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第2章:技術とプライド(職人の敗北)
#5:彼が選んだのは、私じゃないチョコレート Ep.03
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「で、お前のやつも食べていい?」
ようやく、彼が私の箱に手を伸ばした。
リボンを解く。
蓋を開ける。
整然と並んだボンボン・ショコラ。
宝石のような輝き。
「うわ、すげー。店のかと思った」
「店のですが」
「あ、そっか。さすがプロ」
彼は一粒摘む。
パクっと口に入れる。
私は息を飲む。
さあ、どうだ。
アールグレイの香りとラズベリーの酸味が、脳天を直撃するはずだ。
そのタッパーの中の汚物とは違う、本物の「美食」体験を。
彼はゆっくりと咀嚼し、飲み込んだ。
「……うん、うまい」
それだけ?
「うまい」だけ?
「香りが」「口溶けが」「バランスが」とかないの?
「やっぱお前のは完成されてるな。隙がないっていうか」
彼は水を飲んで、またタッパーのクッキーに手を伸ばした。
「でもさ、完成されすぎてて、俺が入る余地がないんだよな」
「は?」
思わず声が出た。
「お前の菓子はさ、鑑賞するものなんだよ。食べるのが申し訳なくなる。それに比べてこっちはさ」
彼は歪なクッキーを見せる。
「『あー、ここ失敗してんなー』とか『頑張ったなー』とか、ツッコミどころがあるじゃん? それが会話になるんだよ。コミュニケーションなんだよ」
コミュニケーション。
お菓子はコミュニケーション。
製菓学校の初日に習った言葉だ。
でも、それは「美味しいものを共有する喜び」という意味じゃなかったのか?
「失敗を笑い合う」という低レベルな馴れ合いのことを指すのか?
「俺はさ、完璧な芸術品よりも、俺のためにジタバタした痕跡があるにんじんみたいなのが好きなんだわ」
にんじん。
彼は私のショコラを「芸術品」と呼び、彼女のクッキーを「にんじん」と呼んだ。生活の一部だと。
私のショコラには、私の「技術」と「プライド」は詰まっているけど、「彼への隙」がなかった。
自己完結した作品。
ナルシシズムの結晶。
彼はそれを見抜いていたのだ。
ショックだった。
私は彼のために作ったつもりだった。
でも、本当は「私の凄さ」を認めさせるために作った。
「私を振ったことを後悔させる」という攻撃のために作った。
そこには、食べる相手への「優しさ」や「許し」は一ミリも入っていなかったのだ。
(つづく)
ようやく、彼が私の箱に手を伸ばした。
リボンを解く。
蓋を開ける。
整然と並んだボンボン・ショコラ。
宝石のような輝き。
「うわ、すげー。店のかと思った」
「店のですが」
「あ、そっか。さすがプロ」
彼は一粒摘む。
パクっと口に入れる。
私は息を飲む。
さあ、どうだ。
アールグレイの香りとラズベリーの酸味が、脳天を直撃するはずだ。
そのタッパーの中の汚物とは違う、本物の「美食」体験を。
彼はゆっくりと咀嚼し、飲み込んだ。
「……うん、うまい」
それだけ?
「うまい」だけ?
「香りが」「口溶けが」「バランスが」とかないの?
「やっぱお前のは完成されてるな。隙がないっていうか」
彼は水を飲んで、またタッパーのクッキーに手を伸ばした。
「でもさ、完成されすぎてて、俺が入る余地がないんだよな」
「は?」
思わず声が出た。
「お前の菓子はさ、鑑賞するものなんだよ。食べるのが申し訳なくなる。それに比べてこっちはさ」
彼は歪なクッキーを見せる。
「『あー、ここ失敗してんなー』とか『頑張ったなー』とか、ツッコミどころがあるじゃん? それが会話になるんだよ。コミュニケーションなんだよ」
コミュニケーション。
お菓子はコミュニケーション。
製菓学校の初日に習った言葉だ。
でも、それは「美味しいものを共有する喜び」という意味じゃなかったのか?
「失敗を笑い合う」という低レベルな馴れ合いのことを指すのか?
「俺はさ、完璧な芸術品よりも、俺のためにジタバタした痕跡があるにんじんみたいなのが好きなんだわ」
にんじん。
彼は私のショコラを「芸術品」と呼び、彼女のクッキーを「にんじん」と呼んだ。生活の一部だと。
私のショコラには、私の「技術」と「プライド」は詰まっているけど、「彼への隙」がなかった。
自己完結した作品。
ナルシシズムの結晶。
彼はそれを見抜いていたのだ。
ショックだった。
私は彼のために作ったつもりだった。
でも、本当は「私の凄さ」を認めさせるために作った。
「私を振ったことを後悔させる」という攻撃のために作った。
そこには、食べる相手への「優しさ」や「許し」は一ミリも入っていなかったのだ。
(つづく)
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