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Deep Bond
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あれから時が経った。大分落ち着いてきた頃合で、もともと好きだった競馬を見るくらいの元気は戻ってきた。1ヶ月して、リエノヘリオスの悲劇を他所に、宮之浦記念が行われた調布競馬場では、圧倒的1番人気のロンドンブリッジが敗れて、超伏兵の13番人気、クライベイビーが大駆け大金星をあげた。クライベイビー……そう、北九州でヘリが負かした馬だ。ということは出走が叶ったことなら、ヘリにも勝つチャンスが十二分にあったということだ。悔やんでも悔やみきれない、拭いきれない感情を他所に、厩舎のテレビに向かって「おめでとう」、と呟いていた。
「はあ……」口をついた溜息には特に意味は無い。ただ、溜息が出てくる。ああ、ロンドンブリッジが勝っていたならば。ここまでなにか引っかかるものもなかった。なんだかまた気持ち悪くなってきた。寝ようか。今は業務がないので、自室へと引っ込みベットにうずくまる。こういう時には、寝るのが1番だと最近わかった。布団の冷たさを肌に感じながら目をつぶった。
ああ、もう一度ヘリに会いたいな。こんな願いを目を閉じる度にしてしまう。いい加減現実を認めなければならないと思うのだがどうもそれができない。もう一度あの日からやり直せれば。あの時、私がヘリの異常に気がついていれば。いま、こうやって担当馬もいなくて、塞ぎ込むこともなかったのにな。ああ、もう一度会いたい。再び思考するその直前に、私の脳が活動を休止した。だから「君の願いを叶えてやろう。」というこの声に気づくこともなかった。
「うららー!もう朝よ!起きなさい早く!今日から高校でしょう!」
「……んにゃ?ん?」
まだ寝ぼけた目を擦りながら部屋にかけてある時計に目をやる。
「7時……40分?!」
いや、まだ遅刻する時間じゃない。春の陽気に当てられていつもより遅く起きてしまったが、髪のセットとかを少し雑にやれば問題なく間に合う時間。中学校はすぐそこなんだ。4月にもかかわらずまだ出ているコタツに足を突っ込んだ。
「お母さん!ご飯~」
「はあ?!ご飯なんて食べてる暇ないでしょうが!早く朝の準備して、学校でパンでも買って食べなさい!」
「うちの中学校、学食なんてないよ?今さら何言ってんの」
「はあ?!あんたそれ本気で言ってんの?今日から高校生でしょう。とっとと着替えてとっとと行け!」
「……」
「……」
「はっ?!私は今日から高校生か!!!」
「完全に忘れていたー!しかもバス通学じゃん!トレセン抜けるのに時間かかるのに嘘でしょ……なんで起こしてくれなかったの?!なんでトレセンの中にバス停ないの?!」
「馬がいるんだからバスなんて入ってくるわけないでしょ!早く準備しろ!」
「も、なんでうちの家は厩舎住みなのよ~!他の人トレセン外の近所に住んでるじゃん!」
「お父さんが朝弱いんだから仕方ないでしょ!屁理屈言ってないで早くしろって、なんか言わせんの!」
「はいはい!」
母の怒号に本格的な焦りを感じ、洗面所で紙にくるくるドライヤーをかけて寝癖をなおし、顔を洗って歯を磨いて制服に着替える。くせっ毛じゃないのがこういう時にありがたい。ここまで約7分。ここ数年でレコードタイムだ。8時半の始業。バスで6駅先の確か徒歩5分だから、今から急いで7時58分発のバスに乗ればギリ間に合うはずだ!カバンの中身をなんとなく確認したが、今日は始業日で授業はないはずなのでほとんど教科書がなくとても軽かった。この斤量なら一杯で走れる!
「お母さん行ってきます!」
「気をつけなさ……」
返事を聞く暇もなくドアを開けて外に出る。この時間ならみな調教に出ているはずなので走っても問題はない。階段を降りると、深呼吸。さあ、バス停まで走るぞ!
「初日から遅刻ですか……」
「はい……すいません……」
「どうしたんですか?寝坊ですか?」
「馬に襲われました。」
「寝坊なんですね……」
「はい……」
いや、馬に襲われたというのもあながち嘘ではない……あれはそう、うん。不可抗力だよ。自分の影に驚いた馬が放馬したらしく、走り出した私の前を横切り、すぐに捕まえられた。その一部始終を眺めている間に走る気がそがれ、馬道ののどかな匂いを感じながらゆっくり登校してしまったという訳だ。
「次から気をつけてくださいね。もう自己紹介終わったので、名前だけ言って。席はあそこ。」
先生の指さすあたりには左隣に女の子、右隣に男の子がいる真ん中の列だった。
「あ。はい。加藤うららです。よろしくお願いします」
やたら静まる教室。もう少しアクションしてくれてもいいじゃないか。
「はいよろしくね。じゃあ席について」
担任と思しき女教師の指示に従って、先程の席に腰掛ける。隣席の人くらいには挨拶しようかな。まずは女の子から。
「あ。えっと、隣で、よろしくね。私加藤うらら」
「加藤うらら?」
その声が聞こえたのは反対の男の子の方だった。思わずふりかえって、「知り合いだった?」と聞いてみるが、「いや。すまん」と返ってくる。
「うららちゃん、って可愛い名前だね!うちは河内ゆきっていうんだ。よろしくね!」
「ゆきちゃん!よろしくね。」
再び反対へ向き直る。
「えっと君は……」
「入江太陽。よろしくお願いします。」
「入江くん!よろしくね。私、加藤うらら。」
「うん、知ってる。河内の聞いてたから」
「え?2人は知り合いな……」
「おいそこ、うるさい」
担任が演技ぶった口調で言ってみせる。始業日で皆緊張しているのか教室の空気はどこが重たい。
色んな人の怒号とともに、私のJK生活は始まったのだ!
「はあ……」口をついた溜息には特に意味は無い。ただ、溜息が出てくる。ああ、ロンドンブリッジが勝っていたならば。ここまでなにか引っかかるものもなかった。なんだかまた気持ち悪くなってきた。寝ようか。今は業務がないので、自室へと引っ込みベットにうずくまる。こういう時には、寝るのが1番だと最近わかった。布団の冷たさを肌に感じながら目をつぶった。
ああ、もう一度ヘリに会いたいな。こんな願いを目を閉じる度にしてしまう。いい加減現実を認めなければならないと思うのだがどうもそれができない。もう一度あの日からやり直せれば。あの時、私がヘリの異常に気がついていれば。いま、こうやって担当馬もいなくて、塞ぎ込むこともなかったのにな。ああ、もう一度会いたい。再び思考するその直前に、私の脳が活動を休止した。だから「君の願いを叶えてやろう。」というこの声に気づくこともなかった。
「うららー!もう朝よ!起きなさい早く!今日から高校でしょう!」
「……んにゃ?ん?」
まだ寝ぼけた目を擦りながら部屋にかけてある時計に目をやる。
「7時……40分?!」
いや、まだ遅刻する時間じゃない。春の陽気に当てられていつもより遅く起きてしまったが、髪のセットとかを少し雑にやれば問題なく間に合う時間。中学校はすぐそこなんだ。4月にもかかわらずまだ出ているコタツに足を突っ込んだ。
「お母さん!ご飯~」
「はあ?!ご飯なんて食べてる暇ないでしょうが!早く朝の準備して、学校でパンでも買って食べなさい!」
「うちの中学校、学食なんてないよ?今さら何言ってんの」
「はあ?!あんたそれ本気で言ってんの?今日から高校生でしょう。とっとと着替えてとっとと行け!」
「……」
「……」
「はっ?!私は今日から高校生か!!!」
「完全に忘れていたー!しかもバス通学じゃん!トレセン抜けるのに時間かかるのに嘘でしょ……なんで起こしてくれなかったの?!なんでトレセンの中にバス停ないの?!」
「馬がいるんだからバスなんて入ってくるわけないでしょ!早く準備しろ!」
「も、なんでうちの家は厩舎住みなのよ~!他の人トレセン外の近所に住んでるじゃん!」
「お父さんが朝弱いんだから仕方ないでしょ!屁理屈言ってないで早くしろって、なんか言わせんの!」
「はいはい!」
母の怒号に本格的な焦りを感じ、洗面所で紙にくるくるドライヤーをかけて寝癖をなおし、顔を洗って歯を磨いて制服に着替える。くせっ毛じゃないのがこういう時にありがたい。ここまで約7分。ここ数年でレコードタイムだ。8時半の始業。バスで6駅先の確か徒歩5分だから、今から急いで7時58分発のバスに乗ればギリ間に合うはずだ!カバンの中身をなんとなく確認したが、今日は始業日で授業はないはずなのでほとんど教科書がなくとても軽かった。この斤量なら一杯で走れる!
「お母さん行ってきます!」
「気をつけなさ……」
返事を聞く暇もなくドアを開けて外に出る。この時間ならみな調教に出ているはずなので走っても問題はない。階段を降りると、深呼吸。さあ、バス停まで走るぞ!
「初日から遅刻ですか……」
「はい……すいません……」
「どうしたんですか?寝坊ですか?」
「馬に襲われました。」
「寝坊なんですね……」
「はい……」
いや、馬に襲われたというのもあながち嘘ではない……あれはそう、うん。不可抗力だよ。自分の影に驚いた馬が放馬したらしく、走り出した私の前を横切り、すぐに捕まえられた。その一部始終を眺めている間に走る気がそがれ、馬道ののどかな匂いを感じながらゆっくり登校してしまったという訳だ。
「次から気をつけてくださいね。もう自己紹介終わったので、名前だけ言って。席はあそこ。」
先生の指さすあたりには左隣に女の子、右隣に男の子がいる真ん中の列だった。
「あ。はい。加藤うららです。よろしくお願いします」
やたら静まる教室。もう少しアクションしてくれてもいいじゃないか。
「はいよろしくね。じゃあ席について」
担任と思しき女教師の指示に従って、先程の席に腰掛ける。隣席の人くらいには挨拶しようかな。まずは女の子から。
「あ。えっと、隣で、よろしくね。私加藤うらら」
「加藤うらら?」
その声が聞こえたのは反対の男の子の方だった。思わずふりかえって、「知り合いだった?」と聞いてみるが、「いや。すまん」と返ってくる。
「うららちゃん、って可愛い名前だね!うちは河内ゆきっていうんだ。よろしくね!」
「ゆきちゃん!よろしくね。」
再び反対へ向き直る。
「えっと君は……」
「入江太陽。よろしくお願いします。」
「入江くん!よろしくね。私、加藤うらら。」
「うん、知ってる。河内の聞いてたから」
「え?2人は知り合いな……」
「おいそこ、うるさい」
担任が演技ぶった口調で言ってみせる。始業日で皆緊張しているのか教室の空気はどこが重たい。
色んな人の怒号とともに、私のJK生活は始まったのだ!
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