【完結】溺愛ヤンデレαと孤独のΩの逃れられない番契約

たるとタタン

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「……はぁっ」

冷たいフローリングに膝をつき、浅い呼吸を繰り返す。

心臓が嫌な音を立てて脈打ち、指先からじわじわと体温が奪われていく感覚。

カレンダーの赤い丸印が、じっと私を睨んでいる。

あと三日。

三日後には、私が最も忌み嫌う『運命』がやってくる。

こつん、とテーブルの角に置かれたピルケースに指が触れた。

安っぽいプラスチックの容器。

これが、私、宮下柚羽(みやした ゆう)の命綱であり、同時に私を縛り付ける重い鎖だった。

『Ω(オメガ)抑制剤』

震える手で一錠取り出し、水もなしに喉の奥へと押し込む。

苦いコーティングが舌の上で溶け、体の中に鉛のような重さが広がっていく。

これでいい。

これで私は、ただの『β(ベータ)』になれる。

誰にも蔑まれず、誰にも利用されず、静かに息を潜めて生きていける。

……大丈夫。

今日も、私は『普通』だから。

誰に言うでもなく呟き、壁に立てかけてある姿見を睨んだ。

そこに映るのは、青白い顔で、頼りなげに揺れる瞳を持つ、ごく平凡な女。

この社会の九割を占める『ベータ』に擬態した、出来損ないのΩ。

生まれつきの性、『第二性』が人生の全てを決めつけるこの世界で、Ωは最底辺の存在だ。

数ヶ月に一度訪れる『ヒート(発情期)』は理性を奪い、甘いフェロモンを撒き散らしてα(アルファ)を狂わせる。

それは祝福などではない。

ただの呪いだ。

私から人間の尊厳を奪い、生殖のための道具へと変えてしまう、おぞましい呪い。

だから私は、この香りを殺し続ける。

誰にも気づかれないように。

親にさえ捨てられたこの体を、私自身が支配しなくてはならない。

……っ!

立ち上がろうとした瞬間、ぐらりと視界が揺れた。

壁に手をついてなんとか倒れるのを堪える。

最近、薬の効き目が悪くなっている気がした。

体が慣れてしまったのか、それとも私のΩとしての本能が、この偽りの平穏を壊そうとしているのか。

(もっと強い薬が必要なのに……でも、そんなお金、どこにも……)

不安が黒い霧のように胸に広がる。

途端に、スマートフォンの通知音が鳴った。

びくりと肩が跳ねる。

画面に表示されたのは、数少ない友人からのメッセージだった。

『柚羽、今日バイトでしょ?無理しないでね』

その短い文章に、少しだけ心が温かくなる。

でも、すぐに罪悪感が胸を刺した。

彼女は、私がΩだなんて知らない。

もし知られたら?
軽蔑されるかもしれない。気味悪がられて、もう連絡もくれなくなるかもしれない。

『ありがとう。大丈夫だよ』

指先が震え、たったそれだけの返信を打つのに数秒かかった。

大丈夫なわけがない。大丈夫なフリをしているだけ。

この孤独も、恐怖も、誰にも言えない。

言えるはずがないのだ。

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