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第二章 埋められた悪魔
第五節
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昼食も終え、話が弾むこともないままに、別れが来た。別れを惜しむ間柄ではないので、ミカもムムも一ミリたりとも表情が動くことはない。
「じゃ、またなんかあったらよろしく」
ムムの言葉に、ミカは大きく伸びをしてから言った。「当分顔は見たくないかも」
最初に会った時より、その被った面を隠す気のないミカに、ムムは笑った。
「その方がいいよ」
「男ウケしないからダメ。この世は顔なの。探偵さんには分かんないでしょうけど」
ミカは笑って応えた。結局は、ミカにとっての一番は変わってはいない。それでもミカは少し荷が降りた心地がした。もしかしたら二年付き合っている彼氏がいるサキの良さも認められそうな気さえする。もちろん、そんなことはないわけだが。
*
ミカと別れたムムは、遠州へと電話をした。しかし不在着信。どうせわざとだろうと何度も何度も電話をする。ムムの思った通り、嫌そうな遠州の声がした。
「無視してんのに、何度もかけんな」
遠州さんが取るまで待つつもりだっただけだよ、と言おうとしたムムはグッと押し黙った。言っても意味がないと判断したのだ。代わりにひどく優しい声色で遠州に伝える。ミカと話したあれこれを。
「フゥン、オレはアイドルとやらに興味なかったもんでね」
「だろうね」
「で? どうするつもりだ?」
「ユズさんについてある程度分かっただろ? アイドルとして人前に立つ職業をして人に媚びる術を知ってる。害がないように振る舞うこともできる。そして、これが一番大事だが、男を立てることもできる。どう? 殺される理由はたくさんありそうだと思うな。ファンクラブは百人規模だったらしいけど」
地元のみで作られたファンクラブ。大体人口一万人もいかない江ノで、百人規模というのは、ミカが言うように他にはないだろう。ムムの話を聞いた遠州は、途端に嫌そうに呟いた。
「まさかそれ全員見つけろとかいうんじゃねェよな」「まさか」
ムムは笑った。しかし、否定も肯定もしなかった。
「残業は断るからな」
「あ、あと。熱狂的なファンも一人見つけたから、それの特定もよろしくね」
「ふざけんな」
「遠州さんの方は? 容疑者は見つかった?」
遠州の声が途端に聞こえなくなった。つまり、未だに見つからないということだ。ムムは少し悩んだ。遠州は人としては最底辺に居そうだが、しかし警察官としてはムムの知る限り、この江ノで一番有能な男だった。事件の証拠集めから、動機のひらめきまで、才能があるとは言い難いが、しかし、彼の努力は差分を埋めるには十分なほどなのだ。
「遠州さん調子悪い?」
「馬鹿言うな。絶好調だ」
そう言うと、遠州は一方的に電話を切った。結果的にムムの言葉が発破になったのだ。
ムムとの電話を切ってから、遠州は椅子に深すぎるほど座りなおした。目の前には、ユズに関する目撃情報が溢れかえっている。これらすべては遠州が集めたものだ。しかし、ユズは捜査する対象としては最悪で、あまりにも外に出なかった人物らしい。目撃情報はほぼ五年前のものしかない。しかもユズらしき人というだけで決定的なものは一つもなかった。
それに加えて、先ほどムムから来た情報。ユズが、ミカンと名乗りアイドルをしていたなど、遠州は全く知らなかった。そんなことは興味もなかったからだ。そしてそこまでの情報をムムが得ている間、自分は何の成果も出せていない。
ムムの言うとおりだと遠州は思った。絶不調だ。驚きを隠せないほどに。
ユズはアイドルだったという事実が露見されて、一つ確かになったことがある。ムムの推測は間違ってはなかったということだ。ユズは異性を手玉に取る達人だった。まぁ、詐欺師ではなかったが。
遠州はイライラしながら、自分最大の情報の伝手である男に電話を掛けた。この時間ならもう仕事を終えて家に帰っているだろうと思ったからだ。そしてその推測は当たっていた。
相手との電話を終えて、遠州は目を瞑った。
「ビタミン中毒とはセンスがないな」
*
ムムの携帯が鳴った。相手は遠州で、三十分も立たないうちにムムの集めた情報を更に細分化して調べてくれたようだった。
――――――――――――――
藍沢ユズ、もとい、アイドル・ミカン。十五歳の頃に江ノ公園で路上ライブをしたことがきっかけで、スカウトされ、アイドルになる。(くくりとしては地元アイドル、らしい。詳しくは知らん)数人のファンが、噂を聞き付けた人々(そのほとんどが男らしい)を巻き込んで最終的には百十五人にまで増えた。ファンの人数が百人を超えたあたりからファンクラブの名前“ビタミン中毒”が生まれる。(ただし、この名前はファンが独自に名乗ったもので、ミカン本人はあまり知らなかったらしい)
メディア展開されるのを嫌い、独自の価値観の元、江ノ各地でライブをしていた。性格はわがままだとか小悪魔だとか色々言われていたが、身寄りのない子供たちへの寄付をしていたというしっかりした面もある。アイドルとして活動して得た資金は寄付以外生活費として使っていた。最初の頃はアイドルとバイトをかけ持ちながらしていたが、途中からアイドル一本で活動するように。
その後、二十代前半の頃に突然の引退宣言。黒い噂が多くあるが、実際は何か目的があったように思うファンもいたらしい。ちなみにお前が見つけた“ミカン命”のブログ製作者は現在あのブログを削除してしまっているので、身元特定はほぼ不可能だそうだ。ちなみにミカンが未だに好きだという奴らに明日会う予定だ。根岸ツトム、生成アキラ、桔梗シンタロウ。住所はもう割れている。
――――――――――――――
遠州のメールは簡潔に、そして正確に記載されていた。
「確かに調子悪くはなさそうだ」
ムムは笑って、遠州のその努力を褒め称えた。しかし、ここからが問題だ。
アイドル・ミカンという一面が分かったことにより、知らなければいけないことが次々と露呈していく。ミカンのファンクラブという不特定多数の何かが、ユズを白骨化させた可能性すら出てきたのだ。過激なファンによる殺人。はたまた妻として幸せを謳歌しているユズを妬んだ殺人。なんにしても動悸が金目当てではないことは確かだ。ミカンとして得た収入のほとんどをユズは寄付に費やしているのだから。
「寄付する心理っていうのは……」
ムムには一生分かる気はしなかった。というよりは、文化としてあまり根付いていないといえる。だからこそムムは目を付けた。寄付をする理由。そこには何かしらの動悸があるに違いない。少し考えてからムムはケータイを椅子に放り投げた。今日のムムはこれで限界らしい。一つ、大きなあくびをして、ムムは目を閉じた。
「……あ、メイク落としてない……」
「じゃ、またなんかあったらよろしく」
ムムの言葉に、ミカは大きく伸びをしてから言った。「当分顔は見たくないかも」
最初に会った時より、その被った面を隠す気のないミカに、ムムは笑った。
「その方がいいよ」
「男ウケしないからダメ。この世は顔なの。探偵さんには分かんないでしょうけど」
ミカは笑って応えた。結局は、ミカにとっての一番は変わってはいない。それでもミカは少し荷が降りた心地がした。もしかしたら二年付き合っている彼氏がいるサキの良さも認められそうな気さえする。もちろん、そんなことはないわけだが。
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ミカと別れたムムは、遠州へと電話をした。しかし不在着信。どうせわざとだろうと何度も何度も電話をする。ムムの思った通り、嫌そうな遠州の声がした。
「無視してんのに、何度もかけんな」
遠州さんが取るまで待つつもりだっただけだよ、と言おうとしたムムはグッと押し黙った。言っても意味がないと判断したのだ。代わりにひどく優しい声色で遠州に伝える。ミカと話したあれこれを。
「フゥン、オレはアイドルとやらに興味なかったもんでね」
「だろうね」
「で? どうするつもりだ?」
「ユズさんについてある程度分かっただろ? アイドルとして人前に立つ職業をして人に媚びる術を知ってる。害がないように振る舞うこともできる。そして、これが一番大事だが、男を立てることもできる。どう? 殺される理由はたくさんありそうだと思うな。ファンクラブは百人規模だったらしいけど」
地元のみで作られたファンクラブ。大体人口一万人もいかない江ノで、百人規模というのは、ミカが言うように他にはないだろう。ムムの話を聞いた遠州は、途端に嫌そうに呟いた。
「まさかそれ全員見つけろとかいうんじゃねェよな」「まさか」
ムムは笑った。しかし、否定も肯定もしなかった。
「残業は断るからな」
「あ、あと。熱狂的なファンも一人見つけたから、それの特定もよろしくね」
「ふざけんな」
「遠州さんの方は? 容疑者は見つかった?」
遠州の声が途端に聞こえなくなった。つまり、未だに見つからないということだ。ムムは少し悩んだ。遠州は人としては最底辺に居そうだが、しかし警察官としてはムムの知る限り、この江ノで一番有能な男だった。事件の証拠集めから、動機のひらめきまで、才能があるとは言い難いが、しかし、彼の努力は差分を埋めるには十分なほどなのだ。
「遠州さん調子悪い?」
「馬鹿言うな。絶好調だ」
そう言うと、遠州は一方的に電話を切った。結果的にムムの言葉が発破になったのだ。
ムムとの電話を切ってから、遠州は椅子に深すぎるほど座りなおした。目の前には、ユズに関する目撃情報が溢れかえっている。これらすべては遠州が集めたものだ。しかし、ユズは捜査する対象としては最悪で、あまりにも外に出なかった人物らしい。目撃情報はほぼ五年前のものしかない。しかもユズらしき人というだけで決定的なものは一つもなかった。
それに加えて、先ほどムムから来た情報。ユズが、ミカンと名乗りアイドルをしていたなど、遠州は全く知らなかった。そんなことは興味もなかったからだ。そしてそこまでの情報をムムが得ている間、自分は何の成果も出せていない。
ムムの言うとおりだと遠州は思った。絶不調だ。驚きを隠せないほどに。
ユズはアイドルだったという事実が露見されて、一つ確かになったことがある。ムムの推測は間違ってはなかったということだ。ユズは異性を手玉に取る達人だった。まぁ、詐欺師ではなかったが。
遠州はイライラしながら、自分最大の情報の伝手である男に電話を掛けた。この時間ならもう仕事を終えて家に帰っているだろうと思ったからだ。そしてその推測は当たっていた。
相手との電話を終えて、遠州は目を瞑った。
「ビタミン中毒とはセンスがないな」
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ムムの携帯が鳴った。相手は遠州で、三十分も立たないうちにムムの集めた情報を更に細分化して調べてくれたようだった。
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藍沢ユズ、もとい、アイドル・ミカン。十五歳の頃に江ノ公園で路上ライブをしたことがきっかけで、スカウトされ、アイドルになる。(くくりとしては地元アイドル、らしい。詳しくは知らん)数人のファンが、噂を聞き付けた人々(そのほとんどが男らしい)を巻き込んで最終的には百十五人にまで増えた。ファンの人数が百人を超えたあたりからファンクラブの名前“ビタミン中毒”が生まれる。(ただし、この名前はファンが独自に名乗ったもので、ミカン本人はあまり知らなかったらしい)
メディア展開されるのを嫌い、独自の価値観の元、江ノ各地でライブをしていた。性格はわがままだとか小悪魔だとか色々言われていたが、身寄りのない子供たちへの寄付をしていたというしっかりした面もある。アイドルとして活動して得た資金は寄付以外生活費として使っていた。最初の頃はアイドルとバイトをかけ持ちながらしていたが、途中からアイドル一本で活動するように。
その後、二十代前半の頃に突然の引退宣言。黒い噂が多くあるが、実際は何か目的があったように思うファンもいたらしい。ちなみにお前が見つけた“ミカン命”のブログ製作者は現在あのブログを削除してしまっているので、身元特定はほぼ不可能だそうだ。ちなみにミカンが未だに好きだという奴らに明日会う予定だ。根岸ツトム、生成アキラ、桔梗シンタロウ。住所はもう割れている。
――――――――――――――
遠州のメールは簡潔に、そして正確に記載されていた。
「確かに調子悪くはなさそうだ」
ムムは笑って、遠州のその努力を褒め称えた。しかし、ここからが問題だ。
アイドル・ミカンという一面が分かったことにより、知らなければいけないことが次々と露呈していく。ミカンのファンクラブという不特定多数の何かが、ユズを白骨化させた可能性すら出てきたのだ。過激なファンによる殺人。はたまた妻として幸せを謳歌しているユズを妬んだ殺人。なんにしても動悸が金目当てではないことは確かだ。ミカンとして得た収入のほとんどをユズは寄付に費やしているのだから。
「寄付する心理っていうのは……」
ムムには一生分かる気はしなかった。というよりは、文化としてあまり根付いていないといえる。だからこそムムは目を付けた。寄付をする理由。そこには何かしらの動悸があるに違いない。少し考えてからムムはケータイを椅子に放り投げた。今日のムムはこれで限界らしい。一つ、大きなあくびをして、ムムは目を閉じた。
「……あ、メイク落としてない……」
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