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第二章 埋められた悪魔
第三節
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ムムは鮮やかな空に決別の別れを告げ、歩き出した。慣れないハイヒールの歩きにくさも感じさせまいと背筋を伸ばし、顎を少し引く。この江ノで今のムムのような服装をしていれば、男が黙っていないだろうとムムは知っていた。
それが江ノ西区の治安を表しているといってもいい。
「お姉さん、とっても綺麗ですね。何かされてるんです?」
人が良さそうな声色で一人の男がムムに駆け寄った。白いニットに、銀色に輝くネックレス。腕にはジャケットを持っている。その男は少しだけ腰を屈め、無反応なムムの目線に合わせながら話を進めた。
「今日は肌寒いですよね。僕もさっきまでジャケット着てたんですけど、お姉さんのこと見つけて、身体が火照りましたよ。とても素敵ですね」
「あ、あぁ。ありがとうございます」
「あれ、もしかして声かけに慣れてませんか? 大丈夫ですよ、そんな積極的にするつもりないんで。ただあまりにも……そう、お姉さんが素敵なので、是非と思って」
ムムはそんな言葉を聞きながら、その男の顔を眺めた。良くも悪くもない、か? 多分単体で見てしまえば悪いほうに入るのだろうが、しかし、服や姿勢、その他の努力の方面で底上げをしているらしい。それならばどうして、言葉の方の底上げをしないのかとムムは残念な気持ちになった。男の欲を言葉の裏側に隠せばまだ話を聞く女もいそうなもんだ。しかし、そもそもそんな探知機は女にしか備わっていないことをムムは知らない。
「あまり、はい、慣れてません。どこか良い雰囲気のお店知りませんか?」
「任せてください、そういうの得意です」
*
男が指定した店はムムも知っているなじみの店だった。店に入り席についてすぐ、火照ったからと脱いだジャケットをすぐに羽織った男は、ムムを満面の笑みで誘導した。男は自身の名をユウと名乗り、ムムはユズと名乗った。
「それで……ユズさんは、どういったことを普段してるの?」
ユウはジャケットを羽織り直してムムに聞いた。久しぶりに良い女が釣れたと、そう思ったのだ。自分の顔にある程度自信があるユウは、自信のある顔にジャケットが似合うということも知っていた。だからこそ、二人きりになったときに使う奥の手として、ジャケットを持ってナンパをしていたのだった。
「仕事ってこと? あいにく、してないの」
「えぇ! どういうこと?」
「……養ってもらってるから」
「家族さんに?」「そう」
そりゃまた、とユウは机に置かれたお冷を一口飲んだ。良い女だと思ったのに、とんだ箱入り娘らしい。まぁ、抱ければなんでも良いが。
「彼氏とかもいないの? こんなに美人さんで、しかも親がお金持ちならたくさんお誘いありそうなもんなのに」
「私は人を見る目が厳しいらしいからね。なかなか良い出会いはないの」
ユウはムムの言葉に少し高揚した。じゃあオレは彼女のお眼鏡にかなったってこと? そりゃ良い気分だ。生憎ユウの家庭は裕福とは言えない。平々凡々に生きてきたユウの唯一の自慢が、会話することだった。会話をして、人を楽しませる。勿論それ相応の対価はある程度もらうが、それでも人から求められることの快感は何物にも変えられないものだ。ユウの喉が鳴った。
「ユズさん、いくつ?」
「ちょうど二十四になったばっかり」
「オレより年上じゃん!」しかも四つも。ユウはムムのことを二十一、二だと思い込んでいた。
「ユウはいくつなの?」
「二十だよ、大学生だし」
大学生、という言葉を聞いて、ムムは自身の身近にいた大学生を思い浮かべた。どの人物も目の前にいるユウよりは遥かに地味で、そして何より、勉強以外のことに興味を持っている人物はいなかった。ムムは時代の流れだろうと切り捨てて、ユウに微笑みかけた。
「それで、ユウはなんでこんなことを?」
「えぇ? いいじゃん、そういうの」
「私が気になるんだよ、教えて」
ムムの言葉に対して、ユウはどう返事するのが最適解か悩んだ。どう言ったとしても、自分がナンパを常日頃からしている事実は変わらない。
「なんとなく、かなぁ? オレたくさん友達いるから。そいつらに誘われて、みたいな?」
「楽しい?」
ユウは、手加減のないムムの言葉に、今度は言葉を詰まらせた。楽しいかと聞かれれば、そりゃまあという他ない。自身の価値をこれほど評価されることなんて、まだ経験してないが、おそらく就職活動以外ないだろうと思っている。
「こうやってユズさんと出会えるし、楽しいよ」
ユウは自身の中に浮かんだ言葉の中で一番の最適解を導き出した。ムムはムムで、ユウの頭の回転力に感心した。聞かれたくないだろうと思ってわざと聞いたはずであるにも関わらず、ユウはそれを躱し、かつこちらへの好意をアピールする場を作って退けたのだ。ユウならば問題はないだろう。
ムムは本題に入ることに決めた。
ムムはいたって普通に、しかしどこか慎重に視線を動かしながら、ユウに尋ねた。
「私ね、両親から友人をもっとたくさん作りなさいってしつこく言われて、それで家を出てきちゃったの。でも、当然なんだけど、自分に合う人なんて初対面じゃわからないでしょう? ユウから見て、私に合いそうだと思う子を紹介してほしいの。誰かいない? できれば女の子がいいんだけど」
ムムの言葉にユウは首をかしげて、聞く。
「もしかしてオレって仲介役?」
「それだけが嫌なら、もちろん、それ以外も大丈夫。私はユウを選んだの」
ムムの言葉はユウを満足させるには十分な言葉だった。ユウはムムに了承を得てからケータイを取り出す。ムムの求める“友人”を探すためだ。画面に並ぶ何百、いや何千になる名ばかりの友人たちを眺めながら考える。果たして目の前にいるユズと気が合う女とはどんな女だろう。
見た感じおしゃれではあるし、オレが話しかけた時に少し戸惑っていたところを見るに男慣れはしていなさそうだ。まぁ箱入りさんなら親が気を使っているだけかもしれないが、おしゃれが好きなのだろうか?
「ユズさんは趣味とかある?」
「趣味? これっていうのはないけど……おしゃれをするのは好き」
ムムは店員さんを呼び、自身はホットコーヒーを、ユウにはとりあえずといった具合にお茶を頼み、メニュー表を閉じた。いつも不愛想な店員がどういうわけか少し愛想よくムムには映った。身だしなみに気を使っているからだと、ムムは安易に理由づけた。
「そっか。趣味がないと友人探しも大変だよね」
「そうなの」
ユウは悩んだ挙句、一人の女を選んだ。同じ大学に通っている亜鉛華ミカである。選んだ理由としては、ユウも面倒なもめ事に巻き込まれたくないという気持ちが根底にあるため、できるだけ同じ境遇のミカに対応を頼みたかったという部分が大きい。他にはつい先日あったばかりであるため履歴の一番上に出ていたという理由もあるが、まぁ些細なことだろう。ミカはおしゃれな部類に入ると思うし、異性に飢えているという境遇で知り合った仲だ。面倒ごとの一つや二つ、男を紹介すればどうとでもなると思ったのだ。
「いい子見つけたし、聞いてみる」
「ありがとう。やっぱりユウは見込んだ通りね」
「ホットコーヒーのお客様」
「あ、私です」
店員が同じコップの片方をムムの目の前に、もう片方をユウの前に置いた。
ユウはその“いい子”へのメッセージで気が付いていないが。ムムはコーヒーをすすりながらこれからのことを考えた。主にユウへの対処方法を模索していたわけである。このままユウといれば、ユウが望むものを差し出さなければならなくなる。それは御免だ。せっかくのお誘いだが、しかしムムは、ユウの数ある中の一人にはなりたくはなかった。
ユウはミカへとメッセージを送る。“ミカと友達になりたいって人がいるんだけど”すぐに既読が付く。とてもミカらしい。“男?”“いや、女”“めんどい”
「こんなことオレじゃなくてもできるでしょ」
メッセージを打ちながら、目の前に出されたお茶をすすった。流石。ユウの行きつけであるこのカフェはいつどんな季節に行ってもその季節に見合った温度の飲み物を提供してくれる。ほんのりと温まるお茶に、ユウはさらに口をつけた。
“頼むわ。今度なんかおごる”“マジ? じゃあ蘇芳ホテルいこ。あそこのランチ超おしゃれなんだよね、けってーい”“勝手に決めんな。いつ会える?”“授業終わったらいいよ”“いつだよ”“あと一時間くらい?”“おけ。じゃあいつもの場所いて”“はいはい”
「今授業中だって。一時間後に会えるよ」
「ありがとう」
じゃあ、とユウはぐいっと反対側に座るムムに近づいた。自分の顔、仕草、声など魅力的だといわれたことはないが、しかしそう自分では思っているのだ。願望ともいえる。何度も何度も鏡で確認した。間違いはない。
「お礼、してほしいな」
「……もちろん」
ムムはそういうと、にっこりと微笑んだ。「でも、寝不足な人は早めに寝たほうがいいんじゃない?」
何のことかとユウが尋ねる前に、ユウの頭をものすごい眠気が襲った。ユウが何かを言う前に、ムムはさよならを言った。
「いい夢を」
ユウをそのままにして、ムムは証拠隠滅に取り掛かった。あらかじめ準備していた容器にユウが飲んだお茶を一滴残らず注ぐ。まっつーに睡眠薬をもらっておいてよかった。実際は松葉の薬品棚からムムが勝手に盗んだのだが、ムムからすればどうでもよかった。
そうしてお茶の処分を終えたムムは、今度は自身のコーヒーをお茶が入っていた器に移し替える。ムムがコーヒーとお茶を選んだ理由はこれだった。このカフェで同じコップに入って持ってこられるのはコーヒーとお茶しかない。そしてまるで不注意ですと言いたげなそぶりでコーヒーの入ったコップを床に落とした。「あぁ!」とわざとらしい声を上げれば完璧だ。すぐさま店員が来てムムは申し訳なさそうに眉を下げた。
「すみません。こぼしてしまって」
「構いませんよ。新しいものと交換しますか?」
「もうなくなりかけでしたし、大丈夫です。親切に、どうも」
その間もユウが起きることはない。不思議に思った店員がムムのそばに来るが、ムムは「彼、寝不足なんです」と笑ってはぐらかした。
さぁ次はケータイだ。画面が消える前に触り、ユウとそれからミカの会話を確認する。なるほどね。ムムは笑ってユウのケータイをいじった。いつもの場所がわからないムムにとって、ミカが安心して会ってくれる場所を新たに提供したのだ。
「起きたときに私を忘れていればいいけど」
お手洗いに行くふりをして店を出たムムはそう呟いた。誰にも聞かれていなかったことは言うまでもない。
それが江ノ西区の治安を表しているといってもいい。
「お姉さん、とっても綺麗ですね。何かされてるんです?」
人が良さそうな声色で一人の男がムムに駆け寄った。白いニットに、銀色に輝くネックレス。腕にはジャケットを持っている。その男は少しだけ腰を屈め、無反応なムムの目線に合わせながら話を進めた。
「今日は肌寒いですよね。僕もさっきまでジャケット着てたんですけど、お姉さんのこと見つけて、身体が火照りましたよ。とても素敵ですね」
「あ、あぁ。ありがとうございます」
「あれ、もしかして声かけに慣れてませんか? 大丈夫ですよ、そんな積極的にするつもりないんで。ただあまりにも……そう、お姉さんが素敵なので、是非と思って」
ムムはそんな言葉を聞きながら、その男の顔を眺めた。良くも悪くもない、か? 多分単体で見てしまえば悪いほうに入るのだろうが、しかし、服や姿勢、その他の努力の方面で底上げをしているらしい。それならばどうして、言葉の方の底上げをしないのかとムムは残念な気持ちになった。男の欲を言葉の裏側に隠せばまだ話を聞く女もいそうなもんだ。しかし、そもそもそんな探知機は女にしか備わっていないことをムムは知らない。
「あまり、はい、慣れてません。どこか良い雰囲気のお店知りませんか?」
「任せてください、そういうの得意です」
*
男が指定した店はムムも知っているなじみの店だった。店に入り席についてすぐ、火照ったからと脱いだジャケットをすぐに羽織った男は、ムムを満面の笑みで誘導した。男は自身の名をユウと名乗り、ムムはユズと名乗った。
「それで……ユズさんは、どういったことを普段してるの?」
ユウはジャケットを羽織り直してムムに聞いた。久しぶりに良い女が釣れたと、そう思ったのだ。自分の顔にある程度自信があるユウは、自信のある顔にジャケットが似合うということも知っていた。だからこそ、二人きりになったときに使う奥の手として、ジャケットを持ってナンパをしていたのだった。
「仕事ってこと? あいにく、してないの」
「えぇ! どういうこと?」
「……養ってもらってるから」
「家族さんに?」「そう」
そりゃまた、とユウは机に置かれたお冷を一口飲んだ。良い女だと思ったのに、とんだ箱入り娘らしい。まぁ、抱ければなんでも良いが。
「彼氏とかもいないの? こんなに美人さんで、しかも親がお金持ちならたくさんお誘いありそうなもんなのに」
「私は人を見る目が厳しいらしいからね。なかなか良い出会いはないの」
ユウはムムの言葉に少し高揚した。じゃあオレは彼女のお眼鏡にかなったってこと? そりゃ良い気分だ。生憎ユウの家庭は裕福とは言えない。平々凡々に生きてきたユウの唯一の自慢が、会話することだった。会話をして、人を楽しませる。勿論それ相応の対価はある程度もらうが、それでも人から求められることの快感は何物にも変えられないものだ。ユウの喉が鳴った。
「ユズさん、いくつ?」
「ちょうど二十四になったばっかり」
「オレより年上じゃん!」しかも四つも。ユウはムムのことを二十一、二だと思い込んでいた。
「ユウはいくつなの?」
「二十だよ、大学生だし」
大学生、という言葉を聞いて、ムムは自身の身近にいた大学生を思い浮かべた。どの人物も目の前にいるユウよりは遥かに地味で、そして何より、勉強以外のことに興味を持っている人物はいなかった。ムムは時代の流れだろうと切り捨てて、ユウに微笑みかけた。
「それで、ユウはなんでこんなことを?」
「えぇ? いいじゃん、そういうの」
「私が気になるんだよ、教えて」
ムムの言葉に対して、ユウはどう返事するのが最適解か悩んだ。どう言ったとしても、自分がナンパを常日頃からしている事実は変わらない。
「なんとなく、かなぁ? オレたくさん友達いるから。そいつらに誘われて、みたいな?」
「楽しい?」
ユウは、手加減のないムムの言葉に、今度は言葉を詰まらせた。楽しいかと聞かれれば、そりゃまあという他ない。自身の価値をこれほど評価されることなんて、まだ経験してないが、おそらく就職活動以外ないだろうと思っている。
「こうやってユズさんと出会えるし、楽しいよ」
ユウは自身の中に浮かんだ言葉の中で一番の最適解を導き出した。ムムはムムで、ユウの頭の回転力に感心した。聞かれたくないだろうと思ってわざと聞いたはずであるにも関わらず、ユウはそれを躱し、かつこちらへの好意をアピールする場を作って退けたのだ。ユウならば問題はないだろう。
ムムは本題に入ることに決めた。
ムムはいたって普通に、しかしどこか慎重に視線を動かしながら、ユウに尋ねた。
「私ね、両親から友人をもっとたくさん作りなさいってしつこく言われて、それで家を出てきちゃったの。でも、当然なんだけど、自分に合う人なんて初対面じゃわからないでしょう? ユウから見て、私に合いそうだと思う子を紹介してほしいの。誰かいない? できれば女の子がいいんだけど」
ムムの言葉にユウは首をかしげて、聞く。
「もしかしてオレって仲介役?」
「それだけが嫌なら、もちろん、それ以外も大丈夫。私はユウを選んだの」
ムムの言葉はユウを満足させるには十分な言葉だった。ユウはムムに了承を得てからケータイを取り出す。ムムの求める“友人”を探すためだ。画面に並ぶ何百、いや何千になる名ばかりの友人たちを眺めながら考える。果たして目の前にいるユズと気が合う女とはどんな女だろう。
見た感じおしゃれではあるし、オレが話しかけた時に少し戸惑っていたところを見るに男慣れはしていなさそうだ。まぁ箱入りさんなら親が気を使っているだけかもしれないが、おしゃれが好きなのだろうか?
「ユズさんは趣味とかある?」
「趣味? これっていうのはないけど……おしゃれをするのは好き」
ムムは店員さんを呼び、自身はホットコーヒーを、ユウにはとりあえずといった具合にお茶を頼み、メニュー表を閉じた。いつも不愛想な店員がどういうわけか少し愛想よくムムには映った。身だしなみに気を使っているからだと、ムムは安易に理由づけた。
「そっか。趣味がないと友人探しも大変だよね」
「そうなの」
ユウは悩んだ挙句、一人の女を選んだ。同じ大学に通っている亜鉛華ミカである。選んだ理由としては、ユウも面倒なもめ事に巻き込まれたくないという気持ちが根底にあるため、できるだけ同じ境遇のミカに対応を頼みたかったという部分が大きい。他にはつい先日あったばかりであるため履歴の一番上に出ていたという理由もあるが、まぁ些細なことだろう。ミカはおしゃれな部類に入ると思うし、異性に飢えているという境遇で知り合った仲だ。面倒ごとの一つや二つ、男を紹介すればどうとでもなると思ったのだ。
「いい子見つけたし、聞いてみる」
「ありがとう。やっぱりユウは見込んだ通りね」
「ホットコーヒーのお客様」
「あ、私です」
店員が同じコップの片方をムムの目の前に、もう片方をユウの前に置いた。
ユウはその“いい子”へのメッセージで気が付いていないが。ムムはコーヒーをすすりながらこれからのことを考えた。主にユウへの対処方法を模索していたわけである。このままユウといれば、ユウが望むものを差し出さなければならなくなる。それは御免だ。せっかくのお誘いだが、しかしムムは、ユウの数ある中の一人にはなりたくはなかった。
ユウはミカへとメッセージを送る。“ミカと友達になりたいって人がいるんだけど”すぐに既読が付く。とてもミカらしい。“男?”“いや、女”“めんどい”
「こんなことオレじゃなくてもできるでしょ」
メッセージを打ちながら、目の前に出されたお茶をすすった。流石。ユウの行きつけであるこのカフェはいつどんな季節に行ってもその季節に見合った温度の飲み物を提供してくれる。ほんのりと温まるお茶に、ユウはさらに口をつけた。
“頼むわ。今度なんかおごる”“マジ? じゃあ蘇芳ホテルいこ。あそこのランチ超おしゃれなんだよね、けってーい”“勝手に決めんな。いつ会える?”“授業終わったらいいよ”“いつだよ”“あと一時間くらい?”“おけ。じゃあいつもの場所いて”“はいはい”
「今授業中だって。一時間後に会えるよ」
「ありがとう」
じゃあ、とユウはぐいっと反対側に座るムムに近づいた。自分の顔、仕草、声など魅力的だといわれたことはないが、しかしそう自分では思っているのだ。願望ともいえる。何度も何度も鏡で確認した。間違いはない。
「お礼、してほしいな」
「……もちろん」
ムムはそういうと、にっこりと微笑んだ。「でも、寝不足な人は早めに寝たほうがいいんじゃない?」
何のことかとユウが尋ねる前に、ユウの頭をものすごい眠気が襲った。ユウが何かを言う前に、ムムはさよならを言った。
「いい夢を」
ユウをそのままにして、ムムは証拠隠滅に取り掛かった。あらかじめ準備していた容器にユウが飲んだお茶を一滴残らず注ぐ。まっつーに睡眠薬をもらっておいてよかった。実際は松葉の薬品棚からムムが勝手に盗んだのだが、ムムからすればどうでもよかった。
そうしてお茶の処分を終えたムムは、今度は自身のコーヒーをお茶が入っていた器に移し替える。ムムがコーヒーとお茶を選んだ理由はこれだった。このカフェで同じコップに入って持ってこられるのはコーヒーとお茶しかない。そしてまるで不注意ですと言いたげなそぶりでコーヒーの入ったコップを床に落とした。「あぁ!」とわざとらしい声を上げれば完璧だ。すぐさま店員が来てムムは申し訳なさそうに眉を下げた。
「すみません。こぼしてしまって」
「構いませんよ。新しいものと交換しますか?」
「もうなくなりかけでしたし、大丈夫です。親切に、どうも」
その間もユウが起きることはない。不思議に思った店員がムムのそばに来るが、ムムは「彼、寝不足なんです」と笑ってはぐらかした。
さぁ次はケータイだ。画面が消える前に触り、ユウとそれからミカの会話を確認する。なるほどね。ムムは笑ってユウのケータイをいじった。いつもの場所がわからないムムにとって、ミカが安心して会ってくれる場所を新たに提供したのだ。
「起きたときに私を忘れていればいいけど」
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