5 / 6
5 ダイブ
しおりを挟む姑フレヤからアーダの諸々の醜聞を聞かされた後も、エミリは何食わぬ顔でアーダの家に通い続けた。日々アーダと親しく言葉を交わし、時には冗談を言って笑い合い、表面上は仲の良い友人のような関係になっているエミリとアーダ。もちろん、本心ではエミリはアーダを軽蔑し、嫌悪している。
エミリがアーダの家に通い始めてから約8週間が経った頃、ようやくアーダの怪我が完治した。
今日はエミリが手伝いに行く約束の最終日だ。
最後の夕飯を作り終えたエミリに、アーダは深々と頭を下げた。
「エミリさん。2ヶ月近くも毎日来てくれて本当にありがとう。この恩は絶対に忘れないわ。ほら、イーダもエミリさんにお礼を言いなさい」
アーダに促されたイーダが、寂しげな表情でエミリを見上げる。
「エミリさん、ありがとう。エミリさんのお料理、ホントに美味しかったよ。また、うちに遊びに来てね。絶対、遊びに来てね」
エミリは胸が詰まった。
幼いイーダは、姉の酷い行状など何も知らないはずだ。イーダの無垢な瞳を見つめながら、不倫・略奪・二股を繰り返すアーダのような女にだけはならないで――と、エミリは心の中で願った。
「うん。必ず遊びに来るね」
「エミリさん、大好き」
そう言ってエミリに抱き着くイーダ。
「私も大好きよ。イーダちゃん」
エミリはしっかりとイーダを抱き締めた。
そうして、イーダとの別れを惜しんだ後、帰ろうとするエミリに「大通りまで送るわ」と言ってアーダが付いて来た。一緒に行きたいと言うイーダに、家で待つようにと言い聞かせて。
エミリは嫌な予感がした。
二人で歩きながら大通りの少し手前にある橋に差し掛かった時、案の定、アーダの態度が豹変した。夕刻とはいえ、まだ明るい時間だ。だが、人通りは無い。
「ねぇ、エミリさん。デニスを私に返してよ」
突然そう言い放ったアーダは、ついさっきまでの彼女とは全く違う、狂ったオンナの眼をしていた。
⦅なるほど。これが彼女のもう一つの顔なのね⦆
エミリは妙に納得した。
「アーダさん。何を言ってるの? アナタがデニッさんを裏切ったんでしょう? デニッさんよりも、既婚の上司や5つも年下の後輩の方が良かったんじゃないの?」
「……あなた。まさか、知っていたの?」
驚いた様子のアーダ。
「お義母さんから、全部聞いているわ。アナタ、散々デニッさんをコケにしたくせに、今更縒りを戻したいって彼に付き纏っているそうじゃない。一体何を考えているの?」
「アハ、アハハハハ」
突然、腹を抱えて笑い出すアーダ。
「エミリさん。あなたどれだけお人好しなのよ。私とデニスの過去を知っていて、おまけに私が彼を奪い返そうとしていることまで知っていて、私の家に手伝いに来てたの? 呆れた。お人好しを通り越して、頭が足りないんじゃない?」
2ヶ月近くも毎日アーダの家に通い、助けてあげたエミリにこの言い草である。アーダの人間性がよく分かる。
エミリは真っ直ぐにアーダの目を見て言った。
「お人好しはアナタの方よ。アーダさん」
「は? 何のこと?」
「自分が奪おうとしている男の妻が作った料理を、毎日、何の疑いも持たずに口にするなんて、ものすごい【お人好し】じゃない?」
「は? え? あなた、一体何を?!」
「ねぇ、アーダさん。デニッさんは私のモノよ(アナタが弄んで捨てたケヴィンだって、私のモノだった!)」
アーダを睨み付けるエミリ。その瞳には憎悪の炎が燃えている。
「アーダさん。アナタ、散々デニッさんを振り回しておきながら、今更彼に復縁を迫ってるのよね? ねぇ、そんな女に私が毎日毎日毎日料理を作ってあげた理由、知りたくない?(私はケヴィンを愛していたのよ! 子供の頃からずっとずっとずっと!)」
「あ、あなた、一体何をしたの? 料理に何か仕込んだの? まさか、イーダにも!?」
アーダは自分でそう言いながら最悪の事を想像したのだろう。顔色が真っ青になった。
「さぁ、どうかしらね? うふふ(私の大切なケヴィンを玩具にしたアナタを許さない!)」
意味ありげに笑みを浮かべるエミリ。
「イーダは関係ないでしょう!? あなた、何を盛ったの!? 白状しなさいよ!!」
エミリに詰め寄るアーダ。けれど、エミリは怯むことなく冷静に言った。
「安心して。直ちには身体に異変は起きないわ」
アーダはエミリの言葉に激しく狼狽える。
「『直ちには』って何よ! どういう事? 後から毒が回るって言いたいの? イーダはまだ7歳なのよ!?」
悲鳴のような声を上げながら、アーダはエミリの胸倉を掴み、ガクガクと揺さぶった。
アーダは長身の女性騎士で、エミリはやや小柄な普通の主婦だ。腕力も体力も敵うはずがない。いくらアーダの右腕の怪我が、治ったばかりでもだ。そして今、二人が揉み合っているのは人通りの無い橋の上。しかも橋の下を流れる川は昨日の大雨で増水している。濃い茶色をした濁流が、かなりの勢いで流れているのだ。興奮したアーダは、今にもエミリをその川に突き落としそうな勢いである。いや、実際突き落とす気なのだろう。だが、そんな危機的状況にもかかわらず、エミリはケラケラと笑っていた。そして笑いながらアーダに尋ねた。
「ねぇ、今、どんな気持ち? ねぇ、アーダさん。どんな気持ち?(ケヴィンは私の許婚だったのよ!)」
「な、何、笑ってるのよ?!」
「アーダさん。私と心中して頂戴(愛してるわ、ケヴィン。そして同じくらい憎んでる。苦しい! 苦しい! 苦しい! 苦しいぃいっ!)」
「はぁっ!? あなた、狂ってるの!?」
目を見開くアーダ。
次の瞬間、エミリは全力でアーダにしがみついた。そしてそのまま放さぬよう、死に物狂いで力を込め、二人一緒に橋から落ちたのである。
真っ逆さまになりながら、エミリは思った。
⦅火事場の馬鹿力って想像以上に出るんだな……⦆
ねぇ、ケヴィン。知ってた?
409
あなたにおすすめの小説
カメリア――彷徨う夫の恋心
来住野つかさ
恋愛
ロジャーとイリーナは和やかとはいえない雰囲気の中で話をしていた。結婚して子供もいる二人だが、学生時代にロジャーが恋をした『彼女』をいつまでも忘れていないことが、夫婦に亀裂を生んでいるのだ。その『彼女』はカメリア(椿)がよく似合う娘で、多くの男性の初恋の人だったが、なせが卒業式の後から行方不明になっているのだ。ロジャーにとっては不毛な会話が続くと思われたその時、イリーナが言った。「『彼女』が初恋だった人がまた一人いなくなった」と――。
※この作品は他サイト様にも掲載しています。
蝋燭
悠十
恋愛
教会の鐘が鳴る。
それは、祝福の鐘だ。
今日、世界を救った勇者と、この国の姫が結婚したのだ。
カレンは幸せそうな二人を見て、悲し気に目を伏せた。
彼女は勇者の恋人だった。
あの日、勇者が記憶を失うまでは……
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
私の何がいけないんですか?
鈴宮(すずみや)
恋愛
王太子ヨナスの幼馴染兼女官であるエラは、結婚を焦り、夜会通いに明け暮れる十八歳。けれど、社交界デビューをして二年、ヨナス以外の誰も、エラをダンスへと誘ってくれない。
「私の何がいけないの?」
嘆く彼女に、ヨナスが「好きだ」と想いを告白。密かに彼を想っていたエラは舞い上がり、将来への期待に胸を膨らませる。
けれどその翌日、無情にもヨナスと公爵令嬢クラウディアの婚約が発表されてしまう。
傷心のエラ。そんな時、彼女は美しき青年ハンネスと出会う。ハンネスはエラをダンスへと誘い、優しく励ましてくれる。
(一体彼は何者なんだろう?)
素性も分からない、一度踊っただけの彼を想うエラ。そんなエラに、ヨナスが迫り――――?
※短期集中連載。10話程度、2~3万字で完結予定です。
伯爵令嬢の婚約解消理由
七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。
婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。
そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。
しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。
一体何があったのかというと、それは……
これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。
*本編は8話+番外編を載せる予定です。
*小説家になろうに同時掲載しております。
*なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。
あぁ、憧れのドアマットヒロイン
緑谷めい
恋愛
バルサン伯爵家令嬢ヴィクトリアは、何を隠そう恋愛小説フリークである。
彼女はまだ10歳なのだが、年の離れた従姉の影響を受け、8歳の頃から恋愛小説漬けの日々を送ってきた。そのヴィクトリアが最近もっともハマっているのが【ドアマットからの溺愛】という流れのストーリーだ。ヒロインに感情移入しまくりながら読んでいるうちに、すっかり【憧れ】になってしまった。
※ 全10話完結予定
誰も残らなかった物語
悠十
恋愛
アリシアはこの国の王太子の婚約者である。
しかし、彼との間には愛は無く、将来この国を共に治める同士であった。
そんなある日、王太子は愛する人を見付けた。
アリシアはそれを支援するために奔走するが、上手くいかず、とうとう冤罪を掛けられた。
「嗚呼、可哀そうに……」
彼女の最後の呟きは、誰に向けてのものだったのか。
その呟きは、誰に聞かれる事も無く、断頭台の露へと消えた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる