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1 ハイパー王太子殿下の隣はツライよ! ~突然の婚約解消~

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  私は公爵家令嬢ナタリー・ランシス。17歳。
  名門ランシス公爵家の長女であり、10年前から我が国のアルベルト王太子殿下の婚約者でもある。
 
  アルベルト王太子殿下は、私より4歳上の21歳。金髪碧眼ハイパーイケメンだ。
  そういう私も一応美人なのだが……何と言うか、王太子殿下が美し過ぎて、隣に立つと霞んでしまうのが悲しい。
  アルベルト王太子殿下と私の2ショットを見慣れた人達は、もはや私を美人だと認識出来なくなっているのでは? という心配は、公爵家令嬢にあるまじき、くだらない心配だろうか?

  私とアルベルト王太子殿下は、私が7歳、王太子殿下が11歳の時からの婚約者で、付き合いは長い。4つ年上の王太子殿下は昔から”優しいお兄さん”という感じだ。
  実際、子供の頃、私はアルベルト王太子殿下のことを「アル兄様」とお呼びしていた。
  2年前、私が15歳になって社交界デビューしてからは「アル様」とお呼びしている。
  アル様は、子供の頃から私に「可愛いナタリー」と呼びかけ、優しく接してくださる。
  自分よりずっと綺麗な男にそう言われてもね~、と思っていることは内緒だ。
  もちろん私は、人の価値が見た目だけだなんて思ってはいない。
  勉学も一生懸命してきたし、将来の王太子妃ひいては王妃になる為の厳しい王妃教育にも積極的に取り組んでいる。
  私は頭だって悪くない。小さな頃から利発な令嬢だと周りから言われるくらいには。
  でも……アル様は、美貌だけではなく、賢さもずば抜けているのだ。
  はぁ……別に婚約者と張り合おうなんて思っていない。
  でも、あまりにも出来過ぎの婚約者の隣はキツイ。




「おい! ナタリー! 何、黄昏てんだよ!」
「ロベルト様……。今ちょっと死にたくなってただけです」
「おいおい、物騒な事言うなよ。ここ王宮なんだから、誰が聞いてるかわかんないぞ」
  
 王宮で王妃教育を受けた後、私が中庭の見えるサロンでアル様をお待ちしていると、第2王子のロベルト殿下が私を見つけて声をかけてきた。
  ロベルト様は、アル様の弟で、私と同い年の17歳だ。
  ロベルト様と私も、子供の頃からの付き合いで、幼馴染である。
  同い年の気安さもあり、アル様と話す時より、ずっとくだけたおしゃべりが出来る。

「はぁ~」
「どうした? 今日の王妃教育、そんなにきつかったのか?」
「全てが辛いわ」
「おい、どうした? 大丈夫か?」
「婚約解消とか、できないかしら?」
「兄上と何かあった?」
「アル様の存在が完璧過ぎて、最近、ついに自分がゴミに思えてきましたわ」
「社交界で人気の美人公爵令嬢のお前がゴミなら、他の人間はどうすりゃいいんだよ」
「ロベルト様は、私のこと『美人』だと思ってますの?」
「当たり前だろ。お前は綺麗だ。自信持て!」
「はぁ……。ロベルト様が婚約者なら、私も自信が持てますのに」
「おい! コラッ! 喧嘩売ってんのか?!」
「アル様とは喧嘩すらできませんわ。ゴミ如きがハイパー王太子殿下に何も言えませんもの」
「お前……病んでるな。でもまぁ、気持ちはわかるよ。俺も、昔から超優秀で超イケメンな兄上と比べられて凹んでばかりだからな」

  ロベルト様だって、普通にイケメンなのだ。
  兄弟だからアル様に似ているし。
  ただ、ちょっとレベルが違う故に、アル様の”NG”みたいに見えるだけ。
  頭だって良いのに……ただ、兄であるアル様が、あまりにも優秀なだけなのだ。

「私たちって、かわいそう」
「まぁな」
「2人で遠くに逃げませんこと?」
「お前、俺が男だってこと、忘れてないか? それ駆け落ちの誘いに聞こえるぞ?」


「駆け落ちがどうしたって?」

  ふいに、アルベルト王太子殿下が現れた。

「うわっ!? 兄上!? いやいやいや、何でもありませんから。あー、俺はもう行かないと! じゃあ、ナタリーとごゆっくり!」
  ロベルト様は、走って逃げ出した。

「ナタリー、待たせてすまない。執務が長引いてしまって」
「いいえ、お気になさらず」
「ロベルトと何を話していたの?」
「ちょっと愚痴を聞いてもらっていただけですわ」
「愚痴? 私には話してくれたことないよね?」
「アル様にそんなくだらない話はできませんわ」

  アル様は少し寂しそうな表情になった。

「ナタリー。私は君ともっと分かり合いたい。君はロベルトといる方が楽しそうに見える」
「……。申し訳ございません」
「謝ってほしいんじゃない。君の婚約者は私だ。もっと私を見てほしい。何でも話してほしい」

  どうしたのかな?
  なんか、アル様が必死に見える。


  それから、しばらく2人でおしゃべりをした。
  最近の王妃教育の内容や社交界の情報など、主に私が話しているうちに、帰る時間になった。

「ナタリーは、いつも会話がウィットに富んでておもしろいね。私は話がつまらない人間だから、羨ましいよ」
「ほほほ。アル様のように黙ってて絵になるわけではございませんから、自然とおしゃべりになってしまっただけですわ」
「……」
「アル様。それでは失礼いたします」
「気を付けてお帰り」
「はい。ありがとうございます」

「ナタリー……」
「はい」
「……」
「……? アル様?」

「……駆け落ちなんて、許さないからね……」
「えっ?」

  アル様は、苦しそうな顔をしていた。
  ロベルト様との会話を聞かれてたんだわ!

「アル様、あれは私とロベルト様の冗談のやり取りですから。私達は、いつもふざけて冗談ばかり言い合っているのです。アル様にご不快な思いをさせて申し訳ございません」
「……」

  アル様は、それ以上何もおっしゃらなかった。
  その日はそのままお別れした。












  王宮での夜会が始まった。
  もちろん私のエスコートは、婚約者であるアルベルト王太子殿下がしてくださる。
  私のようなゴミにもったいないことです……という、およそ公爵令嬢とは思えぬ卑屈な感情を隠して、優雅に微笑む私。
  それにしても、今日もキラッキラですわね。ハイパーイケメン王太子殿下は。
  ご令嬢たちが、皆、ウットリした目で見とれてますわ。

「綺麗だよ、ナタリー」
  嫌味にしか聞こえませんわ。
「ありがとうございます。アル様も素敵ですわ」

  ファーストダンスをアル様と踊った後、いつものように私が離れようとすると、アル様に、
「もう1曲踊ろう」
 と言われて腰を抱かれ、結局3曲続けて踊った。
  私達は正式な婚約者だから、別に何曲続けて踊ろうがマナー違反ではないし何も問題はないけれど、今まではあまりなかったことだ。

  アル様は大勢の貴族令嬢の憧れの的だ。
  たくさんのご令嬢が自分と踊りたがっているのを知っているアル様は、いつも出来るだけ期待に応えようと1曲ごとに相手を替えてダンスをされていた。
  だから、今までの夜会では、私とアル様は婚約者と踊るのがマナーであるファーストダンスを踊った後は、あまり一緒にいることはなかった。
  私も、美し過ぎるアル様とは適度な距離を保っていたいから、それでちょうど良かったのだ。
  ダンスに誘ってくれる他の殿方と踊り、仲の良いご令嬢たちと談笑し、ロベルト様とふざけ合い、いつもそれなりに楽しんでいたから、別にそれで良かったのに。
  アル様、今夜はどうしたのかしら?

「ナタリー。少し、テラスに出よう」
「はい」
  アル様に言われ、2人でテラスに出た。

  夜風が気持ちいいわ。

  アル様が口を開いた。
「反省したんだ」
「えっ?」
「私はいつも他の人間にばかり気を遣って、夜会でもナタリーを放ったらかしにして……。私達は長い付き合いだから分かってくれてると思って、甘え過ぎてた。私が悪かった。許してくれ。ナタリー」
  えっ!? 何? どうしちゃったの? 

「アル様、私は平気ですわ。アル様は私が独り占めしてはいけない方ですもの。今まで通り、なるべく多くのご令嬢と踊って差し上げてくださいませ」
  アル様は悲しげに目を伏せる。
「……ナタリーは私のことが好きじゃないんだね」
「えーと、そういうわけではなくて……。ただ、アル様は皆様の憧れの超絶イケメン・ハイパー王太子殿下ですから、私如きが婚約者で、いろいろ各方面に申し訳ないというか、その……」

  その時、アル様は、突然、私を抱きしめた。
  えっ!? ウソッ?! どうしたの? 

「私のどこが嫌だ? ナタリーが嫌だと思うところを直すから」
 何故か思い詰めたように言われた。
「えっ!?」
「嫌なところがあるなら直す。だから、私だけを見てくれ。頼むから」

  なんか微妙にズレている気がするけど、アル様が必死なのは伝わって来る。
  でも、アル様って、そんなに私のこと好きだったっけ?
  今まで、アル様からは、妹に向けられるような親愛の情しか感じたことがないのだけれど……。
  本当に、急にどうした?

「ナタリーが隣にいるのが当たり前だと思ってた。子供の頃からずっと、ナタリーは私と結婚するのだから、私のものだと思い込んで安心していた。でも最近、君はどんどん綺麗になって成熟して、社交界の人気者になって、他の男が君に憧れているという話も多く聞くようになった。ロベルトとは、私よりもずっと仲良さそうで……その……駆け落ちの相談なんかして……」
「アル様……」

  面倒くさ。アル様って、こんな面倒くさい男だったっけ?

「ロベルト様との話は冗談だと、以前にはっきり申し上げましたわ。同じ話を何度も蒸し返さないでくださいませ。確かに社交界で知り合った御令息から恋文を頂くことは増えましたけれど、私はアル様の婚約者なのですから、ご心配には及びません。王家に逆らって私を奪おうとする命知らずなど、おりませんわ」
「恋文……増えた……奪う……」
  そこに反応しますの?

  なんか、今の私、超絶イケメン殿下より優位に立ってる!?

「アル様、そろそろ会場に戻りましょう。王太子殿下があまり長い時間外すのは良くありませんわ」
  私はそう言うと、私を抱きしめたままのアル様の胸を軽く押して、身体を離そうとした。
  が、アル様はギュッと腕に力を込めて離してくれない。
「ナタリー。ナタリーに恋文を寄越した男の名前を全て教えてくれ!」
  えぇっ!? 何それ?! コワッ!

「教えませんわ」
「ナタリー!」
「絶対に! 教えません!」











  王宮での夜会から1ヶ月後。
  ロベルト様がお忍びでうちの屋敷にいらした。
  まぁ、子供の頃からよく遊びにいらしてたし、別に珍しいことではない。
  ただ、今日はあまりにも急な訪問だった。

  ロベルト様は開口一番、こうおっしゃった。
「ナタリー、大変な事になった。兄上とお前の婚約は解消になる。兄上は、隣国サンドル王国の第2王女エリーゼ王女と結婚することになる」

  えーっ!? なんですとー?!

「いやいやいや、ロベルト様、おかしいでしょ! だってエリーゼ王女はロベルト様の婚約者ではありませんか?!」

  そうなのだ。彼女はロベルト様のれっきとした婚約者のはず!

「超絶イケメンの兄上の方がいいんだと! エリーゼ王女がどうしてもって言うからって、娘に甘いサンドル国王がねじ込んで来た」

  はっ!? 何それ!?

「なんというか……ロベルト様もかわいそうな感じ……ですわね」
「まぁ、この際、俺の面目なんかどうでもいいよ。あの我が儘王女のことは元々嫌いだったし。ただ、兄上が被害を被るなんて、予想もしてなかったんだ」
 頭を抱えるロベルト様。

「今、ランシス公爵も、王宮で王家や他の重臣達と話し合いをしているところだ。今晩、公爵からお前に話があるだろうから、その前に耳に入れたいと思って、急いで来たんだ」
「そうでしたか」

  私の父、ランシス公爵は、我が国の宰相である。
  娘の私の婚約よりも、この国の命運を一番に考えるだろう。それが当然だ。
  隣国サンドル王国は大国だ。経済力も軍事力も、我が国とは比べ物にならない。
  だからこそ友好関係を保つ為に、第2王子ロベルト殿下とあちらの第2王女エリーゼ王女との政略結婚が決められていたのに……。
  エリーゼ王女、イケメン好きなのね。
  ロベルト様だって十分イケメンなのに、どうしてもアルベルト王太子殿下がいい……か。
  我が国の王家は断れない。私の父も受け入れるしかない。
  アル様と私の婚約は”解消”の一択しかないわね。

「アル様はどのようにおっしゃっているのですか?」
「兄上は、その話を聞かされてから目が死んだままだ。ご自分の意見は一言もおっしゃらない」
「そうですか……」

「兄上は最近、ナタリーに執着していた。俺にも嫉妬心むき出しで、例の『駆け落ち』の話も度々蒸し返してきて『ナタリーは渡さない』とかマジな目で言われてさ。何度も『冗談だから』って言ったのに。他の貴族令息が何人もお前に横恋慕してるっていう噂も、男同士の付き合いの中で頻繁に聞くようになってて、兄上は不安に思ってたみたいだ。今まで安心しきって妹扱いしてたのに、急にお前が”女”に見えてきたんだと思う。確かにお前、最近特に色気が出てきて綺麗になったからな」
「私にお世辞を言ってる場合ではございませんわよ」
「お世辞じゃないよ。お前、ここ半年くらいで急に胸もデカくなっただろ。男どものお前を見る視線が変わってきて、兄上はお前に対する独占欲が出てきたんだと思うんだ」
「この状況でセクハラ発言でございますか?」
「いや、悪い。でも大事なことだ。お前が色っぽくなったことで、兄上はお前を女として意識するようになったんだよ。お前に恋文を送った男どもを調べようとしたのには、さすがに引いたけどな」

「えーっ!? ホントに調べたのですか!?」
「王家の影を使って調べようとして、父上に大目玉を食らったんだよ。母上も呆れてたな。”あの超優秀な王太子が、そんなことをするほどナタリーに惚れてるのか!?”って王家に衝撃が走ったぞ」
「もしかして私”傾国の美女”なのかしら?」
「自分で言う奴はたいてい違うと思うがな」
  私はわざと軽口を叩き、ロベルト様はそれを分かって乗ってくれる。
  幼馴染の友情を感じる。

「でも……アル様はエリーゼ王女と結婚するしかありませんわ」
「そうだ。兄上がいくらナタリーに執着してても、サンドル王国には逆らえない。向こうを怒らせたら、我が国がどんな不利益を被るかわからない。最悪戦争になったら確実に負ける」
  サンドル王国には絶対に逆らえない。わかりきったことだ。

「アル様は、我が国の王太子としてエリーゼ王女との婚姻を”受け入れる”という一択しかありませんわね」
「ナタリー、すまない。俺が普通レベルのイケメンなばっかりに、婚約者を繫ぎ止めることすらできなくて。お前と兄上には本当に申し訳ない」
  ロベルト様は今にも泣きそうな表情だ。
「ロベルト様が悪いわけではありませんわ。こうなってしまったからには、私も覚悟いたします」

  10年前から、私とアルベルト王太子殿下は婚約者だった。
  7歳の頃からずっと、私はいずれアル様と結婚するのだと信じ、疑ったことすらなかった。
  その婚約が、こんなにも簡単に消えてなくなるなんて……。
  それも、アル様が私を女性として意識するようになった、その矢先に消えるなんて、なんて皮肉なことかしら。
  でも、王族や貴族の婚姻に自由などない。
  私達は駒なのだ。
  1ヶ月前の夜会の日、テラスで初めてアル様に抱きしめられた。
  もう二度とあの腕に抱かれることはない。
  そう……私とアル様は、もう永遠に結ばれることはないのだ。

「ナタリー。泣くなよ……」
「えっ?」
  ロベルト様ったら何を言ってるのかしら?

  その時、私は自分の頬を涙が伝っていることに気がついた。

「ナタリー、すまない……」
  ロベルト様も苦しそうな顔をして泣いている。

  私達は二人で涙を流し続けた。

  どうして、こんなに涙がとまらないのかしら?
  美し過ぎるアル様の隣は辛いと思っていたのに……。
  優秀過ぎるアル様の隣はキツイと嘆いていたのに……。
  それでも私は、いつだってアル様の隣にいるのは、当然、自分だと思っていたのだ。


  その夜遅く、疲れ切った顔で屋敷に戻った父から、アル様との婚約解消が告げられた。










  婚約解消以降、私とアル様は一度もお会いしていないどころか、手紙のやり取りさえしていない。
  サンドル王国を刺激しないためだ。
  アル様と元婚約者である私とが連絡を取っていると知ったら、確かにエリーゼ王女は不愉快だろう。
  当事者である私達がお別れの挨拶もできないなんて、とは思うけれど、どうしようもない。

  ロベルト様は時折、お忍びで我が屋敷を訪れる。
  口には出さないが、私のことを心配してくれてるのだと思う。

「俺がナタリーに直接渡すから、手紙を書いたらどうかって兄上に言ったんだけど、『もしも、あちらの国に知られたら、ナタリーが何をされるかわからない。絶対にダメだ!』ってさ。兄上はナタリーのことばかり案じているんだ」
「アル様がそんなことを……」
「兄上は本当にナタリーを愛してるんだって、俺もよくよくわかったよ」

「皮肉なものですわ。婚約を解消して離れてからの方が、アル様の愛情を強く感じるなんて」
「本当にな……。ナタリーとの婚約を解消してから、兄上は日に日に痩せてしまって生気が失われて……。あんな状態で結婚したって、兄上はもちろんエリーゼ王女だって絶対に幸せになんかなれないのに。あの王女はわかってないんだ。どんな人間離れした超絶イケメンだって、人間なんだから感情がある。好きな女をそう簡単に忘れられないし、どんなに脅されたって嫌いな女を好きになれるわけがない」

 そうね。
 本当に気の毒なのはエリーゼ王女かもしれない。
 大国の力で無理やり結婚しても、愛されない結婚生活は女性にとって不幸でしかないと思う。
 王女は(私と同じ17歳だけれど)きっと子供なのだ。
 綺麗なお人形を側に置きたい、くらいの気持ちでいるんじゃないかな?
 どんなに綺麗なイケメンでもお人形ではない。
 気持ちが通わない生身の男と夫婦になることが、どれだけ苦痛なものか想像できないのだろう。

  結局、誰も幸せになれないのだ。















  4ヶ月後。

「ナタリー!! ナタリー!!」
「ロベルト様、大きな声を出されてどうされたのです」
  我が屋敷を訪れたロベルト様が何やら興奮状態だ。

「兄上とエリーゼ王女の婚約が解消になった!!」

  えーっ!?

「どういうことですの?」
「あっちから言ってきたんだよ。エリーゼ王女が他の男とできちゃって、子供を孕んだらしい」

  はいーっ!? なんですと!?

  大国の王女が婚約中に他の男と関係を持って子を宿した?
  ものすごいビッチちゃんですわね!!
  恋愛小説でも読んだことのない衝撃の展開ですわ!

「お気に入りのイケメン護衛と懇ろになったらしくてさ。身分差はあるけど、孕んじゃってるし、その護衛と結婚する! って王女が言い出して国王も折れたらしい」
  とことん娘に弱いのですね。サンドル国王は……。
  そしてイケメン好きという一点は清々しいほどブレないのですわね、ビッチちゃん。


「兄上と一緒になってくれるだろ? ナタリー」
「えっ? ま、まぁ、アル様が望んでくださるなら……」
「兄上はナタリーを愛してるんだ。望むに決まってるだろ!」
「でも、一度解消になった婚約をそう簡単に元に戻せるものですの? 王家の体面もございますでしょう?」
「何、言ってんだ! 兄上はナタリーと別れてから日に日に憔悴してしまって、父上も母上も周囲の者達も皆、本当に心を痛めていたんだ。エリーゼ王女と破談になって、今、王宮中が喜びに沸いている。これで兄上がナタリーを迎えられる! ってな。ナタリー、兄上の嫁に来い! 王宮を挙げてお前を歓迎する! お前以外、兄上を幸せにできないんだ!」
  熱く語りますわね、ロベルト様。

  もう、決して結ばれることはないと覚悟を決めていた。
  泣いて泣いて、涙が枯れ果てるまで泣いて諦めた婚約者。
  一緒になれる? 本当に?
  もう一度婚約して、もしもまたダメになったら、今度こそ私は立ち直れない。
  本当に死にたくなってしまうかも……

「ナタリー、大丈夫だ。もう、兄上とお前を邪魔する奴などいない」
「ロベルト様、エスパーですの? 私が考えている事がわかりますの?」
「わかるさ。お前は俺に似てるからな。ナタリー、何も心配するな。兄上とお前は運命なんだよ。今度こそ、絶対に一緒になれる!」
「ロベルト様……ありがとう……」






  2週間後、私は両親と共に王宮に招かれ、再びアルベルト王太子殿下と私との婚約が調った。
  久しぶりにお会いするアル様は、以前より痩せてしまっていたけれど、私の顔を見て嬉しそうに微笑まれた。
  国王陛下と王妃様が気を遣ってくださって、アル様と私は二人で王宮の庭に出た。
  従者や護衛も、やや離れた位置から見守ってくれている。


「ナタリー。本当にすまなかった」
「アル様のせいではありませんわ」
「ナタリー……」

 アル様はそっと私を抱きしめた。

「もう二度とナタリーに触れられないと思ってた」
「私も、もう二度とアル様に抱きしめられることはないのだと思っていましたわ」

 アル様は泣いていた。

「愛してる。愛してるんだ。ナタリーだけを……」
「アル様……」
「ずっと私の隣にいてくれ」
「はい」





 ************************





  1年後、アルベルト王太子殿下と私は結婚した。
  結婚式当日、私の一世一代のウェディングドレス姿よりも、アルベルト王太子殿下の正装姿の方が、控えめに見積もって10倍は美しかった。
  あはは、分かってたさ! こうなることは分かってた! 分かってても心が折れそう……

「ナタリー! なんて綺麗なんだ!」
  ハイパーイケメン王太子殿下が盛大な嫌味をおっしゃる。
  ヤバイ、泣きそうだ。

  今にも泣き出しそうな私を見て、列席者の皆様は勘違いをし、口々に
「あんな事があったのですもの。今日の日を迎えてナタリー様も感激されますわよねー!」
「そうですわよね。ようやく王太子殿下と結ばれて、感慨もひとしおでございましょう」
 などと、さざめいている。

  ロベルト様が私に近付いて来て、小声で言った。
「ナタリー、大丈夫か? 気を強く持つんだ! お前はゴミじゃない! お前はゴミじゃない! お前は十分美人だ! 兄上のビジュアルが人外レベルなだけだからな。気にしたら負けだぞ。がんばれ!」
  相変わらず、私の気持ちをよくわかってらっしゃいますこと。
「ロベルト様、この式の後、更に結婚パレード、夜は披露パーティーですわ。私、もうダメかもしれません」
「ナタリー、生きろ!」



  その日、初夜を迎える頃には精神的に死んでいた。
  アル様が一緒に寝室にいるにもかかわらず、ほぼ思考停止していた私は、
「やっぱり(ハイパー王太子殿下の隣は)無理……」
 と呟いて、寝台に倒れ込んだ。
 アル様は何やら勘違いしたらしく、
「初めては怖いよね。大丈夫、私にゆだねてくれればいい。優しくするから……」
 と言って、私に覆いかぶさってきた。
  私の夜着を脱がそうとするアル様。
  ひょ~!?

  夜着を脱がされ私の裸体が露わになると、アル様の瞳に見たことのない情欲の火が宿った。
「ナタリー、綺麗だ。ずっとこうしたかった」
  私を寝台に押さえ付けて唇を吸う。
  胸を弄り私の身体中に舌を這わせ始めると、アル様の息が荒くなってきた。
「アル様……あっ、イヤっ」
「もう、私だけのものだ。絶対離さない」
 「優しくするから」と言った割には、全然余裕なくガッついてますわね。
「アル様、そこは……あっ……やっ……」
「ナタリー……ナタリー……愛してる……うっ……」
  貪るように私を求めるアル様。
  お顔に似合わぬ、ねちっこさですわ!
  えっ? まだ足りない? マジですか?
  ひゃー! し、しかも、そんなことを? ひぇー!
  その夜、アル様の激しさとしつこさに、私は今度は身体的に死にかけた。










  美し過ぎるアルベルト王太子殿下の隣は、相変わらずツライ。
  ロベルト様とお茶を飲みながら、今日も愚痴る。

「やっぱりアル様の隣は、辛いものがありますわ」
「お前、もう王太子妃なんだから、いい加減観念しろよ」
「ゴミが王太子妃だなんて、国民に土下座して詫びたいくらいですわ」
「相変わらず病んでるな。でも、国民に土下座しなきゃいけないのは俺だよ。大国との友好関係を保つ為の政略結婚の婚約者に逃げられるなんて、まさにゴミ王子だぜ」
「ホントにね」
「おいっ! そこは否定しろよ!」
「やっぱり、ゴミ2人で遠くに逃げませんこと?」
「ははは、駆け落ちするか?」

「おいっ!! ロベルト!!」

「ゲーッ! 兄上!?」
「駆け落ちなんて許さないぞ!! ナタリーは私の妻だ!!」
 突然現れて、ド端正なお顔を真っ赤にして大きな声を出すアル様。
「兄上! どっからどう聞いても冗談に決まってるでしょう!」
 言い合っているアル様とロベルト様を見ながら、私は一人微笑んだ。

「相変わらず、ご兄弟で仲良しですわね」
「どこが!?」「お前、何言ってんだ!」
「いつもそうやって、ご兄弟でじゃれ合っていらっしゃるでしょう?」
「違う!」「お前、ふざけんなよ!」

「アル様、愛してますわ」
「えっ?」「はっ?」
「は、初めてナタリーが言ってくれた……『愛してる』って……初めて『愛してる』って……。今、聞いたか! ロベルト!!」
「初めてなのかよ!?」
 ロベルト様が呆れ果てたように言う。


  愛する人がいつも隣にいる。
  幸せですわ。


「ナタリー!! もう一回言ってくれ!! 『愛してる』って!! ナタリー!! 頼む!! もう一回!! もう一回だけ!!」
「ナタリー! 兄上がうるさいから、もう一回言ってくれよ!」




  愛してますわ。

  心の中でつぶやいた。




























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