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第14話:契約更新(本物)と0円の笑顔
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翌日。
私は事務所に辞表を叩きつけに行った。
正確には、辞表なんてかっこいいものじゃない。「辞めます」と書いた登録抹消届だ。
会議室で、マネージャーと対峙する。
相変わらず鉄仮面だ。
「……本気ですか? 今辞めたら、違約金が発生しますよ」
契約期間満了前の退職。ペナルティは二十万円。
今の私には、逆立ちしても払えない金額だ。
「払います。……分割で、死ぬ気で働いて」
私は眼光鋭く言い放つ。
「でも、もう『セナ』はやりません。嘘の笑顔は売り切れました」
「……理由は?」
「好きな男ができたんで」
言ってやった。
マネージャーの眉がピクリと動く。
「客と恋に落ちるなんて、プロ失格ですね」
「ええ、失格です。でも、人間としては合格だと思ってます」
長い沈黙。
マネージャーはため息をつき、書類にハンコを押した。
「……わかりました。違約金は出世払いにしておきます」
「え?」
「その代わり、あなたに指名を入れていた顧客リスト、置いていってくださいね。これだけの太客を手放すんですから、それくらいの埋め合わせはしなさい」
まさかの温情。
いや、計算高い彼女のことだ。裁判沙汰にする手間とコストを天秤にかけただけかもしれない。
でも、助かった。
事務所を出ると、空が抜けるように青かった。
私はスマホを取り出し、智也に電話をかけた。
LINEじゃない。声が聞きたかった。
「……もしもし?」
智也の少し焦ったような声。
「私だ。……辞めてきた」
「えっ、本当に!? 大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない。借金増えたし、職なしになった。……これからの生活、地獄を見るわよ」
私は笑った。
不思議と、今までで一番清々しい気分だった。
「だからさ、契約更新したいんだけど」
「え?」
「レンタル彼女『セナ』は廃業。代わりに、月島雫との専属契約。……どう?」
電話の向こうで、何かがぶつかる音がした。
コケたらしい。
「……条件は?」
智也がおずおずと聞く。
「条件その1。時給は発生しません。
条件その2。デートコースは公園と私の部屋(主にカップ麺)が中心になります。
条件その3。……笑顔は0円です。ただし、嘘笑いはしません。本気で楽しい時しか笑いません」
「……厳しくない?」
「文句ある?嫌なら他を当たんなさいよ、アイリとか」
「嫌じゃない! 絶対嫌じゃない!」
智也が叫ぶ。
「……じゃあ、契約成立ね」
私はビルの見上げた。
看板には『Eternal Lovers』の文字。
永遠の恋人なんて、金で買えるもんじゃない。
泥臭くて、金のかからない、でも面倒くさい日常の中にしか転がっていないんだ。
「迎えに来て。……腹減ったから、牛丼奢って」
「うん! すき家でいい?」
「特盛ね。つゆだくで」
電話を切る。
これからの人生、バラ色とは程遠い。
灰色で、貧乏色だ。
でも、隣にあのバカがいるなら、少しは彩り豊かな貧乏生活になるかもしれない。
(つづく)
私は事務所に辞表を叩きつけに行った。
正確には、辞表なんてかっこいいものじゃない。「辞めます」と書いた登録抹消届だ。
会議室で、マネージャーと対峙する。
相変わらず鉄仮面だ。
「……本気ですか? 今辞めたら、違約金が発生しますよ」
契約期間満了前の退職。ペナルティは二十万円。
今の私には、逆立ちしても払えない金額だ。
「払います。……分割で、死ぬ気で働いて」
私は眼光鋭く言い放つ。
「でも、もう『セナ』はやりません。嘘の笑顔は売り切れました」
「……理由は?」
「好きな男ができたんで」
言ってやった。
マネージャーの眉がピクリと動く。
「客と恋に落ちるなんて、プロ失格ですね」
「ええ、失格です。でも、人間としては合格だと思ってます」
長い沈黙。
マネージャーはため息をつき、書類にハンコを押した。
「……わかりました。違約金は出世払いにしておきます」
「え?」
「その代わり、あなたに指名を入れていた顧客リスト、置いていってくださいね。これだけの太客を手放すんですから、それくらいの埋め合わせはしなさい」
まさかの温情。
いや、計算高い彼女のことだ。裁判沙汰にする手間とコストを天秤にかけただけかもしれない。
でも、助かった。
事務所を出ると、空が抜けるように青かった。
私はスマホを取り出し、智也に電話をかけた。
LINEじゃない。声が聞きたかった。
「……もしもし?」
智也の少し焦ったような声。
「私だ。……辞めてきた」
「えっ、本当に!? 大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない。借金増えたし、職なしになった。……これからの生活、地獄を見るわよ」
私は笑った。
不思議と、今までで一番清々しい気分だった。
「だからさ、契約更新したいんだけど」
「え?」
「レンタル彼女『セナ』は廃業。代わりに、月島雫との専属契約。……どう?」
電話の向こうで、何かがぶつかる音がした。
コケたらしい。
「……条件は?」
智也がおずおずと聞く。
「条件その1。時給は発生しません。
条件その2。デートコースは公園と私の部屋(主にカップ麺)が中心になります。
条件その3。……笑顔は0円です。ただし、嘘笑いはしません。本気で楽しい時しか笑いません」
「……厳しくない?」
「文句ある?嫌なら他を当たんなさいよ、アイリとか」
「嫌じゃない! 絶対嫌じゃない!」
智也が叫ぶ。
「……じゃあ、契約成立ね」
私はビルの見上げた。
看板には『Eternal Lovers』の文字。
永遠の恋人なんて、金で買えるもんじゃない。
泥臭くて、金のかからない、でも面倒くさい日常の中にしか転がっていないんだ。
「迎えに来て。……腹減ったから、牛丼奢って」
「うん! すき家でいい?」
「特盛ね。つゆだくで」
電話を切る。
これからの人生、バラ色とは程遠い。
灰色で、貧乏色だ。
でも、隣にあのバカがいるなら、少しは彩り豊かな貧乏生活になるかもしれない。
(つづく)
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