迫に押されて、不良たちは捨て台詞を吐いて逃げていったわ。
 夏月くん、頬に擦り傷を作ってたけど、
 『お前が無事なら、これくらい平気だ』って、笑ってくれたの。
 本当に、ヒーローみたいだった。

【Replay Mode:End】

 ✎ܚ

「……で、私が傷の手当てをしてあげて、二人の仲はさらに深まったの」
 栞が締めくくる。

 俺はアイスコーヒーの氷をカランと鳴らした。
 さて。
 今回の「捏造」はどこだ?
 俺が不良三人を撃退?
 ありえない。俺は喧嘩なんて小学校以来したことない文化系男子だ。
 気迫で撃退? 漫画かよ。

 俺は自分の頬を触った。
 傷跡はない。
 でも、妙な記憶のフラッシュバックがあった。
 土の匂い。
 腹に響く鈍い衝撃。
 そして、サイレンの音。

 俺はスマホを取り出し、検索履歴を遡った。
 八月の中旬。
 『喧嘩 怪我 隠し方』
 『警察 通報 匿名』
 そんな検索ワードが残っていた。

 さらに、メッセージアプリの履歴。
 八月十二日。
 友人(井上)への送信履歴。
『ごめん、明日部活休む。ちょっと転んで顔腫れた』
『肋骨ヒビ入ったかも』

 ……おい。
 「転んで」じゃないだろ。「肋骨ヒビ」って結構な重傷だぞ。
 「気迫で撃退」どころか、ボコボコにされてるじゃねーか!

 そして極め付けは、栞とのLINE履歴だ。
 同日。
栞『今日はごめんね。私のせいで……警察の人にちゃんと説明したから、夏月くんは悪くないよ』
栞『病院、ちゃんと行ってね。治療費は私が出すから』

 ……確定だ。
 真相はこうだ。
 
 1.不良に絡まれた栞を、俺が助けようとした(これは本当だろう)。
 2.しかし俺はあっけなく返り討ちに遭い、一方的に殴られた。
 3.それを見た栞(あるいは通りがかりの人)が警察に通報。
 4.パトカーのサイレンで不良は逃走。
 5.俺はボロ雑巾のように伸びていた。

 ヒーロー?
 違う。ただの噛ませ犬だ。
 
 俺はスマホを伏せた。
 吐き気がする。自分の無力さに。
 そして、そんな惨めな俺を「ヒーロー」として語り継ごうとする栞の「健気さ」に。

「……雪野さん」
 俺の声は震えていた。
「俺、本当はボコボコにされたんだろ?」

 栞がびくりと肩を震わせる。
 メロンソーダの泡が弾ける。
「……え?」
「LINE見たよ。肋骨ヒビ入ってたし、警察呼んで解決したんだろ? 俺、何もしてないじゃん。ただ殴られて、お前に心配かけただけじゃん」

 俺は自嘲気味に笑った。
「なんで嘘つくんだよ。カッコ悪い俺を、無理やりカッコよくして……虚しくならないのかよ」

 栞が俯く。
 長い沈黙。
 そして、ポツリと言った。

「……だって、夏月くん、泣いてたから」

「え?」
「あの日、救急車の中で。夏月くん、痛いからじゃなくて……『守れなくてごめん』って、悔しくて泣いてたから」

 栞が顔を上げる。その瞳には涙が溜まっていた。
「私には、その姿が一番カッコよく見えたの。殴られて勝つことより、弱くても立ち向かってくれた心が、誰よりもヒーローだったの。……だから、これは嘘じゃない。私の中の『真実』なの!」

 彼女の主張は、理屈じゃなかった。
 感情の論理だ。
 俺の「行動(敗北)」を、彼女の「解釈(愛)」で塗り替えている。

 俺は言葉を失った。
 彼女の愛は、深くて、そして重い。
 俺の惨めな敗北さえも、勲章に変えてしまうほどに。

 でも。
 それはやっぱり、俺にとっては「呪い」だ。
 彼女の理想に応えられなかったという事実が、修正液で白く塗りつぶされるたびに、俺の心は窒息していく。
 本当の俺を見てほしい。
 殴られて、泣いて、惨めだった俺を。
 美化しないでくれ。
 俺は「物語の主人公」になんて、なれやしないんだから。

(つづく)
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