【短編集】バレンタイン・ノワール ~ハッピーエンドは売り切れました~

月下花音

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第4章:特殊設定と変化球(スパイスを投入)

#12:二月十五日の私たちは Ep.04

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 それから一ヶ月。
 私たちは、奇妙で歪んだ関係を続けていた。
 週末に一度会う。これはノルマみたいに定着した。
 安い居酒屋やファミレスで食事をして、たまに彼の家に泊まる。
 体の関係はある。
 むしろ、それしかないと言ってもいい。
 終わったあと、彼はすぐに背中を向けて寝るし、ピロートークなんて存在しない。
「好き」とか「可愛い」とか、愛の言葉も一切ない。

 彼も気づいているはずだ。
 私が、彼のアプリ常駐を知っていることに。
 マキづてに、「アイツ、彼女いるのにアプリやってるらしいよ」っていう噂が流れていることも、きっと知っている。
 そして私も気づいている。
 彼にとって私が「滑り止め」であり、「とりあえずのセフレ兼家政婦」であることを。

 ある日のファミレス。
 冷めたマルゲリータピザをつつきながら、彼がふいに言った。
 スマホをいじりながら、私の顔も見ずに。

「お前さ、俺のこと本当に好きなの?」

 ドキッとした。
 試されているのか?
 それとも、別れ話の切り出しか?

「好きだよ」
 即答する私。
 0.1秒も迷わなかった。条件反射だ。
 迷ったら負けだと思っている。

「ふーん。まあ、俺も嫌いじゃないけど」

 嫌いじゃない。
 好きとは言わない。
「悪くない」とか「嫌いじゃない」。
 これが彼の精一杯の誠実さなのか、あるいは残酷さなのか。
 言葉の選び方が巧みすぎる。責任を取らない大人の逃げ方だ。

「でもさ、お互い『恋人』がいた方が都合いいじゃん?」
 彼がニヤッと笑いながら言った。
 悪魔の笑顔だ。

「合コンとか行ってもさ、余裕ある感じ出せるし。ガツガツしなくて済むし。周りもうるさく言わないし」

 そういうことか。
 彼は私を「恋人ステータス維持装置」として利用していると公言したんだ。
 アクセサリーだ。
「俺、彼女いるんで」と余裕をかまして、その上で他の女と遊ぶための免罪符。
「彼女とうまくいってなくて~」とか相談して、同情を引くための道具。

 そして私も。
 認めざるを得ない。
 私も、彼を「彼氏」として利用している。
 会社の同僚に「彼氏とここ行ったんだー」と写真を見せるためだけに。
 マキに「別れたほうがいいよ」と言われても、「でも優しいとこもあるし」と悲劇のヒロインぶるためだけに。

「そうだね。都合いいよね」
 私も笑って答えた。
 顔が引きつっていたかもしれないけど、笑った。
 ここで怒ったり泣いたりしたら、この関係は終わる。
「重い女」として捨てられる。

 共犯関係。
 愛のない、利害の一致した契約。
 ピザのチーズみたいに冷えて固まって、ゴムみたいになった関係。
 噛み切れないし、美味しくないけど、腹は膨れる。

 一人ぼっちで「彼氏欲しい」と嘆いていた地獄。
 クリスマスの予定がない恐怖。
 バレンタインに自分用のチョコを買う虚しさ。
 それらに比べれば、この冷え切った関係でも「マシ」な気がした。
 この「マシ」という感覚が、麻薬みたいに私の感覚を狂わせていく。
 底なし沼だと分かっていて、自分から足を沈めていく。

(つづく)
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