4 / 18
第4話
しおりを挟む
週末。
僕たちは駅前の大型書店にいた。
休日の書店は、独特の匂いがする。
インクと紙の匂いに、人々の体温と、微かなコーヒーの香りが混ざり合った、知的で少し気怠い匂い。
傍から見れば、僕たちはデートを楽しむ爽やかな大学生カップルに見えるだろう。
だが、実態は「看守と囚人」。
あるいは「爆弾処理班と不発弾」。
「いい? 私の半径2メートル以内から離れないで」
一ノ瀬こころが、サングラス越しに鋭い視線を送ってくる。
今日の彼女は、白いブラウスにロングスカートという清楚な装い。
変装のつもりか伊達メガネをかけてるけど、その美貌は隠しきれてない。
むしろ「知的な文学少女」という新たな属性が付与されて、破壊力が指数関数的に増大してる。
(あー、メガネっ娘こころさん、尊い……)
(あのメガネの奥から、冷ややかな目で見下されたい)
(「あんた、また変なこと考えてるでしょ」って罵られたい。そして踏まれたい)
「……あんた、また変なこと考えてるでしょ」
一ノ瀬さんが深いため息をつく。
ビンゴ。
予言者か。いや、受信者だ。
「考えてません。この書店の蔵書数の多さと、君のメガネの屈折率の美しさに感動していただけです」
「嘘おっしゃい。さっき『踏まれたい』って聞こえたわよ。……Mなの?」
「Mではありません。知的好奇心が旺盛なだけです。未知の体験への渇望です」
「……幻聴だと思いたいわ」
「僕の心の声は、ノイズキャンセリング機能付きイヤホンよりクリアですからね」
呆れつつも、僕の袖を掴んで離さない。
この「袖掴み」が、僕の理性をガリガリと削っていくことに、彼女は気づいてないんだろうか。
彼女の指先から伝わる微かな体温が、僕の脳内回路をショートさせそうだ。
∞ ―――――――――― ∞
僕たちは恋愛小説コーナーに来てた。
平積みされた話題作。
帯には「全米が泣いた」「ラスト、衝撃の結末」「恋するすべての女子へ」といった煽り文句が踊ってる。
ピンク色の表紙が眩しい。僕のような陰キャには、放射能レベルの有害光線だ。
「ねえ、これ」
一ノ瀬さんが一冊の本を手に取る。
タイトルは『君の膵臓を食べたい』……ではなく、『君の嘘を愛してる』。
表紙には、桜の木の下で抱き合う男女のイラスト。
「こういうの、好きなの?」
聞いてくる。
その声は少し震えてる気がした。
「まあ、嫌いじゃないですけど。僕はもっとこう、ドロドロした人間ドラマの方が……太宰とか、安部公房とか」
「ふーん。……私は好きよ、こういうベタなの」
意外。
氷の女神は、純愛がお好きらしい。
ギャップ萌えで死にそうだ。
「へえ、意外ですね。一ノ瀬さんって、もっとこう、ニーチェとか読んで『神は死んだ』とか言ってるタイプかと」
「どんな偏見よ。……私だって、普通の恋とか、憧れるわよ」
少し顔を赤らめて、本を胸に抱く。
その仕草が、反則的に可愛い。
「運命的な出会いとか。……心の声が聞こえちゃうような、不思議なハプニングとか」
ドキリとする。
それって、今の僕たちの状況じゃないか。
心臓が早鐘を打つ。
(え、何それ。もしかして、この状況を楽しんでる?)
(「運命」とか思っちゃってる?)
(だとしたら、僕にもワンチャンある!? いや、ツーチャンくらいある!?)
「ッ……!」
一ノ瀬さんがビクッと震えて、本を取り落とす。
バサリ、と音が響く。
「ち、違うわよ! 一般論よ! あんたとのことは、ただの事故! 交通事故みたいなもの!」
「ですよねー。……でも、事故にしては、随分と長く続いてますね」
落ちた本を拾い上げる。
その時、僕の手と彼女の手が触れた。
バチッ。
静電気のような衝撃が走る。
いや、物理的な電気じゃない。
脳髄に直接響く、甘い痺れ。
彼女の指先が、僕の指に絡みつく。
(あ、手……柔らかい)
(少し汗ばんでる。……緊張してる?)
(このまま握っていたい。……離したくない)
僕の思考が、ダイレクトに彼女に伝わる。
一ノ瀬さんの顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。
耳まで真っ赤だ。
でも、手を離さない。
むしろ、力が強くなる。
「……バカ」
小さな声。
蚊の鳴くような声。
「……してみたいなら、言えばいいじゃない」
「え?」
「言わなきゃ、わかんないでしょ。……聞こえてても、直接言われなきゃ、嫌なの。……ズルいから」
俯いたまま、僕の手をギュッと握り返してくる。
その手は震えてて、熱い。
まるで、彼女の心臓の鼓動がそのまま伝わってくるようだ。
これは、妄想じゃない。
現実だ。
僕の「聖域」だった妄想が、現実を侵食し始めてる。
いや、現実が妄想を超えようとしてるんだ。
(一ノ瀬さん……好きです)
心の中で叫ぶ。
いや、もう隠す必要はない。
言葉にしないと、彼女には届かない。
「一ノ瀬さん」
口を開く。
喉が渇いてる。
「……手、繋ぎませんか?」
顔を上げて、涙目で僕を睨む。
そして、今までで一番可愛い、少し泣きそうな笑顔を見せた。
「……聞こえてるってば。……いいよ」
大型書店の片隅。
僕たちは、初めて「恋人」のように手を繋いだ。
周りの客には、ただのバカップルに見えただろう。
でも、僕たちにとっては、世界がひっくり返るような革命的な瞬間だった。
この温もりだけは、どんな言葉よりも雄弁に、僕たちの「同期」を証明していた。
(第4話 完)
第4話完 次話へ続く
次回、幸せなデートから一転、最大のピンチ!? 「妄想」が暴走して、周囲の人にも聞こえ始めたら……? 優也の社会的な死、秒読み開始!
僕たちは駅前の大型書店にいた。
休日の書店は、独特の匂いがする。
インクと紙の匂いに、人々の体温と、微かなコーヒーの香りが混ざり合った、知的で少し気怠い匂い。
傍から見れば、僕たちはデートを楽しむ爽やかな大学生カップルに見えるだろう。
だが、実態は「看守と囚人」。
あるいは「爆弾処理班と不発弾」。
「いい? 私の半径2メートル以内から離れないで」
一ノ瀬こころが、サングラス越しに鋭い視線を送ってくる。
今日の彼女は、白いブラウスにロングスカートという清楚な装い。
変装のつもりか伊達メガネをかけてるけど、その美貌は隠しきれてない。
むしろ「知的な文学少女」という新たな属性が付与されて、破壊力が指数関数的に増大してる。
(あー、メガネっ娘こころさん、尊い……)
(あのメガネの奥から、冷ややかな目で見下されたい)
(「あんた、また変なこと考えてるでしょ」って罵られたい。そして踏まれたい)
「……あんた、また変なこと考えてるでしょ」
一ノ瀬さんが深いため息をつく。
ビンゴ。
予言者か。いや、受信者だ。
「考えてません。この書店の蔵書数の多さと、君のメガネの屈折率の美しさに感動していただけです」
「嘘おっしゃい。さっき『踏まれたい』って聞こえたわよ。……Mなの?」
「Mではありません。知的好奇心が旺盛なだけです。未知の体験への渇望です」
「……幻聴だと思いたいわ」
「僕の心の声は、ノイズキャンセリング機能付きイヤホンよりクリアですからね」
呆れつつも、僕の袖を掴んで離さない。
この「袖掴み」が、僕の理性をガリガリと削っていくことに、彼女は気づいてないんだろうか。
彼女の指先から伝わる微かな体温が、僕の脳内回路をショートさせそうだ。
∞ ―――――――――― ∞
僕たちは恋愛小説コーナーに来てた。
平積みされた話題作。
帯には「全米が泣いた」「ラスト、衝撃の結末」「恋するすべての女子へ」といった煽り文句が踊ってる。
ピンク色の表紙が眩しい。僕のような陰キャには、放射能レベルの有害光線だ。
「ねえ、これ」
一ノ瀬さんが一冊の本を手に取る。
タイトルは『君の膵臓を食べたい』……ではなく、『君の嘘を愛してる』。
表紙には、桜の木の下で抱き合う男女のイラスト。
「こういうの、好きなの?」
聞いてくる。
その声は少し震えてる気がした。
「まあ、嫌いじゃないですけど。僕はもっとこう、ドロドロした人間ドラマの方が……太宰とか、安部公房とか」
「ふーん。……私は好きよ、こういうベタなの」
意外。
氷の女神は、純愛がお好きらしい。
ギャップ萌えで死にそうだ。
「へえ、意外ですね。一ノ瀬さんって、もっとこう、ニーチェとか読んで『神は死んだ』とか言ってるタイプかと」
「どんな偏見よ。……私だって、普通の恋とか、憧れるわよ」
少し顔を赤らめて、本を胸に抱く。
その仕草が、反則的に可愛い。
「運命的な出会いとか。……心の声が聞こえちゃうような、不思議なハプニングとか」
ドキリとする。
それって、今の僕たちの状況じゃないか。
心臓が早鐘を打つ。
(え、何それ。もしかして、この状況を楽しんでる?)
(「運命」とか思っちゃってる?)
(だとしたら、僕にもワンチャンある!? いや、ツーチャンくらいある!?)
「ッ……!」
一ノ瀬さんがビクッと震えて、本を取り落とす。
バサリ、と音が響く。
「ち、違うわよ! 一般論よ! あんたとのことは、ただの事故! 交通事故みたいなもの!」
「ですよねー。……でも、事故にしては、随分と長く続いてますね」
落ちた本を拾い上げる。
その時、僕の手と彼女の手が触れた。
バチッ。
静電気のような衝撃が走る。
いや、物理的な電気じゃない。
脳髄に直接響く、甘い痺れ。
彼女の指先が、僕の指に絡みつく。
(あ、手……柔らかい)
(少し汗ばんでる。……緊張してる?)
(このまま握っていたい。……離したくない)
僕の思考が、ダイレクトに彼女に伝わる。
一ノ瀬さんの顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。
耳まで真っ赤だ。
でも、手を離さない。
むしろ、力が強くなる。
「……バカ」
小さな声。
蚊の鳴くような声。
「……してみたいなら、言えばいいじゃない」
「え?」
「言わなきゃ、わかんないでしょ。……聞こえてても、直接言われなきゃ、嫌なの。……ズルいから」
俯いたまま、僕の手をギュッと握り返してくる。
その手は震えてて、熱い。
まるで、彼女の心臓の鼓動がそのまま伝わってくるようだ。
これは、妄想じゃない。
現実だ。
僕の「聖域」だった妄想が、現実を侵食し始めてる。
いや、現実が妄想を超えようとしてるんだ。
(一ノ瀬さん……好きです)
心の中で叫ぶ。
いや、もう隠す必要はない。
言葉にしないと、彼女には届かない。
「一ノ瀬さん」
口を開く。
喉が渇いてる。
「……手、繋ぎませんか?」
顔を上げて、涙目で僕を睨む。
そして、今までで一番可愛い、少し泣きそうな笑顔を見せた。
「……聞こえてるってば。……いいよ」
大型書店の片隅。
僕たちは、初めて「恋人」のように手を繋いだ。
周りの客には、ただのバカップルに見えただろう。
でも、僕たちにとっては、世界がひっくり返るような革命的な瞬間だった。
この温もりだけは、どんな言葉よりも雄弁に、僕たちの「同期」を証明していた。
(第4話 完)
第4話完 次話へ続く
次回、幸せなデートから一転、最大のピンチ!? 「妄想」が暴走して、周囲の人にも聞こえ始めたら……? 優也の社会的な死、秒読み開始!
0
あなたにおすすめの小説
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる