【短編集】バレンタイン・ノワール ~ハッピーエンドは売り切れました~

月下花音

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第4章:特殊設定と変化球(スパイスを投入)

#11:バレンタインまでの恋人契約 Ep.03

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 契約期間も折り返し地点。
 私は徐々に、自分の役柄に没入していた。
 いや、没入しすぎて、現実との境界線が曖昧になってきていた。

 瞬は優しい。
「偽装」という名目があるからこそ、遠慮なく優しくしてくる。
 重い荷物を持ってくれたり、寒くないか気遣ってくれたり。
 これまで「地味子」として透明人間扱いされていた私にとって、それは劇薬だった。
 免疫がないのに、致死量の優しさを投与されている。

「なあ、バレンタインのチョコさ」
 瞬が言った。
「本命っぽく作ってくれよ? 市販だとバレるかもだし」
「……手作り?」
「おう。俺、甘さ控えめが好きなんだよね。ビターなやつ」

 注文までつけてきた。
「はいはい、経費請求しますからね」
 軽口で返すけど、内心は飛び上がっていた。
 彼のためにチョコを作れる。
 堂々と。
「業務」として。

 その夜、私はレシピサイトを検索しまくった。
 ビター、生チョコ、簡単、プロ級。
 試作もした。
 家族に「誰にあげるの?」と聞かれて、「演劇部の大道具」と謎の嘘をついた。

 キッチンでチョコを溶かしながら、私は自分の愚かさに気づいて笑ってしまった。
 期間限定。
 2月14日まで。
 分かっているのに、私は本気で恋をしている。
 シンデレラだって12時には魔法が解けるけど、まだ0時までは時間がある。
 それまでは、夢を見ていてもいいじゃないか。
 たとえ、ガラスの靴が残らないとしても。

 チョコの味見をする。
 苦い。
 私の恋心と同じ味がした。

(つづく)
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