【短編】23歳のクソクリスマス

月下花音

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第5話:大晦日

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 12月31日。
 大晦日。
 結局、ケンジの部屋で年越しすることになった。
 初詣行こうって言ってたけど、外寒いし、人多いし、面倒くさくなった。
 典型的な出不精カップル(未満)。
 いや、正確には「金がないから出かけられない」だけだ。
 初詣に行けば、お賽銭だの、おみくじだの、屋台のたこ焼きだので金が飛ぶ。
 家にいればタダだ。
 テレビで紅白歌合戦を見て、除夜の鐘を聞く。
 それが一番エコで、一番賢い選択だと自分に言い聞かせている。

「……寒い」
 暖房の設定温度を上げたのに、部屋が暖まらない。
 隙間風がすごい。
 窓枠のサッシが歪んでるんじゃないかと思うくらい、冷気が入り込んでくる。
 私の服装は、ニットワンピ一枚にタイツ。
 オシャレより防寒を優先すべきだったけど、一応デートだしと思って気を使ったのが裏目に出た。
「なんか着るもんない? 寒すぎて死ぬ」
「あー、あるよ。待ってろ」

 ケンジがクローゼットをゴソゴソし始めた。
 男の一人暮らしのクローゼットなんて、どうせユニクロのパーカーか、高校時代のジャージくらいしかないだろう。
 期待せずに待っていると、ケンジが何かを取り出した。
「これ着れば?」
 差し出されたのは、モコモコの部屋着だった。
 薄いピンク色。
 パーカーとショートパンツのセットアップ。
 フードにはウサギの耳がついている。
 ジェラピケ……もどき?
 いや、しまむらとかで売ってる安いやつかもしれない。
 でも、問題はそこじゃない。

「……これ、誰の?」
 聞いた。
 聞かずにはいられなかった。
 明らかにケンジの趣味じゃない。
 サイズもレディースだ。
 しかも、なんか使い込まれた感じがする。
 毛玉ができてるし、少しヨレてる。
「あー……姉ちゃんの」
「ふーん」

 嘘だ。
 姉ちゃんがピンクのモコモコ着て弟の家に置いていくかよ。
 しかもウサ耳付きだぞ。
 どんな姉ちゃんだよ。
 元カノの置き土産だろ。
 100億%そうだろ。
 しかも、鼻を近づけると柔軟剤の匂いがする。
 ケンジからはしない、甘いフローラルの匂い。
 私とも違う匂い。
「ラボン」か「ランドリン」か。
 とにかく、女の匂いだ。

「……着るわ」
 拒否する気力もなかった。
 寒いのが勝った。
 プライドよりも体温維持の方が大事だ。
 人間、生存本能には逆らえない。
 袖を通す。
 ぴったりだ。
 サイズ感まで同じかよ。
 鏡を見なくても分かる。
 私は今、元カノの抜け殻を着て、元カノが好きだった男と、元カノが座ってたコタツに入ってる。
 何これ。
 キメラ?
 フランケンシュタインの怪物?
 継ぎ接ぎだらけのクリスマスの最終形態がこれかよ。

「似合うじゃん」
 ケンジがニカっと笑う。
 デリカシーの欠片もない。
 元カノの服を着た今カノ(仮)を見て「似合う」って言う神経が分からない。
 サイコパスか?
 それとも単なるバカか?
「……あったかい」
 悔しいけど、温かい。
 モコモコの素材が肌に触れて、冷え切った体を包み込んでくれる。
 元カノの残留思念に守られてる。
 プライドとか、もうどうでもいい。
 この温もりに勝るものはない。

 テレビではカウントダウンが始まる。
『3、2、1……おめでとう!!』
「あけおめー」
「おめー」
 乾杯。
 中身は、昨日残した発泡酒。
 炭酸が完全に抜けてて、ただの苦い黄色い水になっている。
 マズい。
 最高にマズい。

 ケンジが、モコモコのフードをいじってくる。
 ウサギの耳を引っ張って遊んでいる。
「いいなそれ。俺も欲しいわ、そういうの」
「……あげないよ」
「ケチ」

 ケンジが肩に寄りかかってくる。
 重い。
 でも、温かい。
 フローラルの匂いと、ケンジの加齢臭予備軍と、昨日のキムチの残り香が混ざる。
 カオスな匂い。
 複雑すぎて鼻が曲がりそうだ。
 これが私の202X年の始まりの匂いだ。

 サヤカからのLINE通知が来る。
『ハワイ最高! 幸せすぎて死ぬ!』
 ビーチで旦那さんとジャンプしてる写真。
 青い海、白い砂浜、輝く太陽。
 私は、元カノのパジャマを着て、隙間風の吹くボロアパートで、マズい発泡酒を飲んでる。
 圧倒的敗北。
 完全敗北。
 でも。

「……ミチル」
「何」
「今年もよろしくな」
「……うん、よろしく」

 ケンジの手が、私の手を握る。
 カサカサしてるけど、大きい手。
 温かい。
 この温かさだけは、本物だ。
 元カノも、この温かさにすがってたのかな。
「お下がり」の愛でも、ないよりはマシだ。
 凍え死ぬよりはずっといい。
 一人で冷たいベッドで震えるよりは、数倍マシだ。

 私は握り返した。
 強く。
 この「妥協」という名の命綱を、絶対に離さないように。
 私の23歳の冬は、元カノのパジャマの中で、ぬる~く幕を開けた。
 クソみたいな一年になりそうだ。
 でも、一人じゃないだけ、まだマシなのかもしれない。
「……初詣、明日行く?」
 私が聞くと、ケンジは「混んでるから明後日でいいんじゃね?」と答えた。
 やっぱりな。
 私たちは似た者同士だ。
 底辺で、ぬるま湯に浸かって、傷を舐め合って生きていくんだ。
 そう覚悟を決めた瞬間、テレビから流れる「蛍の光」が、妙に心に染みた。

(おわり)
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