11 / 15
10話 溶ける涙
しおりを挟む
長い、長い嵐が過ぎ去った。
私が次に目を覚ました時、部屋は嘘のように静まり返っていた。
体の内側で燃え盛っていた熱はすっかり消え去り、代わりに心地よい倦怠感が全身を包んでいる。
隣には、蒼真さんがいた。彼は眠っている私を腕に抱き、静かな寝息を立てていた。
その穏やかな寝顔は、三日三晩私を貪り尽くした獣の姿とは似ても似つかない。
そっと、自分の首筋に触れる。
そこには、彼の牙が立てた印が、紛れもない所有の証として刻まれていた。
じんわりと熱を持ち、彼の存在を主張している。もう、私はこの印から逃れることはできない。私は、一条蒼真というαの『番』になったのだ。
その事実に、不思議と絶望はなかった。
むしろ、荒れ狂う海から港にたどり着いたような、奇妙な安堵感があった。
もう、ヒートの恐怖に怯えなくていい。誰かに襲われる心配もない。この腕の中だけが、私の安全な場所。
「……目が覚めたか」
いつから起きていたのか、蒼真さんが低い声で囁いた。
彼の瞳は、熱が引いた今もなお、私を欲する色を宿している。
「……はい」
「体は、どうだ。痛むか?」
「……大丈夫、です」
大丈夫なわけがない。体はあちこちが軋むように痛み、彼の独占欲の痕が肌の至る所に残っている。
でも、それすらも、私が彼のものであるという証のように感じられた。
彼は私の額に優しくキスを落とすと、私の体を抱き起こした。
そして、私の瞳をまっすぐに見つめる。
「柚羽。もう一度言う。お前は、俺のものだ」
「…………」
「誰にも渡さない。死んでも、ずっと俺のものだ。絶対に離さない」
その言葉は、呪いのはずなのに。私の心を縛る、重い鎖のはずなのに。
なぜだろう。その言葉を聞いて、私の心の奥底から、何かが込み上げてきた。
「……っ」
ぽろり、と。
一筋の涙が、私の頬を伝った。それを皮切りに、涙は堰を切ったように溢れ出してくる。
「どうした?どこか痛むのか?」
蒼真さんが心配そうに私の顔を覗き込む。私は、首を横に振った。違う。痛いんじゃない。悲しいのでもない。
「……わから、ない……」
そう、自分でもこの涙の理由が分からないのだ。
監禁され、自由を奪われ、無理やり番にされた。
泣きたい理由は、いくらでもあるはずなのに。
でも、今流れているこの涙は、そういう種類のものではなかった。
ずっと一人だった。
誰にも必要とされず、血のつながった家族にすら忌み嫌われ、息を殺して生きてきた。
そんな私を、この人は「お前が必要だ」と言ってくれた。
「お前なしでは生きていけない」とまで。
たとえそれが歪んだ独占欲からくるものであっても、生まれて初めて、誰かに心の底から求められた。
その事実が、私の心の固い殻を、ゆっくりと溶かしていく。
私が次に目を覚ました時、部屋は嘘のように静まり返っていた。
体の内側で燃え盛っていた熱はすっかり消え去り、代わりに心地よい倦怠感が全身を包んでいる。
隣には、蒼真さんがいた。彼は眠っている私を腕に抱き、静かな寝息を立てていた。
その穏やかな寝顔は、三日三晩私を貪り尽くした獣の姿とは似ても似つかない。
そっと、自分の首筋に触れる。
そこには、彼の牙が立てた印が、紛れもない所有の証として刻まれていた。
じんわりと熱を持ち、彼の存在を主張している。もう、私はこの印から逃れることはできない。私は、一条蒼真というαの『番』になったのだ。
その事実に、不思議と絶望はなかった。
むしろ、荒れ狂う海から港にたどり着いたような、奇妙な安堵感があった。
もう、ヒートの恐怖に怯えなくていい。誰かに襲われる心配もない。この腕の中だけが、私の安全な場所。
「……目が覚めたか」
いつから起きていたのか、蒼真さんが低い声で囁いた。
彼の瞳は、熱が引いた今もなお、私を欲する色を宿している。
「……はい」
「体は、どうだ。痛むか?」
「……大丈夫、です」
大丈夫なわけがない。体はあちこちが軋むように痛み、彼の独占欲の痕が肌の至る所に残っている。
でも、それすらも、私が彼のものであるという証のように感じられた。
彼は私の額に優しくキスを落とすと、私の体を抱き起こした。
そして、私の瞳をまっすぐに見つめる。
「柚羽。もう一度言う。お前は、俺のものだ」
「…………」
「誰にも渡さない。死んでも、ずっと俺のものだ。絶対に離さない」
その言葉は、呪いのはずなのに。私の心を縛る、重い鎖のはずなのに。
なぜだろう。その言葉を聞いて、私の心の奥底から、何かが込み上げてきた。
「……っ」
ぽろり、と。
一筋の涙が、私の頬を伝った。それを皮切りに、涙は堰を切ったように溢れ出してくる。
「どうした?どこか痛むのか?」
蒼真さんが心配そうに私の顔を覗き込む。私は、首を横に振った。違う。痛いんじゃない。悲しいのでもない。
「……わから、ない……」
そう、自分でもこの涙の理由が分からないのだ。
監禁され、自由を奪われ、無理やり番にされた。
泣きたい理由は、いくらでもあるはずなのに。
でも、今流れているこの涙は、そういう種類のものではなかった。
ずっと一人だった。
誰にも必要とされず、血のつながった家族にすら忌み嫌われ、息を殺して生きてきた。
そんな私を、この人は「お前が必要だ」と言ってくれた。
「お前なしでは生きていけない」とまで。
たとえそれが歪んだ独占欲からくるものであっても、生まれて初めて、誰かに心の底から求められた。
その事実が、私の心の固い殻を、ゆっくりと溶かしていく。
12
あなたにおすすめの小説
憐れな妻は龍の夫から逃れられない
向水白音
恋愛
龍の夫ヤトと人間の妻アズサ。夫婦は新年の儀を行うべく、二人きりで山の中の館にいた。新婚夫婦が寝室で二人きり、何も起きないわけなく……。独占欲つよつよヤンデレ気味な夫が妻を愛でる作品です。そこに愛はあります。ムーンライトノベルズにも掲載しています。
旦那様の愛が重い
おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。
毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。
他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。
甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。
本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
男嫌いな王女と、帰ってきた筆頭魔術師様の『執着的指導』 ~魔道具は大人の玩具じゃありません~
花虎
恋愛
魔術大国カリューノスの現国王の末っ子である第一王女エレノアは、その見た目から妖精姫と呼ばれ、可愛がられていた。
だが、10歳の頃男の家庭教師に誘拐されかけたことをきっかけに大人の男嫌いとなってしまう。そんなエレノアの遊び相手として送り込まれた美少女がいた。……けれどその正体は、兄王子の親友だった。
エレノアは彼を気に入り、嫌がるのもかまわずいたずらまがいにちょっかいをかけていた。けれど、いつの間にか彼はエレノアの前から去り、エレノアも誘拐の恐ろしい記憶を封印すると共に少年を忘れていく。
そんなエレノアの前に、可愛がっていた男の子が八年越しに大人になって再び現れた。
「やっと、あなたに復讐できる」
歪んだ復讐心と執着で魔道具を使ってエレノアに快楽責めを仕掛けてくる美形の宮廷魔術師リアン。
彼の真意は一体どこにあるのか……わからないままエレノアは彼に惹かれていく。
過去の出来事で男嫌いとなり引きこもりになってしまった王女(18)×王女に執着するヤンデレ天才宮廷魔術師(21)のラブコメです。
※ムーンライトノベルにも掲載しております。
たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―
佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。
19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。
しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。
突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。
「焦らず、お前のペースで進もう」
そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。
けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。
学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。
外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。
「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」
余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。
理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。
「ゆっくり」なんて、ただの建前。
一度火がついた熱は、誰にも止められない。
兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる