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第5話:大晦日
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12月31日。
大晦日。
結局、ケンジの部屋で年越しすることになった。
初詣行こうって言ってたけど、外寒いし、人多いし、面倒くさくなった。
典型的な出不精カップル(未満)。
いや、正確には「金がないから出かけられない」だけだ。
初詣に行けば、お賽銭だの、おみくじだの、屋台のたこ焼きだので金が飛ぶ。
家にいればタダだ。
テレビで紅白歌合戦を見て、除夜の鐘を聞く。
それが一番エコで、一番賢い選択だと自分に言い聞かせている。
「……寒い」
暖房の設定温度を上げたのに、部屋が暖まらない。
隙間風がすごい。
窓枠のサッシが歪んでるんじゃないかと思うくらい、冷気が入り込んでくる。
私の服装は、ニットワンピ一枚にタイツ。
オシャレより防寒を優先すべきだったけど、一応デートだしと思って気を使ったのが裏目に出た。
「なんか着るもんない? 寒すぎて死ぬ」
「あー、あるよ。待ってろ」
ケンジがクローゼットをゴソゴソし始めた。
男の一人暮らしのクローゼットなんて、どうせユニクロのパーカーか、高校時代のジャージくらいしかないだろう。
期待せずに待っていると、ケンジが何かを取り出した。
「これ着れば?」
差し出されたのは、モコモコの部屋着だった。
薄いピンク色。
パーカーとショートパンツのセットアップ。
フードにはウサギの耳がついている。
ジェラピケ……もどき?
いや、しまむらとかで売ってる安いやつかもしれない。
でも、問題はそこじゃない。
「……これ、誰の?」
聞いた。
聞かずにはいられなかった。
明らかにケンジの趣味じゃない。
サイズもレディースだ。
しかも、なんか使い込まれた感じがする。
毛玉ができてるし、少しヨレてる。
「あー……姉ちゃんの」
「ふーん」
嘘だ。
姉ちゃんがピンクのモコモコ着て弟の家に置いていくかよ。
しかもウサ耳付きだぞ。
どんな姉ちゃんだよ。
元カノの置き土産だろ。
100億%そうだろ。
しかも、鼻を近づけると柔軟剤の匂いがする。
ケンジからはしない、甘いフローラルの匂い。
私とも違う匂い。
「ラボン」か「ランドリン」か。
とにかく、女の匂いだ。
「……着るわ」
拒否する気力もなかった。
寒いのが勝った。
プライドよりも体温維持の方が大事だ。
人間、生存本能には逆らえない。
袖を通す。
ぴったりだ。
サイズ感まで同じかよ。
鏡を見なくても分かる。
私は今、元カノの抜け殻を着て、元カノが好きだった男と、元カノが座ってたコタツに入ってる。
何これ。
キメラ?
フランケンシュタインの怪物?
継ぎ接ぎだらけのクリスマスの最終形態がこれかよ。
「似合うじゃん」
ケンジがニカっと笑う。
デリカシーの欠片もない。
元カノの服を着た今カノ(仮)を見て「似合う」って言う神経が分からない。
サイコパスか?
それとも単なるバカか?
「……あったかい」
悔しいけど、温かい。
モコモコの素材が肌に触れて、冷え切った体を包み込んでくれる。
元カノの残留思念に守られてる。
プライドとか、もうどうでもいい。
この温もりに勝るものはない。
テレビではカウントダウンが始まる。
『3、2、1……おめでとう!!』
「あけおめー」
「おめー」
乾杯。
中身は、昨日残した発泡酒。
炭酸が完全に抜けてて、ただの苦い黄色い水になっている。
マズい。
最高にマズい。
ケンジが、モコモコのフードをいじってくる。
ウサギの耳を引っ張って遊んでいる。
「いいなそれ。俺も欲しいわ、そういうの」
「……あげないよ」
「ケチ」
ケンジが肩に寄りかかってくる。
重い。
でも、温かい。
フローラルの匂いと、ケンジの加齢臭予備軍と、昨日のキムチの残り香が混ざる。
カオスな匂い。
複雑すぎて鼻が曲がりそうだ。
これが私の202X年の始まりの匂いだ。
サヤカからのLINE通知が来る。
『ハワイ最高! 幸せすぎて死ぬ!』
ビーチで旦那さんとジャンプしてる写真。
青い海、白い砂浜、輝く太陽。
私は、元カノのパジャマを着て、隙間風の吹くボロアパートで、マズい発泡酒を飲んでる。
圧倒的敗北。
完全敗北。
でも。
「……ミチル」
「何」
「今年もよろしくな」
「……うん、よろしく」
ケンジの手が、私の手を握る。
カサカサしてるけど、大きい手。
温かい。
この温かさだけは、本物だ。
元カノも、この温かさにすがってたのかな。
「お下がり」の愛でも、ないよりはマシだ。
凍え死ぬよりはずっといい。
一人で冷たいベッドで震えるよりは、数倍マシだ。
私は握り返した。
強く。
この「妥協」という名の命綱を、絶対に離さないように。
私の23歳の冬は、元カノのパジャマの中で、ぬる~く幕を開けた。
クソみたいな一年になりそうだ。
でも、一人じゃないだけ、まだマシなのかもしれない。
「……初詣、明日行く?」
私が聞くと、ケンジは「混んでるから明後日でいいんじゃね?」と答えた。
やっぱりな。
私たちは似た者同士だ。
底辺で、ぬるま湯に浸かって、傷を舐め合って生きていくんだ。
そう覚悟を決めた瞬間、テレビから流れる「蛍の光」が、妙に心に染みた。
(おわり)
大晦日。
結局、ケンジの部屋で年越しすることになった。
初詣行こうって言ってたけど、外寒いし、人多いし、面倒くさくなった。
典型的な出不精カップル(未満)。
いや、正確には「金がないから出かけられない」だけだ。
初詣に行けば、お賽銭だの、おみくじだの、屋台のたこ焼きだので金が飛ぶ。
家にいればタダだ。
テレビで紅白歌合戦を見て、除夜の鐘を聞く。
それが一番エコで、一番賢い選択だと自分に言い聞かせている。
「……寒い」
暖房の設定温度を上げたのに、部屋が暖まらない。
隙間風がすごい。
窓枠のサッシが歪んでるんじゃないかと思うくらい、冷気が入り込んでくる。
私の服装は、ニットワンピ一枚にタイツ。
オシャレより防寒を優先すべきだったけど、一応デートだしと思って気を使ったのが裏目に出た。
「なんか着るもんない? 寒すぎて死ぬ」
「あー、あるよ。待ってろ」
ケンジがクローゼットをゴソゴソし始めた。
男の一人暮らしのクローゼットなんて、どうせユニクロのパーカーか、高校時代のジャージくらいしかないだろう。
期待せずに待っていると、ケンジが何かを取り出した。
「これ着れば?」
差し出されたのは、モコモコの部屋着だった。
薄いピンク色。
パーカーとショートパンツのセットアップ。
フードにはウサギの耳がついている。
ジェラピケ……もどき?
いや、しまむらとかで売ってる安いやつかもしれない。
でも、問題はそこじゃない。
「……これ、誰の?」
聞いた。
聞かずにはいられなかった。
明らかにケンジの趣味じゃない。
サイズもレディースだ。
しかも、なんか使い込まれた感じがする。
毛玉ができてるし、少しヨレてる。
「あー……姉ちゃんの」
「ふーん」
嘘だ。
姉ちゃんがピンクのモコモコ着て弟の家に置いていくかよ。
しかもウサ耳付きだぞ。
どんな姉ちゃんだよ。
元カノの置き土産だろ。
100億%そうだろ。
しかも、鼻を近づけると柔軟剤の匂いがする。
ケンジからはしない、甘いフローラルの匂い。
私とも違う匂い。
「ラボン」か「ランドリン」か。
とにかく、女の匂いだ。
「……着るわ」
拒否する気力もなかった。
寒いのが勝った。
プライドよりも体温維持の方が大事だ。
人間、生存本能には逆らえない。
袖を通す。
ぴったりだ。
サイズ感まで同じかよ。
鏡を見なくても分かる。
私は今、元カノの抜け殻を着て、元カノが好きだった男と、元カノが座ってたコタツに入ってる。
何これ。
キメラ?
フランケンシュタインの怪物?
継ぎ接ぎだらけのクリスマスの最終形態がこれかよ。
「似合うじゃん」
ケンジがニカっと笑う。
デリカシーの欠片もない。
元カノの服を着た今カノ(仮)を見て「似合う」って言う神経が分からない。
サイコパスか?
それとも単なるバカか?
「……あったかい」
悔しいけど、温かい。
モコモコの素材が肌に触れて、冷え切った体を包み込んでくれる。
元カノの残留思念に守られてる。
プライドとか、もうどうでもいい。
この温もりに勝るものはない。
テレビではカウントダウンが始まる。
『3、2、1……おめでとう!!』
「あけおめー」
「おめー」
乾杯。
中身は、昨日残した発泡酒。
炭酸が完全に抜けてて、ただの苦い黄色い水になっている。
マズい。
最高にマズい。
ケンジが、モコモコのフードをいじってくる。
ウサギの耳を引っ張って遊んでいる。
「いいなそれ。俺も欲しいわ、そういうの」
「……あげないよ」
「ケチ」
ケンジが肩に寄りかかってくる。
重い。
でも、温かい。
フローラルの匂いと、ケンジの加齢臭予備軍と、昨日のキムチの残り香が混ざる。
カオスな匂い。
複雑すぎて鼻が曲がりそうだ。
これが私の202X年の始まりの匂いだ。
サヤカからのLINE通知が来る。
『ハワイ最高! 幸せすぎて死ぬ!』
ビーチで旦那さんとジャンプしてる写真。
青い海、白い砂浜、輝く太陽。
私は、元カノのパジャマを着て、隙間風の吹くボロアパートで、マズい発泡酒を飲んでる。
圧倒的敗北。
完全敗北。
でも。
「……ミチル」
「何」
「今年もよろしくな」
「……うん、よろしく」
ケンジの手が、私の手を握る。
カサカサしてるけど、大きい手。
温かい。
この温かさだけは、本物だ。
元カノも、この温かさにすがってたのかな。
「お下がり」の愛でも、ないよりはマシだ。
凍え死ぬよりはずっといい。
一人で冷たいベッドで震えるよりは、数倍マシだ。
私は握り返した。
強く。
この「妥協」という名の命綱を、絶対に離さないように。
私の23歳の冬は、元カノのパジャマの中で、ぬる~く幕を開けた。
クソみたいな一年になりそうだ。
でも、一人じゃないだけ、まだマシなのかもしれない。
「……初詣、明日行く?」
私が聞くと、ケンジは「混んでるから明後日でいいんじゃね?」と答えた。
やっぱりな。
私たちは似た者同士だ。
底辺で、ぬるま湯に浸かって、傷を舐め合って生きていくんだ。
そう覚悟を決めた瞬間、テレビから流れる「蛍の光」が、妙に心に染みた。
(おわり)
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