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第8話:共犯者:パトロンと餌付けされる日々
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正体バレから数日。
私たちの関係は、奇妙なバランスで安定していた。
大学(昼)では、他人行儀なクラスメイト。
LINE(裏)では、生活感丸出しのやり取り。
そして放課後は、金銭の授受を伴う「デート」。
その日の放課後は、予約が入っていなかった。
私はアパートで、月末の支払いに頭を抱えていた。
電気代、ガス代、水道代。
そしてリボ払いの明細。
……足りない。
今月は推し活を自粛したのに、なぜか金がない。
物価上昇の波が、私の貧弱な家計を直撃している。
冷蔵庫の中身は、水と、実家から送られてきた謎の漬物(古すぎて発酵が進んでいる)のみ。
米びつも空だ。
今日の夕飯、どうしよう。
公園の水でも飲んで寝るか。
ピンポーン。
チャイムが鳴った。
NHKの集金か? 居留守だ。息を殺せ。
「……月島さん? いる?」
ドア越しに聞こえたのは、智也の声だった。
私はチェーンをかけたまま、少しだけドアを開ける。
「……何? ストーカー?」
隙間から覗く。すっぴんメガネ姿で。
「違うよ! ……差し入れ、持ってきたんだ」
智也が掲げたのは、スーパーの袋パンパンに詰まった食料だった。
カップ麺(シーフード、カレー、チリトマトの三種盛り)、パックご飯、レトルトカレー、そして半額シールの貼られた惣菜パン。
……神か。
いや、待て。簡単に餌付けされてたまるか。
野生動物としてのプライドがある。
「……いらない。施しは受けない主義なの」
私はかっこつけてドアを閉めようとする。
腹の虫がグゥ~と鳴った。
盛大に。
重低音で。
沈黙。
「……お腹、空いてるんでしょ?」
智也が苦笑いする気配がする。
「これ、僕の買いすぎた分だから。捨てるのも勿体ないし、手伝ってよ」
優しい嘘だ。
「買いすぎた」って、明らかに一人暮らしの量じゃない。
完全に「月島雫救済セット」としてチョイスされている。
私は数秒の葛藤の末、チェーンを外した。
プライドよりカロリーだ。
背に腹は代えられない。
「……上がる?」
低い声で聞く。
「えっ、い、いいの!?」
智也が過剰に反応する。
男を部屋に入れるなんて、リスク管理としては最悪だ。
でも、こいつに襲われるイメージが全く湧かない。
むしろ、私が襲って金を奪う確率の方が高いくらいだ。
智也はおっかなびっくり部屋に入ってきた。
六畳一間のボロアパート。
万年床。散らかった服。壁に貼られた(破られた形跡のある)ポスターの跡。
生活感というより、生存競争の跡地みたいな部屋だ。
「……狭くてごめん」
「ううん、なんか……落ち着くね」
智也が座布団(煎餅みたいに薄い)に正座する。
育ちがいいのか、緊張しているのか。
私は早速、カップ麺にお湯を注いだ。
三分が待ちきれない。
一分半で蓋を開ける。
バリカタ上等。
「……んぐっ、ずぞぞぞぞ!」
私は獣のように麺をすすった。
美味い。
五臓六腑に染み渡る。
化学調味料の味が、脳髄を刺激する。
「ゆっくり食べてよ……」
智也が引き気味に見ている。
幻滅したか?
No.1レンタル彼女のオフ姿が、こんな餓鬼(ガキ)みたいで。
「……ふぅ。生き返った」
スープまで飲み干し、私は大きく息を吐いた。
満腹になると、少し理性が戻ってくる。
目の前の男(パトロン)を見る。
「……あんたさ、なんでここまでしてくれんの?」
率直な疑問をぶつける。
客としてのサービス(デート)はしていない。
ただの、貧乏な女子大生への施しだ。
見返りは何だ? 体か?
「なんでって……」
智也が視線を泳がせる。
「月島さんが、頑張ってるから、かな」
「は?」
「大学も行って、バイトもして、借金返して……。僕なんて親の仕送りでぬくぬく生きてるから、なんか……すごいなって」
彼は本気でそう思っているらしい。
その曇りのない瞳が、私の薄汚い心を焼き焦がす。
「……バカじゃないの」
私は鼻で笑った。
「私が頑張ってんのは、自分のためだよ。推しに貢ぐためだよ。あんたみたいなカモを騙して、金巻き上げてるだけだっつーの」
「それでも、君が誰かを幸せにしてるのは事実だよ」
智也が真っ直ぐに私を見る。
「僕は幸せだったよ。セナちゃんとのデート。……たとえ嘘でも、あの時間は僕にとって宝物だから」
ウッ。
心に来る。
聖人かよ。
そんなこと言われたら、毒づけなくなるじゃん。
「……うるさい。あと、これ」
私は食べ終わったカップ麺のゴミを袋に詰めながら、言った。
「今回の差し入れ、五千円分とみなすから。次回のデート代から引いとく」
「えっ、いいよそんなの!」
「ダメ。タダより高いものはないの。……仕事とプライベートは分けんの」
これは私の最後の防衛線だ。
「施し」を受けたら、対等じゃなくなる。
あくまで「ビジネス」の範疇に留めておかないと、何かが崩れてしまいそうで怖かった。
「……わかった。じゃあ、次のデートはカップ麺五千円分食べてる君を見る会、にする?」
「却下。絵面が汚すぎる」
私たちは少し笑った。
初めて、仕事抜きで笑った気がする。
智也が帰った後、残された大量の食料を見て、私は手を合わせた。
推しへの祭壇に向かってじゃない。
今の私の生活を支えてくれている、お人好しのパトロンに向かって。
「……ごちそうさま。バカ智也」
腹いっぱいになった胃袋が、温かかった。
(つづく)
私たちの関係は、奇妙なバランスで安定していた。
大学(昼)では、他人行儀なクラスメイト。
LINE(裏)では、生活感丸出しのやり取り。
そして放課後は、金銭の授受を伴う「デート」。
その日の放課後は、予約が入っていなかった。
私はアパートで、月末の支払いに頭を抱えていた。
電気代、ガス代、水道代。
そしてリボ払いの明細。
……足りない。
今月は推し活を自粛したのに、なぜか金がない。
物価上昇の波が、私の貧弱な家計を直撃している。
冷蔵庫の中身は、水と、実家から送られてきた謎の漬物(古すぎて発酵が進んでいる)のみ。
米びつも空だ。
今日の夕飯、どうしよう。
公園の水でも飲んで寝るか。
ピンポーン。
チャイムが鳴った。
NHKの集金か? 居留守だ。息を殺せ。
「……月島さん? いる?」
ドア越しに聞こえたのは、智也の声だった。
私はチェーンをかけたまま、少しだけドアを開ける。
「……何? ストーカー?」
隙間から覗く。すっぴんメガネ姿で。
「違うよ! ……差し入れ、持ってきたんだ」
智也が掲げたのは、スーパーの袋パンパンに詰まった食料だった。
カップ麺(シーフード、カレー、チリトマトの三種盛り)、パックご飯、レトルトカレー、そして半額シールの貼られた惣菜パン。
……神か。
いや、待て。簡単に餌付けされてたまるか。
野生動物としてのプライドがある。
「……いらない。施しは受けない主義なの」
私はかっこつけてドアを閉めようとする。
腹の虫がグゥ~と鳴った。
盛大に。
重低音で。
沈黙。
「……お腹、空いてるんでしょ?」
智也が苦笑いする気配がする。
「これ、僕の買いすぎた分だから。捨てるのも勿体ないし、手伝ってよ」
優しい嘘だ。
「買いすぎた」って、明らかに一人暮らしの量じゃない。
完全に「月島雫救済セット」としてチョイスされている。
私は数秒の葛藤の末、チェーンを外した。
プライドよりカロリーだ。
背に腹は代えられない。
「……上がる?」
低い声で聞く。
「えっ、い、いいの!?」
智也が過剰に反応する。
男を部屋に入れるなんて、リスク管理としては最悪だ。
でも、こいつに襲われるイメージが全く湧かない。
むしろ、私が襲って金を奪う確率の方が高いくらいだ。
智也はおっかなびっくり部屋に入ってきた。
六畳一間のボロアパート。
万年床。散らかった服。壁に貼られた(破られた形跡のある)ポスターの跡。
生活感というより、生存競争の跡地みたいな部屋だ。
「……狭くてごめん」
「ううん、なんか……落ち着くね」
智也が座布団(煎餅みたいに薄い)に正座する。
育ちがいいのか、緊張しているのか。
私は早速、カップ麺にお湯を注いだ。
三分が待ちきれない。
一分半で蓋を開ける。
バリカタ上等。
「……んぐっ、ずぞぞぞぞ!」
私は獣のように麺をすすった。
美味い。
五臓六腑に染み渡る。
化学調味料の味が、脳髄を刺激する。
「ゆっくり食べてよ……」
智也が引き気味に見ている。
幻滅したか?
No.1レンタル彼女のオフ姿が、こんな餓鬼(ガキ)みたいで。
「……ふぅ。生き返った」
スープまで飲み干し、私は大きく息を吐いた。
満腹になると、少し理性が戻ってくる。
目の前の男(パトロン)を見る。
「……あんたさ、なんでここまでしてくれんの?」
率直な疑問をぶつける。
客としてのサービス(デート)はしていない。
ただの、貧乏な女子大生への施しだ。
見返りは何だ? 体か?
「なんでって……」
智也が視線を泳がせる。
「月島さんが、頑張ってるから、かな」
「は?」
「大学も行って、バイトもして、借金返して……。僕なんて親の仕送りでぬくぬく生きてるから、なんか……すごいなって」
彼は本気でそう思っているらしい。
その曇りのない瞳が、私の薄汚い心を焼き焦がす。
「……バカじゃないの」
私は鼻で笑った。
「私が頑張ってんのは、自分のためだよ。推しに貢ぐためだよ。あんたみたいなカモを騙して、金巻き上げてるだけだっつーの」
「それでも、君が誰かを幸せにしてるのは事実だよ」
智也が真っ直ぐに私を見る。
「僕は幸せだったよ。セナちゃんとのデート。……たとえ嘘でも、あの時間は僕にとって宝物だから」
ウッ。
心に来る。
聖人かよ。
そんなこと言われたら、毒づけなくなるじゃん。
「……うるさい。あと、これ」
私は食べ終わったカップ麺のゴミを袋に詰めながら、言った。
「今回の差し入れ、五千円分とみなすから。次回のデート代から引いとく」
「えっ、いいよそんなの!」
「ダメ。タダより高いものはないの。……仕事とプライベートは分けんの」
これは私の最後の防衛線だ。
「施し」を受けたら、対等じゃなくなる。
あくまで「ビジネス」の範疇に留めておかないと、何かが崩れてしまいそうで怖かった。
「……わかった。じゃあ、次のデートはカップ麺五千円分食べてる君を見る会、にする?」
「却下。絵面が汚すぎる」
私たちは少し笑った。
初めて、仕事抜きで笑った気がする。
智也が帰った後、残された大量の食料を見て、私は手を合わせた。
推しへの祭壇に向かってじゃない。
今の私の生活を支えてくれている、お人好しのパトロンに向かって。
「……ごちそうさま。バカ智也」
腹いっぱいになった胃袋が、温かかった。
(つづく)
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