小悪魔からの手紙

はな夜見

文字の大きさ
6 / 30
第一章 失くした鍵

第六節

しおりを挟む
 一週間程度、散らかり放題だった家のゴミたちを、ある程度の片づけを終えたマミは、ムムをリビングの椅子に誘導した。散らかった原因の一つが、ルミが最近はまっている切り絵によるものだが、マミはルミに片づけを求めたりはしない。自分が姉であるという強い責任感を持っているからだ。

 昨日とは違い、コーヒーの缶を手に持つ。ドロップしている間の時間も惜しいと言わんばかりに、ムムは椅子にマミを座らせ、そして目を赤く光らせたまま聞いた。


「マミちゃんから見て、どんな人だった?」
「昔は普通のお母さんだった、と思う。厳しいとこもあったけど、その分優しかった」
「……それが変わってしまったのはいつ?」

「詳しくは覚えてない。でも、ルミが生まれてすぐだった事は分かる。ルミが生まれてから、始終家に閉じこもりきりで。お父さんは頻繁に帰ってこないし、気づいていなさそうだったけど。それからは、ほぼすべての家事を私がやりました。できないとルミも私も生きていけないし。余裕がなくなった感じでした」

「マミちゃんに心当たりはある?」
「心当たり、はないですけど。でもお母さんの秘密なら」
「秘密?」

「お母さんは、お父さんのこと好きじゃないと思う。お父さんの片思い」

 片思い。ムムはマミの言葉を一言一句聞き漏らさないようにしながら意味をゆっくり咀嚼していく。

 モミジと初めて会ったとき、幸せそうに見えた。奥さんがいて、守るものがあって、子供にも恵まれて。スピード婚だったと記憶している。確か、そう。マミがお腹に宿ったから結婚したのだと。別に望まない妊娠だという感じでもなかった。ムムはユズに会ったことはなかったものの、モミジとは頻繁に会っていたからか、その過程の話をなんとなく知っている。とても嬉しそうに話すモミジの顔が蘇った。

 ムムは言葉を選びながら慎重にマミに聞く。

「お母さんを最後に見たのはいつ?」
「私が六歳か七歳の時です」「マミちゃんとルミちゃんは今いくつ?」
「わたし七さい」「私は十二歳です」

 つまり、五年ほど前。

「お母さんは私たちのことが嫌になったんじゃないですか? だから邪魔になった私たちを置いてどこかに行った」
「想像力があるのはとてもいいことだよ。きっとマミちゃんは探偵に向いているかもね。あとは……そう、証拠が必要だね」

「証拠?」

「マミちゃんの仮説を真実へと導くためには、君たちが愛されていなかったという証拠が必要だ。でも、そんな感じには見えないよ」

 そう言ってムムは両手を広げた。
「君たちが生まれる前後くらいに、木は子供に良いというマーケティングが流行った。今ではそんな古い思想を持つ人は減ってしまったけれどね。だからここはこんなに木がいっぱいなんじゃないかな? 君たちの名前が彫ってある家具もいくつかあったし」

 ムムの言葉にマミは少し顔を歪めた。

「君たちの出産は望まれていた、というのが私の仮説だ。だからこそ、原因は他にあると思った」

 マミは何も言わない。ムムの魔法にかかったように黙ってマミに耳を傾けている。
「マミちゃんが感じた、その“片思い”には納得したよ。お母さんにとっての“一番”が変わってしまったのかもしれないという新しい仮説も立つ。小悪魔的だと、お母さんは、そんな表現をされるぐらい魅力的だったらしいし、可能性は大いにあるだろう。だから今度はその相手について知りたい」

 ムムの言葉を理解したマミはあからさまに目を細めた。自身の母親が誰かと駆け落ちしたなどという仮説を聞かされれば誰だってそうなるだろう。
 ムムには言葉の中に必要な気遣いが、欠落しているのだ。

「お母さんは浮気したの?」
「相手の性別を男と断定するのは気が早いよ。女かもしれない。親しい間柄と考えれば、家族や親戚といった可能性もある」

 ムムの言葉にマミは口をはさむ。

「お母さんの家族はもういないって……お父さんが」「へぇ」

 実に興味深い。ムムは舌なめずりして少し考えた。理由不明な失踪、そして失踪して五年後に突然送ってきた手紙。小悪魔からの手紙ともいえるだろう、その手紙で夫は感情を揺さぶられるほど、未だ失踪した妻を愛している。スピード婚したが、しかし、子供から片思いと言われる始末。しかも親戚は存在しないと。

「大体把握したよ。君たちのお母さんのこと」
 突然のムムの言葉にマミとルミはそろって顔を傾ける。

 ムムは二人の顔を見ながら考える。しかし、そう仮定するなら彼女たちの母親はもうこの江ノにいる可能性は低い。いや、まてよ。手紙には、宛名も、ましてや送り主の住所も書かれていなかった。モミジの職場に直接投げ込まれた可能性が高い。

 ムムが一人で思案している間、マミは冷めきったコーヒーを啜る。ムムから言われた言葉が未だに腑に落ちずにいた。私たちの出産が望まれていた? 本当に? ムムの言った通り、家具たちは確かにマミとルミの名前が彫られている。でも、それらを購入したのはルミが生まれてからだ。

 彼女の言葉を借りて言うなら、ルミは望まれていたかもしれない。じゃあ、私は? 望まれていたの? マミはムムが説明した事実がどうしても納得できない。自己否定したいわけじゃない、でも感じていたのだ。母であるユズからの娘であるマミに対する嫌悪感を。

 言葉では表すことができない、その居心地の悪さを。


「探偵さん。やっぱり私、納得できない」


 マミの言葉に顔を上げたムムは、マミの瞳に映る悲しみを再度理解した。そして、マミの気持ちなど理解しているといった口ぶりで笑った。

「問題ないよ。マミちゃんのその感情もすべて納得できるような結論を探してくるのが探偵の役割だから」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...