【完結】執愛の白虎は光を求め賜う~孤独な私を救ったのは、美しく歪んだ愛玩でした~

たるとタタン

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10・白虎との新婚生活

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結婚してから数日後、環は悠人の伯爵邸の離れへと移り住んだ。
部屋の豪華さよりも、そこに満ちる悠人の洗礼された美意識に、環は心を奪われた。

内装は環の好む色合いを基調としつつ、選び抜かれた調度品で満たされていた。

「環様、お世話をさせていただきます、侍女頭の月子(つきこ)と申します」

環の世話係として紹介された月子は、落ち着いた物腰で、感情の読めない目をしていた。

彼女の後ろには、環一人には多い、数名の侍女たちが控えている。

彼女たちも皆、月子に似て、隙がなく、若干の冷たさを感じさせた。
「結婚してからバタバタと忙しくお疲れだろう。さあ、こちらへ」
悠人が、部屋の片隅に置かれた大きな黒漆塗りのたんす(たんす)の扉を開いた。

そこには、淡い紅梅(こうばい)や藤色、若草色など、環が好んで身につけていた色合いを基調とした、上質で美しい着物の反物が整然と並んでいた。

「君の好みは、だいたいわかってるから、私が君のために選んだんだ」

悠人は、まるで自分の作品を披露するように、満足げに微笑んだ。
「まあ、素敵……。私が好きな色ばかりですわ」

環が素直な喜びの声を上げると、悠人はその肩を優しく抱き、穏やかに告げた。

「しかし、妻として、一つだけルールがある」

「ルール、ですか?」

「ああ。私が買ったもの以外は、決して身につけないでほしい」

悠人の指が、反物の一番上にある、柔らかな絹地を撫でた。

「君の身を包むものは、肌着の一枚に至るまで、すべて僕が用意したものでなければならない。だから、欲しいものがあれば、どんな些細なものでも私に声をかけてね」

環は、彼の言葉の意味を反芻した。

「……それは、他の誰かから贈られたものは、受け取らないように、ということですか?」

「まぁ難しい場合もあるかもしれないけど、できるだけね」

悠人の琥珀色の瞳が、環をまっすぐに射抜く。

「他者の情や思惑が絡んだものを、君の清らかな身体に触れさせたくない。君の美しさは、僕が選んだものの中でこそ、最も輝く」

彼は、環を安心させるように続けた。

「もちろん、この箪笥の中のものは、すべて君が自由に使っていい。全て、僕が君のためだけに用意したものだからだ」

環は、このルールが自分の好みを否定するものではなく、他の全ての人間から自分を「守る」ための、彼の独占欲なのだと悟った。

「はい。わたくしは、もうあなたのものですから。あなたに頂いたものだけで、わたくしを包んでくださるのが……一番、幸せです」

環が嬉しそうに頷き、新しい着物を選び始めると、それまで壁際に控えていた侍女たちが一斉に動き出した。

月子は環の側を離れず、他の侍女たちは部屋の隅で、環の小さな動作、反物を持つ指先の動き、その表情の微かな変化を、逐一チェックしている。

(この人たちは……悠人様の、「愛の目」だわ)

環は瞬時に理解した。

けれど、不思議と恐怖はなかった。

この厳重な監視こそが、悠人がどれほど自分を大切に想っているかの証だと感じ、環は言いようのない満足感に満たされた。

しかし環にも不満はあった。

伯爵邸での環の生活は、誰もが羨むような自由と豪華さに満ちていた。

しかし、同時に環は、何をすべきかという目的を完全に失っていた。

部屋には本が溢れ、庭は美しく、環は「自由に過ごしていい」と言われた。

だが、かつて彼女を動かしていたのは、「家の役に立つ」という義務感や、「祖母を喜ばせる」というささやかな目標だった。

すべてから解放された今、環は何をしていいのか分からなかった。

「月子」

「はい、奥様」

「今日の午後、何か予定はありますか? お手伝いできることがあれば……」

環が尋ねると、月子は静かに頭を下げた。

「環様。悠人様からは『環様の望む通りに過ごしていただくように』との命を受けております。環様にお願いするような雑事も、スケジュールも、一切ございません」

「……そう」

環は、やがて何をすることもなく、鏡台の前に座り込んだ。

(何を、すればいいのかしら……)

刺繍をしようにも、誰に見せるわけでもない。読書もある程度すれば飽きてしまう。

環を外界とつなぐ唯一の窓であった祖母との面会も、「新しい生活に慣れるまで、落ち着くまで控えるように」と悠人から優しく勧められ、自分から遠慮していた。

環は、絶対的な自由であるはずなのに、自分が一人ぼっちの豪華な箱庭に閉じ込められていることを実感し始めた。

この完璧な孤独と静寂は、環の心をゆっくりと冷やしていく。

(私には、悠人様以外に、もう何も残っていない……)

その時、環の心は、この静寂を破る唯一の刺激、唯一の光である悠人を、激しく求め始めた。

彼女に与えられた「自由な時間」は、結果として彼女を悠人への絶対的な依存へと追い込む、巧妙な罠だった。

夕食の時間は、環にとって最も親密で、そして最も支配的な儀式となった。

夜ごと、悠人が侍女を下がらせ、自ら盆を携えて部屋にやってくるのだ。

並べられた食事は、環の好む旬の食材を用いた、見た目にも美しい豪華なものだった。

「さあ、環。僕と一緒にいただこう」

悠人は環を膝に乗せて座り、おもむろに自分の箸で、丁寧に炊かれた煮物をつまんだ。

そして、それを環の口元へと、そっと差し出した。

「ゆ、悠人様……!?」

環は一瞬、身体が硬直した。

「私が、自分で……」

「いけない」
悠人は、子供に言い聞かせるように、静かに制した。

「私の妻の生命の糧は、僕ができる限り、直接管理したい。」

「で、ですが……」

「君の食事を僕が管理してると思うと興奮するんだ。勿論食べたいものはいくらでも用意するから僕に言ってね。でもこれは、君への求愛なんだよ」

悠人の瞳は、真剣だった。

「安心して僕に身を委ねればいい。次は何が食べたい?」

悠人は、戸惑う環の唇を、箸先で優しく開かせ、料理を口の中に入れた。

環の全身の血が熱くなり、頬が赤く染まった。

給餌(きゅうじ)という行為は、環を無力な、飼いならされた存在として扱う、究極の支配だ。

しかし、彼女の心は。

(私の命まで、この人に握られている……)

その事実に、これ以上ない究極の安心と、彼に全てを委ねる愛を感じ、背徳的な悦びへと昇華させた。

「どう? 美味しい?」

悠人が、次の料理を差し出しながら尋ねた。

「……はい。とても」

環は、うっとりと目を細めて、それを受け入れた。

「あなたが選んでくださったものなら、なんでも美味しい気がします。だって、私の嫌いなものを、あなたは決して選ばないでしょうし」

環は、自分が彼の世界に完全に閉じ込められていることを自覚した。

そして、自分がその鳥籠の中にいることに、至上の幸福を感じていることも、確かに確信した。
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