「君の妄想、全部聞こえてるよ?」~古本屋の呪いで、クールな美少女と脳内イチャラブ同期(シンクロ)してしまった件~

月下花音

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第10話

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 翌日、僕は大学をサボった。
 布団の中で芋虫になりながら、昨日の自分の情けなさを反芻する。
 太宰治は言った。『恥の多い生涯を送って来ました』と。
 僕の場合、恥しかない。生涯の成分表示を見たら「恥:100%」で、消費者庁から誇大広告の指導が入るレベルだ。

「……死のう」

 枕に顔を埋めたまま呟く。もちろん、死ぬ気なんてない。ただ、この世のすべての酸素を吸う資格が自分にはない気がして、呼吸を止めてみる。
 十秒で苦しくなって、盛大に空気を吸い込んだ。
 生きてる。無駄に健康な心肺機能が憎い。

 一ノ瀬さんは待ってたのに。
 僕の言葉を。
 それなのに、僕は「心の声が届かない」というだけで、怖気づいて逃げ出した。

(聞こえないなら、言えばよかったんだ)
(「好きだ」って。たった三文字。消費カロリーなんて飴玉一個分にも満たない言葉を)

 思えば、僕は今まで「呪い」に甘えてた。
 言わなくても伝わる。
 念じればわかってくれる。
 そんな都合のいいテレパシーごっこに浸って、一番大切な「言葉にする努力」を怠ってた。
 そのツケが、あの沈黙だ。あの時の一ノ瀬さんの、捨てられた子犬のような瞳。
 思い出して、また枕に頭突きをする。ドス、ドス、と鈍い音が六畳一間のアパートに響く。

 ピンポーン。

 不意に、インターホンが鳴った。
 ビクッと体が跳ねる。
 こんな時間に誰だ。
 新聞の勧誘か? それともNHK? いや、もしかしたら「恋愛警察」かもしれない。「貴様を『ヒロイン放置罪』で逮捕する」とか言われて、手錠をかけられるんだ。

 無視しよう。
 僕は今、世界の誰とも関わりたくない。布団という名の絶対防衛圏(ATフィールド)に引きこもって、自分の惨めさを培養していたいのだ。

 ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。

 チャイムが連打される。
 執拗だ。まるで親の仇でも討ちに来たかのようなリズム。
 さらに、ドアをドンドンと叩く音まで聞こえてくる。

「おい! いるのはわかってんだぞ! 開けろ!」

 男の声。
 低くて、よく通る、聞き覚えのある声。
 ……まさか。

 恐る恐る玄関へ這っていき、ドアチェーンをかけたまま少しだけ開ける。
 隙間から見えたのは、予想通りにして最悪の人物。

「……よう、引きこもり」

 西園寺レオ。
 大学の王子様にして、僕の恋敵(だと思っていた男)。
 不機嫌そうな顔で、僕を見下ろしてる。
 相変わらず無駄にキラキラしてる。このボロアパートの薄暗い廊下でさえ、彼が立つとファッション誌の撮影現場に見えるから不思議だ。物理法則が仕事をしていない。

「……なんですか。勝ち誇りに来たんですか」

 僕はチェーン越しに毒づく。
 今の僕は、髪はボサボサ、髭は伸び放題、着ているのは首元のヨレた高校時代のジャージ。対する彼は、完璧なシルエットのジャケットスタイル。
 勝負は見えてる。コールド負けだ。

「は? 何言ってんの」

 レオが呆れたようにため息をつく。その吐息さえも爽やかなミントの香りがしそうだ。

「開けろよ。話があるんだ」

「帰ってください。僕は今、太宰と対話中で……」

「いいから開けろ!」

 ガチャン!
 レオが隙間から手を突っ込み、強引にチェーンを外そうとする。
 うわ、野蛮。王子様の皮を被ったゴリラかよ。
 壊される前に、僕は観念してドアを開けた。

 レオはズカズカと部屋に入り込むと、散らかった雑誌や脱ぎ捨てた服を見て、眉をひそめた。

「うわ、汚(きたな)。お前の心の中みたいだな」

「うるさいですよ。……で、何しに来たんですか。一ノ瀬さんと付き合うことになった報告なら、熨斗(のし)をつけてお返ししますけど」

 精一杯の皮肉。
 でも、レオは怒らなかった。
 代わりに、哀れむような目で僕を見た。

「こころが泣いてるから、文句言いに来たんだよ」

「……え?」

 思考が停止する。
 泣いてる?
 誰が?
 一ノ瀬さんが?

「昨日、あいつ帰ってきてからずっと部屋に閉じこもってる。『もう終わりだ』って泣きながら」

 レオが僕の胸ぐらを掴む。
 強い力。
 至近距離で見る彼の瞳は、本気で怒ってた。

「お前、何したんだよ。あんなに強気なこころが、あんなに弱ってるの初めて見たぞ。……飯も食わずに、ずっとベッドで丸まって震えてるんだ」

 想像してしまう。
 あの凛とした一ノ瀬さんが。
 いつも僕を「変態」と罵りながらも、楽しそうに笑っていた彼女が。
 一人で、泣いてる?

「……何もしてません。何もできなかったんです」

 声が震える。

「はあ?」

「僕は……言葉にできなかった。彼女への気持ちを。心の声が聞こえなくなった途端、怖くなって……逃げたんです」

 正直に話す。
 カッコ悪い。最低だ。
 殴られるかもしれない。いや、殴ってくれ。いっそ殺してくれ。

 だが、レオの手が緩んだ。
 僕を突き放して、乱暴に自分の頭を掻く。

「……はあ。やっぱり、お前には負けるよ」

「え?」

「こころが泣いてる理由、わかんないのか? お前に振られたと思ってるからだよ」

 振られた?
 僕が?
 一ノ瀬さんを?

「あいつ、ずっと待ってたんだぞ。お前の口から『好き』って言われるのを。心の声じゃなくて、本当の声で。……それなのに、お前が無言で立ち去ったから、『拒絶された』って勘違いしてんだよ」

 レオが苦笑いする。
 その笑顔は、どこか寂しげで、でも清々しかった。

「僕じゃダメなんだ。あいつの心には、僕が入る隙間なんて1ミリもない。……全部、お前で埋まってるんだよ」

 その言葉に、脳天をハンマーで殴られたような衝撃を受ける。
 一ノ瀬さんの心の中。
 そこには、僕がいる?
 あの妄想だらけで、情けなくて、ヘタレな僕が?
 太宰治もびっくりのダメ人間である、この僕が?

(バカだ……僕は)

 一ノ瀬さんは、僕の言葉を待っていただけなんだ。
 テレパシーなんてなくても、僕の声を信じようとしてくれていたんだ。
 それを、勝手に「聞こえないからダメだ」なんて決めつけて。

「……行けよ」

 レオが背中をバンと叩く。

「今ならまだ間に合う。……僕が奪っちゃう前に、さっさと迎えに行け」

「……はい!」

 僕は部屋を飛び出した。
 サンダルのまま。
 部屋着のジャージのまま。
 財布もスマホも持っていない。
 でも、そんなことはどうでもいい。

 走る。
 アスファルトを蹴る足が痛い。
 冷たい風が頬を切り裂く。
 肺が焼けるように熱い。

 でも、この痛みこそが「現実(リアル)」だ。
 妄想の中じゃない。
 僕は今、現実の世界で、彼女のために走ってる。

 伝えなきゃ。
 今度こそ。
 妄想でも、心の声でもなく。
 僕自身の、震えるような、情けない、でも嘘偽りのない「声」で。

 待ってて、一ノ瀬さん。
 今、君のところへ行く。
 たとえ世界中の笑いものになったとしても、君だけには、僕の本当の心を届けるから。

 僕は夕暮れの街を、獣のように疾走した。
 目指すは、彼女がいる場所。
 僕たちの物語が始まった、あの古書堂だ。

(第10話 完)

第10話完 次話へ続く
次回、クライマックス! 一ノ瀬さんの元へ走る優也。そしてついに、あの場所で「真実の告白」が……! 呪いが解けた時、二人の関係はどうなる!?
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