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二人の真実
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「僕は誰なんだろう」遠くに咲く楓の花の散るのを見て私はそう呟いた。
「君は君だよ、佐藤颯太くん」
突然聞こえた透き通るような声に私はハッとして振り向く。そこには白いワンピースを着た、まるで絵の中から飛び出してきたような透明感のある美しい女性がポツリと座っていた。
「どなた...ですか」
少しの間の後、私は尋ねた。
「私の名前は橘葵、あなたの恋人です...!」
「えっ...?」
思いもよらない彼女の言葉に私は思わず息を呑んだ。困惑する僕を置いていくように彼女は話続けた。彼女の話を聞くと、どうやら私は事故に遭い記憶を失ってしまったようだ。そしてどうやら私と彼女は恋人同士だったらしい...。
「ごめん」
「どうして謝るの...?」
「だってキミは僕を覚えているのに、僕はキミを知らない。それじゃあキミに辛い思いをさせることになるじゃないか...」
「相変わらず優しいんだね」
彼女はそう言って僕に微笑みかける。しかし僕にはその微笑みすら辛かった。
「今日は帰るね、またね...」
そう言って彼女は僕の病室を後にした。
彼女が帰っていった後で、家族や医者らしき人たちがきたが彼らの話はまったく入ってこなかった。脳裏に浮かぶのは彼女の鈴の音のような声と心を誘い込むような笑顔だけだった。それから私は彼女の、葵のことばかり考えるようになっていった。
次の日も、またその次の日も彼女は訪ねてきた。
「キミはこうして僕に会うことが辛くないのかい?」
「辛いよ...でもずっと記憶がない颯太を見ている方がもっと辛い...」
そう言った葵の目は少し赤くなっていた。
「そうだ颯太くん、一緒に外に出てみない?」
「えっ...でも医者からは外に出るなって言われてるし...」
「いいじゃない少しぐらい、連れて行きたいとこがあるの」
葵はそう言って僕の手を優しく握って、ゆっくりと引っ張って行く。誰にも見つからないように病院を抜け出す。しばらく二人で歩いて行くと、いつも病室から見ていた凛とした楓の木が目の前にはあった。
「私たちいつもこの木の下であっていたんだよ...」
「憶えてないとは思うけどこの木のおかげで私たちは出会うことができたんだよ...」
葵は今にも泣き出してしまいそうな湿った声でそう話した。彼女のそんな姿を見て僕はいたたまれない気持ちになり、彼女の手を引いてその場から逃げ去るように山林の中を走り出した。しばらく会話も交わさず走って山林を抜けるとそれは国道へと続いていた。その時突如として何かが僕の頭の中をまるでそれが当たり前なことなのだと言わんばかりに迸る。その瞬間、僕の朧げに咲く華は散った。
「そうか、そうだったんだ...」
そのことに気づいた時もう葵はほとんど消えかかってしまっていた。
「あの時も...」
僕は失われていた記憶の全てを刹那に思い出した。自分が遠くにいくこと、もう僕たちの関係も終わってしまうこと、そのことをあの楓の木の下で伝えたこと、そして泣きながら横切る光の中に沈みゆくキミを救うことが出来なかったことも全て...。記憶を取り戻し、倒れそうになる自分を僕は奮い立たせて言った。
「まって葵、僕はまだキミに伝えなきゃいけないことがたくさんあるんだ...だからまってくれ葵...!」
僕の途切れそうな意識の中放った声はもう彼女には届かなかった。
「ありがとう...さよなら...」
そう言って最後に微笑み、彼女は夏の暮相の空に消えていった。
儚げに咲いた紫苑の花だけが、病室に残っていた...
「君は君だよ、佐藤颯太くん」
突然聞こえた透き通るような声に私はハッとして振り向く。そこには白いワンピースを着た、まるで絵の中から飛び出してきたような透明感のある美しい女性がポツリと座っていた。
「どなた...ですか」
少しの間の後、私は尋ねた。
「私の名前は橘葵、あなたの恋人です...!」
「えっ...?」
思いもよらない彼女の言葉に私は思わず息を呑んだ。困惑する僕を置いていくように彼女は話続けた。彼女の話を聞くと、どうやら私は事故に遭い記憶を失ってしまったようだ。そしてどうやら私と彼女は恋人同士だったらしい...。
「ごめん」
「どうして謝るの...?」
「だってキミは僕を覚えているのに、僕はキミを知らない。それじゃあキミに辛い思いをさせることになるじゃないか...」
「相変わらず優しいんだね」
彼女はそう言って僕に微笑みかける。しかし僕にはその微笑みすら辛かった。
「今日は帰るね、またね...」
そう言って彼女は僕の病室を後にした。
彼女が帰っていった後で、家族や医者らしき人たちがきたが彼らの話はまったく入ってこなかった。脳裏に浮かぶのは彼女の鈴の音のような声と心を誘い込むような笑顔だけだった。それから私は彼女の、葵のことばかり考えるようになっていった。
次の日も、またその次の日も彼女は訪ねてきた。
「キミはこうして僕に会うことが辛くないのかい?」
「辛いよ...でもずっと記憶がない颯太を見ている方がもっと辛い...」
そう言った葵の目は少し赤くなっていた。
「そうだ颯太くん、一緒に外に出てみない?」
「えっ...でも医者からは外に出るなって言われてるし...」
「いいじゃない少しぐらい、連れて行きたいとこがあるの」
葵はそう言って僕の手を優しく握って、ゆっくりと引っ張って行く。誰にも見つからないように病院を抜け出す。しばらく二人で歩いて行くと、いつも病室から見ていた凛とした楓の木が目の前にはあった。
「私たちいつもこの木の下であっていたんだよ...」
「憶えてないとは思うけどこの木のおかげで私たちは出会うことができたんだよ...」
葵は今にも泣き出してしまいそうな湿った声でそう話した。彼女のそんな姿を見て僕はいたたまれない気持ちになり、彼女の手を引いてその場から逃げ去るように山林の中を走り出した。しばらく会話も交わさず走って山林を抜けるとそれは国道へと続いていた。その時突如として何かが僕の頭の中をまるでそれが当たり前なことなのだと言わんばかりに迸る。その瞬間、僕の朧げに咲く華は散った。
「そうか、そうだったんだ...」
そのことに気づいた時もう葵はほとんど消えかかってしまっていた。
「あの時も...」
僕は失われていた記憶の全てを刹那に思い出した。自分が遠くにいくこと、もう僕たちの関係も終わってしまうこと、そのことをあの楓の木の下で伝えたこと、そして泣きながら横切る光の中に沈みゆくキミを救うことが出来なかったことも全て...。記憶を取り戻し、倒れそうになる自分を僕は奮い立たせて言った。
「まって葵、僕はまだキミに伝えなきゃいけないことがたくさんあるんだ...だからまってくれ葵...!」
僕の途切れそうな意識の中放った声はもう彼女には届かなかった。
「ありがとう...さよなら...」
そう言って最後に微笑み、彼女は夏の暮相の空に消えていった。
儚げに咲いた紫苑の花だけが、病室に残っていた...
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