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第7話
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夏だ。海だ。合宿だ。
大学生の夏休みにおける「三種の神器」が揃った。
僕たち文学部日本文学科のゼミ合宿は、なぜか湘南の海沿いの民宿で行われることになった。
教授曰く「海を見て感性を磨け。太宰も海で入水した」とのことだけど、単に自分がサーフィンをしたいだけだという噂がある。不純だ。
そして、僕――柏木優也にとって、この合宿は「地獄」であり「天国」。
カオスとエロスが混在する、特異点だ。
「……暑い」
砂浜にパラソルを立てて、一ノ瀬こころが気だるげに座ってる。
その姿を見た瞬間、僕の脳内CPUはオーバーヒートを起こし、冷却ファンが爆音を上げ始めた。
白の水着。
フリルがついた、清楚かつ破壊力抜群のビキニ。
普段はガードの堅い彼女の、眩しすぎる素肌。
白い。白すぎる。
太陽光を反射して発光してるんじゃないか?
彼女の肌は、物理法則を無視した「絶対領域」なのか?
(あー、神様。ありがとうございます。今日まで生きててよかった)
(この光景を網膜に焼き付けて、死後の世界への手土産にします。閻魔様もきっと許してくれる)
(あわよくば、あの日焼け止めを塗る係に立候補したい)
(いや、むしろ日焼け止めそのものになりたい。彼女の肌に浸透して、紫外線から守るナノマシンになりたい)
「……あんたねえ」
一ノ瀬さんがサングラスをずらして、ジト目で僕を見る。
その視線は氷点下だが、今の僕にはご褒美でしかない。
「さっきからうるさいのよ。日焼け止めになりたいって何? 液状化したいの? スライムなの?」
「比喩です。君を守るバリアになりたいという、騎士道精神の表れです。アーサー王伝説にも似たような記述があったはずです」
「ないわよ。……塗りたいんでしょ?」
「え?」
日焼け止めのボトルを放り投げてくる。
ナイスキャッチ。
ボトルには「SPF50+」の文字。
これは、僕への挑戦状か?
「背中。……届かないから」
背を向ける。
その背中は、華奢で、滑らかで、無防備。
肩甲骨のラインが芸術的だ。ルーブル美術館に寄贈すべきだ。
(マジか。マジなのか)
(これ、触っていいの? 合法的に?)
(手が震えて変なところ触ったらどうしよう。逮捕? 社会的な死?)
(いや、むしろ変なところ触りたい。理性が崩壊する音、聞こえますか?)
「変なところ触ったら、海に沈めるから。コンクリートブロックと一緒に」
釘を刺される。
彼女の心は読めないけど、殺意だけは明確に伝わってくる。
僕は深呼吸をして、震える手でローションを手に取る。
ココナッツの甘い香り。
それを、彼女の背中に伸ばす。
これは手術だ。
1ミリの狂いも許されない、心臓外科手術だ。
触れた瞬間。
ビクッ。
一ノ瀬さんの体が跳ねる。
まるで電流が走ったみたいに。
「……冷たい」
「す、すみません。僕の手が冷え性で……」
「……ううん。……気持ちいい」
その言葉に、僕の理性が蒸発する音がした。
プシュー。
(あー、もうダメだ。好きだ。大好きだ)
(このまま抱きしめたい。砂まみれになってもいいから)
(「優也、好き」って言わせたい。言わせなきゃ死ぬ)
僕の思考が、ダムが決壊したように彼女の脳内に流れ込む。
一ノ瀬さんの耳が、みるみる赤くなっていく。
首筋まで赤い。
でも、拒否しない。
逃げない。
「……バカ」
小さな声。
波の音に消されそうな声。
「……私も、あんたのこと……」
その先は、本当に波の音にかき消されて聞こえなかった。
でも、僕の脳内には、彼女の甘い感情が流れ込んできてた。
言葉にしなくても伝わる。
それが呪いのおかげだとしても、今の僕には最高の幸福だった。
∞ ―――――――――― ∞
その夜。
肝試しが行われることになった。
民宿の裏にある、鬱蒼とした森の中にある神社まで行って帰ってくるという、ベタな企画。
ペアはもちろん、僕と一ノ瀬さん。
暗い森の中。
フクロウの声が響く。
一ノ瀬さんは無言で、僕の腕にしがみついてる。
その力が強い。
震えてる?
「……怖くないの?」
一ノ瀬さんが聞いてくる。
「怖いです。一ノ瀬さんが可愛すぎて」
「茶化さないでよ。……お化けとか、信じてないの?」
「信じてません。僕が信じるのは、君の可愛さと、この腕の感触だけです」
「……最低」
言いながら、さらに腕に力を込める。
柔らかい感触が伝わってくる。
役得だ。
お化けさん、ありがとう。もっと出てきてください。
(このまま時間が止まればいいのに)
(ずっとこのまま、二人で歩いていたい。……ゴールなんてなくていい)
僕がそう思った時、一ノ瀬さんが立ち止まる。
鳥居の前。
月明かりが彼女を照らす。
「……ねえ、優也」
名前呼び。
心臓が跳ねる。
不意打ちは反則だ。
「……呪いが解けても、こうして一緒にいてくれる?」
瞳が、月明かりに揺れてる。
不安げで、でも期待に満ちた瞳。
彼女もまた、この「終わり」を恐れてるんだ。
「当たり前です。呪いがなくても、僕は君のストーカーですから。GPS埋め込んででも追いかけます」
「……ストーカーは通報するけど」
ふっと笑う。
その笑顔が、幽霊よりも何よりも、僕の心を奪う。
そして、彼女は背伸びをして、僕の頬にキスをした。
柔らかい、一瞬の感触。
「……予約、しとくね」
その夜、僕は興奮して一睡もできなかった。
もちろん、その興奮は一ノ瀬さんにダダ漏れで、翌朝彼女は目の下に立派なクマを作ってた。
ごめんなさい。でも、幸せでした。
(第7話 完)
第7話完 次話へ続く
次回、恋のライバル出現!? 一ノ瀬さんの幼馴染というイケメンが登場。優也の嫉妬心が暴走し、呪いが予期せぬ反応を見せる……!
大学生の夏休みにおける「三種の神器」が揃った。
僕たち文学部日本文学科のゼミ合宿は、なぜか湘南の海沿いの民宿で行われることになった。
教授曰く「海を見て感性を磨け。太宰も海で入水した」とのことだけど、単に自分がサーフィンをしたいだけだという噂がある。不純だ。
そして、僕――柏木優也にとって、この合宿は「地獄」であり「天国」。
カオスとエロスが混在する、特異点だ。
「……暑い」
砂浜にパラソルを立てて、一ノ瀬こころが気だるげに座ってる。
その姿を見た瞬間、僕の脳内CPUはオーバーヒートを起こし、冷却ファンが爆音を上げ始めた。
白の水着。
フリルがついた、清楚かつ破壊力抜群のビキニ。
普段はガードの堅い彼女の、眩しすぎる素肌。
白い。白すぎる。
太陽光を反射して発光してるんじゃないか?
彼女の肌は、物理法則を無視した「絶対領域」なのか?
(あー、神様。ありがとうございます。今日まで生きててよかった)
(この光景を網膜に焼き付けて、死後の世界への手土産にします。閻魔様もきっと許してくれる)
(あわよくば、あの日焼け止めを塗る係に立候補したい)
(いや、むしろ日焼け止めそのものになりたい。彼女の肌に浸透して、紫外線から守るナノマシンになりたい)
「……あんたねえ」
一ノ瀬さんがサングラスをずらして、ジト目で僕を見る。
その視線は氷点下だが、今の僕にはご褒美でしかない。
「さっきからうるさいのよ。日焼け止めになりたいって何? 液状化したいの? スライムなの?」
「比喩です。君を守るバリアになりたいという、騎士道精神の表れです。アーサー王伝説にも似たような記述があったはずです」
「ないわよ。……塗りたいんでしょ?」
「え?」
日焼け止めのボトルを放り投げてくる。
ナイスキャッチ。
ボトルには「SPF50+」の文字。
これは、僕への挑戦状か?
「背中。……届かないから」
背を向ける。
その背中は、華奢で、滑らかで、無防備。
肩甲骨のラインが芸術的だ。ルーブル美術館に寄贈すべきだ。
(マジか。マジなのか)
(これ、触っていいの? 合法的に?)
(手が震えて変なところ触ったらどうしよう。逮捕? 社会的な死?)
(いや、むしろ変なところ触りたい。理性が崩壊する音、聞こえますか?)
「変なところ触ったら、海に沈めるから。コンクリートブロックと一緒に」
釘を刺される。
彼女の心は読めないけど、殺意だけは明確に伝わってくる。
僕は深呼吸をして、震える手でローションを手に取る。
ココナッツの甘い香り。
それを、彼女の背中に伸ばす。
これは手術だ。
1ミリの狂いも許されない、心臓外科手術だ。
触れた瞬間。
ビクッ。
一ノ瀬さんの体が跳ねる。
まるで電流が走ったみたいに。
「……冷たい」
「す、すみません。僕の手が冷え性で……」
「……ううん。……気持ちいい」
その言葉に、僕の理性が蒸発する音がした。
プシュー。
(あー、もうダメだ。好きだ。大好きだ)
(このまま抱きしめたい。砂まみれになってもいいから)
(「優也、好き」って言わせたい。言わせなきゃ死ぬ)
僕の思考が、ダムが決壊したように彼女の脳内に流れ込む。
一ノ瀬さんの耳が、みるみる赤くなっていく。
首筋まで赤い。
でも、拒否しない。
逃げない。
「……バカ」
小さな声。
波の音に消されそうな声。
「……私も、あんたのこと……」
その先は、本当に波の音にかき消されて聞こえなかった。
でも、僕の脳内には、彼女の甘い感情が流れ込んできてた。
言葉にしなくても伝わる。
それが呪いのおかげだとしても、今の僕には最高の幸福だった。
∞ ―――――――――― ∞
その夜。
肝試しが行われることになった。
民宿の裏にある、鬱蒼とした森の中にある神社まで行って帰ってくるという、ベタな企画。
ペアはもちろん、僕と一ノ瀬さん。
暗い森の中。
フクロウの声が響く。
一ノ瀬さんは無言で、僕の腕にしがみついてる。
その力が強い。
震えてる?
「……怖くないの?」
一ノ瀬さんが聞いてくる。
「怖いです。一ノ瀬さんが可愛すぎて」
「茶化さないでよ。……お化けとか、信じてないの?」
「信じてません。僕が信じるのは、君の可愛さと、この腕の感触だけです」
「……最低」
言いながら、さらに腕に力を込める。
柔らかい感触が伝わってくる。
役得だ。
お化けさん、ありがとう。もっと出てきてください。
(このまま時間が止まればいいのに)
(ずっとこのまま、二人で歩いていたい。……ゴールなんてなくていい)
僕がそう思った時、一ノ瀬さんが立ち止まる。
鳥居の前。
月明かりが彼女を照らす。
「……ねえ、優也」
名前呼び。
心臓が跳ねる。
不意打ちは反則だ。
「……呪いが解けても、こうして一緒にいてくれる?」
瞳が、月明かりに揺れてる。
不安げで、でも期待に満ちた瞳。
彼女もまた、この「終わり」を恐れてるんだ。
「当たり前です。呪いがなくても、僕は君のストーカーですから。GPS埋め込んででも追いかけます」
「……ストーカーは通報するけど」
ふっと笑う。
その笑顔が、幽霊よりも何よりも、僕の心を奪う。
そして、彼女は背伸びをして、僕の頬にキスをした。
柔らかい、一瞬の感触。
「……予約、しとくね」
その夜、僕は興奮して一睡もできなかった。
もちろん、その興奮は一ノ瀬さんにダダ漏れで、翌朝彼女は目の下に立派なクマを作ってた。
ごめんなさい。でも、幸せでした。
(第7話 完)
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