画面越しに、君を溶かしてもいいですか

月下花音

文字の大きさ
8 / 12

第8話 画面外の甘さ

しおりを挟む
【ルカ=ノエル配信画面】
 同接:4,520人
 コメント:文化祭お疲れー!/昨日の緊急配信アーカイブ消えた?/何かあったの?
 スーパーチャット:なし
 ルカ=ノエル(穏やかな声で):昨日はごめんね、ちょっとバタバタしちゃって。……でも、すごく大事なものを見つけたから、結果オーライかな。……ね、アカリちゃん?

 ✎ܚ 

「……心臓が持たない」

 月曜日のキャンパス。
 私はいつもの席で、教科書を立てて顔を隠していた。
 隣には、月野ルカ。
 相変わらずの彫刻フェイスで、何食わぬ顔をして授業を受けている。

 クラスの女子たちの視線は、相変わらず「遠巻き」だ。
「月野くん、今日も近寄りがたいね」
「目合わせたら凍りそう」
 そんなひそひそ話が聞こえてくる。

 甘い。
 甘すぎる。
 君たちは知らなすぎる。
 この絶対零度の氷の下に、マグマのような甘さが煮えたぎっていることを。

『……ね、アカリちゃん?』

 昨夜の配信での「私信」。
 あれを聞いた瞬間、私はベッドから転がり落ちた。
 完全に私との「秘密」を楽しんでいる。

 授業中、彼がシャーペンの芯を出そうとしてカチカチと音をさせた。
 その音だけで、私は金曜日の準備室での出来事を思い出して、耳が熱くなる。
『アカリちゃん』
『全部、届いてるよ』
 あの時の手の温もり。低音の響き。

「……星宮」

 不意に、隣から声をかけられた。
 ビクゥッ! と肩が跳ねる。
 恐る恐る顔を出すと、彼が教科書のページを指差していた。
「……ここ、教授がテストに出すって」
「あ、うん! ありがとう!」

 普通の会話だ。
 傍から見れば、ただの事務的な連絡。
 でも。
 彼が私の方を向いた瞬間、周りに聞こえない音量で、唇だけを動かした。

『……昨日は、ありがとね』

 音のない言葉。
 でも、その眼差しは、配信で「愛してる」と言う時と同じくらい、とろりとしていた。
 私はショート寸前で頷くことしかできない。

 授業終了後。
 私は逃げるように教室を出た。
 このまま隣にいたら、顔が赤すぎて不審者として通報される。
 人が少ない中庭のベンチで、熱った頬を冷やしていると。

「……ここ、いい?」

 影が落ちた。
 月野くんだ。
「えっ、あ、うん……」
 彼が隣に座る。
 近い。距離感バグってる。
 今まで半径2メートル以内に近寄らせなかった「氷の王子」が、今は肩が触れそうな距離にいる。

「……あのさ」
 彼は缶コーヒーを開けながら、前を向いたまま言った。
「学校では、秘密にしてほしいんだ。……身バレしたら、活動続けられなくなるし」

 それはそうだ。
 彼ほどの人気VTuberが顔バレしたら、大学にいられなくなる。
「う、うん! もちろん! 墓場まで持っていく!」
 私はブンブンと頷く。
「誰にも言わない! 私の心臓に誓って!」

 ふっ、と彼が笑った。
 初めて見る、素顔での「声を出した」笑い声。

「……よかった。アカリちゃんなら、信じられると思ってた」

 アカリちゃん。
 リアルでその呼び方は反則だってば。

「……でもさ」
 彼は少し身を乗り出し、私の方へ顔を寄せた。
 周りに人がいないことを確認するように。
 そして、私の耳元で。
 配信マイクに対するよりも、もっと近く、もっと親密な距離で。

「……二人きりの時だけは、いいよね?」

「え?」

「……俺も、我慢したくないから」

 彼の吐息が耳にかかる。
 低音が、背骨をゾクゾクと駆け上がる。

「……アカリちゃん。今日の服、すごく似合ってる。……可愛いよ」

 ドサッ。
 私が持っていた教科書が地面に落ちた音。
 私の理性が完全崩壊した音。

 彼は悪戯っぽく微笑むと、私の教科書を拾ってくれた。
「……ん。大事にしてね」
 手渡される時、指先がゆっくりと絡む。
 その一瞬の熱量だけで、私はあと10年は生きていける。

 彼は立ち上がり、何事もなかったかのように去っていく。
 背中越しに、ヒラリと手を振って。

「……無理」

 私はベンチに突っ伏した。
 これは拷問だ。
 甘くて、苦しくて、致死量を超えた幸福な拷問だ。
 画面越しですら致死量だったのに。
 フィルターなしの高純度イケメンボイスを、ゼロ距離で浴びせられるなんて。

「……溶ける……ほんとに、溶けちゃう……」

 秋の風が吹く中庭で。
 私は一人、液状化していた。
 これから毎日、この「秘密の甘やかし」が続くのかと思うと、私の心臓が最終回まで持つか、本気で心配になってきた。

(続く)


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

『階段対策会議(※恋愛)――年上騎士団長の健康管理が過剰です』

星乃和花
恋愛
【完結済:全9話】 経理兼給仕のクラリスは、騎士団で働くただの事務員――のはずだった。 なのに、年上で情緒に欠ける騎士団長グラントにある日突然こう言われる。 「君は転倒する可能性がある。――健康管理対象にする」 階段対策会議、動線の変更、手をつなぐのは転倒防止、ストール支給は防寒対策。 全部合理的、全部正しい。……正しいはずなのに! 「頬が赤い。必要だ」 「君を、大事にしたい」 真顔で“強い言葉”を投下してくる団長に、乙女心を隠すクラリスの心拍数は業務超過。 さらに副団長ローレンは胃薬片手に「恋は会議にするな!!」と絶叫中!? これは健康管理?それとも恋愛? ――答え合わせの前に、まず“階段(概念)“をご確認ください。

課長のケーキは甘い包囲網

花里 美佐
恋愛
田崎すみれ 二十二歳 料亭の娘だが、自分は料理が全くできない負い目がある。            えくぼの見える笑顔が可愛い、ケーキが大好きな女子。 × 沢島 誠司 三十三歳 洋菓子メーカー人事総務課長。笑わない鬼課長だった。             実は四年前まで商品開発担当パティシエだった。 大好きな洋菓子メーカーに就職したすみれ。 面接官だった彼が上司となった。 しかも、彼は面接に来る前からすみれを知っていた。 彼女のいつも買うケーキは、彼にとって重要な意味を持っていたからだ。 心に傷を持つヒーローとコンプレックス持ちのヒロインの恋(。・ω・。)ノ♡

腹黒外科医に唆された件~恋人(仮)のはずが迫られています~

有木珠乃
恋愛
両親を亡くし、二人だけの姉妹になった一ノ瀬栞と琴美。 ある日、栞は轢き逃げ事故に遭い、姉の琴美が務める病院に入院することになる。 そこで初めて知る、琴美の婚約者の存在。 彼らの逢引きを確保するために利用される栞と外科医の岡。 「二人で自由にならないか?」を囁かれて……。

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

エモパレ ―感情が見えるぽっちゃりな私が、オジさま副局長を無自覚なまま搦め捕るまで―

久乃亜
恋愛
前世の記憶を持つぽっちゃり看板娘ハルネは、 人の「感情の色」が視える魔眼『エモパレ』と、持ち前の経営手腕で、実家の香房を切り盛りしていた。 そんなある日、とある事件から、 オジさま――第二調査局副局長、通称「鬼のヴァルグレイ」に命を救われ、 ハルネの理想のオジさま像に、一瞬で恋に落ちる。 けれど、彼がハルネに告げたのは、愛の言葉ではなく ――理不尽な『営業停止』の通告だった!? 納得いかないハルネは、自らの足と異能で犯人を追い詰めることを決意する。 冷徹で無表情な彼だが、なぜかハルネに同行し、過保護なまでに手伝ってくれて……? 「人生2週目」のポジティブぽっちゃり娘と、不器用な冷徹最強騎士が織りなす、 お仕事×捜査×じれじれの初恋溺愛ファンタジー! ※ 第1部(1~3章)完結済み。 毎日投稿中

【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています

空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。 『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。 「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」 「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」 そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。 ◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)

処理中です...