11 / 12
第11話 画面を越えて
しおりを挟む
【アカリのスマホ・メモ帳】
『好き。好き。大好き。
でも、このままでいいのかな。
私は「ファン」で、彼は「推し」。
この境界線を越えたら、魔法は解けちゃうのかな』
✎ܚ
オフ会(という名の尊死イベント)から数日。
私たちの関係は、奇妙な均衡を保っていた。
大学では、隣の席の他人。
でも、目が合うと数秒だけ見つめ合う「内緒の合図」がある。
夜の配信では、今まで通りの「特定コメ拾い」。
でも、その言葉の端々に、私にしか分からない「先日の思い出」が含まれている。
幸せだった。
これで十分だと思っていた。
でも、人間とは強欲な生き物だ。
「特別扱い」に慣れると、もっと深い「独占」を求めてしまう。
「……はぁ」
土曜日の夕方。
私は一人、街を歩いていた。
ルカくんは今日、コラボ配信の打ち合わせがあると言っていた。
相手は、別の事務所の男性のVだ。安心安全。
なのに、なぜか心がモヤモヤする。
「ルカ=ノエル」はみんなのものだ。
配信がついている間、彼は数千人のリスナーの恋人になる。
私だけのものじゃない。
「……わがままだなぁ、私」
ショーウィンドウに映る自分を見る。
冴えない女子大生。
銀髪の王子様の隣に立つには、あまりに地味すぎる。
所詮、私は「スパチャを投げるモブA」でしかないんじゃないか。
最近の彼が甘いのは、単に「正体を知っているレアなファン」だから優遇してくれているだけじゃないのか。
ネガティブ思考がスパイラルし始めた時。
「……見つけた」
後ろから、腕を掴まれた。
驚いて振り返ると、帽子を目深に被り、マスクをした月野ルカが立っていた。
息を切らしている。
走ってきたみたいだ。
「……つ、月野くん? 打ち合わせは?」
「……終わった。速攻で終わらせた」
彼は私の腕を引いて、路地裏の人がいないスペースへと連れ込んだ。
瞳が、いつになく真剣だ。
「……ずっと、探してた」
「え?」
「LINE、既読つかないから」
スマホを見る。
あ、バッテリー切れてる。
「ご、ごめん! 電池切れちゃって……」
彼は深いため息をつくと、私の肩に額を預けた。
重み。熱。匂い。
「……怖かった」
「え?」
「アカリちゃんが、消えちゃったんじゃないかって。……俺のこと、嫌いになったんじゃないかって」
彼の声が震えている。
あの「氷の王子」が、こんなに弱気になっている。
「嫌いになんてなるわけないよ! ……私は、ルカくんのファンだもん」
そう。ファンだ。
そう言った瞬間、彼がバッと顔を上げた。
強い視線が、私を射抜く。
「……ファンじゃない」
否定された。
「……俺は、ファンサービスで君に触れてるわけじゃない」
「ファンだから、甘やかしてるわけじゃない」
彼の手が、私の帽子(キャップ)を外す。
髪がほどける。
彼の手が、私の頬を、首筋を、愛おしげに撫でる。
「……画面越しの『アカリちゃん』じゃない。……今、ここにいる、星宮アカリが好きなんだ」
時が止まった。
街の騒音が遠のく。
「……ルカ=ノエルとして言ってるんじゃない。……月野ルカとして、言ってるんだ」
「……君が好きだ。……誰にも渡したくない。……俺だけのものにしたい」
彼の瞳には、もう「配信者」としての余裕も計算もなかった。
ただの一人の男の子の、不器用で、必死な恋心だけがあった。
私は泣きそうになるのをこらえて、彼を見つめ返した。
これが、答えだ。
私が求めていた、たった一つの答え。
「……私も」
「……うん」
「……ルカ=ノエル様も好きだけど。……月野ルカくんの方が、もっと好き」
彼の目が、潤んだように見えた。
彼はマスクをずらすと、今度は額ではなく、私の唇に、触れるだけのキスをした。
「……やっと、言えた」
そのキスは、どんな甘い配信ボイスよりも、どんな赤スパよりも、価値のあるものだった。
画面という境界線が、完全に消滅した瞬間だった。
「……帰ろう、アカリ」
呼び捨て。
ちゃん付け卒業。
その響きだけで、私はまたしても溶けてしまいそうだった。
繋がれた手は、もう二度と解けそうになかった。
(続く)
『好き。好き。大好き。
でも、このままでいいのかな。
私は「ファン」で、彼は「推し」。
この境界線を越えたら、魔法は解けちゃうのかな』
✎ܚ
オフ会(という名の尊死イベント)から数日。
私たちの関係は、奇妙な均衡を保っていた。
大学では、隣の席の他人。
でも、目が合うと数秒だけ見つめ合う「内緒の合図」がある。
夜の配信では、今まで通りの「特定コメ拾い」。
でも、その言葉の端々に、私にしか分からない「先日の思い出」が含まれている。
幸せだった。
これで十分だと思っていた。
でも、人間とは強欲な生き物だ。
「特別扱い」に慣れると、もっと深い「独占」を求めてしまう。
「……はぁ」
土曜日の夕方。
私は一人、街を歩いていた。
ルカくんは今日、コラボ配信の打ち合わせがあると言っていた。
相手は、別の事務所の男性のVだ。安心安全。
なのに、なぜか心がモヤモヤする。
「ルカ=ノエル」はみんなのものだ。
配信がついている間、彼は数千人のリスナーの恋人になる。
私だけのものじゃない。
「……わがままだなぁ、私」
ショーウィンドウに映る自分を見る。
冴えない女子大生。
銀髪の王子様の隣に立つには、あまりに地味すぎる。
所詮、私は「スパチャを投げるモブA」でしかないんじゃないか。
最近の彼が甘いのは、単に「正体を知っているレアなファン」だから優遇してくれているだけじゃないのか。
ネガティブ思考がスパイラルし始めた時。
「……見つけた」
後ろから、腕を掴まれた。
驚いて振り返ると、帽子を目深に被り、マスクをした月野ルカが立っていた。
息を切らしている。
走ってきたみたいだ。
「……つ、月野くん? 打ち合わせは?」
「……終わった。速攻で終わらせた」
彼は私の腕を引いて、路地裏の人がいないスペースへと連れ込んだ。
瞳が、いつになく真剣だ。
「……ずっと、探してた」
「え?」
「LINE、既読つかないから」
スマホを見る。
あ、バッテリー切れてる。
「ご、ごめん! 電池切れちゃって……」
彼は深いため息をつくと、私の肩に額を預けた。
重み。熱。匂い。
「……怖かった」
「え?」
「アカリちゃんが、消えちゃったんじゃないかって。……俺のこと、嫌いになったんじゃないかって」
彼の声が震えている。
あの「氷の王子」が、こんなに弱気になっている。
「嫌いになんてなるわけないよ! ……私は、ルカくんのファンだもん」
そう。ファンだ。
そう言った瞬間、彼がバッと顔を上げた。
強い視線が、私を射抜く。
「……ファンじゃない」
否定された。
「……俺は、ファンサービスで君に触れてるわけじゃない」
「ファンだから、甘やかしてるわけじゃない」
彼の手が、私の帽子(キャップ)を外す。
髪がほどける。
彼の手が、私の頬を、首筋を、愛おしげに撫でる。
「……画面越しの『アカリちゃん』じゃない。……今、ここにいる、星宮アカリが好きなんだ」
時が止まった。
街の騒音が遠のく。
「……ルカ=ノエルとして言ってるんじゃない。……月野ルカとして、言ってるんだ」
「……君が好きだ。……誰にも渡したくない。……俺だけのものにしたい」
彼の瞳には、もう「配信者」としての余裕も計算もなかった。
ただの一人の男の子の、不器用で、必死な恋心だけがあった。
私は泣きそうになるのをこらえて、彼を見つめ返した。
これが、答えだ。
私が求めていた、たった一つの答え。
「……私も」
「……うん」
「……ルカ=ノエル様も好きだけど。……月野ルカくんの方が、もっと好き」
彼の目が、潤んだように見えた。
彼はマスクをずらすと、今度は額ではなく、私の唇に、触れるだけのキスをした。
「……やっと、言えた」
そのキスは、どんな甘い配信ボイスよりも、どんな赤スパよりも、価値のあるものだった。
画面という境界線が、完全に消滅した瞬間だった。
「……帰ろう、アカリ」
呼び捨て。
ちゃん付け卒業。
その響きだけで、私はまたしても溶けてしまいそうだった。
繋がれた手は、もう二度と解けそうになかった。
(続く)
0
あなたにおすすめの小説
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
課長のケーキは甘い包囲網
花里 美佐
恋愛
田崎すみれ 二十二歳 料亭の娘だが、自分は料理が全くできない負い目がある。
えくぼの見える笑顔が可愛い、ケーキが大好きな女子。
×
沢島 誠司 三十三歳 洋菓子メーカー人事総務課長。笑わない鬼課長だった。
実は四年前まで商品開発担当パティシエだった。
大好きな洋菓子メーカーに就職したすみれ。
面接官だった彼が上司となった。
しかも、彼は面接に来る前からすみれを知っていた。
彼女のいつも買うケーキは、彼にとって重要な意味を持っていたからだ。
心に傷を持つヒーローとコンプレックス持ちのヒロインの恋(。・ω・。)ノ♡
『階段対策会議(※恋愛)――年上騎士団長の健康管理が過剰です』
星乃和花
恋愛
【完結済:全9話】
経理兼給仕のクラリスは、騎士団で働くただの事務員――のはずだった。
なのに、年上で情緒に欠ける騎士団長グラントにある日突然こう言われる。
「君は転倒する可能性がある。――健康管理対象にする」
階段対策会議、動線の変更、手をつなぐのは転倒防止、ストール支給は防寒対策。
全部合理的、全部正しい。……正しいはずなのに!
「頬が赤い。必要だ」
「君を、大事にしたい」
真顔で“強い言葉”を投下してくる団長に、乙女心を隠すクラリスの心拍数は業務超過。
さらに副団長ローレンは胃薬片手に「恋は会議にするな!!」と絶叫中!?
これは健康管理?それとも恋愛?
――答え合わせの前に、まず“階段(概念)“をご確認ください。
【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています
空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。
『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。
「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」
「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」
そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。
◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)
溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~
紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。
ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。
邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。
「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」
そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。
腹黒外科医に唆された件~恋人(仮)のはずが迫られています~
有木珠乃
恋愛
両親を亡くし、二人だけの姉妹になった一ノ瀬栞と琴美。
ある日、栞は轢き逃げ事故に遭い、姉の琴美が務める病院に入院することになる。
そこで初めて知る、琴美の婚約者の存在。
彼らの逢引きを確保するために利用される栞と外科医の岡。
「二人で自由にならないか?」を囁かれて……。
田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜
侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」
十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。
弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。
お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。
七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!
以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。
その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。
一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。
エモパレ ―感情が見えるぽっちゃりな私が、オジさま副局長を無自覚なまま搦め捕るまで―
久乃亜
恋愛
前世の記憶を持つぽっちゃり看板娘ハルネは、
人の「感情の色」が視える魔眼『エモパレ』と、持ち前の経営手腕で、実家の香房を切り盛りしていた。
そんなある日、とある事件から、
オジさま――第二調査局副局長、通称「鬼のヴァルグレイ」に命を救われ、
ハルネの理想のオジさま像に、一瞬で恋に落ちる。
けれど、彼がハルネに告げたのは、愛の言葉ではなく
――理不尽な『営業停止』の通告だった!?
納得いかないハルネは、自らの足と異能で犯人を追い詰めることを決意する。
冷徹で無表情な彼だが、なぜかハルネに同行し、過保護なまでに手伝ってくれて……?
「人生2週目」のポジティブぽっちゃり娘と、不器用な冷徹最強騎士が織りなす、
お仕事×捜査×じれじれの初恋溺愛ファンタジー!
※ 第1部(1~3章)完結済み。 毎日投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる