【短編集】バレンタイン・ノワール ~ハッピーエンドは売り切れました~

月下花音

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第4章:特殊設定と変化球(スパイスを投入)

#10:バレンタインは終わらない Ep.03

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「今日のお前、なんか違うな」
 陸が膝を抱えて、冬の寒空を見上げながら言った。

「何が?」
「いつもはさ、なんかピリピリしてるっていうか。完璧にしなきゃって感じが伝わってきて、正直話しかけづらかった」

 ……マジか。
 私の「健気な片想いオーラ」は、彼にとっては「殺気」とか「威圧感」だったのか。
 ショックだ。
 一生懸命メイクして、髪巻いて、高いチョコ用意してたのに。
 それが全部裏目に出てたなんて。
 でも、今はもうどうでもいい。
 どうせ今日で終わる世界だ。

「今は? ジャージだし、髪ボサボサだし、最悪でしょ」
 あんぱんの袋を握りつぶしながら言う。
「いや、今の方がいい」
「は?」
 耳を疑った。

「なんか、力が抜けてて。普通の女子って感じで」

 普通の女子。
 褒め言葉に聞こえないけど、陸の顔は笑っていた。
 私が5回のループで一度も見られなかった、営業スマイルじゃない、自然な笑顔。
 目尻が下がって、歯が見えてる。

「俺さ、チョコとか苦手なんだよね」
「えっ」
「甘いの食うと気持ち悪くなるし。でも貰わないと悪いし。毎年今日は憂鬱なんだわ。机の中確認すんのも怖いし」

 知らなかった。
 リサーチ不足もいいとこだ。
 私が渡そうとしてたゴディバも、手作りガトーショコラも、彼にとっては「呪いのアイテム」だったのか。
 そりゃ振るわ。
 嫌いなものを大金はたいて押し付けてくる女なんて、恐怖でしかない。

「だから、あんぱん食ってるお前見て、なんか安心したわ」
 陸が私の持つあんぱん(半分食べかけ)を指差す。
「一口ちょうだい」
「……いいけど。かじってるよ?」
「きにしない」

 ちぎって渡す。
 陸がパクっと食べる。
「うめー。チョコより全然うめーわ。やっぱこしあんだよな」

 何これ。
 どんなイベント?
 告白して振られ続けて、事故死し続けてた私が、屋上でジャージ姿で好きな男とあんぱんを分け合ってる。
 これが正解ルートだったの?
 恋愛シミュレーションゲームなら、攻略本を壁に叩きつけるレベルの難易度だ。
「好感度を上げるには、着飾るのをやめてあんぱんを食え」なんて、どこにも書いてない。

 胸がドキドキする。
 でも、今までの「どうしよう、好き! 嫌われたくない!」っていう切迫したドキドキじゃない。
 もっと緩やかな、陽だまりみたいな温かさ。
「かっこいい陸くん」じゃなくて、「隣にいる普通の男子」としての彼を感じる。
 これが、本当の「好き」なのかもしれない。

「お前、口にあんこついてる」
「嘘っ」
 拭おうとしたら、陸の手が伸びてきて、親指でサッと拭ってくれた。
 その指を、彼がペロッと舐めた。

 爆発するかと思った。私が。
「……あ、甘い」
 彼がニヤッと笑う。
 ずるい。
 何そのテクニック。無自覚? 天然たらし?
 私が5回死んだ甲斐が、ここにあったのかもしれない。

(つづく)
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