「君の妄想、全部聞こえてるよ?」~古本屋の呪いで、クールな美少女と脳内イチャラブ同期(シンクロ)してしまった件~

月下花音

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第11話

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 息が切れる。
 肺が焼けるように熱い。
 喉の奥から鉄の味がする。
 でも、足は止めない。止めたら、二度と動き出せない気がしたからだ。

 向かう先は一つ。
 古書堂「夢現」。
 僕たちの物語が始まった場所であり、僕の妄想の聖域。
 あそこなら、きっと彼女がいる。そんな確信があった。根拠はない。ただの勘だ。でも、恋する男の勘は、時としてFBIのプロファイリングよりも正確なはずだ。

 店のドアが見えた。
 古びた木製のドア。塗装が剥げかけ、「OPEN」の札が斜めに傾いてる。
 僕は勢いよくドアノブを掴み、押し開けた。

 カランコロン、と懐かしい音が響く。
 店内に充満する、古紙とインクと埃の匂い。僕にとっての精神安定剤(アロマ)だ。

「……はあ、はあ……!」

 荒い呼吸音が、静寂な店内に不躾に響く。
 夕日が差し込む窓辺。
 そこに、彼女はいた。

 一ノ瀬こころ。
 あの『恋する惑星の孤独』を手に持ったまま、窓の外を眺めてる。
 逆光で表情は見えない。ただ、そのシルエットがあまりにも美しくて、そして儚くて、僕は一瞬、息をするのを忘れた。
 まるで、古い映画のワンシーンだ。僕みたいなモブキャラが足を踏み入れてはいけない、神聖な領域に見えた。

「……柏木くん」

 ゆっくりと彼女が振り返る。
 その瞳は潤んでて、夕日のせいでキラキラと輝いてた。
 泣いてた痕跡。
 目元が少し赤く腫れてる。それを見て、胸が締め付けられるように痛んだ。僕のせいだ。僕が、彼女をこんな顔にさせたんだ。

「……どうして、ここに」

 消え入りそうな声。
 いつもなら、ここで彼女の心の声が聞こえてくるはずだ。(来てくれたの?)(嬉しい)(でも怖い)……そんな本音が。
 でも、今は何も聞こえない。
 完全なる静寂。
 それがこんなにも恐ろしいなんて、知らなかった。

「君に、会いに来ました」

 息を整えて、彼女の前に立つ。
 距離は1メートル。
 かつてなら、僕の心の声がガンガン届いてた距離。
 僕の妄想が彼女を赤面させ、彼女のツッコミが僕を喜ばせていた、あの騒がしくて愛おしい距離。

「……一ノ瀬さん」

 拳を握りしめる。爪が掌に食い込む痛みで、自分を鼓舞する。
 震えるな。
 逃げるな。
 言葉にしろ。
 太宰治の引用も、夏目漱石の「月が綺麗ですね」もいらない。
 今の僕に必要なのは、飾り気のない、泥臭い、ただの「本音」だ。

「僕は……君が好きです」

 言った。
 言ってしまった。
 声が裏返ったかもしれない。顔も引きつっていたかもしれない。
 でも、言った。
 心臓が破裂しそうだ。肋骨を蹴破って飛び出してきそうなほど、激しく脈打ってる。

「妄想の中の君じゃなくて……怒ったり、泣いたり、笑ったりする、現実の君が好きです」

 一ノ瀬さんが目を見開く。
 その瞳に、僕の情けない顔が映ってる。

「……ずっと、言えなくてごめんなさい。呪いに甘えて、君の優しさに甘えて……言葉にしなくても伝わるなんて、傲慢でした」

 一歩踏み出す。
 床板がギシッと鳴る。

「でも、もう逃げません。……僕と、付き合ってください」

 沈黙。
 永遠にも感じる数秒間。
 店内の古時計が、チクタクと時を刻む音だけが聞こえる。
 一ノ瀬さんは何も言わず、ただ僕を見つめてる。
 ダメか?
 やっぱり、遅すぎた?
 僕の言葉は、彼女の心の壁を越えられないのか?

 不安で押しつぶされそうになった時。
 彼女の唇が、震えるように動いた。

「……聞こえない」

「え?」

「あんたの心の声、聞こえない」

 泣きそうな顔で、彼女が笑った。
 それは、拒絶ではなく、懇願のような笑顔だった。

「だから……わかんないよ。本当に私のこと好きなのか、口先だけなのか。……今までみたいに、ダイレクトに伝わってこないから、不安なの」

「口先だけじゃありません! 本気です! 嘘発見器にかけられたっていい!」

「証明して」

 彼女が、本を胸に抱く。
 その本は、僕たちを繋いだ『恋する惑星の孤独』。

「言葉だけじゃ、信じられない。……もっと、わかりやすい方法で」

 わかりやすい方法。
 そんなの、一つしかない。
 ラブコメの定石であり、人類史上最も有効な和解手段。

 覚悟を決める。
 彼女に近づく。
 距離が縮まる。
 50センチ。
 30センチ。
 彼女の甘いシトラスの香りが鼻をくすぐる。
 心臓の音がうるさい。僕のか、彼女のか、もうわからない。

 逃げない。
 彼女も、逃げない。
 ただ、目を閉じて、少しだけ顎を上げて待ってる。
 その仕草が可愛すぎて、僕は一瞬、気を失いそうになった。

 震える手で彼女の肩に触れて、そして――。

 チュッ。

 唇が触れ合う。
 柔らかくて、温かくて、マシュマロみたいで。
 そして、少ししょっぱい涙の味がした。

「……これで、信じてくれますか?」

 離れると、一ノ瀬さんは顔を真っ赤にして、へなへなと座り込む。
 まるで糸が切れた操り人形みたいだ。

「……バカ」

 両手で顔を覆う。指の隙間から、赤い肌が見える。

「……信じる。信じるから……」

 その時。

 キーン。

 頭の中に、あの懐かしい、そして少し頭痛のするノイズが走った。
 まるでラジオのチューニングが合った時のような音。
 そして、クリアな音声が脳内に響き渡る。

(……大好き。優也、大好き。死ぬほど好き。もう離さない)

 え?
 今の声は……。

「……一ノ瀬さん?」

「……え?」

 彼女が顔を上げる。
 その表情は、驚愕に染まっていた。

「今、聞こえた。……君の声が」

「嘘……」

 彼女が目を見開く。

「私にも聞こえた。……あんたの、『やっと言えた』って声。あと、『唇柔らかかったな』っていう変態的な感想も」

「げっ」

 顔を見合わせる。
 数秒の沈黙の後、同時に笑い出す。

「あははは!」
「ふふっ、何よこれ!」

 呪いは解けてなかった。
 いや、進化したのかもしれない。
 「一方通行」から「双方向」へ。
 二人の心が真に通じ合った証として、神様(あるいは悪魔)がくれた、お節介なプレゼント。

「……カッカッカ」

 カウンターの奥から、しゃがれた笑い声が聞こえた。
 店主の老婆だ。いつの間にか起きてて、キセルをふかしてる。

「言ったじゃろう。『祝福』じゃと。……これからは隠し事はなしじゃな、若人よ」

「……最悪」

 一ノ瀬さんが涙を拭いながら笑う。
 でも、その顔は今まで見た中で一番幸せそうだ。

「これからもずっと、あんたの変態妄想聞かされるのね」

「お互い様ですよ。君のデレデレな本音も、全部聞こえてますから。さっきの『死ぬほど好き』ってやつ、録音したいくらいです」

「うっ……! わ、忘れて!」

 彼女が僕の胸をポカポカと叩く。
 痛くない。むしろ心地いい。

 古書堂の片隅。
 僕たちは手を取り合う。
 もう、言葉はいらない。
 でも、これからは言葉も大切にしよう。
 だって、声に出して伝える「好き」は、心の声よりもずっと、心に響くから。

 僕たちの新しい関係(地獄の共鳴ライフ・シーズン2)が、ここから始まる。

(第11話 完)

第11話完 次話へ続く
次回、最終回! 呪い改め「祝福」と共に歩む二人の日常。甘すぎるエピローグに、読者の糖度許容量が限界突破!?
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