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第8話 画面外の甘さ
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【ルカ=ノエル配信画面】
同接:4,520人
コメント:文化祭お疲れー!/昨日の緊急配信アーカイブ消えた?/何かあったの?
スーパーチャット:なし
ルカ=ノエル(穏やかな声で):昨日はごめんね、ちょっとバタバタしちゃって。……でも、すごく大事なものを見つけたから、結果オーライかな。……ね、アカリちゃん?
✎ܚ
「……心臓が持たない」
月曜日のキャンパス。
私はいつもの席で、教科書を立てて顔を隠していた。
隣には、月野ルカ。
相変わらずの彫刻フェイスで、何食わぬ顔をして授業を受けている。
クラスの女子たちの視線は、相変わらず「遠巻き」だ。
「月野くん、今日も近寄りがたいね」
「目合わせたら凍りそう」
そんなひそひそ話が聞こえてくる。
甘い。
甘すぎる。
君たちは知らなすぎる。
この絶対零度の氷の下に、マグマのような甘さが煮えたぎっていることを。
『……ね、アカリちゃん?』
昨夜の配信での「私信」。
あれを聞いた瞬間、私はベッドから転がり落ちた。
完全に私との「秘密」を楽しんでいる。
授業中、彼がシャーペンの芯を出そうとしてカチカチと音をさせた。
その音だけで、私は金曜日の準備室での出来事を思い出して、耳が熱くなる。
『アカリちゃん』
『全部、届いてるよ』
あの時の手の温もり。低音の響き。
「……星宮」
不意に、隣から声をかけられた。
ビクゥッ! と肩が跳ねる。
恐る恐る顔を出すと、彼が教科書のページを指差していた。
「……ここ、教授がテストに出すって」
「あ、うん! ありがとう!」
普通の会話だ。
傍から見れば、ただの事務的な連絡。
でも。
彼が私の方を向いた瞬間、周りに聞こえない音量で、唇だけを動かした。
『……昨日は、ありがとね』
音のない言葉。
でも、その眼差しは、配信で「愛してる」と言う時と同じくらい、とろりとしていた。
私はショート寸前で頷くことしかできない。
授業終了後。
私は逃げるように教室を出た。
このまま隣にいたら、顔が赤すぎて不審者として通報される。
人が少ない中庭のベンチで、熱った頬を冷やしていると。
「……ここ、いい?」
影が落ちた。
月野くんだ。
「えっ、あ、うん……」
彼が隣に座る。
近い。距離感バグってる。
今まで半径2メートル以内に近寄らせなかった「氷の王子」が、今は肩が触れそうな距離にいる。
「……あのさ」
彼は缶コーヒーを開けながら、前を向いたまま言った。
「学校では、秘密にしてほしいんだ。……身バレしたら、活動続けられなくなるし」
それはそうだ。
彼ほどの人気VTuberが顔バレしたら、大学にいられなくなる。
「う、うん! もちろん! 墓場まで持っていく!」
私はブンブンと頷く。
「誰にも言わない! 私の心臓に誓って!」
ふっ、と彼が笑った。
初めて見る、素顔での「声を出した」笑い声。
「……よかった。アカリちゃんなら、信じられると思ってた」
アカリちゃん。
リアルでその呼び方は反則だってば。
「……でもさ」
彼は少し身を乗り出し、私の方へ顔を寄せた。
周りに人がいないことを確認するように。
そして、私の耳元で。
配信マイクに対するよりも、もっと近く、もっと親密な距離で。
「……二人きりの時だけは、いいよね?」
「え?」
「……俺も、我慢したくないから」
彼の吐息が耳にかかる。
低音が、背骨をゾクゾクと駆け上がる。
「……アカリちゃん。今日の服、すごく似合ってる。……可愛いよ」
ドサッ。
私が持っていた教科書が地面に落ちた音。
私の理性が完全崩壊した音。
彼は悪戯っぽく微笑むと、私の教科書を拾ってくれた。
「……ん。大事にしてね」
手渡される時、指先がゆっくりと絡む。
その一瞬の熱量だけで、私はあと10年は生きていける。
彼は立ち上がり、何事もなかったかのように去っていく。
背中越しに、ヒラリと手を振って。
「……無理」
私はベンチに突っ伏した。
これは拷問だ。
甘くて、苦しくて、致死量を超えた幸福な拷問だ。
画面越しですら致死量だったのに。
フィルターなしの高純度イケメンボイスを、ゼロ距離で浴びせられるなんて。
「……溶ける……ほんとに、溶けちゃう……」
秋の風が吹く中庭で。
私は一人、液状化していた。
これから毎日、この「秘密の甘やかし」が続くのかと思うと、私の心臓が最終回まで持つか、本気で心配になってきた。
(続く)
同接:4,520人
コメント:文化祭お疲れー!/昨日の緊急配信アーカイブ消えた?/何かあったの?
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ルカ=ノエル(穏やかな声で):昨日はごめんね、ちょっとバタバタしちゃって。……でも、すごく大事なものを見つけたから、結果オーライかな。……ね、アカリちゃん?
✎ܚ
「……心臓が持たない」
月曜日のキャンパス。
私はいつもの席で、教科書を立てて顔を隠していた。
隣には、月野ルカ。
相変わらずの彫刻フェイスで、何食わぬ顔をして授業を受けている。
クラスの女子たちの視線は、相変わらず「遠巻き」だ。
「月野くん、今日も近寄りがたいね」
「目合わせたら凍りそう」
そんなひそひそ話が聞こえてくる。
甘い。
甘すぎる。
君たちは知らなすぎる。
この絶対零度の氷の下に、マグマのような甘さが煮えたぎっていることを。
『……ね、アカリちゃん?』
昨夜の配信での「私信」。
あれを聞いた瞬間、私はベッドから転がり落ちた。
完全に私との「秘密」を楽しんでいる。
授業中、彼がシャーペンの芯を出そうとしてカチカチと音をさせた。
その音だけで、私は金曜日の準備室での出来事を思い出して、耳が熱くなる。
『アカリちゃん』
『全部、届いてるよ』
あの時の手の温もり。低音の響き。
「……星宮」
不意に、隣から声をかけられた。
ビクゥッ! と肩が跳ねる。
恐る恐る顔を出すと、彼が教科書のページを指差していた。
「……ここ、教授がテストに出すって」
「あ、うん! ありがとう!」
普通の会話だ。
傍から見れば、ただの事務的な連絡。
でも。
彼が私の方を向いた瞬間、周りに聞こえない音量で、唇だけを動かした。
『……昨日は、ありがとね』
音のない言葉。
でも、その眼差しは、配信で「愛してる」と言う時と同じくらい、とろりとしていた。
私はショート寸前で頷くことしかできない。
授業終了後。
私は逃げるように教室を出た。
このまま隣にいたら、顔が赤すぎて不審者として通報される。
人が少ない中庭のベンチで、熱った頬を冷やしていると。
「……ここ、いい?」
影が落ちた。
月野くんだ。
「えっ、あ、うん……」
彼が隣に座る。
近い。距離感バグってる。
今まで半径2メートル以内に近寄らせなかった「氷の王子」が、今は肩が触れそうな距離にいる。
「……あのさ」
彼は缶コーヒーを開けながら、前を向いたまま言った。
「学校では、秘密にしてほしいんだ。……身バレしたら、活動続けられなくなるし」
それはそうだ。
彼ほどの人気VTuberが顔バレしたら、大学にいられなくなる。
「う、うん! もちろん! 墓場まで持っていく!」
私はブンブンと頷く。
「誰にも言わない! 私の心臓に誓って!」
ふっ、と彼が笑った。
初めて見る、素顔での「声を出した」笑い声。
「……よかった。アカリちゃんなら、信じられると思ってた」
アカリちゃん。
リアルでその呼び方は反則だってば。
「……でもさ」
彼は少し身を乗り出し、私の方へ顔を寄せた。
周りに人がいないことを確認するように。
そして、私の耳元で。
配信マイクに対するよりも、もっと近く、もっと親密な距離で。
「……二人きりの時だけは、いいよね?」
「え?」
「……俺も、我慢したくないから」
彼の吐息が耳にかかる。
低音が、背骨をゾクゾクと駆け上がる。
「……アカリちゃん。今日の服、すごく似合ってる。……可愛いよ」
ドサッ。
私が持っていた教科書が地面に落ちた音。
私の理性が完全崩壊した音。
彼は悪戯っぽく微笑むと、私の教科書を拾ってくれた。
「……ん。大事にしてね」
手渡される時、指先がゆっくりと絡む。
その一瞬の熱量だけで、私はあと10年は生きていける。
彼は立ち上がり、何事もなかったかのように去っていく。
背中越しに、ヒラリと手を振って。
「……無理」
私はベンチに突っ伏した。
これは拷問だ。
甘くて、苦しくて、致死量を超えた幸福な拷問だ。
画面越しですら致死量だったのに。
フィルターなしの高純度イケメンボイスを、ゼロ距離で浴びせられるなんて。
「……溶ける……ほんとに、溶けちゃう……」
秋の風が吹く中庭で。
私は一人、液状化していた。
これから毎日、この「秘密の甘やかし」が続くのかと思うと、私の心臓が最終回まで持つか、本気で心配になってきた。
(続く)
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