【短編】清楚美少女の裏垢は「承認欲求の化け物」でした。~俺を沼らせて「いいね」を稼ぐための恋愛デスゲーム~

月下花音

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第2話:完璧なデートと絶対に楽しんではいけない俺

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 日曜日の午前十時。
 駅前の時計台広場は、これからデートに向かうカップルたちで溢れかえっていた。
 その光景を少し離れた場所から眺めながら、俺は胃の奥に冷たい鉛が沈んでいくような感覚を覚えていた。
 デート。
 本来なら胸が躍る響きだが、今日の俺にとっては「地雷原の横断」と同義語だ。

「お待たせ、篠崎くん! ごめんね、待った?」

 人混みを割って、その少女は現れた。
 朝霧澪。
 春の日差しを味方につけたかのような、眩しすぎる笑顔。
 小走りで駆け寄ってくる彼女の姿に、周囲の男たちの視線が一斉に吸い寄せられるのが分かる。
 
 俺は戦慄した。
 彼女の服装を見た瞬間、背筋に冷たいものが走った。

 オフホワイトのゆるいニットに、膝上が少しだけ揺れるミントグリーンのフレアスカート。
 足元はヒールの低いパンプスで、華奢な足首が強調されている。
 髪はいつものストレートではなく、緩く巻いてハーフアップにし、パールのようなヘアピンで留めている。

 完璧だ。
 完璧すぎる。
 なぜならその服装は、俺が中学二年生の時にドハマりし、クラスの誰にも理解されずにひっそりと布教していたマイナー深夜アニメ『星空のイリス』のヒロイン、イリス・ベルベットの第8話「休日デート回」の私服と、色使いからシルエットに至るまで完全に一致しているからだ。

 偶然? あり得ない。
 『星空のイリス』は視聴率低迷で1クール打ち切りになった伝説のクソアニメだ。今どき配信サイトにも残っていない。
 俺はこの情報を現在のSNSには一切書いていない。黒歴史として封印したからだ。
 唯一あるとすれば、実家の押し入れの奥底に眠っている古いスケッチブック(俺が描いた下手くそな模写)か、あるいは当時の数少ない友人(今はもう連絡を取っていないイマジナリーフレンドに近い存在)に送りつけた熱苦しいメールのログくらいだ。

 彼女はそこまで掘ったのだ。
 俺というモブを「攻略」するために、俺の過去という地層を掘削し、最も防御力の低い「中二病時代の性癖」という弱点を突き止めた。
 そして、その「理想の具現化」を、初デートという勝負所にぶつけてきた。
 その執念深さに、恐怖すら覚える。

「……ううん、俺も今来たとこ。すごく、似合ってるよ」

 俺は笑顔で賛辞を贈る。
 声が少し震えたかもしれないが、それは感動ではなく恐怖のせいだ。
 これは「称賛」ではない。「確認」だ。
 お前の仕掛けた罠には気付いていないふりをしてやる、という意思表示。

「本当? よかったぁ。篠崎くん、こういうパステルカラー好きかなって思って」

 彼女は恥ずかしそうに頬を染めて、モジモジとニットの袖(萌え袖だ、完璧な萌え袖だ)を口元に当てる。
 その仕草だけで、校内の男子なら三人くらい即死している破壊力だ。
 破壊力が高すぎて、俺の脳内では彼女の背後に冷徹な作戦参謀が見え隠れしていた。
 
 『ターゲットの瞳孔散大を確認。過去データ「イリス神(と俺は呼んでいた)」との照合完了。ドーパミン分泌を確認。依存フェーズへ移行します』
 そんな無機質なシステムログが、彼女の笑顔の裏側で高速スクロールしている幻覚が見える。

「行こうか。映画、予約してあるんだろ?」
「うん! 篠崎くんが見たいって言ってた『銀河の果てのレクイエム』、一番いい席取れたの!」

 俺たちは映画館へ向かった。
 上映中の二時間。
 俺はスクリーンではなく、隣の彼女を周辺視野で観察し続けていた。

 ちなみにこの映画は、宇宙船の中でゾンビが発生し、最終的にヒロインが爆弾を抱えてゾンビごと自爆するという、B級以下のC級ホラー映画だ。
 俺が見たかったのは「いかに酷いか」を確認するためだったのだが、彼女は「感動大作」だと思ってチケットを取ったらしい。

 映画の内容は予想通り酷かった。
 臓物が飛び散り、役者の演技は棒読みで、ラストシーンなんてヒロインが爆発しながら「愛してるわ!」と叫ぶカオスな展開だった。
 
 だが、隣の彼女に目を向けると、信じられない光景があった。

 ツーッ。
 彼女の大きな瞳から、一粒の涙が頬を伝ったのだ。
 
 タイミング、量、スクリーンからの反射光を拾う角度。
 すべてが芸術的なまでに計算されていた。
 ゾンビが爆散しているシーンで、彼女は「愛の別れ」に涙している可憐な少女を演じきっていた。
 鼻水をすすることもなく、ヒックと過剰に嗚咽することもなく、ただ静かに、美しく泣く。
 隣にいる男に「なんて感受性が豊かなんだ」「守ってあげたい」と思わせるためだけの、ダイヤモンドのような涙。
 たとえスクリーンの中でゾンビの内臓が飛び散っていても、俺の目には彼女の涙しか入らないように計算されている。

 俺がハンカチを差し出すと、彼女は濡れた瞳で見上げてくる。
「ありがとう……ごめんね、なんか感動しちゃって」
「……どの辺が?」
「え? うーん、やっぱり最後の、自己犠牲のところかな。愛する人のために命を懸けるって、素敵だなって」

 嘘をつけ。
 あれはただの無駄死にだ。爆発しなくても隔壁閉めれば助かってたぞ。
 その手は震えていた。
 演技でここまで指先を震わせることができるのなら、彼女は大女優になれるだろう。まあ、この映画の主演女優よりは間違いなく演技力がある。
 だが残念ながら、俺はその震えが「獲物がかかるのを待つ蜘蛛の興奮」に見えて仕方がない。
 彼女は今、俺が自分の涙にどう反応するか、心拍数をモニタリングしているはずだ。

 映画の後は、路地裏にある隠れ家風のカフェでのランチ。
 ここでも彼女の攻撃(アタック)は止まらない。
 注文したのは、一つのデザートプレートを二人でシェアするセット。
 狭いソファ席。身体が触れ合う距離。
 「あーん」イベントの強制発生装置だ。

「ねえ、篠崎くん。さっきの映画の主人公みたいに、昔何かあったりした?」

 スプーンを咥えたまま、彼女が唐突に切り出してきた。
 来た。
 メインディッシュだ。

「え?」
「なんかね、篠崎くんの目を見てると、たまにすごく寂しそうに見える時があって……。私が勘違いしてるだけかもしれないけど、もし辛いことがあったなら、私には話してほしいなって」

 「トラウマの共有」。
 他人に言えない秘密や傷を共有することで、一気に心理的距離を詰め、相手を「唯一の理解者」という檻に閉じ込める、カルト宗教やデート商法の常套手段だ。
 前の席だった佐藤も、これでやられた。
 「部活のプレッシャー」を彼女だけに打ち明け、結果として「澪以外に俺を分かってくれる奴はいない」と信じ込まされ、友人たちからのアドバイスを遮断して孤立していった。

 彼女はテーブルの上の俺の手に、自分の手をやさしくそしてそっと重ねてきた。
 体温が高い。
 母性本能を刺激するような、包み込むような眼差し。
 「私は貴方の全てを受け入れるよ」という聖母の微笑み。
 普通の高校生なら、ここで落ちる。
 「実は……」と語り出し、彼女の胸で泣き、首輪をつけられる。

 だが、俺は違う。
 俺の最大のトラウマは「今ここにいるお前」だ。

「……実はさ」

 俺は深刻そうな顔を作って、俯いた。
 彼女の目が、獲物を捉えた猛禽類のように細められる一瞬を見逃さない。
 食いついた。

「昔、飼ってたハムスターが逃げちゃってさ。名前はハム造っていうんだけど」
「……え?」
「俺、ハム造のこと家族だと思ってたんだ。でも、ある満月の夜、忽然と消えた。ケージの鍵は閉まってたのに。今でも夢に見るんだ。回し車の上で、月を見上げて何かを訴えるような、あの虚無な瞳を。出口のない場所で走り続ける彼の姿が、まるで管理社会で踊らされる俺たち自身のメタファーなんじゃないかって……」

 俺は適当な哲学(ポエム)を捏造して語った。
 もちろんハムスターなんて飼ったことはない。動物アレルギーだ。
 俺が飼っていたのはザリガニだが、共食いして全滅したので良い思い出はない。

 彼女の表情が、一瞬だけフリーズした。
 まさに「404 Not Found」の顔だ。
 想定していた「重い過去(親との不和、いじめ、孤独、将来への不安)」というデータセットの中に、「ハムスターの脱走と実存的不安」という変数が存在しなかったのだろう。
 処理落ち(ラグ)。
 その瞬間、彼女の完璧な仮面の下から、「は? 何こいつ、面倒くさ」という素の苛立ちが滲み出たのを、俺は見逃さなかった。
 美しい顔が一瞬だけ、能面のように白けた。

「そ、そうなんだ……。辛かったね、よしよし」

 すぐに再起動した彼女は、俺の頭を撫でてきた。
 だが、その手つきはさっきよりも雑だった。
 「とりあえず撫でとけば落ちるだろ」という作業感が透けて見える。
 明らかに「ハム造」への共感度が低い。
 よし、微細なダメージを確認。
 俺は心の中でガッツポーズをする。

「ごめん、変な話しちゃって」
「ううん! 話してくれて嬉しい。篠崎くんのそういう繊細なところ、私好きだよ」

 嘘つけ。
 お前の目は「こいつのデータ更新しなきゃ、コスパ悪いな」って言ってるぞ。

 デートの帰り道。
 夕日が長く影を伸ばす駅の改札口で、彼女は名残惜しそうに俺の袖を掴んだ。
 「ミラーリング」のテクニックだ。
 俺が呼吸をするタイミング、歩くリズムに合わせて、彼女も同調する。
 無意識レベルで親近感を抱かせる高等技術。
 
 だから俺は、戦った。
 歩幅を不規則に変える。
 三歩進んで、半歩下がる。
 急に立ち止まって、空を見上げるふりをする。
 わざと吃音を混ぜて話す。
 徹底的にシンクロを妨害し続けた。

 彼女が困惑して、俺に合わせようと必死に足踏みをする姿は、悪いが少し滑稽だった。

「今日は楽しかった。ありがとう、朝霧さん」
「うん、私も! ……ねえ、次はいつ会える?」

 上目遣い。
 今日だけで二百回は見た角度。
 ここでの正解は「すぐにでも」か「来週末」だ。彼女は左手にスマホを持ち、カレンダーアプリを開く準備をしている。

「部活の試合スケジュール確認してから連絡するよ。顧問が気まぐれでさ」
「そっか……。待ってるね。絶対に連絡してね? 既読無視したら、泣いちゃうからね?」

 最後の最後に、小さな釘を刺してきた。
 「泣く」というワードによる罪悪感の植え付け。
 俺は笑顔で頷き、改札を抜けた。

 彼女は最後まで笑顔で手を振っていた。
 だが、俺が背を向けて改札を通る瞬間。
 彼女がスマホを取り出し、画面をタップする指の動きが、恐ろしいほどの速さで何かを打ち込んでいるのが見えた。
 
 『ターゲットの反応、想定より鈍い。トラウマデータ「ハムスター」の深層心理への影響を解析中。次のプランBへの移行を推奨。承認欲求の刺激レベルを1段階上げます』

 そんなログを残しているのだろう。
 
 俺は大きく息を吐いた。
 疲労感がどっと押し寄せてくる。
 たった半日のデートで、フルマラソンを完走したような消耗だ。
 こめかみがズキズキと痛む。
 
 だが、生還した。
 俺は今日一日、彼女に「心」を許さなかった。
 「楽しかった」と口では言ったが、一度も心からは笑わなかった。
 「可愛い」と思った瞬間もあったが、そのたびに脳内の警報(ハム造の遺影)を思い出して感情を冷却した。

 これが、俺の戦いだ。
 彼女が俺を攻略する(=俺を依存させて壊す)のを防ぐには、俺が彼女のコントロール外に立ち続けるしかない。
 彼女が俺を「世界一の彼氏」に育て上げようとするなら、俺は「世界一期待外れな彼氏」でい続けなければならない。
 
 俺はスマホを取り出し、カレンダーアプリを開く。
 『朝霧澪とのデート:クリア』
 その文字をタップして、完了済みに変更する。
 
 次は何を仕掛けてくる?
 嫉妬作戦か? それとも身体的な接触(スキンシップ)の強化か?
 あるいは、俺の周囲の人間を巻き込んでの外堀埋めか?
 どっちでも来い。
 お前の「完璧なシナリオ」が崩れるその瞬間まで、俺はこのクソみたいな恋愛ごっこに付き合ってやるよ。

(つづく)
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