【短編】清楚美少女の裏垢は「承認欲求の化け物」でした。~俺を沼らせて「いいね」を稼ぐための恋愛デスゲーム~

月下花音

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第5話:そして俺たちは、共犯者になった(最終話)

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 図書室での「崩壊」から数日。
 俺たちの関係は、奇妙な形に再構築されていた。

「……ねえ。これでいいの?」
「いいんだよ。ほら、口の周りにソースついてるぞ」

 昼休みの屋上。
 俺たちはフェンスに寄りかかり、コンクリートの地面に直に座り込んで、並んでパンを食べていた。
 かつての「手作りキャラ弁(化学兵器)」はない。売店で買った、賞味期限ギリギリの「大盛り焼きそばパン(マヨネーズ増量)」だ。
 ジャンクなソースの匂いと、安っぽいコッペパンのパサパサした食感。
 だが、今の俺たちには、この添加物まみれの味が妙に美味かった。
 「自由」の味がしたからだ。

 隣にいる朝霧澪の姿も一変した。
 髪は簡単なポニーテール。ワックスもスプレーも使っていない無造作ヘアだ。
 メイクは薄いナチュラルメイク(というか、日焼け止めと眉毛を描いただけのほぼすっぴん)。
 スカートの丈も少し長くなり、無理して萌え袖を作ることもなくなった。
 
 クラスの連中は「朝霧さん、なんか雰囲気変わった?」「清楚系にイメチェン?」「いや、あれは逆に隙を作って男子を誘ってる高等戦術だ」と噂しているが、実態は違う。
 単に「演技をするのに飽きた(というか疲れた)」だけだ。

「あー、マジだるい。次の体育、持久走とか死ねばいいのに」
「サボれば? 生理痛って言えば見学できるだろ」
「それ先週使ったんだよねー。タカギ(体育教師)のやつ、最近疑り深いからさ。あいつ絶対カツラだよね、生え際不自然すぎ」

 彼女は口元のソースを指で乱暴に拭いながら、悪態をついた。
 その目には、以前のような「計算された媚び」はない。
 あるのは、等身大の女子高生の不機嫌さと、隠しきれない毒。

 あの日、彼女は俺の前で全てを吐き出した。
 親からの過剰な期待。
 「完璧な女の子」でいなければ愛されないという強迫観念。
 だからこそ、他人を自分に依存させることで、自分の価値を確認しようとしていたこと。
 
 俺はそれを黙って聞き、最後に一言だけ言った。
 「へえ、大変だったな。じゃあ、これからは俺の前では『サボり』なよ。どうせ俺、お前のこと『性格悪い女』って認識してるし」

 それ以来、彼女は俺の前限定で「オフモード」を解禁した。
 毒も吐くし、足も組むし、可愛くない顔であくびもする。
 そして不思議なことに、その「可愛くない姿」を見せるようになってから、俺の胃痛(VR酔い)は嘘のように消えた。

「ねえ、篠崎くん」
「あ?」
「なんで、まだ付き合ってくれてるの?」

 彼女が焼きそばパンの最後の欠片を飲み込み、パックのコーヒー牛乳をストローで啜りながら聞いてきた。
 風が吹き、彼女の後れ毛を揺らす。

「私、もう『S級美少女』の仮面被ってないよ? 可愛くもないし、愛想もないし、ただの性格悪い女だよ? ノートも捨てたし、完璧な彼女ムーブもしないよ? そんなのと付き合ってて、得あるの?」

 彼女は自嘲気味に笑った。
 それは、今までのどの笑顔よりも弱々しく、そして痛々しかった。
 彼女自身、まだ自分が「素のままで愛される価値がある」とは信じきれていないのだ。
 「演技」という武器を捨てた自分は、無価値なガラクタだと思っている。

 俺は飲みかけのコーヒー牛乳を置いて、空を見上げた。
 雲一つない青空。
 この空のように、俺たちの関係も空っぽになればいい。

「得なんてないな」
「でしょ? じゃあ……」
「でも、退屈はしない」

 俺は彼女の方を向き、ニヤリと笑ってみせた。

「お前がこれから、どうやって『普通の人間』に戻っていくのか。そのリハビリ過程を最前席で見物できるのは、俺だけの特権だろ?」
「……はぁ? 何それ、趣味悪っ」
「あと、俺はお前のこと『好き』とは言ってないぞ。ただの『観察対象』だ。珍獣観察日記みたいなもんだ」

 俺の憎まれ口に、彼女はムッとして頬を膨らませた。
 その表情は、計算されたあざとさではなく、ただの子供じみた反発だった。
 
 でも。
 その不細工に膨れた顔を見て、俺の心臓がトクンと跳ねたのを、俺は無視した。
 VR酔いはもうしない。
 代わりに感じるのは、もっと泥臭くて、面倒くさくて、でも温かい何か。
 これを「恋」と呼ぶには、まだ俺たちは捻くれすぎている。

「ふん。いいよ、それでも」
 彼女は立ち上がり、パンの袋をくしゃりと丸めた。

「あんたが私を『観察』するっていうなら、私はあんたを『実験台』にするから」
「実験台?」
「そう。『素の私でも、男を落とせるか』の実験」

 彼女は俺の顔を覗き込んだ。
 至近距離。
 でも、香水の匂いはしない。制汗スプレーと、焼きそばパンの匂いがするだけだ。

「あんた、今ちょっとドキッとしたでしょ?」
「は? してねーよ」
「嘘。瞳孔開いたし、脈拍上がった。私わかるんだよね、そういうの」
 
 彼女はニヤリと笑った。
 その顔には、かつて捕食者が見せていた冷酷さはなく、どこか茶目っ気のある「共犯者」の色が浮かんでいた。
 そして、今まで隠していた「観察眼」という武器を、隠さずに俺に向け始めたのだ。

「あんたが私のこと『好き』って言って、デレデレになるまで、絶対に逃がさないから。覚悟しなさいよ?」
「やってみろよ。俺のガードは固いぞ。鉄壁だ」
「見てなさい。あんたなんか、一ヶ月で陥落させてやるんだから」

 彼女は小さく拳を突き出してきた。
 握手でも、ハグでもなく。
 俺は苦笑して、自分の拳を軽く合わせた。
 コン、と乾いた音がした。

 予鈴が鳴る。
 俺たちはどちらからともなく歩き出した。
 手は繋がない。
 でも、肩と肩が触れ合う距離を、自然と選んで歩いている。

 彼女は攻略対象じゃない。
 そして俺も、彼女の獲物じゃない。
 俺たちは、互いの欠落を埋め合わせるための、歪で対等な契約関係(パートナー)。
 かつての捕食者は、今や俺という飼育係の手の中で、牙を隠さずに甘噛みしてくるペットになったのだ。
 ……いや、飼育されているのは俺の方かもしれないが。

 「ねえ、今度の休み、またあの変な映画見る?」
 「ああ、見ようか。今度はポップコーン、キャラメル味にしてくれ」
 「えー、太るじゃん。塩にしてよ」
 「うるさい、俺が美味いもん食いたいんだよ」

 ありふれた会話。
 でも、そこにはもう、吐き気のするような甘ったるい嘘はない。
 
 俺たちの「本当の」ラブコメは、たぶん、ここから始まるのだ。

(おわり)
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