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第6話
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僕たちの奇妙な「共犯関係」は、一週間続いてた。
その間、僕は一ノ瀬こころの「監視下」に置かれて、登下校も、昼休みも、放課後も共に過ごした。
傍から見れば、熱愛カップルそのもの。
でも、実態は「妄想ダダ漏れ男」と「それを聞いて赤面する女」という、新手の羞恥プレイだ。
例えば、火曜日の現代文学の講義中。
教授が「愛の不条理」について熱弁してる時、僕はうっかり(一ノ瀬さんのうなじ、白くて美味しそうだな……大福みたいだ)と考えてしまった。
その瞬間、斜め前の席にいた一ノ瀬さんが「ブフォッ」と吹き出し、教授に睨まれた。
例えば、水曜日の学食。
僕が(今日のAランチのハンバーグ、形が一ノ瀬さんの胸に似てる……いや、もっと柔らかいか?)と邪推した瞬間、向かいに座っていた彼女が味噌汁を盛大にこぼした。
そして金曜日。
図書館で勉強中、(静かな場所で二人きり……これって、いけないことしてる気分になるな。机の下で足が触れ合ったりして……)と妄想した直後、彼女から無言でスネを蹴られた。
地獄だ。
でも、不思議と心地よい地獄だった。
「……ねえ、柏木くん」
放課後の帰り道。
夕焼けが街をオレンジ色に染める中、一ノ瀬さんが、少し疲れた顔で言う。
「そろそろ、限界じゃない?」
「何がですか? 僕の理性ですか? それならとっくにマイナス域ですが」
「違うわよ! この状況よ!」
叫ぶ。
確かに、彼女の負担は計り知れない。
僕の思考(主に彼女への愛と性欲と、時々ラーメンへの渇望)を24時間受信し続けるなんて、精神修行にも程がある。
彼女のメンタルは、チタン合金並みに強化されてるに違いない。
「やっぱり、あの店主にもう一度話を聞きに行きましょう」
一ノ瀬さんの提案で、僕たちは再び古書堂「夢現」を訪れた。
∞ ―――――――――― ∞
店主の老婆は、相変わらずカウンターの奥で船を漕いでた。
まるで時が止まったような空間。
でも、僕たちが近づくと、パチリと目を開ける。
その目は、全てを見透かすように鋭い。
「来たか、若人よ。……顔色が悪いぞ、娘さん」
「誰のせいだと思ってるんですか……!」
一ノ瀬さんが詰め寄る。
目の下にうっすらとクマができている。ごめんなさい。
「おばあさん、この呪い、どうやったら解けるんですか!? もう限界です! これ以上、彼の変態妄想を聞かされたら、私の脳が腐ります!」
「変態妄想とは失礼な。ロマンティックな詩的表現です」
「黙って!」
老婆はニヤリと笑って、キセルをふかす。
「呪い? 人聞きの悪い。あれは『祝福』じゃよ」
「祝福?」
「『想い人の栞』はな、本来なら決して交わらぬ二つの心を、強制的に繋げる荒療治じゃ。お主ら、互いに想い合っておるのに、言葉にせなんだろう?」
ドキリとする。
図星だ。
僕はヘタレで告白できず、一ノ瀬さんはツンデレで素直になれず。
この栞がなければ、僕たちは一生、平行線のままだったかもしれない。
すれ違い続けて、卒業して、別々の道を歩んで……そんな未来が容易に想像できる。
「でも、困るんです! プライバシーがないのは! トイレに行くタイミングまでバレるんですよ!?」
一ノ瀬さんが訴える。切実だ。
「ふむ。まあ、薬も過ぎれば毒となるか」
老婆は紫煙を吐き出して、僕たちを交互に見る。
「解く方法は一つ。『真実の告白』じゃ」
「真実の……告白?」
「心の声(テレパシー)に頼らず、己の口で、己の言葉で、相手に想いを伝えること。それができた時、栞はその役目を終えるじゃろう」
なるほど。
つまり、僕が男を見せて、一ノ瀬さんに「好きだ」と言えばいい。
心の声じゃなく、空気の振動として。
(なんだ、簡単じゃん)
(今すぐ言っちゃおうかな)
(「好きです」って言うだけで、この地獄から解放されるなら……)
そう思った瞬間、一ノ瀬さんがビクッと震える。
「……ダメ」
僕の袖を掴む。
その指先が白くなっている。
「え?」
「今、言おうとしたでしょ。……ダメよ」
顔を赤くして、俯く。
「心の準備が、できてない」
「一ノ瀬さん……」
「それに……もし告白して、呪いが解けたら……」
声が小さくなる。
消え入りそうな声。
「……もう、あんたの心の声、聞こえなくなるんでしょ?」
その言葉に、ハッとする。
そうだ。
呪いが解けるってことは、この「繋がり」が消えるってこと。
僕の「好き」が、ダイレクトに彼女に伝わるこの感覚も。
彼女が僕の思考に反応してくれる、この距離感も。
全部、なくなってしまう。
ただの「彼氏彼女」に戻るだけ。
でも、今の僕たちにとって、それは「退化」のように思えた。
(……寂しい、かも)
僕がそう思うと同時に、一ノ瀬さんが顔を上げる。
その瞳が揺れてる。
「……私も」
呟く。
「……私も、寂しいかも。……あんたのバカな妄想が聞こえないと、静かすぎて……不安になる」
老婆が「カッカッカ」と笑う。
「青春じゃのう。まあ、好きにするがよい。期限はない。二人が納得するまで、その『繋がり』を楽しむのも一興じゃ」
∞ ―――――――――― ∞
店を出た僕たちは、無言で並んで歩く。
手は、自然と繋がれてた。
呪いを解く方法はわかった。
いつでも解ける。
その安心感が、逆に僕たちをこの場所に留まらせる。
僕たちはまだ、この甘い呪縛から逃れる決心がつかずにいた。
もう少しだけ、このままでいたい。
言葉よりも深い場所で繋がってる、この奇跡に浸っていたい。
そう思う僕の心は、もちろん彼女に筒抜けで。
彼女が握り返す手の強さが、その答えだった。
(第6話 完)
第6話完 次話へ続く
次回、夏だ! 海だ! 合宿だ! ゼミの合宿で水着回。優也の妄想力が限界突破し、こころの理性が崩壊する!?
その間、僕は一ノ瀬こころの「監視下」に置かれて、登下校も、昼休みも、放課後も共に過ごした。
傍から見れば、熱愛カップルそのもの。
でも、実態は「妄想ダダ漏れ男」と「それを聞いて赤面する女」という、新手の羞恥プレイだ。
例えば、火曜日の現代文学の講義中。
教授が「愛の不条理」について熱弁してる時、僕はうっかり(一ノ瀬さんのうなじ、白くて美味しそうだな……大福みたいだ)と考えてしまった。
その瞬間、斜め前の席にいた一ノ瀬さんが「ブフォッ」と吹き出し、教授に睨まれた。
例えば、水曜日の学食。
僕が(今日のAランチのハンバーグ、形が一ノ瀬さんの胸に似てる……いや、もっと柔らかいか?)と邪推した瞬間、向かいに座っていた彼女が味噌汁を盛大にこぼした。
そして金曜日。
図書館で勉強中、(静かな場所で二人きり……これって、いけないことしてる気分になるな。机の下で足が触れ合ったりして……)と妄想した直後、彼女から無言でスネを蹴られた。
地獄だ。
でも、不思議と心地よい地獄だった。
「……ねえ、柏木くん」
放課後の帰り道。
夕焼けが街をオレンジ色に染める中、一ノ瀬さんが、少し疲れた顔で言う。
「そろそろ、限界じゃない?」
「何がですか? 僕の理性ですか? それならとっくにマイナス域ですが」
「違うわよ! この状況よ!」
叫ぶ。
確かに、彼女の負担は計り知れない。
僕の思考(主に彼女への愛と性欲と、時々ラーメンへの渇望)を24時間受信し続けるなんて、精神修行にも程がある。
彼女のメンタルは、チタン合金並みに強化されてるに違いない。
「やっぱり、あの店主にもう一度話を聞きに行きましょう」
一ノ瀬さんの提案で、僕たちは再び古書堂「夢現」を訪れた。
∞ ―――――――――― ∞
店主の老婆は、相変わらずカウンターの奥で船を漕いでた。
まるで時が止まったような空間。
でも、僕たちが近づくと、パチリと目を開ける。
その目は、全てを見透かすように鋭い。
「来たか、若人よ。……顔色が悪いぞ、娘さん」
「誰のせいだと思ってるんですか……!」
一ノ瀬さんが詰め寄る。
目の下にうっすらとクマができている。ごめんなさい。
「おばあさん、この呪い、どうやったら解けるんですか!? もう限界です! これ以上、彼の変態妄想を聞かされたら、私の脳が腐ります!」
「変態妄想とは失礼な。ロマンティックな詩的表現です」
「黙って!」
老婆はニヤリと笑って、キセルをふかす。
「呪い? 人聞きの悪い。あれは『祝福』じゃよ」
「祝福?」
「『想い人の栞』はな、本来なら決して交わらぬ二つの心を、強制的に繋げる荒療治じゃ。お主ら、互いに想い合っておるのに、言葉にせなんだろう?」
ドキリとする。
図星だ。
僕はヘタレで告白できず、一ノ瀬さんはツンデレで素直になれず。
この栞がなければ、僕たちは一生、平行線のままだったかもしれない。
すれ違い続けて、卒業して、別々の道を歩んで……そんな未来が容易に想像できる。
「でも、困るんです! プライバシーがないのは! トイレに行くタイミングまでバレるんですよ!?」
一ノ瀬さんが訴える。切実だ。
「ふむ。まあ、薬も過ぎれば毒となるか」
老婆は紫煙を吐き出して、僕たちを交互に見る。
「解く方法は一つ。『真実の告白』じゃ」
「真実の……告白?」
「心の声(テレパシー)に頼らず、己の口で、己の言葉で、相手に想いを伝えること。それができた時、栞はその役目を終えるじゃろう」
なるほど。
つまり、僕が男を見せて、一ノ瀬さんに「好きだ」と言えばいい。
心の声じゃなく、空気の振動として。
(なんだ、簡単じゃん)
(今すぐ言っちゃおうかな)
(「好きです」って言うだけで、この地獄から解放されるなら……)
そう思った瞬間、一ノ瀬さんがビクッと震える。
「……ダメ」
僕の袖を掴む。
その指先が白くなっている。
「え?」
「今、言おうとしたでしょ。……ダメよ」
顔を赤くして、俯く。
「心の準備が、できてない」
「一ノ瀬さん……」
「それに……もし告白して、呪いが解けたら……」
声が小さくなる。
消え入りそうな声。
「……もう、あんたの心の声、聞こえなくなるんでしょ?」
その言葉に、ハッとする。
そうだ。
呪いが解けるってことは、この「繋がり」が消えるってこと。
僕の「好き」が、ダイレクトに彼女に伝わるこの感覚も。
彼女が僕の思考に反応してくれる、この距離感も。
全部、なくなってしまう。
ただの「彼氏彼女」に戻るだけ。
でも、今の僕たちにとって、それは「退化」のように思えた。
(……寂しい、かも)
僕がそう思うと同時に、一ノ瀬さんが顔を上げる。
その瞳が揺れてる。
「……私も」
呟く。
「……私も、寂しいかも。……あんたのバカな妄想が聞こえないと、静かすぎて……不安になる」
老婆が「カッカッカ」と笑う。
「青春じゃのう。まあ、好きにするがよい。期限はない。二人が納得するまで、その『繋がり』を楽しむのも一興じゃ」
∞ ―――――――――― ∞
店を出た僕たちは、無言で並んで歩く。
手は、自然と繋がれてた。
呪いを解く方法はわかった。
いつでも解ける。
その安心感が、逆に僕たちをこの場所に留まらせる。
僕たちはまだ、この甘い呪縛から逃れる決心がつかずにいた。
もう少しだけ、このままでいたい。
言葉よりも深い場所で繋がってる、この奇跡に浸っていたい。
そう思う僕の心は、もちろん彼女に筒抜けで。
彼女が握り返す手の強さが、その答えだった。
(第6話 完)
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次回、夏だ! 海だ! 合宿だ! ゼミの合宿で水着回。優也の妄想力が限界突破し、こころの理性が崩壊する!?
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