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第一章 失くした鍵
第五節
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「……お父さんに何を聞かれたの?」
モミジが健康診断に行ってから、マミは部屋の家具を弄んでいた手を止め、ムムに聞く。
「君たちのお母さんの詳細を調べてほしいって言われたよ」
守秘義務という言葉を知らないムムは、真実を伝える。ルミはその言葉に首を傾げた。
「おかあさんって、しんじゃったんでしょ?」
「ふぅん。そうだったの」
「ちがうの?」
「私が見る限り、違うね。生きているんじゃないかな」
「じゃあどうしていまあえないの?」
「君たちのお母さんにその気がないからじゃないかな? 会おうと思えばいつでも会えそうな気がするし」
ムムの真顔に、マミは思わず顔を顰めた。
「やめてよ! ……そんなこと言うのは」
「マミちゃんはそう思わないの?」ムムは首を傾げた。別に悪気があったわけではないムムからすれば、失踪してしまったとはいえ、自分たちの母親についての話題を避けようとするマミに違和感を覚えたのだった。
マミは少し俯いた。「……私たちは捨てられた子になりたくない」
その言葉で、ムムは納得した。なるほど。モミジは、きっとユズについて、勿論失踪した件も含めて、家族間で話題に出さないのだろう。だから賢く、そして愚かな娘は勘違いをした。自分たちは捨てられたのだと。
ここは小さな社会で構成された江ノだ、もしかしたらそういう噂を学校で囁かれた経験もあるのかもしれない。こういうものは案外、子供たちの間でよりその親である大人たちの間で囁かれ、装飾され、人を傷つける道具に代わりやすい。
マミにはそういう経験があるから、妹にはそういう思いをしてほしくないのだろう。しかし、それがどれほど妹のためとはいえ、失踪事件を野放しにはできない。
彼女は事件を求めている。
「これから私の捜査でいろいろなことが分かってくるだろう。もしかしたらマミちゃんの思い通りにはならない悲しい事実もあるかもしれない。だけどね、事実は事実なんだ。君たちの母親は失踪した。この事件を野放しになんてできない。悲しませようが、事実は事実だよ」
ムムの言葉の重たさにマミは呼吸がしづらくなったことを感じた。「……はい」
マミの声にすぐにムムは助け船を出した。
「もちろん、その後のケアもさせてもらうよ。それが真実を知りたい者の責任だ」
“真実に興味が無くなれば、生きている意味もない”ムムはふと思い出した。昔の自分の口癖だ。真実ばかりを追い求めた過去の自分。事件はどこだと毎秒のように口にして、暇さえあれば江ノを駆け回っていた。今でもさして変わらない気もするが、しかし、昔の自分は真実主義だった。
今の自分と大きく違う点はそれだ。大人になった今、昔のその思想や自身の行動を考えれば、実に愚かだったと言わざるを得ない。
真実がなんだ、事実がなんだ。どうせその辺で息をしている大切なものより価値がない。
「君たちはお母さんについて覚えていることとかないの?」
「私は知らない」
ムムは、マミの冷たい言葉に驚いて顔を見た。その表情には悲しい感情が見え隠れする。棚をあさっていた手を止めたムムは、困ったように笑った。それはマミに負けず劣らずの悲しい笑顔だった。そんなことも知らないムムは、マミの言葉になんと返せば正解かを考えて、そして悟った。
正解はないのだと。
棚に置かれたいくつかの書類には保護者のサインを要するものが並んでいる。しかし、保護者の欄に書かれている名前は、どれもこれもマミの名前。妹の面倒をその幼い歳で背負うことがどれほど大変かを物語っている。
「なんでおとうさんはおかあさんをさがしているの?」
「愛しているからじゃない? 私にはよく分からない」
ルミの言葉にムムは答えた。ルミは続けて聞く。
「あかいおねえちゃんは、あいしたことないの?」
「人生は長いからね。気長に探しているんだよ」
「なにを?」
「愛とは何か、ね」
ふーん、とルミは興味を失くしたようで、棚に戻したはずの本を取り出し、再度読み始めた。ルミの様子をじっと見ていたマミは、タイミングを見計らったかのようにムムに聞く。
「探偵さんはどう思っているんです?」
「何を?」
「……お母さんのこと。検討とかついていたりしないんですか?」
「検討というか、まぁ勘だけど、理由もなく失踪したりしないとは思ってるよ。愛する夫と娘たちを置いて行ったりするような人なら別として」
「……そういう人ですよ」
マミの言葉にムムは少し間をおいてから聞いた。「どういう意味?」
「だって、私は……」
それ以上の言葉はマミの口から出ることはなかった。しかし、ムムは察した。娘の制止を聞かずにどこかへと行ってしまった母親。たくさんの事件を見てきたムムにとって、愛情のない母親など珍しくもなんともない。
「もうお母さんのこと、好きじゃない?」
「……はい」
なるほどね。ムムは唇を舐める。ざっと家を探索してみたものの、ここに彼女の消息の手掛かりになるようなものはない。モミジが大方処分してしまったと言っていたし、もともと今更家の探索など意味はないだろうと、そう踏んでいた。問題はない。ムムの真の目的はマミとルミの経験談だった。子供は子供ながらによく見ている。父親と母親について。多分本人たちが思っているより、ずっと。
「……詳しく聞かせて」
ムムは持っていた書類をもとの場所に戻して、マミを見た。赤い瞳は今日も妖しく光っていた。
モミジが健康診断に行ってから、マミは部屋の家具を弄んでいた手を止め、ムムに聞く。
「君たちのお母さんの詳細を調べてほしいって言われたよ」
守秘義務という言葉を知らないムムは、真実を伝える。ルミはその言葉に首を傾げた。
「おかあさんって、しんじゃったんでしょ?」
「ふぅん。そうだったの」
「ちがうの?」
「私が見る限り、違うね。生きているんじゃないかな」
「じゃあどうしていまあえないの?」
「君たちのお母さんにその気がないからじゃないかな? 会おうと思えばいつでも会えそうな気がするし」
ムムの真顔に、マミは思わず顔を顰めた。
「やめてよ! ……そんなこと言うのは」
「マミちゃんはそう思わないの?」ムムは首を傾げた。別に悪気があったわけではないムムからすれば、失踪してしまったとはいえ、自分たちの母親についての話題を避けようとするマミに違和感を覚えたのだった。
マミは少し俯いた。「……私たちは捨てられた子になりたくない」
その言葉で、ムムは納得した。なるほど。モミジは、きっとユズについて、勿論失踪した件も含めて、家族間で話題に出さないのだろう。だから賢く、そして愚かな娘は勘違いをした。自分たちは捨てられたのだと。
ここは小さな社会で構成された江ノだ、もしかしたらそういう噂を学校で囁かれた経験もあるのかもしれない。こういうものは案外、子供たちの間でよりその親である大人たちの間で囁かれ、装飾され、人を傷つける道具に代わりやすい。
マミにはそういう経験があるから、妹にはそういう思いをしてほしくないのだろう。しかし、それがどれほど妹のためとはいえ、失踪事件を野放しにはできない。
彼女は事件を求めている。
「これから私の捜査でいろいろなことが分かってくるだろう。もしかしたらマミちゃんの思い通りにはならない悲しい事実もあるかもしれない。だけどね、事実は事実なんだ。君たちの母親は失踪した。この事件を野放しになんてできない。悲しませようが、事実は事実だよ」
ムムの言葉の重たさにマミは呼吸がしづらくなったことを感じた。「……はい」
マミの声にすぐにムムは助け船を出した。
「もちろん、その後のケアもさせてもらうよ。それが真実を知りたい者の責任だ」
“真実に興味が無くなれば、生きている意味もない”ムムはふと思い出した。昔の自分の口癖だ。真実ばかりを追い求めた過去の自分。事件はどこだと毎秒のように口にして、暇さえあれば江ノを駆け回っていた。今でもさして変わらない気もするが、しかし、昔の自分は真実主義だった。
今の自分と大きく違う点はそれだ。大人になった今、昔のその思想や自身の行動を考えれば、実に愚かだったと言わざるを得ない。
真実がなんだ、事実がなんだ。どうせその辺で息をしている大切なものより価値がない。
「君たちはお母さんについて覚えていることとかないの?」
「私は知らない」
ムムは、マミの冷たい言葉に驚いて顔を見た。その表情には悲しい感情が見え隠れする。棚をあさっていた手を止めたムムは、困ったように笑った。それはマミに負けず劣らずの悲しい笑顔だった。そんなことも知らないムムは、マミの言葉になんと返せば正解かを考えて、そして悟った。
正解はないのだと。
棚に置かれたいくつかの書類には保護者のサインを要するものが並んでいる。しかし、保護者の欄に書かれている名前は、どれもこれもマミの名前。妹の面倒をその幼い歳で背負うことがどれほど大変かを物語っている。
「なんでおとうさんはおかあさんをさがしているの?」
「愛しているからじゃない? 私にはよく分からない」
ルミの言葉にムムは答えた。ルミは続けて聞く。
「あかいおねえちゃんは、あいしたことないの?」
「人生は長いからね。気長に探しているんだよ」
「なにを?」
「愛とは何か、ね」
ふーん、とルミは興味を失くしたようで、棚に戻したはずの本を取り出し、再度読み始めた。ルミの様子をじっと見ていたマミは、タイミングを見計らったかのようにムムに聞く。
「探偵さんはどう思っているんです?」
「何を?」
「……お母さんのこと。検討とかついていたりしないんですか?」
「検討というか、まぁ勘だけど、理由もなく失踪したりしないとは思ってるよ。愛する夫と娘たちを置いて行ったりするような人なら別として」
「……そういう人ですよ」
マミの言葉にムムは少し間をおいてから聞いた。「どういう意味?」
「だって、私は……」
それ以上の言葉はマミの口から出ることはなかった。しかし、ムムは察した。娘の制止を聞かずにどこかへと行ってしまった母親。たくさんの事件を見てきたムムにとって、愛情のない母親など珍しくもなんともない。
「もうお母さんのこと、好きじゃない?」
「……はい」
なるほどね。ムムは唇を舐める。ざっと家を探索してみたものの、ここに彼女の消息の手掛かりになるようなものはない。モミジが大方処分してしまったと言っていたし、もともと今更家の探索など意味はないだろうと、そう踏んでいた。問題はない。ムムの真の目的はマミとルミの経験談だった。子供は子供ながらによく見ている。父親と母親について。多分本人たちが思っているより、ずっと。
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