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第9話
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静か。
あまりにも、静かすぎる。
あの日、中庭で「プツン」と切れて以来、僕の脳内から一ノ瀬こころの気配が消えた。
今までなら、僕が少しでも彼女のことを考えれば、彼女は顔を赤くしたり、睨んできたりした。
逆に、彼女の感情が昂れば、その「ドキドキ」や「イライラ」が僕にも伝わってきた。
それが、ない。
完全に、遮断されてる。
「……おはよう、柏木くん」
教室で会った一ノ瀬さんは、ぎこちなく挨拶をした。
「……おはようございます」
僕も返す。
それだけ。
会話が続かない。
(一ノ瀬さん、元気ないな。昨日のこと、気にしてるのかな)
心の中で問いかけてみる。
でも、返事はない。
無表情で教科書を開いてる。
聞こえてない。
僕の心の声が。
寂しい。
猛烈に寂しい。
まるで体の一部をもぎ取られたような喪失感。
僕たちは、あの「呪い」という名の回線を通じて、言葉以上のコミュニケーションをしてたんだと、失って初めて気づいた。
そんな僕たちの隙間に入り込んできたのが、西園寺レオ。
「こころ、顔色が悪いよ。保健室に行こうか?」
「……大丈夫よ、レオ」
「無理しないで。君が倒れたら、僕が悲しい」
レオは甲斐甲斐しく彼女の世話を焼く。
スマートで、優しくて、完璧な王子様。
今の僕には、彼に対抗する術がない。
だって、僕の武器だった「心の声」はもう届かない。
放課後。
僕は一人で古書堂「夢現」に向かった。
店主の老婆に詰め寄る。
「おばあさん! 呪いが解けちゃったんですか!?」
老婆はキセルをふかして、ゆっくりと首を横に振る。
「解けたわけではない。……『閉じた』のじゃよ」
「閉じた?」
「お主らの心が、恐れによって閉ざされた。ライバルの出現、関係の変化への不安……そういった雑音が、回線を遮断しておるのじゃ」
恐れ。
確かに、僕は怖かった。
レオという完璧なライバルが現れて、一ノ瀬さんを奪われるのが怖かった。
そして、一ノ瀬さんも……何かを怖がってた?
「一度閉じた扉を開くのは、容易ではないぞ」
老婆は静かに言う。
「もはや、小手先のテレパシーには頼れん。……己の声で、扉を叩くしかない」
帰り道。
トボトボと歩いてると、公園のベンチに一ノ瀬さんが座ってるのが見えた。
一人。
レオはいない。
吸い寄せられるように近づく。
「……一ノ瀬さん」
顔を上げる。
その目は赤く腫れてた。
泣いてたのか?
「……柏木くん」
力なく笑う。
「静かね」
「……はい」
「今まで、あんたの心の声がうるさくて、眠れない夜もあったのに。……いざ聞こえなくなると、こんなに不安になるなんて」
自分の胸をギュッと掴む。
「レオがね、言ったの。『僕なら、言葉にしなくても君の気持ちがわかる』って」
ズキン。
胸が痛む。
「でも……嘘よ。あいつにはわからない。……あんたにしか、わからなかったのよ」
一ノ瀬さんが僕を見る。
その瞳は、何かを訴えてる。
でも、声には出さない。
待ってるんだ。
僕の言葉を。
(好きです)
心の中で叫ぶ。
でも、届かない。
無反応。
言わなきゃ。
口に出して。
空気の振動として。
「一ノ瀬さん、僕は……」
喉が張り付く。
怖い。
もし、拒絶されたら?
もし、「やっぱりレオの方がいい」と言われたら?
呪いという安全装置がない今、振られることは「完全な終わり」を意味する。
「……僕は、君のことが……」
その時。
スマホが鳴る。
一ノ瀬さんのスマホ。
「……レオからだ」
画面を見て、表情を曇らせる。
そして、僕に背を向ける。
「……ごめん。行かなきゃ」
走り去っていく。
僕は、その背中を見送ることしかできなかった。
意気地なし。
ヘタレ。
自分の心の声すら、自分の口で言えないなんて。
夕闇が、僕の影を長く伸ばしてた。
(第9話 完)
第9話完 次話へ続く
次回、優也の覚醒!? 失意の底で気づいた「本当の気持ち」。もう妄想には逃げない。自分の声で、彼女を取り戻すために走り出す!
あまりにも、静かすぎる。
あの日、中庭で「プツン」と切れて以来、僕の脳内から一ノ瀬こころの気配が消えた。
今までなら、僕が少しでも彼女のことを考えれば、彼女は顔を赤くしたり、睨んできたりした。
逆に、彼女の感情が昂れば、その「ドキドキ」や「イライラ」が僕にも伝わってきた。
それが、ない。
完全に、遮断されてる。
「……おはよう、柏木くん」
教室で会った一ノ瀬さんは、ぎこちなく挨拶をした。
「……おはようございます」
僕も返す。
それだけ。
会話が続かない。
(一ノ瀬さん、元気ないな。昨日のこと、気にしてるのかな)
心の中で問いかけてみる。
でも、返事はない。
無表情で教科書を開いてる。
聞こえてない。
僕の心の声が。
寂しい。
猛烈に寂しい。
まるで体の一部をもぎ取られたような喪失感。
僕たちは、あの「呪い」という名の回線を通じて、言葉以上のコミュニケーションをしてたんだと、失って初めて気づいた。
そんな僕たちの隙間に入り込んできたのが、西園寺レオ。
「こころ、顔色が悪いよ。保健室に行こうか?」
「……大丈夫よ、レオ」
「無理しないで。君が倒れたら、僕が悲しい」
レオは甲斐甲斐しく彼女の世話を焼く。
スマートで、優しくて、完璧な王子様。
今の僕には、彼に対抗する術がない。
だって、僕の武器だった「心の声」はもう届かない。
放課後。
僕は一人で古書堂「夢現」に向かった。
店主の老婆に詰め寄る。
「おばあさん! 呪いが解けちゃったんですか!?」
老婆はキセルをふかして、ゆっくりと首を横に振る。
「解けたわけではない。……『閉じた』のじゃよ」
「閉じた?」
「お主らの心が、恐れによって閉ざされた。ライバルの出現、関係の変化への不安……そういった雑音が、回線を遮断しておるのじゃ」
恐れ。
確かに、僕は怖かった。
レオという完璧なライバルが現れて、一ノ瀬さんを奪われるのが怖かった。
そして、一ノ瀬さんも……何かを怖がってた?
「一度閉じた扉を開くのは、容易ではないぞ」
老婆は静かに言う。
「もはや、小手先のテレパシーには頼れん。……己の声で、扉を叩くしかない」
帰り道。
トボトボと歩いてると、公園のベンチに一ノ瀬さんが座ってるのが見えた。
一人。
レオはいない。
吸い寄せられるように近づく。
「……一ノ瀬さん」
顔を上げる。
その目は赤く腫れてた。
泣いてたのか?
「……柏木くん」
力なく笑う。
「静かね」
「……はい」
「今まで、あんたの心の声がうるさくて、眠れない夜もあったのに。……いざ聞こえなくなると、こんなに不安になるなんて」
自分の胸をギュッと掴む。
「レオがね、言ったの。『僕なら、言葉にしなくても君の気持ちがわかる』って」
ズキン。
胸が痛む。
「でも……嘘よ。あいつにはわからない。……あんたにしか、わからなかったのよ」
一ノ瀬さんが僕を見る。
その瞳は、何かを訴えてる。
でも、声には出さない。
待ってるんだ。
僕の言葉を。
(好きです)
心の中で叫ぶ。
でも、届かない。
無反応。
言わなきゃ。
口に出して。
空気の振動として。
「一ノ瀬さん、僕は……」
喉が張り付く。
怖い。
もし、拒絶されたら?
もし、「やっぱりレオの方がいい」と言われたら?
呪いという安全装置がない今、振られることは「完全な終わり」を意味する。
「……僕は、君のことが……」
その時。
スマホが鳴る。
一ノ瀬さんのスマホ。
「……レオからだ」
画面を見て、表情を曇らせる。
そして、僕に背を向ける。
「……ごめん。行かなきゃ」
走り去っていく。
僕は、その背中を見送ることしかできなかった。
意気地なし。
ヘタレ。
自分の心の声すら、自分の口で言えないなんて。
夕闇が、僕の影を長く伸ばしてた。
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