画面越しに、君を溶かしてもいいですか

月下花音

文字の大きさ
7 / 12

第7話 正体開示

しおりを挟む
【ルカ=ノエル配信画面(緊急枠)】
 同接:12,050人
 コメント:!?/大学から配信!?/機材トラブル?/画面揺れてるw
 スーパーチャット:アカリより 10,000円 「えっ、ルカくん大丈夫ですか!? 無理しないで!」
 ルカ=ノエル(焦った声で):ごめん、ちょっと回線悪くて……今、誰もいない準備室借りて再接続してるんだけど……あ、誰か来たかも。一旦ミュートにするね!

 ✎ܚ ܚ 

 文化祭、2日目。
 キャンパスはお祭り騒ぎだ。
 焼きそばのソースの匂い、野外ステージからのバンド演奏、呼び込みの声。
 私は実行委員のシフトを終え、人混みを避けるように南校舎の裏手へ回った。

「……疲れた」

 祭りの喧騒は嫌いじゃないけど、こうも人が多いとHPが削られる。
 推しの声を聞いて回復したい。
 そう思ってスマホを見ると、通知が来ていた。
『ルカ=ノエル 緊急配信! 文化祭会場からこっそり枠』

「嘘!?」

 叫びそうになるのを堪える。
 大学から配信?
 バレるリスク高すぎない?
 でも、そこがまた「秘密共有」っぽくて燃える。

『ごめん、ちょっと回線悪くて……』

 イヤホンから流れる声は、いつものクリアな音質ではなく、少しノイズ混じりだ。
 本当に大学の中にいるんだ。
 同じ空間に、彼がいる。
 GPSで探したいくらいの衝動を抑え、私は画面を見つめる。

『あ、誰か来たかも』

 その直後、プツリと音声が途切れた。
 ミュートになった。
 画面には、誰もいない教室の天井と、積み上げられたパイプ椅子が映っているだけ。

「準備室……?」

 背景に見覚えがあった。
 南校舎の3階。
 昨日、私が備品の買い出しリストを取りに行った、旧視聴覚準備室だ。
 あそこは普段鍵がかかっていて、実行委員しか入れない。
 しかも、今日はステージ裏から遠いから、誰も使っていないはず。

「……まさか」

 足が勝手に動いていた。
 確認したい。
 いや、邪魔しちゃダメだ。
 でも、もし機材トラブルで困ってるなら、何か手伝えるかも。
(そんなわけない。ただ会いたいだけだ)

 階段を駆け上がる。
 3階の廊下は静まり返っていた。
 一番奥の部屋。
 ドアの隙間から、微かに光が漏れている。

 心臓が早鐘を打つ。
 一歩、また一歩。
 近づくほどに、中から声が聞こえてくる。
 防音扉じゃないから、静かな廊下には筒抜けだ。

「……ふぅ。焦った。……人、行ってくれたかな」

 低くて、甘い声。
 マイクを通さない、生の「ルカ=ノエル」の声。
 そして、聞き慣れた「月野ルカ」の声。

 私は震える手で、ドアノブに手をかけた。
 引くべきか、入るべきか。
 迷っている間に、古びたドアが「ギィ」と音を立ててしまった。

「……!」

 中の気配が凍りついたのが分かった。
 もう、戻れない。
 私は意を決して、ドアを開けた。

「……失礼し、ます」

 薄暗い部屋。
 窓からの西日が、埃の中を斜めに切り裂いている。
 その光の中に、彼はいた。

 パイプ椅子に座り、スマホと簡易マイクを机に並べ。
 私の方を振り返って、目を見開いている。

 月野ルカ。
 そして、画面の中のルカ=ノエル。

「……星宮」

 彼が私の名前を呼んだ。
 マイクに向かう時の「よそ行き」の声じゃない。
 でも、いつもの「氷の王子」の冷たい声でもない。
 無防備で、少し掠れた、ただの男の子の声。

「……あ」

 言葉が出なかった。
 頭では分かっていた。99%確信していた。
 でも、目の当たりにする破壊力は桁違いだ。
 配信画面に映っていた天井のシミが、目の前の天井にある。
 彼の手元にあるスマホの画面には、配信停止中の文字。
 そして、私のコメントが表示されたままのタイムライン。

『アカリ:えっ、ルカくん大丈夫ですか!? 無理しないで!』

 彼と目が合う。
 長い沈黙。
 外のバンド演奏のベース音が、遠雷のように響いている。

 言い訳をするのか。
 誤魔化すのか。
 それとも、怒るのか。
 私が身を硬くしていると、彼はふっと肩の力を抜いた。

「……バレたか」

 彼は苦笑した。
 いつも配信で見せる、あの優しくて少し意地悪な笑みを、生身の顔で浮かべて。
 無表情の仮面が剥がれ落ちたその顔は、私が知っているどの「ルカ」よりも人間くさくて、そして綺麗だった。

「……俺だよ。ルカ=ノエルは」

 明確な自白。
 私の世界が、音を立てて再構築される。
 画面の中の彼と、隣の席の彼が、完全に融合する。

「……月野、くん」
「ん」
「ほんとに、月野くんなの?」
「うん。……幻滅した?」

 彼は少し不安そうに眉を下げた。
 アバターのような完璧な王子様じゃない、生身の自分を見られて。
「氷の王子」なんて呼ばれている自分を知られて。
 ガッカリされたんじゃないかと、彼は恐れているのだ。

 私は。
 私は、首を横に振った。
 千切れんばかりに振った。

「……ううん! 嬉しい! ……すごく、嬉しい!」

 涙が滲んだ。
 幻滅なんてするわけがない。
 大好きな声の持ち主が、大好きな隣の席の人だった。
 これ以上の奇跡がどこにある。

「私……ずっと、ルカくんが好きで……月野くんのことも、気になってて……」
「……知ってる」

 彼は椅子から立ち上がり、私に近づいてきた。
 逆光で表情が見えない。
 でも、その体温が近づいてくる。

「アカリちゃん」

 彼が、私の「ハンドルネーム」を呼んだ。
 生の声で。
 耳元数センチの距離で。

「……いつも、赤スパありがとうね。……全部、届いてるよ」

 彼の大きな手が、私の頭にポンと置かれた。
 配信で何度も聞いた「よしよし」の、実写版。
 暖かくて、重みがあって、優しい。

「……あう……」

 私は腰が抜けて、その場にへたり込みそうになった。
 彼が慌てて支えてくれる。
 その腕の中で、私は確信した。

 私は今日、二度目の恋をした。
 画面の中の彼と、目の前の彼に。
 同時に、永遠に。

(続く)

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

『階段対策会議(※恋愛)――年上騎士団長の健康管理が過剰です』

星乃和花
恋愛
【完結済:全9話】 経理兼給仕のクラリスは、騎士団で働くただの事務員――のはずだった。 なのに、年上で情緒に欠ける騎士団長グラントにある日突然こう言われる。 「君は転倒する可能性がある。――健康管理対象にする」 階段対策会議、動線の変更、手をつなぐのは転倒防止、ストール支給は防寒対策。 全部合理的、全部正しい。……正しいはずなのに! 「頬が赤い。必要だ」 「君を、大事にしたい」 真顔で“強い言葉”を投下してくる団長に、乙女心を隠すクラリスの心拍数は業務超過。 さらに副団長ローレンは胃薬片手に「恋は会議にするな!!」と絶叫中!? これは健康管理?それとも恋愛? ――答え合わせの前に、まず“階段(概念)“をご確認ください。

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

課長のケーキは甘い包囲網

花里 美佐
恋愛
田崎すみれ 二十二歳 料亭の娘だが、自分は料理が全くできない負い目がある。            えくぼの見える笑顔が可愛い、ケーキが大好きな女子。 × 沢島 誠司 三十三歳 洋菓子メーカー人事総務課長。笑わない鬼課長だった。             実は四年前まで商品開発担当パティシエだった。 大好きな洋菓子メーカーに就職したすみれ。 面接官だった彼が上司となった。 しかも、彼は面接に来る前からすみれを知っていた。 彼女のいつも買うケーキは、彼にとって重要な意味を持っていたからだ。 心に傷を持つヒーローとコンプレックス持ちのヒロインの恋(。・ω・。)ノ♡

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

エモパレ ―感情が見えるぽっちゃりな私が、オジさま副局長を無自覚なまま搦め捕るまで―

久乃亜
恋愛
前世の記憶を持つぽっちゃり看板娘ハルネは、 人の「感情の色」が視える魔眼『エモパレ』と、持ち前の経営手腕で、実家の香房を切り盛りしていた。 そんなある日、とある事件から、 オジさま――第二調査局副局長、通称「鬼のヴァルグレイ」に命を救われ、 ハルネの理想のオジさま像に、一瞬で恋に落ちる。 けれど、彼がハルネに告げたのは、愛の言葉ではなく ――理不尽な『営業停止』の通告だった!? 納得いかないハルネは、自らの足と異能で犯人を追い詰めることを決意する。 冷徹で無表情な彼だが、なぜかハルネに同行し、過保護なまでに手伝ってくれて……? 「人生2週目」のポジティブぽっちゃり娘と、不器用な冷徹最強騎士が織りなす、 お仕事×捜査×じれじれの初恋溺愛ファンタジー! ※ 第1部(1~3章)完結済み。 毎日投稿中

各務課長が「君の時間を十分ください」と言った結果

汐埼ゆたか
恋愛
実花子はカフェで恋人と待ち合わせしているが、彼はなかなか来ない。 あと十分でカフェを出ようとしたところで偶然上司の各務と会う。 各務から出し抜けに「君の時間を十分ください」と言われ、反射的に「はい」と返事をしたら、なぜか恋人役をすることになり――。 *☼*――――――――――*☼* 佐伯 実花子(さえき みかこ) 27歳  文具メーカー『株式会社MAO』企画部勤務  仕事人間で料理は苦手     × 各務 尊(かがみ たける) 30歳  実花子の上司で新人研修時代の指導担当  海外勤務から本社の最年少課長になったエリート *☼*――――――――――*☼* 『十分』が実花子の運命を思わぬ方向へ変えていく。 ―――――――――― ※他サイトからの転載 ※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※無断転載禁止。

【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています

空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。 『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。 「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」 「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」 そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。 ◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)

処理中です...