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5・白虎への隷属 *
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あの仄暗い求愛の宣言から数週間が過ぎた。
祖母が慌ただしく部屋を出入りした後、やつれた顔で戻ってきた。
その表情には、困惑と、ほんのわずかな安堵が入り混じっている。
「……諸事情により、この縁談は難しい、との申し出があった」
「相手方の息子が、突然病に伏せたとか……。詳しいことは分かりませんが、婚姻どころではなくなったようです」
一時は、この家の庶子の私と釣り合いの取れるちょうどよい縁談が消えた事実に、祖母はただ困惑するばかりだった。
しかし、環だけは違った。
彼女の心の中には、一つの絶対的な確信が、深く、揺るぎないものとなって降り積もっていた。
(悠人様が……やったのだ)
あの夜の宣言が、現実を動かした。
その事実は、環の背筋を言いようのない戦慄と共に駆け上がった。
彼は本当に、自分のために人の運命さえも捻じ曲げたのだ。
だが、恐怖と同時に彼女の胸を満たしたのは、猛烈な熱と、歪んだ愛欲だった。
(彼にとって、私は他の全てを犠牲にしてでも欲しいと思う価値がある。この恐ろしい人は、私だけのものだ)
その瞬間から、環の世界は色を変えた。彼に会わなければ。
婚約が決まってから、祖母や周りの監視も厳しくなり、会えていない。
しかしこの恐ろしくも甘美な現実を、彼の口から直接確かめなければ、そしてこの焦がれるような想いを受け止めてほしい。
そう思いながら震える手で身支度を整える。それは恐怖ではなく、罪人の抱く仄暗い期待に満ちた震えだった。
そして部屋を出ようと、障子に手をかけた、その時だった。
「会いたかったよ、環」
背後から囁かれた声に、環は息を呑んだ。振り向くと、そこに悠人が立っていた。
鍵をかけていたはずの自室に、彼はまるで影のように、音もなく侵入していた。
一歩、また一歩と近づく彼の瞳から、いつもの穏やかな光は消え、全てを掌握した支配者の冷たさを帯びていた。
「どうして……ここに……」
「君を、僕のところへ迎えるためだ。もう、湿った庭でこそこそと逢う必要はないだろう?」
悠人は環を部屋の奥へと追い詰めると、彼女の頬に触れ、その表情に浮かぶ動揺を愛おしげに眺めた。
「あの縁談は、僕が無かったことにした」
やはり、そうだったのか。環が戦慄するのを愉しむように、彼は続けた。
「あの男の一族は、僕の陽だまりを、奪おうとした。だから、教えてあげたんだ。僕のものに手を出す代償というのをね」
悠人はそう言いながら、環の着物の襟元にスっと指を滑らせる。
「君の婚約者の息子は、数億規模の公金横領に手を染めていたんだ。呆れるほど杜撰な隠蔽工作だったよ」
まるで天候の話でもするかのように淡々と語られる事実に、環は思考が麻痺するのを感じた。
「僕はその証拠を突きつけ、こう取引した。『君さえ渡せば、この件は永久に闇に葬る』と。彼らが選んだのは、罪に問われることではなく、君という『婚約者』を手放すことだった。滑稽だろう?」
悠人は、環の鎖骨に、氷のように冷たい唇を押し当てた。
「……なぜ、そこまで……私の為にしてくれるんですか?」
環の声は、掠れていた。
悠人は顔を上げ、彼の瞳は狂おしいほどの熱を帯びた。環の頬を優しく包み込みながら、彼は甘く、病的な真実を告げる。
「なぜって? 君が、僕に助けを求めたからじゃないか」
彼は、環の額に、優しく口づけを落とした。それは、幼い日に二人が交わした、初恋の誓いの場所。
「君の瞳が、その震える声が、僕に『助けて』と訴えていた。僕が求めるのは、君を僕の隣に置くこと。それ以外の全てに、意味はないんだ」
彼の指先が、ひどく熱く、環の冷え切った心をゆっくりと溶かしていく。
「君を縛るくだらない義理も、君を慰める偽りの安全も、全て僕が壊してあげる。君の逃げ場は、もう僕の腕の中だけでいい。これが、僕の愛だよ。 君が心の奥底で本当に求めていたのは、安らぎなんかじゃない。僕だけが与えられる、この熱だろう?」
理性の最後の壁が、音を立てて崩れ落ちた。
(彼は、私のために……倫理も法も、全てを捨てることができるんだ)
その事実が、環に言いようのない高揚と、背徳的な安堵感をもたらした。彼の狂気的な愛こそが、環が求めていた愛であるのかもしれない。
その時、抵抗の糸がぷつりと切れ、彼女は悠人の腕の中で、身を委ねるように力を抜いた。
「……悠人さま」
環が初めて、支配的な愛を求める声を出した。
「もう……私を、どこにもやらないでください。あなたのそばに、私を置いてください……」
それは、完全な隷属を誓う言葉だった。
悠人の顔に、勝利と至上の喜びが浮かぶ。
彼は、環の身体を抱き上げると、座敷の奥に敷かれた夜具にそっと環を降ろした。
その動作には粗暴さは一切なく、まるで世界で最も壊れやすい宝物を扱うような、病的なまでの優しさだった。
「これで、君は誰にも渡らない」
悠人は環の顔を覗き込み、囁いた。
「安心して。君の純潔は、結婚するまでは奪わない。だけど、その身体には、僕のものだとわかる証を刻ませてもらうよ」
彼はそう言い切ると、環の着物の帯を、静かに、そして容赦なく解き始めた。結び目が緩み、合わせ目から覗く肌は雪のように白い。
悠人は、まるで熟れ落ちる寸前の果実を味わうかのように、環の白い肌にチュッと唇を寄せた。
「ん……ふぅ……っ、あっ…」
と環の唇から堪えきれない甘い吐息が漏れる。
ペロッと彼は舌を転がし首筋、そして胸元へと這いながら時折肌を吸い赤い所有の印を付けていく。
ちゅっ…ちゅぱっ …じゅくと静かな部屋に響き渡る。
そしてその一点、一点から甘く熱い毒が全身に広がっていくようだった。
「僕の愛で、君を覆い尽くしてあげる。もう、僕なしでは息もできない身体にして……」
彼の唇がじゅくと音を立てて肌を吸うたび、そこには熟れた果実のような濃い色の痕がじわりと浮かび上がる。
思考はどろどろに溶けて形をなさず、ただ与えられる支配に、身体の奥がきゅんと疼いた。
ああ、これが救いなのだ。
彼の狂気という名の甘い毒に骨の髄まで侵され、自我さえも失ってしまうことこそが。
環は独占欲の証に歓喜し、恍惚の涙に濡れながら、その支配の沼に沈んでいった。
祖母が慌ただしく部屋を出入りした後、やつれた顔で戻ってきた。
その表情には、困惑と、ほんのわずかな安堵が入り混じっている。
「……諸事情により、この縁談は難しい、との申し出があった」
「相手方の息子が、突然病に伏せたとか……。詳しいことは分かりませんが、婚姻どころではなくなったようです」
一時は、この家の庶子の私と釣り合いの取れるちょうどよい縁談が消えた事実に、祖母はただ困惑するばかりだった。
しかし、環だけは違った。
彼女の心の中には、一つの絶対的な確信が、深く、揺るぎないものとなって降り積もっていた。
(悠人様が……やったのだ)
あの夜の宣言が、現実を動かした。
その事実は、環の背筋を言いようのない戦慄と共に駆け上がった。
彼は本当に、自分のために人の運命さえも捻じ曲げたのだ。
だが、恐怖と同時に彼女の胸を満たしたのは、猛烈な熱と、歪んだ愛欲だった。
(彼にとって、私は他の全てを犠牲にしてでも欲しいと思う価値がある。この恐ろしい人は、私だけのものだ)
その瞬間から、環の世界は色を変えた。彼に会わなければ。
婚約が決まってから、祖母や周りの監視も厳しくなり、会えていない。
しかしこの恐ろしくも甘美な現実を、彼の口から直接確かめなければ、そしてこの焦がれるような想いを受け止めてほしい。
そう思いながら震える手で身支度を整える。それは恐怖ではなく、罪人の抱く仄暗い期待に満ちた震えだった。
そして部屋を出ようと、障子に手をかけた、その時だった。
「会いたかったよ、環」
背後から囁かれた声に、環は息を呑んだ。振り向くと、そこに悠人が立っていた。
鍵をかけていたはずの自室に、彼はまるで影のように、音もなく侵入していた。
一歩、また一歩と近づく彼の瞳から、いつもの穏やかな光は消え、全てを掌握した支配者の冷たさを帯びていた。
「どうして……ここに……」
「君を、僕のところへ迎えるためだ。もう、湿った庭でこそこそと逢う必要はないだろう?」
悠人は環を部屋の奥へと追い詰めると、彼女の頬に触れ、その表情に浮かぶ動揺を愛おしげに眺めた。
「あの縁談は、僕が無かったことにした」
やはり、そうだったのか。環が戦慄するのを愉しむように、彼は続けた。
「あの男の一族は、僕の陽だまりを、奪おうとした。だから、教えてあげたんだ。僕のものに手を出す代償というのをね」
悠人はそう言いながら、環の着物の襟元にスっと指を滑らせる。
「君の婚約者の息子は、数億規模の公金横領に手を染めていたんだ。呆れるほど杜撰な隠蔽工作だったよ」
まるで天候の話でもするかのように淡々と語られる事実に、環は思考が麻痺するのを感じた。
「僕はその証拠を突きつけ、こう取引した。『君さえ渡せば、この件は永久に闇に葬る』と。彼らが選んだのは、罪に問われることではなく、君という『婚約者』を手放すことだった。滑稽だろう?」
悠人は、環の鎖骨に、氷のように冷たい唇を押し当てた。
「……なぜ、そこまで……私の為にしてくれるんですか?」
環の声は、掠れていた。
悠人は顔を上げ、彼の瞳は狂おしいほどの熱を帯びた。環の頬を優しく包み込みながら、彼は甘く、病的な真実を告げる。
「なぜって? 君が、僕に助けを求めたからじゃないか」
彼は、環の額に、優しく口づけを落とした。それは、幼い日に二人が交わした、初恋の誓いの場所。
「君の瞳が、その震える声が、僕に『助けて』と訴えていた。僕が求めるのは、君を僕の隣に置くこと。それ以外の全てに、意味はないんだ」
彼の指先が、ひどく熱く、環の冷え切った心をゆっくりと溶かしていく。
「君を縛るくだらない義理も、君を慰める偽りの安全も、全て僕が壊してあげる。君の逃げ場は、もう僕の腕の中だけでいい。これが、僕の愛だよ。 君が心の奥底で本当に求めていたのは、安らぎなんかじゃない。僕だけが与えられる、この熱だろう?」
理性の最後の壁が、音を立てて崩れ落ちた。
(彼は、私のために……倫理も法も、全てを捨てることができるんだ)
その事実が、環に言いようのない高揚と、背徳的な安堵感をもたらした。彼の狂気的な愛こそが、環が求めていた愛であるのかもしれない。
その時、抵抗の糸がぷつりと切れ、彼女は悠人の腕の中で、身を委ねるように力を抜いた。
「……悠人さま」
環が初めて、支配的な愛を求める声を出した。
「もう……私を、どこにもやらないでください。あなたのそばに、私を置いてください……」
それは、完全な隷属を誓う言葉だった。
悠人の顔に、勝利と至上の喜びが浮かぶ。
彼は、環の身体を抱き上げると、座敷の奥に敷かれた夜具にそっと環を降ろした。
その動作には粗暴さは一切なく、まるで世界で最も壊れやすい宝物を扱うような、病的なまでの優しさだった。
「これで、君は誰にも渡らない」
悠人は環の顔を覗き込み、囁いた。
「安心して。君の純潔は、結婚するまでは奪わない。だけど、その身体には、僕のものだとわかる証を刻ませてもらうよ」
彼はそう言い切ると、環の着物の帯を、静かに、そして容赦なく解き始めた。結び目が緩み、合わせ目から覗く肌は雪のように白い。
悠人は、まるで熟れ落ちる寸前の果実を味わうかのように、環の白い肌にチュッと唇を寄せた。
「ん……ふぅ……っ、あっ…」
と環の唇から堪えきれない甘い吐息が漏れる。
ペロッと彼は舌を転がし首筋、そして胸元へと這いながら時折肌を吸い赤い所有の印を付けていく。
ちゅっ…ちゅぱっ …じゅくと静かな部屋に響き渡る。
そしてその一点、一点から甘く熱い毒が全身に広がっていくようだった。
「僕の愛で、君を覆い尽くしてあげる。もう、僕なしでは息もできない身体にして……」
彼の唇がじゅくと音を立てて肌を吸うたび、そこには熟れた果実のような濃い色の痕がじわりと浮かび上がる。
思考はどろどろに溶けて形をなさず、ただ与えられる支配に、身体の奥がきゅんと疼いた。
ああ、これが救いなのだ。
彼の狂気という名の甘い毒に骨の髄まで侵され、自我さえも失ってしまうことこそが。
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1話完結です。
遥希視点、追記しました。(2025.1.20)
ムーンライトノベルズにも掲載しています。
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