「君の妄想、全部聞こえてるよ?」~古本屋の呪いで、クールな美少女と脳内イチャラブ同期(シンクロ)してしまった件~

月下花音

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第4話

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週末。
 僕たちは駅前の大型書店にいた。
 休日の書店は、独特の匂いがする。
 インクと紙の匂いに、人々の体温と、微かなコーヒーの香りが混ざり合った、知的で少し気怠い匂い。
 
 傍から見れば、僕たちはデートを楽しむ爽やかな大学生カップルに見えるだろう。
 だが、実態は「看守と囚人」。
 あるいは「爆弾処理班と不発弾」。

「いい? 私の半径2メートル以内から離れないで」

 一ノ瀬こころが、サングラス越しに鋭い視線を送ってくる。
 今日の彼女は、白いブラウスにロングスカートという清楚な装い。
 変装のつもりか伊達メガネをかけてるけど、その美貌は隠しきれてない。
 むしろ「知的な文学少女」という新たな属性が付与されて、破壊力が指数関数的に増大してる。

(あー、メガネっ娘こころさん、尊い……)
(あのメガネの奥から、冷ややかな目で見下されたい)
(「あんた、また変なこと考えてるでしょ」って罵られたい。そして踏まれたい)

「……あんた、また変なこと考えてるでしょ」

 一ノ瀬さんが深いため息をつく。
 ビンゴ。
 予言者か。いや、受信者だ。

「考えてません。この書店の蔵書数の多さと、君のメガネの屈折率の美しさに感動していただけです」

「嘘おっしゃい。さっき『踏まれたい』って聞こえたわよ。……Mなの?」

「Mではありません。知的好奇心が旺盛なだけです。未知の体験への渇望です」

「……幻聴だと思いたいわ」

「僕の心の声は、ノイズキャンセリング機能付きイヤホンよりクリアですからね」

 呆れつつも、僕の袖を掴んで離さない。
 この「袖掴み」が、僕の理性をガリガリと削っていくことに、彼女は気づいてないんだろうか。
 彼女の指先から伝わる微かな体温が、僕の脳内回路をショートさせそうだ。

 ∞ ―――――――――― ∞

 僕たちは恋愛小説コーナーに来てた。
 平積みされた話題作。
 帯には「全米が泣いた」「ラスト、衝撃の結末」「恋するすべての女子へ」といった煽り文句が踊ってる。
 ピンク色の表紙が眩しい。僕のような陰キャには、放射能レベルの有害光線だ。

「ねえ、これ」

 一ノ瀬さんが一冊の本を手に取る。
 タイトルは『君の膵臓を食べたい』……ではなく、『君の嘘を愛してる』。
 表紙には、桜の木の下で抱き合う男女のイラスト。

「こういうの、好きなの?」

 聞いてくる。
 その声は少し震えてる気がした。

「まあ、嫌いじゃないですけど。僕はもっとこう、ドロドロした人間ドラマの方が……太宰とか、安部公房とか」

「ふーん。……私は好きよ、こういうベタなの」

 意外。
 氷の女神は、純愛がお好きらしい。
 ギャップ萌えで死にそうだ。

「へえ、意外ですね。一ノ瀬さんって、もっとこう、ニーチェとか読んで『神は死んだ』とか言ってるタイプかと」

「どんな偏見よ。……私だって、普通の恋とか、憧れるわよ」

 少し顔を赤らめて、本を胸に抱く。
 その仕草が、反則的に可愛い。

「運命的な出会いとか。……心の声が聞こえちゃうような、不思議なハプニングとか」

 ドキリとする。
 それって、今の僕たちの状況じゃないか。
 心臓が早鐘を打つ。

(え、何それ。もしかして、この状況を楽しんでる?)
(「運命」とか思っちゃってる?)
(だとしたら、僕にもワンチャンある!? いや、ツーチャンくらいある!?)

「ッ……!」

 一ノ瀬さんがビクッと震えて、本を取り落とす。
 バサリ、と音が響く。

「ち、違うわよ! 一般論よ! あんたとのことは、ただの事故! 交通事故みたいなもの!」

「ですよねー。……でも、事故にしては、随分と長く続いてますね」

 落ちた本を拾い上げる。
 その時、僕の手と彼女の手が触れた。

 バチッ。

 静電気のような衝撃が走る。
 いや、物理的な電気じゃない。
 脳髄に直接響く、甘い痺れ。
 彼女の指先が、僕の指に絡みつく。

(あ、手……柔らかい)
(少し汗ばんでる。……緊張してる?)
(このまま握っていたい。……離したくない)

 僕の思考が、ダイレクトに彼女に伝わる。
 一ノ瀬さんの顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。
 耳まで真っ赤だ。
 でも、手を離さない。
 むしろ、力が強くなる。

「……バカ」

 小さな声。
 蚊の鳴くような声。

「……してみたいなら、言えばいいじゃない」

「え?」

「言わなきゃ、わかんないでしょ。……聞こえてても、直接言われなきゃ、嫌なの。……ズルいから」

 俯いたまま、僕の手をギュッと握り返してくる。
 その手は震えてて、熱い。
 まるで、彼女の心臓の鼓動がそのまま伝わってくるようだ。

 これは、妄想じゃない。
 現実だ。
 僕の「聖域」だった妄想が、現実を侵食し始めてる。
 いや、現実が妄想を超えようとしてるんだ。

(一ノ瀬さん……好きです)

 心の中で叫ぶ。
 いや、もう隠す必要はない。
 言葉にしないと、彼女には届かない。

「一ノ瀬さん」

 口を開く。
 喉が渇いてる。

「……手、繋ぎませんか?」

 顔を上げて、涙目で僕を睨む。
 そして、今までで一番可愛い、少し泣きそうな笑顔を見せた。

「……聞こえてるってば。……いいよ」

 大型書店の片隅。
 僕たちは、初めて「恋人」のように手を繋いだ。
 周りの客には、ただのバカップルに見えただろう。
 でも、僕たちにとっては、世界がひっくり返るような革命的な瞬間だった。

 この温もりだけは、どんな言葉よりも雄弁に、僕たちの「同期」を証明していた。

(第4話 完)

第4話完 次話へ続く
次回、幸せなデートから一転、最大のピンチ!? 「妄想」が暴走して、周囲の人にも聞こえ始めたら……? 優也の社会的な死、秒読み開始!
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